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第一章 「始まりの日」
疑心
しおりを挟むヴィアの一言で、その場は水を打ったように静かになる。
厨房にいたフィオナ達も聞こえたようで、二人とも料理する手を止めて食堂に顔を向けていた。
「…その言葉に、嘘偽りはありませんか?」
「はい。ありません」
そう言い切ったヴィアは、首を頷かせる。
同時に、さらに言葉を続けようとしたが、それよりも早くイライジャが言葉を被せてそれを遮った。
「一つだけ、忠告しておきます。その先の貴女の言葉によっては、私もリンクスも黙ってはいません。場合によっては、貴女の無事も保障しかねるとだけ言っておきましょう」
「お、おい、イライジャ…?」
つい先程までは他人事のように聞いていたカイトだったが、イライジャらしからぬ言動を耳にして、動揺を隠せずに宥めようとする。
だが、ヴィアを見つめるイライジャの眼差しは決して冗談などではなく、冷酷なものであり、その姿はカイトが知らないイライジャだった。
それはリンクスも同様であり、その場は誰も止めることも、立ち入ることもできない、三人だけが支配する空間となっていた。
「戦いを止めると君は言ったな?何の戦いを止めるつもりだ?」
「これから起き得るであろう戦いです。正確には、とある者達を止めると言った方が良いかも知れません」
イライジャに忠告されても、ヴィアは少女らしからず全く臆することなく、はっきりとした口調で答える。
その声には覚悟が秘められているものであり、それはヴィアにとって揺るがないものなのだということは、リンクスもイライジャも察した。
「とある者達、とは?」
「過去に囚われた亡霊…。あなた方が、誰よりも知っている者達です」
その答えに、リンクスとイライジャは互いの顔を見合わせる。
過去に囚われた亡霊。
その言葉は、二人にとって聞きたくないものであるが、同時に想定していたものであった。
「彼等は、世界に対して戦いを起こそうとしています。私は、そんな愚かなことをする彼等を止めたい。でも…」
「…自分には、それができるだけの力がないということか」
リンクスに指摘されたヴィアは、頷くと同時に顔を俯かせる。
そして悔しそうに、太腿の上に置かれた両手をぎゅっと握り締めた。
自分が無力であることを自覚しており、そして他人に縋ることしかできないという歯痒さが、ヴィアの胸中にあった。
「…なるほど。ひとまず、貴女が敵でないということは分かりました。しかし、貴女の求めていることに対して、我々が首を頷かせることはまだできません」
今まで放っていた殺気のような感覚と、冷酷な眼差しは消え失せ、イライジャは静かに口を開いた。
リンクスも同様であり、それはヴィアが敵でないということが分かったこと、そして彼女が言ったことが嘘ではないということが分かったということを示している。
しかし、その場の空気は穏やかにこそなったものの、イライジャの答えはヴィアが求めるものではないものだった。
「理由はお分かりですね?」
「勿論です。お二人がすぐに納得するはずのものではないことも承知の上ですし、何よりこうして話を聞いていただけただけでも、私にとっては救い以外の何ものでもありません」
「理解が早くて助かります。ただ、誤解をしないでいただきたいのですが、まだ私とリンクスは、貴女の求めを断ったわけではないということだけは理解しておいて下さい。我々の中でも整理しなければならないこと、そして議論する必要があるということだけです」
「ちょ、ちょっと待てよ。何を三人で解決してんだっての」
イライジャの言葉にヴィアは頷くが、そこでカイトが話に介入する。
というのも、確かに傍らで聞いていても全く理解できる話ではなく、それはカイトを含めた他の面々も同様だった。
それを三人だけで広げられ、そして纏められたのでは堪ったものではないというのも無理はない。
「ワケ分からねえ話が始まったかと思ったら、いきなり終わって…。少しは俺達にも分かるように説明しろよ」
「いずれ分かる時が来ますし、いずれ話します。というより、貴方は聞かなければならない話でもあります。他の誰よりも、貴方が一番関係してくる話です」
