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ビタミンZ

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第一章 「始まりの日」

復興

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「ふあぁ…」


気の抜けた声と共に、ジャケットのポケットに両手を突っ込むカイトは気だるそうに欠伸をする。

朝日が昇り、心地よい風が木々の間を吹きぬけ、それが今のカイトの眠気をより一層刺激した。

その気になれば、例え外であろうと眠れてしまう程に、睡魔は一向に消えることはない。


「いつまで欠伸をしているのです?睡眠時間はたっぷりと取ったはずでしょう?」


そんなカイトと肩を並べて歩くイライジャは、やれやれと呆れたように溜め息を吐く。


「仕方ねえだろ。昨日は早く寝たけど、一昨日は全然眠れなかったんだし、もともと俺は朝弱いんだよ」


リンクス達から話を聞き、そして真実を聞くか否か悩み続けた日は全く眠れず、そしてソラとイスカに励まされ、気持ちが落ち着いた昨日は、その反動か早く眠りについた。

睡眠時間にしておよそ十時間程眠ったにも係わらず、昨日とは違う気だるさと、何よりとてつもない睡魔が襲い掛かり、イライジャと歩くことや彼の言葉に返答するだけでも難しい。

自主特訓する以外の朝は極めて苦手で、それもまた拍車を掛けており、カイトの足取りは重かった。


「威張って言うことではないでしょう。貴方も貴重な労働力なんですから、途中で居眠りでもされたら堪ったものではありませんよ?怪我もする可能性だってありますし、それに…」


「あー、分かったっての。頭がまともに働いてねえのに、そんな説教されたら頭がパンクするわ」


イライジャが言った労働力ということもそうだが、二人が朝から麓に向かって歩いているのは、セドニアの復興作業を手伝う為であった。

野盗によって壊された箇所の修繕や、怪我人の治療などをするにも人手が不足しており、その為にカイトやイライジャ達の若い人手を借りなければとても賄えるものではない状況であり、昨日の夜にセドニアの町長から直々に依頼を受けていた。

リンクスだけでなく、ソラとイスカも早々に出掛けて復興作業に出向いたようで、こうして二人が歩いているのも、寝坊したカイトをイライジャが迎えに来た為であった。

残るフィオナは孤児院で子供達と留守番をし、二人は彼女と子供達に見送られて今に至る。


「それにしても、昨日そんなに眠れたということは、貴方の中で何か掴めたようですね」


説教が始まるかと思いきや、イライジャは意外な言葉を投げ掛けた。

予想外の問い掛けと、未だ頭が働いていないカイトは、「あー…」と間の抜けた声を漏らし、やや時間を掛けてそれについて返事をした。


「…まあな。まだちゃんとした答えは出てねえけど」


「それは良かった」


さらに意外な言葉が返ってきたことで、カイトは疑うようにイライジャを見る。

当のイライジャ本人は、その言葉が聞き間違えではないということを証明するかのように、カイトから疑いの眼差しを向けられていようとも、構わずに穏やかな笑みを浮かべていた。


「何でだよ?まだ俺は、はっきり決めてねえんだぞ?」


「すぐに決められることではないのですから、それは当然でしょう?そんな中で、何か切っ掛けを掴んで、それが自分の納得できる答えに繋がることになるのであれば、それが一番じゃないですか」


確かに、そうなれば一番だということは、言われなくても分かっている。

しかし、もし切っ掛けを掴んだつもりで、そしてそれが自分の納得できる答えに繋がらなかったら、何も意味がないことも分かっている。

もしそうであったなら、現状を手放しで喜ぶことなどできはしないし、喜んではいけない。

常に疑心と不安が過ぎり、カイトの心は晴れていなかった。


「…でも、もしそれが答えに繋がらなかったら…どんな答えを出したって、後悔するようなことがあったら…自分が選んだ答えが間違っていたら、何の意味もねえだろ」


だからこそ、カイトは素直に自分の感情をありのまま吐露する。


「答えに繋げるのは、貴方自身の力ですよ。それに、後悔しないように生きるなんてことは、恐らく誰であっても不可能じゃないですか?貴方の置かれている状況では、尚更です」


しかし、イライジャは、そのカイトの感情を否定することなく受け止めた上ではっきりと答える。

自身が逃げず、そしてカイトにも逃げさせないように。


「人というのは、生きていく中で様々な分岐点に直面します。そして自分で一つの道を選んだ先で、あの時こうしていれば、あの時この道を選んでいれば、と思う時が必ず訪れます。しかし、その時に自分が選んだ道が正解かどうか判断するのは、他ならぬ自分ですよ。そして、それが正解か否か分かるのは、ずっと先の話です」


「……………」


「尤も、一度たりとも後悔したことがないなど言う者がいるとするのであれば、それは余程の気楽者か、ただの愚者か、それとも限りなく薄い運を引き当てた幸運な者のいずれかと思いますがね。それに、例え一度間違えた道を歩んだとしても、その先の未来全てが間違っているわけではありませんよ」


