十人十色の強制ダンジョン攻略生活

ほんのり雪達磨

文字の大きさ
273 / 296

クリア:雨宮 啓一郎(ダンジョン:修羅求道鬼ヶ島 掲示板ネーム:おっさん)1

しおりを挟む
 やけにわざとらしい白の空間。
 体を見回す。変わった所はない――いや。

(内に鬼は依然として、いる。体は――特に変わったとは感じないが――なぜ服だけ……これは元の世界の服か? 見覚えがある。確かに俺の……だとは思うが。ダンジョン製のものを取り上げた?)

 スキル等も当たり前のように使えない。

(ダンジョン限定の代物だった? いや、よく考えればスキルうんぬんは使ってなかったな、最後の方)

 鬼の力のほうが断然強かったというのもあるが――もしかしたら、その時点で使えないことを察していたのかもしれないと思った。
 その時点でいえばアイテムボックス的なものだけは残っていたことは確かであるが。

(まぁ、いい。さして魅力を感じていたわけでもないしな。戻るのであればアイテムボックスやアイテムはあったほうがいいんだろうが……)

 ふと、その白い空間に人が見えた。
 どうやらそれは、こちらに手を振っているようだった。
 しっかり視界にとらえれば、啓一郎に見覚えのある人物。

「……そうか」

 憤りはしなかった。
 驚愕も少なかった。
 どこかでわかっていたかもしれない。

 近かったからだろうか、と啓一郎は思う。
 思えば最初からそうだったのだ。
 思い出せばどうしてか、、というような思いが湧いていたのだと。小さな友人であり、子供のように思っているような存在の近くにあるにはあまりに年の離れた存在に対して、警戒心があまりに薄かった。
 ありえただろうか。そんなことが。
 失い続けた時代の啓一郎からして。束の間、という言い訳をしていても情は誤魔化せないくらいに移っていたのに。

 縋りつく存在等とか、天秤のように救世主がどうこうとは考えていなかったとはいえ。
 啓一郎はそれを、年下で子供で、更にどこか年齢に対しても幼い様子である人間に対する庇護のような心だと思っていたが――

「おめでとう、先生さん!」

 ただ、『少年』と、よく呼び掛けていた存在。
 自らの教え子であり、年の離れた友人のような子供のようなそういう風に思っていた存在を通して知り合い、少々話したり遊んだりもしていた少年。いる時はいつも楽しそうだった。何か啓一郎等の知っている人間に悪戯されてもほとんど怒ったりすることもなく、もし怒りはしてもそれは極々小さなものでしかないような、そういうゆるやかな、悪く言えば少し間の抜けてぼんやりとしたような印象を抱く少年だった。
 そんな少年が、目の前にいる。

「クリアできて本当に良かった! 家族にも会えて喜んでもらえて良かった!」

 その顔はだ。知ったままの表情だった。
 つまり、悪意の欠片もない。笑顔。
 何か悪い事をしたのだ等とは考えていない顔。
 祝福の顔。
 いい事があってよかったね――というような。それこそ共に進めているゲームをクリアしたことを祝福する程度の――

(いや、いつも以上に祝ってくれているな、これは)

 それでも。
 それでも、そこには常人なら違和感が湧くだろう。
 何せ、クリアして訪れた先にいるのだ。
 啓一郎でなくとも、怪しむだろう。
 あぁ、こいつが黒幕で、自分たちをさらってきたのか、だとか。
 そう思われて不思議ではない。実際そうだという確信は啓一郎にはあるが、そういうことではない。

 もし罪悪感等あれば、このような登場の仕方をしないのだ。
 相手は悪く思ってないし、相手にも自分がしたことを悪く思われることなんてない。
 そういう考えの元でなければ、でてきて本心から祝いはしないだろう。そうできはしないのだ。

「喜んでもらえるかと選んでつくった掲示板でも、なんかちょっとキャラ違ったように見えたりしたけど楽しそうに見えたし――」
(いっそ、待ってましたとばかりに反応を見るために、煽るために出てくるような――そういうものであったなら)

 簡単に、恨むことも憎むことも怒る事さえできただろうに、と。
 現実、今の啓一郎の心にはそれらはあっても小さいものでしかない。余韻が残っている、ということは大きく影響しているがそれよりも――哀れさ、のようなものがあった。
 知り合ったものについては、どうしても甘くなるという面があることもあって、哀れにしか思えなかったのだ。
 どこかずれている存在だとは思っていた。
 それが、誰かと接することで少しも矯正されなかったというだろうことが、悲しくもある。