「はぁ?」
「ただ、そのこと自体は、今貴方に話すにも時間が掛かるものです。そしてそれを聞くことも、貴方の人生にとっては大きな転機になります。私達の話を聞いてしまえば、今までの生活から一変し、或いは二度と今の生活に戻れないことにすらなり得る。それを貴方が踏まえた上で聞く覚悟があるなら、今から話しても構いませんよ」
イライジャの一言に、カイトは固まる。
何を言っているのか、何を意味しているのか理解できないが、しかし聞いてしまえば大きな変化が訪れるものだという言葉は、二人の態度からして説得力があった。
子供だから口出しをするな、などと幼稚な発言ではなく、カイトにも深く関係していることであるが故に、それを話すには時間とカイトの覚悟が必要なのだという意味を悟ったカイトは、それに対して強く言い返せなかった。
「どういうことだよ…?ただ、悪い奴がいるから、それを倒す為に力を貸してくれって話じゃないのか…?」
「あながち間違ってはいません。寧ろ、簡潔に纏めるのであれば、その表現が一番正しい」
「なら、何でそこに俺が関係してくるんだ?それに、野盗達を簡単に倒せた二人なら、そんな悪い奴等を倒すぐらい…!」
「野盗如きなど話にならない者達が、相手になってくるというわけです。それこそ、野盗を数千人程集めたところで絶対に勝てない程の、ね。それでも、我々二人だけが力を貸して勝てると思いますか?」
徐々に語気を荒げていくカイトに対し、イライジャは常に冷静に返していく。
そんな光景を、ヴィアは心配そうに見つめていた。
「…カイト。お前は、野盗達と戦っている時に、彼女が召喚した光の剣を覚えているか?」
「あぁ?」
今まで口を閉ざしていたリンクスだったが、口を開いてカイトに問い掛ける。
それを聞いたカイトの脳裏には、突如現れたヴィアが、光の剣を召喚し、それを操って攻撃する光景が蘇った。
「お前は、その光の剣を使って俺を援護したな?」
「だから、それがどうしたってんだよ!」
「あんなことができるなんて、おかしいと思わないか?」
そう言われたカイトは、それがもっともな指摘だと頭の中で気付く。
そもそも、光でできた剣が現れ、それを操るなど普通のことではなく、ましてやそれを使って最後に野盗を倒したのは他ならぬカイト自身だった。
普通ではない力を、まるで自らの力のように使う。
リンクスの危険を察知しての咄嗟の行動だったが、何故その力を扱えたのかと指摘された時、カイトの心臓はドクンと鼓動した。
まるでその音が聞こえたかのように、事実に気付いたカイトを見たリンクスは一瞬眉をひそめた。
「そ、そう言われたって、普通に掴めたし…それに、あの野盗のデブだって、普通に弾いてたじゃねえか…!?」
「あの力は、敵意を前にして臨んだ相手に対して、物理的な干渉ができる。そして、それは相手も同様だ。しかし、あの力を使うこと自体は、同等の力を持つものしかできない」
リンクスが言うには、あの力を使う者が敵と対峙し、明確な敵意を持った場合に物理的な干渉をすることが可能になるというのだが、それ故に力を持たない者が敵であっても、特性上触れることは可能になる。
しかし、力を持たない者や敵意を向けられていない者に対しては、触れることもできないということだった。
ならば何故、カイトはあの剣を掴むことができたのか。
「俺もあの剣を使った。そして、お前もあの剣を使った。しかし、普通の人間であるならば、あの剣は使えない。そして、ヴィアが最後にお前に聞いた言葉。俺が何を言っているのか分かるな?」
君は、何者なの?
その一言が蘇ったカイトは、それ以上リンクスに聞き返すまでもなかった。
「何故、あんなことができるのか。お前は何者なのか。それを教えるにも、お前の覚悟が必要だ。聞き入れ、受け入れる覚悟がな。そして、俺にもお前に全てを伝える覚悟が必要だ」
知れば、大きな転機を迎える。
伝えれば、一人の少年の運命を変える。
それを知っているから、リンクスは伝えられなかった。
それを知っているから、リンクスは伝えたくなった。
「お前にその覚悟ができたら、全て話そう。彼女のこともな」
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