カイトが知らない時間の中で様々な経験を経て、そこから身を以って学んできたからこそ、イライジャはカイトの言葉を真摯に受け止め、そして答えることができた。

それは慰めで言っているわけでもなく、ただ自身が感じ、思ったことを述べただけであったが、それでもその言葉はカイトの胸に響くものがあった。


「…イライジャは、今の生き方に後悔してないのか?」


「あの時ああしていれば、あの選択をしていれば、といった経験であれば、それはもう数え切れない程ですが…しかし、今こうして貴方達と静かに暮らしていると、正しい選択をしたのではないかと思いますよ。まあ、結果論ではありますがね」


医者という職業柄、イライジャの場合は特に当てはまることだった。

一つの判断ミスで、患者を傷付けたり、悪化させたり、或いは死なせてしまうこともある。

口には出さないが、イライジャも今まで診てきた患者に対して最善を尽くしてきても、救えない命があったことは想像に難くない。

その時、きっと「違う選択を取っていれば」と後悔したのだろう。

それ故に、幾つもの人と命に触れ合ってきたイライジャが言う言葉には、尚の事重みがあった。


を言い続けて、そこから先に進むことを畏れていては、何も変わりませんよ。大事なのは、自分で答えを出すということです」


「…分かってる。でも、俺には…」


切っ掛けを掴んでも、自分が出した答えに納得できる自信はないし、まだ怖いままでいる。

そう言おうとしたカイトだったが、それを察したイライジャは、それを遮るように言葉を被せた。


「仮に貴方が選んだ道が失敗だったとしても、そこから正しい道を進めば良いのですよ。若い貴方には、時間があるのですから」


「時間…?」


「私やリンクスのような大人がどれだけ望んでも、貴方の年齢には二度と戻れない。仮に私やリンクスが今から過ちに気付き、それを修正しようにも、失った時間は取り戻せません。しかし、若い貴方には修正できる時間も猶予もある。それは、若い貴方に与えられた特権ですよ」


若いからこそできること。

若いからこそやり直せること。

若さを持ち得ない大人には、何を犠牲にしようと、どれだけ望んでもできないことが、若さを持っている子供にはでき、それこそが若い子供が持つ無限の可能性というものだった。


「さあ、ここから先は切り替えましょう。仕事の時間です」


話をしているうちに、気付けば二人はセドニアの麓にまで辿り着いていた。

顔を上げたカイトの視界には、セドニアの住人達が老若男女問わず、そして忙しなく復興作業に当たっている光景が映る。

そんな中、セドニアの人々に混じるヴィアの姿があり、カイトが気付くと同時にヴィアもカイトの存在に気付いたのか、顔を向けるや否や近付いてきた。


「おはよう、カイト」


「ヴィアも手伝ってるのか?」


「うん。私にも、できることはないかなって思って」


セドニアの住人ではないというのに、ただ善意で町の復興作業に参加しているヴィアがいるとは思っていなかったカイトは驚きを隠せなかったが、しかしヴィアは何故かそんなカイトを見てくすっと小さく笑う。


「何だよ、一人で笑って」


「ううん。カイトに名前を呼ばれたのが新鮮だったから、ちょっと不思議な感じがしただけ」


言われてみれば、出会ってからヴィアの名前を呼んだのはこれが初めてだった。

呼ぶ機会もあったが、意図して呼ばなかったわけでも、またこの時も意図して呼んだわけでもない。

カイトとしては、ただ何気なく自然と名前を呼んだだけだったが、名前を呼ばれたヴィア本人としては嬉しいものがあるのだろう。

それに、考えてみれば出会ってから二日程も経ち、また顔を何度か見合わせているというのに、名前を初めて呼ぶのがこの時というのも確かに不思議な話で、ヴィアが笑うのも分かる気がした。


「別に、悪気があって名前を呼ばなかったわけじゃないんだけどな…」


申し訳ない気もするが、謝る必要があるものなのかとさえ思ってしまうカイトは、どうしたものかとでも言いたそうにカリカリと頭を掻く。

そんな困った様子のカイトを見たヴィアは、面白そうにくすくすと笑っていた。


「おお、カイト。ようやく来たのか」


困った様子のカイトを呼ぶのは、ハンチング帽を被り、白い髭を蓄えた老人だった。

老人とは言っても、やや猫背気味ではあるがその足取りは軽快なもので、自給自足で生活をするセドニアに住んでいる為か若々しさだけでなく逞しささえ感じさせる。

そしてその老人が握る手綱の先には、老人と歩調を合わせてゆっくりと歩く馬の姿もあった。


「フィリップじいさん、あんたは大丈夫だったのか?」


カイトが呼んだフィリップという老人こそ、野盗が襲来した際に彼が身を案じた人物だった。

ブローカーとして町を助けている重要な役目を果たしているだけでなく、カイトが幼い頃から色々と面倒を見てくれており、よく物資を届けるついでに孤児院に土産を買ってきてくれたこともあった。