「……というか、なんでツールとして選んだのが掲示板だったんだい?」
「……? あぁ、あれ? だって君たちから教わったものじゃないか。あったら面白いかなぁって。盛り上がるんでしょ、そういうの。直接連絡はダメって言われたけど、あれくらいならいいかなって思ってお……僕がつけたんだ」
(お……? 俺? 僕に言いなおさなくとも、別に俺でいいと思うが……あぁいや、変に素直な奴だったからな、キャラ付、みたいなやつもジョークで教えた気がするし……それか?)
「あぁ……軽いネットリテラシー的なものと一緒に教えた気がするな、確かに。ゲーム教えたついでに」
「そうそう。参加はほとんどしなかったけど、割と楽しかったから。いいかなぁって」

 なんでもない口調で話しかける啓一郎に、少年は戸惑うようなことはなかった。それが当然だ、というか。そうすることに不自然はないのだ、という調子で普通に会話する。
 ずれたままの証明だった。啓一郎が抱いた印象の通りのようだった。
 これまでの過程は、ちっとも自分たちの関係には影響しないと思っているのだ――いや、影響するなんてことを考えてもいないのだろう。

 そして、確認するまでもなかったが、これで確定した。
 少なくとも、ただいるわけではない。攫う、にも、作るなり用意するにも、関わっている。他がいるのも天秤時点で分かっていたが、確定だろう。
 溜息をつきたくなる。

「でも実名というか……個人情報漏らせない縛りはここではあまり意味なかったというか……どっちかというと、嫌がらせみたいになってたようだが」
「なんで!?」

 こんな状況で掲示板、というのは助かった部分は大きいが煽りか何かと思っていたが――実装した人物がずれているからだったのか、と啓一郎は納得した。
 あれやこれやの、意味を感じないような規制だったりなんたりも。
 特に理解しないまま、教えられたように使っていたのだろう。だから、妙だったのだ。

「うーん。ダメだったのかなぁ? もうちょっと考えないとなのかな? 他のが悪乗りみたいにもっとSNSっぽいのいれよーみたいなのいってたの止めたりしたんだけど、しない方が良かったのかなぁ……」

 異常な状況で、日常を演じる。
 ここまでのずれがあるとは、さすがに啓一郎も想像の外。
 曰くの完成体とは、ここまで外れたものなのだろうか――と改めてこの状態で考えて、背筋に嫌な汗をかく。

「……なぁ、少年」
「なんだい先生」
「俺を、帰してくれないか。元の場所に」

 そういうと、笑いの表情が落ちる。
 無表情になったという訳ではない、そこにあるのは――困惑だ。どうしてそんなことを言うのか理解できない、というのが隠すこともなく前面に押し出されている表情だった。
 そして、少し慌ててすらいる。

「な、なんで……?」
「何でも何も、そうしたいからだよ。できるんだろう?」
「できるかできないかっていったら、それはできるよもちろん……でも……」

 力関係は、鬼の力を得ている今なら啓一郎が一応人間という枠に収まったような矛盾した状態で弱体化しているようなものであっても、大きくは差はないだろうと啓一郎は考えている。
 少なくとも、ダメージが通らないようなことはない確信があった。ちゃんと、殺せる存在として啓一郎は見ることができてる、と。

 だから、力の差は関係なかった。差があるからではない。
 関係なく、まるで子供に教えるような口調で啓一郎は喋っている。
 怒らせないようにしているわけでもなければ、下手に出ているわけでもなかった。

「会えてよかった。ちゃんと推薦が機能して本当に良かったと思ってたんだ……あっちにするつもりはなかったけど、どうしようもなくて……それでもちゃんと条件と準備があるタイプの枠に、可能性がなるべく高くなるやつにだけは強引にでも通して、先生ならきっとたどり着けるだろう……できるって信じてて……」

 推薦。
 その言葉に――自分はやはり狙って連れてこられたのだともわかる。そして、自分よりもひどい状況があふれていたのだろう事も。だからこそ、クソゲというものにあの数しか残っていないかったのかもしれない、と。啓一郎のように『あちらが整えたらしい状況』でさえ、そうできなかっただけということもありうるけれど。
 どちらにせよ、わかったところでなんだという話だったが。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

催眠術師は眠りたい ~洗脳されなかった俺は、クラスメイトを見捨ててまったりします~

山田 武
ファンタジー
テンプレのように異世界にクラスごと召喚された主人公──イム。 与えられた力は面倒臭がりな彼に合った能力──睡眠に関するもの……そして催眠魔法。 そんな力を使いこなし、のらりくらりと異世界を生きていく。 「──誰か、養ってくれない?」 この物語は催眠の力をR18指定……ではなく自身の自堕落ライフのために使う、一人の少年の引き籠もり譚。

ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした

夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。 しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。 彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。 一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

処理中です...