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本編
に
しおりを挟む……などと言った決意を胸に秘め、私が通うこの高校へ入学式したのは3ヶ月も前のことだ。
そう、3ヶ月。期間が短く設定された乙女ゲームならエンディングを迎えててもおかしくないっちゃない月日。いつの間にかそんなにたっていた。
なのに今の私の状況、ぼっち飯。予定ではもう攻略対象たちと仲良くお弁当を食べてるはずだったのに。それぐらいは仲を深めているはずだったのに。もう一度言おう。ぼっち飯。
どうしてこうなった。
そう思わざるをえない。
入学式から一月。とにかく頑張った。まずは攻略対象たちと出会い、仲良くなるためにスケジュールをくみ、必要なイベントをこなしていった。この時はまだよかった。実に順調だった。
入学式から二月。相も変わらず攻略のためのスケジュール通りに行動し、着実にイベントをこなしていった。だが、だ。この時から少しおかしなことが起こり出した。いや、かなり、かもしれない。
とにかく、不安を覚えたのは確かだった。
入学式から三月。とうとう少しどころか大々的な問題が発生した。
攻略キャラが攻略できない。
いや、攻略キャラを攻略したくない、が正解か。
何を言っているんだと思われるだろう。私自身こんな風に悩むだなんて思ってもみなかったのだから仕方がないじゃないか。
おかしい。
最初にそう眉をひそめたのは攻略キャラの一人である生徒会長にたいしてだった。
テンプレな俺様イケメン御曹司な生徒会長はこの乙女ゲームのメインヒーローだったりする主人公の攻略対象。
……だったはずなのだけど。
主人公の攻略対象であるはずの彼には、すでに意中の相手がいるようだったのだ。
それが主人公だというのならなんら問題はないのだが生憎と違うのだから問題で。
あろうことか彼は攻略対象の身でありながら主人公《ヒロイン》を差し置いて別の女生徒に恋慕しているようだった。
しかもその女生徒も彼のことを憎からず思っているようなのだ。
というかもう分かる人には分かる程度には好き好きオーラ全開なのである二人して。
ああ、うん。私邪魔ですよね完全に。分かりますよいくらなんでも。空気読める子ですよー。
いくら逆ハーを目指してると言っても互いに憎からず思いあう相手がいる人を攻略しようとは思わない。私の中の良心というものがそれはどうなんだと訴えかけてくるのだ。
それに、全員は勿論のこと取捨選択で好きなキャラだけの自分好みな逆ハーレムを作れるシステムだったから、必ずしも生徒会長を攻略しなければいけないというわけでもない。
逆ハー要員が一人減るのは寂しいけれど、生徒会長が欠けて逆ハーEDを迎えることができなくなってしまう、というわけでもないので問題なしと判断していいだろう。
甘い雰囲気を漂わせる生徒会長と女生徒にたいしてリア充爆発しろ!と念じつつ、そんなわけで、生徒会長の攻略は諦めた。
おかしい……。
次にそう首をひねったのはチャラ男な先輩にたいしてだった。
これまたテンプレ通りな彼は軽い性格で女好きでやたらとスキンシップが多い人だった。
イベントはちゃんとおさえていたし、好感度が上がってきているのはパラメーターがなくともなんとなく察することができ、次は攻略できるかなと安心していたのだが。現実はそう甘くないものだ。
チャラ男な彼は思ったことを手帳に書きなぐるという癖がある。いつも持ち歩くそれには、ゲームが進まるにつれて熱く焦がれるようになる主人公にたいする思いが綴られていたりするのだ。今はまだ序盤だからせいぜい面白くて可愛い程度だと思われるが。
ある日、拾ってしまったのだ。そんな彼の手帳を。そして魔が差してつい覗き見てしまったのだ、その中身を。
手帳にはとある女生徒にたいする思いがこれでもかっと綴られていた。その中身はおおよそ主人公をさすものだとは思えない内容だった。
