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しおりを挟む青々とした木々の葉が色を変え、地面へと降るようになった頃。
リディアルとアイザックが夫婦になってから大分日がたった。
リディアルは今、王城で第二王子の妃として立派に生活していることだろう。
愛しい姉の姿が間近にいない生活を最初こそおいおいと嘆いていたキエラだったが時間の経過とともに随分と薄らいで落ち着いていた。
「麗しいリディアル姉様のお姿が見えない……潤いが足りないわ……ううっ」
これでも薄らいでいる。
ベッドの上で丸まり顔を覆って悲愴さを漂よわしながら嘆くキエラ。令嬢として如何なものかと眉を寄せたくなるようなその様子に初めはドン引きしていた侍女も流石に毎日ともなれば慣れたもので、相変わらず公爵家の末娘は姉が大好きなようだと生ぬるい視線を向けながらも沈黙を守っていた。
そんなキエラの耳に、吉報が届いたのはそれから数日後のことだった。
例の純白のドレスに身を包んだリディアルの姿絵が出来上り、もうそろそろ公爵家に持ち込まれるのだとかなんとか。
「地上に舞い降りた女神の様なリディアル姉様の姿絵が、ようやく完成したのね! 楽しみだわ!」
あの嘆きようはなんだったのか。空気の抜けた風船のように萎びていたキエラはその情報を聞くやいなやシュピンと鮮やかに復活した。
うって変わってきゃあきゃあとはしゃぐキエラをそれとなくなだめ、現金だな……と少々呆れながらも侍女はほっと胸をおろした。
なんだかんだで、悲しげに嘆くキエラに侍女は心を痛めていたのだ。
昔からの見慣れた明るい笑顔。それを浮かべるキエラこそキエラらしいと、侍女は小さく笑みを作った。
そしてあくる日、姿絵は無事キエラの元に届けられた。
「はぁ……やっぱり、リディアル姉様は女神だわ……」
受け取ってすぐ自室へと運んだキエラはうっとりとしながら、純白のドレスに身を包むリディアルの姿絵を眺めだした。
さすが国一番の絵師が描いた姿絵だ。
まるであの時のリディアルがそのまま閉じ込めてあるような素晴らしいその出来映えに、キエラは満足げに吐息をもらした。
「はぁ……本当に……本当にリディアル姉様は」
「美しいなぁ……」
恍惚としていたキエラの言葉に被せられた声。聞き覚えのあるそれにキエラははっと我にかえった。
後ろを振り返れば、そこにはうっとりと姿絵を見つめる従兄弟のハイネルフがいた。
いつの間に後ろにいたのだろうか。いや、そもそも何故部屋の中にいる。
じとりと胡乱げな視線をキエラから向けられていることに気付いていないのかそれとも気にしていないのか、ハイネルフは先ほどのキエラと同じような顔をして姿絵に見いっていた。
「……ハイネ、何故ここにいるのです」
「国一番の絵師が描いたリディアルの姿絵が完成したと聞いたからな。見に来た」
「ここに来た理由を聞いたのではありません」
仮にも年頃、それも貴族の令嬢の部屋に無断でどうやって入ってこれたんだ。そう睨め付けるも相変わらずリディアルの姿絵に夢中なハイネルフは視線に気付く様子がない。
仕方なく待機している侍女へ視線を移せば、さっと目を反らされた。犯人はあいつだ。
いや、きっとハイネルフに無理を言われて通せ無理の格闘をしたのち結局入られてしまったのだろう。やっぱ犯人はこいつだ。
後でお父様にでもこっぴどく怒られてしまえ、などと呪いながらもキエラは真後ろ、それも至近距離にあるハイネルフの顔を見た。
リディアルやキエラより少しくすんだ金の髪。瞳は綺麗なエメラルド。リディアルやキエラと血縁なこともあって、その顔立ちも整っている。
そんな彼が。美しい、とうっとりと呟くその姿が、瞳が、遠い日の姿に重なる。既視感のあるそれに、キエラは知らず息を止めてしまっていた。
前世の記憶の一つである、己を見つめるハイネルフ。その瞳。
同じだ。と思った。
「リディアル」に焦がれる姿だ、と。
ハイネルフは、前世リディアルの取り巻きの一人だった。
リディアルに恋い焦がれ、望むことを全て叶えようとする犬のような男だった。
リディアルのために財産を捨て、リディアルのために誰かを傷付け、リディアルのために悪に落ちた。
ハイネルフはリディアルを妄信的に愛していた。
たとえ、見返りがないものだったとしても。
そうして、罪人として裁かれることになったとしても。
過去の彼はリディアルの犬として、その生涯を閉じた。
そんなハイネルフだが、彼は今生でもやはりリディアルの犬だった。
リディアルにたいして全力で尻尾を振っている幻影が幼い時からキエラには時々見えてしまうぐらい犬だった。
目線の先にはリディアル。口を開けばリディアル。キエラとの会話の話題ももっぱらリディアルのことばかりだ。
最後に関してはリディアルのことを語り合えるためキエラも良しとしているが。
相も変わらずリディアル大好きな犬のような彼だが、今生では過去の彼のようにリディアルのためにと彼女の望みを端から叶えるようなことはあまりしなかった。
リディアルを導く存在であってくれという幼少の頃のキエラのお願いがハイネルフに届いたのだろう。
リディアルを宥めたり諭したりする役目をハイネルフは率先してつとめていた。同じくらい……いや、それ以上に誉め称えてもいたが。
呆れるぐらいリディアルが大好きな従兄弟である。そんな姿を見る度に「ハイネルフより、わたくしの方が姉様大好きですわ!」と謎の対抗心を持ちつつも、キエラは心の底から良かったと安堵していた。
リディアル、と呼ぶ彼の声が。
恍惚と自分を見てくる彼の眼差しが。
熱を持てば持つほど壊れていくその姿が、キエラの記憶の中にある。
ハイネルフの新緑を思わせる綺麗な瞳。それが静かに狂っていく様子など、リディアルだった時はどうでもよかったはずなのに。
今のキエラには、どうでもよいと思えない。
彼のあんな姿を再び見るのは、もうごめん被りたかった。
記憶の中の彼と姿絵を食い入るように見つめる彼。
重なる姿。どちらの彼も、リディアルに焦がれている。それでも。
だらしなく口元緩めて幸せそうに姿絵を見つめる今の彼の方が、何倍も、何十倍もいいと、キエラはハイネルフばれないようにほんの少しだけ口元を緩めたのだった。
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