THE WORLD

ビタミンZ

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第一章 「始まりの日」

混沌の胎動

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「おい、カイト!大事に扱えって何遍同じ事を言わせるんだ!!」


「分かってるっつーの!」


澄み渡る青空と太陽の日差しが照り付ける中、ゴツッと鈍い音が聞こえたと同時に、それを聞き付けた町の大工の怒号が響き渡る。

頭にタオルをバンダナのように巻き付け、角材を肩に担ぐカイトは、釘を打ち付けながら注意する大工に言い返した。

いつもは温厚で気前が良い大工達も、この時ばかりは職人としての腕が鳴るのか、例え一般人だろうが子供だろうが労働力として容赦なく使い、そして仕事ができなければ叱り出す。

中にはそれに耐えかねて逃げ出す者もいる程だったが、カイトは何度叱られようと構わずに仕事を手伝い続けていた。

何度目か分からない程に叱咤されているものの、こうして仕事を続けているのは、逃げ出してしまえば負けた気がするという単なる意地で、カイトは一度スイッチが入ると没入するタイプだった。

しかし、意地だけで仕事ができるようになるわけでなく、つい先程も角材を運ぼうと持ち上げた際に、角材が建物の壁に当たってしまい傷付けてしまった為に叱られたばかりだった。


「ワザとじゃねえんだから、そんな怒鳴らなくたって良いだろ…」


うんざりする程怒鳴られてきたカイトは不満を漏らすが、それを聞かれてはまた面倒なことになるのは明白である為、聞こえない程度の声量で呟くというせめてもの抵抗をする。

しかし、それを言ったからといって何かが変わるわけでもなく、虚しさを感じながらカイトは一人角材を運び出す為にその場を後にした。

そのまま半壊した家屋の所まで運ぶと、そこには屋根に上って作業をするリンクスの姿があり、カイトは声を掛けた。


「運んできたぞ、リンクス」


カイトの声に反応したリンクスは、顔を向けて白い歯を見せて笑い掛ける。

身体や衣服に汚れが付いてはいるが、その姿は汚らしさを感じさせず、清々しささえ感じさせる程に気持ちが良さそうだった。


「おう、ご苦労さん。その辺に置いといてくれ」


そう言われたカイトは、つい癖で適当に置こうとするも、また大工に何か言われると察知し、改めてゆっくりと角材を家屋の近くに置く。

それとほぼ同時に、リンクスは半壊しているとはいえ、二階建ての屋根の上から飛び降り、カイトの前で着地した。


「怒鳴られつつも、何とかやってるようだな。俺はてっきり、嫌になって逃げ出すかと思ってたぞ」


「うるせえな。こんなことで、いちいち音を上げてられるかよ」


あくまで意地のみで動くカイトに、リンクスは笑った。

カイトらしい返答であり、そしてそれはまた予想通りの返答でもあった。

この読みやすくも分かりやすい、単純で純粋な性格は、やはりの息子なのだとつくづく思わせる。


「何笑ってんだよ」


「いや、ちょっとな」


笑い出すリンクスを見るカイトは、頭の上に?マークを浮かべているという表現をそのまま表すかのように、眉間に皺を寄せながら首を傾げる。

そんなやり取りをしていると、町の広場が何やら騒がしいことに二人は気付いた。

見れば、そこでは大人達が中心となって、何かを取り囲んでいるような光景だった。

しかし、揉めているようにも見えず、また喧嘩などの騒動ではないようにも見えるそれは、二人の興味を一層強める。


「何やら騒がしいな…。何かあったのか?」


「知らね」


何かあったのかと思った二人は、顔を見合わせると、続けるはずだった作業をそのままにして広場に足を向けた。

近付くに連れて、広場に集まる人の姿がはっきりと見えるようになってきたが、その場の雰囲気が何やら不穏なものであることに感づいた二人の足は、次第に速くなった。

広場に行き着いた二人はその中に混じろうとするも、その場の人数に圧倒されて何が起きているのかまでは分からなかった。


「何なんだ?ちっとも見えねえんだけど」


何を騒いでいるのか見ようにも、人々が押し寄せる集団の中に入り込むことはできず、そして耳を澄ませて状況を把握しようにも、幾人もの声によって何を言っているのか全く聞き取れない。