生徒会長に続きあなたにも好きな人いるんですかそうですか。またかよ。と、思いながら私は読み進めるごとにその内容に段々と背中が寒くなるのを感じつつ、
――そして最後には戦慄した。
先程これでもかっと綴られていたと表現したが、正しい言葉ではなかった。女性にたいする思いが「びっちりみっちり」手帳に書きなぐられていた。というのが正確なところだ。もしくは、「ぎっちぎちに」か。
最初は少し気になる子という言葉からはじまり、面白いに変わり、それが可愛いに変化したあと、彼女が好きと昇華されていった。
それまではいい。実に真っ当に手順を踏んで彼は女生徒に恋をしていったのが分かる。
だから、あの異常なまでの文章力もかろうじて理解できなくもない。できなくもない、が。
その後からが問題なのだ。
彼女が可愛い彼女に触れたい彼女が欲しい彼女が誰かに笑いかけるのが嫌だ彼女が愛おしい彼女を誰にも触れさせたくない彼女を誰にも見せたくない彼女に好きになってもらいたい彼女が好きなのは俺だけでいい彼女と一つになりたい彼女が彼女に彼女を。
そんな感じに「びっちりみっちり」、「ぎっちぎちに」だ。
時には監禁だの拘束だの危ないワードや、彼女の初めてをもらって俺の初めてをあげたいなどととても不健全でアレな願望も書きなぐられていた。
というかチャラ男。お前チャラ男なのに初めてってことは童貞なのかチャラ男なのに!……まあ、それは置いといて。
「ひぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
私が恐怖して盛大に悲鳴をあげながら手帳をぶん投げてしまったのは致し方ないと思う。
まさかチャラ男がヤンデレだとは。思いもしなかった、むしろ誰が思うかそんなもん!
しかも何やら日々観察している的なことも手帳から読み取れてしまったのだ。ストーカー。その言葉が頭を過る。
ヤンデレな上にストーカー……!
なにそれ狙われてる女生徒さん逃げて超逃げて!とそう女生徒さんに心の中で叫びながら、そんなわけで、チャラ男を攻略するのは諦めた……というかヤンデレストーカーとか誰も攻略したくないよ怖い!
お、おかしい……!
今度は頭を抱えながらそう唸ったのは副会長にたいしてだった。
テンプレ通り普段ニコニコ実は腹黒……なんてこともなく、常に冷静で口数も表情の変化も少ないクールな人だった。
が、二度あることは三度あるというやつだ。
彼にもまた恋心を抱く相手がいるようだった。
チャラ男がヤンデレストーカーだったという前例があるせいで、このクールな彼も残念な方向に何かあるのではないかと不安に思い暫く観察することにした。件ががっつりトラウマになっていたのである。
しかしそれは杞憂に終わってくれた。
いや、確かに彼は私が知っている彼ではない一面が多々あったのだが。
たとえば、好きな相手には中々尽くすところだとか。
たとえば、好きな相手が喜んでいると同じように嬉しそうにするところだとか。
たとえば、好きな相手が辛そうならばその痛みを感じてそっと寄り添うところだとか。
たとえば、好きな相手にただただ純粋で真っ直ぐな瞳を向けるところだとか。
ゲームとは違う彼の素敵な箇所を何回も見ることがあった。
なんというか、こう、いじらしいというか。
……わんこみたいだ。
そんな感想を抱いたらもうそうにしか見えなくなってしまった。
正直、副会長も生徒会長同様、意中の人にたいして好き好きオーラ全開なのだがアピールの仕方がいかんせん分かりづらく相手にはいっさい伝わっていないようなのが可哀想である。不器用だ。そして不憫だ。
精一杯の好意を表現したがスルーされしょぼくれる副会長を見ると、頑張れ!頑張れよ副会長!とついつい心の中で応援してしまう私がいた。
クールだと思ってた彼が実は不器用不憫わんこだと分かったがヤンデレストーカーよりよほどマシむしろ可愛らしいことこの上ないので実によかったと思う。癒される。