ただ可愛がるだけでなく、悪いことをすれば叱ることもあり、その関係はまるで祖父と孫のようなそれであり、そのような間柄故にカイトが信頼する人物の一人だった。


「見ての通りだよ。そこのお嬢さんに助けてもらったからな」


フィリップの視線は、カイトの前に立つヴィアに向けられていた。

恐らく、カイトとリンクスが野盗と戦う前に、ヴィアがフィリップのみならず馬も助けていたのだろう。

ヴィアの力であれば、野盗の一人や二人を倒すことなど容易であり、またその力を目の当たりにしたからこそ疑いようがないことだった。

それを表すかのように、馬はヴィアに顔を近付け、鼻息が掛かってくすぐったそうにするヴィアも、それに応えるように馬の顔を優しく撫でた。


「怖かったね。でも、もう大丈夫だよ」


言葉は喋れないものの、ヴィアに答えるように、馬は目を細めて尻尾を振るい、喜びを表現する。


「ヴィアが助けてくれたのか」


「フィリップさんがここに連れてきてくれた直後のことだったから、何とか間に合ったの。でも、無事で良かった」


「物資は持ってかれても、また働けば何とかなるが、馬だけは奪われたらどうしようもない。何せこいつは、俺の大事な相棒であり、家族でもあるからな。他にどんな馬がいようと、俺にとっての馬はこいつだけなんだ」


そう言ったフィリップは、馬の頭を優しく撫でる。

その馬は、ブローカーとして無くてはならない存在であると同時に、長年連れ添った家族の一員に違いなく、子供と変わらぬ愛情を注いできた存在でもあり、この馬を失うことはフィリップにとって何よりも耐え難いことだった。

その大切な存在を護ってくれたヴィアは、まさに恩人とも言える。


「そういえば、町の被害はどうなってんの?」


「野盗も全員捕縛し、幸い死者もいないそうですよ。怪我人も軽症で済んだようで、処置もある程度終わっていると聞きました。私がこれから処置の確認を含めて怪我人の診察をしますが、恐らく大丈夫でしょう。あとは、町を復興するだけですね」


状況を確認するカイトに、イライジャが答える。

町の状態を一瞥し、そしてイライジャから聞いたことから察するに、必要なのは肉体労働ができる人員なのだろう。

そして、労働力を欲しているということからある程度予想はしていたものの、その為にカイトが呼ばれたのだとすぐに理解した。


「…その言い方だと、俺に力仕事をしろってことか?」


「察しが良いですね。何か不満でも?」


自分が住んでいる町なのだから、力になりたいという気持ちは当然ある。

しかし、まだ身体が完全に目覚めておらず、気だるさもある状態で、肉体労働をする気分ではないというのが本音だった。

それを口にするのは気が引ける為、何か良い言い訳か、或いは別のものはないかと思ったカイトに、一つの考えが閃く。


「不満っつーか、俺もイライジャの仕事を手伝おうかなって思っただけなんだけど」


「結構です。それについては、イスカやここの優秀な女性陣がやってくれてますし、何よりがさつな貴方には明らかに不向きな仕事ですから」


何か別の、肉体労働以外の仕事をと思ったカイトは、イライジャの仕事を手伝うとは言うものの、イライジャはそれを歯に衣着せぬ物言いで一蹴する。

カイトの魂胆を見透かしての言い方だったが、そこには慈悲も同情もない。

言い返したい気持ちが心の奥底から湧いてはくるものの、がさつということ、そして繊細さと慎重さが求められる医療の現場には不向きであるということに、否定はできなかった。


「ヴィアだって、町の復興作業を手伝ってくれているのですよ?それに、リンクスやソラもやっているのですから、貴方が思っているよりも早く終わるはずです」


「そうかも知れねえけどさぁ…」


「だらしねえぞ、カイト。俺の馬だって、荷物運びをやってるんだ。若いくせに、家畜以下の労働力でどうする」


(…お前、そんな張り切らなくたって良いのに)


フィリップにまで言われたカイトは、馬を恨めしそうに睨むが、馬はそんな視線など意に介さずにヴィアに身を寄せたままで、こちらに顔を向けようとはしない。

大人二人のみならず、家畜にまであしらわれることに屈辱感を一人覚えるカイトだったが、そんな彼にヴィアだけが手を差し伸べた。


「一緒に頑張ろ、ね?」


カイトが返事をする間もなく、ヴィアはカイトの手を取り、そのまま引っ張っていく。


「お、おい!俺はまだ…!」


何か言おうとするカイトだったが、有無を言わさずにヴィアにぐいぐいと引っ張られ、その場から離れていく。

それを見送るイライジャは、小さく溜め息を吐いた。


「…やはり、彼の血を引いているだけはあるか…。嘘が下手ということまでそっくりだとは…」


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