カイトよりも背が高いリンクスでさえもそれは同じようで、彼が背伸びをしても分からない様子だった。


「二人とも、無理しないで下さい」


ならば力ずくで、と思った矢先、聞き覚えのある声が二人の耳に届く。

二人がほぼ同時に振り向くと、そこにはイライジャの姿があった。


「イライジャ、何があったんだ?」


状況が理解できないリンクスは、何気なくイライジャに問い掛ける。

しかし、イライジャの表情は芳しくなく、それが二人の胸中に生まれつつあった不安というものを強くする。


「落ち着いて聞いて下さい。どうやら、「彼等」が動き出したようです」


「彼等…?」


その単語を繰り返すカイトはちらっとリンクスに首を向けると、その顔が強張っていることに気付く。

イライジャが告げた一言で、リンクスは何が起きているのか、その全てを察したようだった。

しかし、何が起きているのか全く把握できないカイトは、イライジャに詰め寄る。


「何だよ、それ?何が起きてるってんだ?」


「私もラジオの速報で少ししか聞いていないので、はっきりとは言えませんが…。ビフレストのエーテル供給施設が、襲撃されたとのことです」


「エーテ…?何だって?」


全く聞き覚えのない言葉に、カイトはさらに質問を続けた。


「セドニアのような小さな町には無縁のものですから、町を出たことがない貴方が知らなくても無理はないですが…。簡単に言ってしまえば、人々の生活を豊かにする「エーテル」という高エネルギーを供給と貯蔵し、そしてそれを送り出す施設のことです。主に各国の首都、もしくはその周辺に建造されており、それらはレギオンが管轄しているはずでした」


「じゃあ、ビフレストが持ってる、その何とか供給施設が奪われたってことか?」


イライジャは首を頷かせ、言葉を続ける。


「遥か昔、衰退の一途を辿り、やがて破滅という選択しか残されていなかった世界を根底から変え、繁栄と発展を遂げさせることになった万能物質エーテル…。そのような代物を管理する施設ですから、レギオンの厳重な管理体制の下に防衛されているはずでした。そんな施設が襲撃された、ということの意味が分かりますか?」


「…レギオンに匹敵するだけの武力を持った奴等がいるってことだろ?」


「その通りです。話せば長くなりますが、本来そのような者達が現れるようなことがあってはならないはずなんです」


「どういうことだよ?」


話せば長くなる、と前置きをしたが、それでもカイトはイライジャの話に興味を向けて、その先のことを聞きたいようだった。

イライジャはちらっと視線を人々の集団に向け、その先のラジオから新しい情報が流れるのではないかと思ったが、人々が未だに静まり返らない様子からしてまだその時ではないようだった。

時間の猶予があることを確認したイライジャは、改めてカイトに視線を戻し、話を続ける。


「エーテルという存在は、人々の生活を豊かにする反面、今までの常識から逸脱した存在でもありました。長年苦しめてきたエネルギー問題を解決するばかりか、化石燃料を不要とするまでの膨大なエネルギーは、先程も言った通り全てを根底から覆す程の存在…つまり、混沌と動乱を生み出しかねない存在にも成り得ました」


「それって、今までのバランスを崩しかねないってことか?」


「そうです。エーテルを武力に使えば、より大きな戦争を引き起こす起爆剤になる…。仮に、それが民間の手に渡ったとしたら、例えば先日の野盗のような集団やテロ組織に渡ったとしたら、政治や経済を含めた全てのイニシアチブは、エーテルを保有する者達が握ることも意味していました。言うなれば、世界のパワーバランスの崩壊を引き起こす危険性をも孕んでいたのです」


まだ漠然と、何となくという表現が近いが、カイトはイライジャの説明を聞いて理解しつつあった。

もしかしたら、イライジャが教えることは歴史の教科書や参考書に掲載されていることなのかも知れないが、勉強に無関心なカイトには無縁なことで、彼から聞くことは新鮮で未知のものだった。


「事実、そのイニシアチブを握る為に、大国ニブルヘイムは武力組織レギオンを結成しました。圧倒的武力を誇るレギオンは戦火の抑止力となり、数々の動乱を経た後にエーテルは事実上ニブルヘイムが独占することになったのです」


「でも、そうだとしたら、ビフレストにエーテル供給施設がある理由は何でなんだ?エーテル自体は、ニブルヘイムのものなんだろ?」


「当然、ニブルヘイムのみがエーテルを独占するとなっては、世界中の敵として見做されます。その為、ニブルヘイムは各国に対して条約を締結し、そしてエーテルを貸し渡す形で供給施設を各国に建造しました。だからこそ、例えビフレストにあろうと、各国にあるエーテル供給施設はニブルヘイムの所有物なので、レギオンが管理しているのです」


大国ニブルヘイム。

欲しい物は何でも揃い、職に就くにも問題なく、生活するには何不自由がない夢の国という話を、噂ではあるが耳に挟んだことがあった。

一度も行った事がないカイトは、そんな夢物語のような話があるものかと思ったが、イライジャの話を聞いた限りではあながち嘘ではないように思える。

それもそのはず、エーテルというエネルギーを保有しているのだから、そのような話が真実になっても何ら不思議ではなかった。


「圧倒的武力を以って、エーテルを管理し、そして世界のパワーバランスを保つということ…。それはやがて、世界の秩序と均衡を保つという名目になり、レギオンはそれを司る役割を担うことになりました。同時にそれは、レギオンが新たな戦火の抑止力になるはずだった。しかし、そのレギオンに対抗できるだけの武力を持つ者達の出現…ここまで話せば、先程私が言ったことの意味が分かりますね?」