彼ならば攻略するのもやぶさかではないと思うのだが、どうせなら、彼には彼の純粋な(ここ重要)恋心を成就してもらいたい。
どうか負けないで相手の攻略頑張ってね!と不器用不憫わんこを応援することに決めた私は、そんなわけで、副会長を攻略することを諦めた。
──さて。
上記三人でもう嫌なフラグびんびんなのだが、残念ながらそのフラグは折れてくれないのである。
例に漏れず、他の攻略対象たちにも色々と問題があったのだ。
紳士で優しい美人なイケメンだと思っていた先輩はなんと驚くべきことに女性だった。
確かに線は細いし実に女性的な美しさを兼ね備えているとは思っていたがまさかだった。家の都合がどうとかと理由も話していたと思うが衝撃が凄すぎてぶっちゃけ覚えていない。
ただ、実は非常に可愛らしい方だとも分かったしこれからも懇意にしてね!なんて言ってもらえたので大層よかったのである。
男装っ子も好きだ。しかし恋愛はない。そんなわけで、紳士な先輩は諦めた。
小型わんこで可愛いと思ってた同級生は……うん、腹黒でした。可愛い顔してお腹の中真っ黒黒でした。しかも策士。にっこり笑顔で威圧感すげぇって初めて体験しましたあんなのマジでできる人がいるんですね。怖い!
しかも、だ。彼にもまたお約束のようにいるのである。想い人が。
そしてそれが紳士で優しいイケメンな彼女だというのだから頭が痛い。そう、彼が好きなのはさっき説明したばっかりの男装イケメンな彼女である。
何故か彼女の秘密を知っている彼に同士だとバレた私は「僕と彼女がくっつくように協力してね」と実に愛らしい笑顔でお願い(という名の脅迫)をされ、その隠しきれていない黒いオーラに屈伏してしまった。そんなわけで、小型わんこで可愛い同級生は諦めた。
ミステリアスで妖しい雰囲気タップリだと思ってた大人の彼は……。
……。
……。
……出来れば一番触れたくない。が、そうも言ってられないので進めよう。
彼は、有り体に言ってしまえばドMだった。
その様を初めて目にした時は何の悪夢かと思った。
学生ではない彼に会うには特定の場所に向かう必要がある。ので、その場所に向かったのだがその結果見てしまったものが。
女子高生に蹴られ殴られ罵られながら恍惚とした表情を浮かべ喜んでいる(悦んでいる?)そんな彼の姿だった。
引いた。ドン引いた。思わず今までにしたことないくらいの全力疾走で逃げるほど引いた。
二次元キャラならドMは平気むしろばっちこいなのだが三次元はやはり無理だった。はあはあ言いながらもっと蹴れもっと殴れと催促してくるとかなにそれ怖い!
妖しいどころか危ないにランクアップした彼を相手にするなど私には到底不可能だ。もし可能でもごめん被る。そんなわけで、ミステリアスな年上の彼は諦めた。
――詰んだ。
そう頭をかすめた言葉は正しく今の私の状態を表していた。
乙女ゲームなはずなのに攻略対象に好きな人がいるやら残念な方向にクラスチェンジしてるやら実は女やらお近づきになりたくないドMやら。
そんなイロモノたちをオトしていこうと頑張れるほど精神的な若さも根気も粘りも夢も希望も前向きさも、前世と今世であわせてアラサーを超える私には生憎と持ち合わせていなかった。
無理だ。もう無理だ。
二分の一の割合で感想に「怖い」が入る人たちを相手になんてどんな苦行だ。それこそ盲信的に彼らを愛しているような主人公《ヒロイン》ならそんな逆境すら乗り越え彼らを手に入れようと思うのかもしれないが。
残念ながらここにいるこの主人公は私なのだ。
そして私はギブアップした。
転生してから固めた決意?そんなもの、跡形もなく投げ捨ててやりましたとも。
主人公の定?なにそれおいしいの?
つまるところ、だ。
私は、逆ハーを築くどころか誰一人として彼らを攻略するのを諦めたのだった。
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