「……戦いが…戦争が起きるってことか…?」


イライジャは、正解を示すかのように首を頷かせる。

同時に、戦争という言葉を口にしたカイトは、一つの真実に気付いてハッとした表情を浮かべる。

それは、ヴィアが言った「戦争を止める」ということ。

彼女は、このことを予見して動いていたのだということにカイトは気付いたのだった。

そして、イライジャが言った彼等とは、ヴィアが言った「過去に囚われた亡霊」だということも。


「似たような事件が過去一度だけありましたが、エーテル供給施設が奪われることは歴史の中で初めてです。もし仮に、この報道が事実だったとすれば、経済、情勢、治安など、枚挙に遑がない程に全てが一変し、場合によっては崩壊を招くことすらある…。世界は、それだけ危うい状況になっているのですよ」


「ヴィアが言ったことは…ヴィアが止めたいって言ってたのは、このことだったってのかよ…」


「そのはずですが、残念ながら手遅れのようです。きっと彼女は、未然に防ぐことを目的としていたのでしょうが、起きてしまったとなれば目的は果たせなかったことになります」


それを聞いたカイトは、イライジャに詰め寄る。

その表情は、焦りと不安を混ぜたものだった。


「手遅れって…何とかならないのか!?」


「落ち着きなさい。今ここで貴方が慌てたところで、状況は変わりませんよ」


「分かってるよ!だけど、そんな話を聞いて落ち着いてなんかいられるかってんだ!」


「やめろ、カイト」


今にも掴み掛かろうとするカイトの腕を、今まで黙っていたリンクスが掴んで制止する。

大きな手の感触を感じたカイトは、一瞬だけ我に戻るが、すぐに何かを思い出したかのようにその手を払い除けた。


「イライジャの言う通りだ。お前が今騒いで、何になる?何をそんなに慌てているんだ?」


不安を隠しきれないカイトに反して、リンクスとイライジャは至って冷静だった。

そして背が高いリンクスから、覆い被さるかのように見下ろされているカイトは、威圧感のようなものを感じ取り、思わず目を背ける。

自分でも、何故こんな気持ちになるのか分からない。

だが、言いようのない不安が全身を襲い掛かる感覚だけは、嫌でも分かった。

もしかしたら、この行為はその不安から逃れる為のせめてもの抵抗なのかも知れない。


「…今まで、ヴィアが来たことの意味が分からなかった…。言っていることの意味だって、何も…。でも、今の話を聞いた時…あいつの行動の意味の重さが分かったら、不安になったんだ…。今まで感じたことがない程の…」


あの小さく華奢な身体に、どれだけ重い決意と覚悟を背負ってきたのだろう。

不安も動揺も見せず、ただ戦争を止めたいという一心でセドニアに来た彼女は、今どう思っているのだろう。

同じ位の年齢の少女に対して、自分は何を背負い、生きてきたのか。

そう思った時、途端に何かに突き動かされるかのような衝動に駆られた。


「ああ、そうだよ…!お前らが言った通り、俺が騒いだって、何も変わりゃしねえことだって分かってるさ!!俺に何もできねえことだって知ってるよ!!だからって、あいつが一人で動いてるのに、何もしないままでいられるかってんだ!!」


「…だったら、もしお前に力が…。お前に何かできる力があったとしたら、お前はどうするつもりだ?」


「…え…?」


ただの子供である自分に、ヴィアの力にはなれないことは自覚していたが、それでも何かしたいという気持ちは強かった。

だが、もしも彼女の力になることができたのなら?

その言葉をリンクスから聞いた時、カイトはリンクスの目を見詰めた。


「彼女の背負った覚悟と意志を、お前自身も背負う覚悟はあるか?」


「それって、どういう…」


カイトが聞き返そうとした時、何かを察したイライジャが二人の間に立って会話を中断させる。

気付けば、人々に取り囲まれたラジオが、息を吹き返したかのように電子音を鳴らし始めていた。

そして人々も、ラジオに意識を向けており、先程まで騒がしかったその場は嘘のように静まり返っている。


『あ…たな…報で…。犯行組織と思われる者達の声明が、たった今届きました。これから、編集を加えずにノーカットで放送致します』


最初はノイズによって聞き取れなかったが、誰かがラジオのアンテナを調整したのか、聞き取りやすい声がカイト達の場所にまで聞こえるようになる。

動揺も焦燥もないニュースキャスターの声と、そしてこれから流れるであろう声明を、その場にいる者達はただ黙って聞いていた。


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