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第一章

23. 目覚め

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 窓から差し込む太陽が眩しい。
 目覚めると、裸のまま広いベッドの上に一人だった。

 少し気怠い体をなんとか起こし、手近にあったブランケットを肩から羽織る。
 寝室からそっと抜け出せば、リビングにも早川の姿はなかった。

 いないことに安堵の溜息を吐くが、胸はなんだかモヤモヤしてしまう。

 昨夜のことは、朧げにだが覚えていた。
 リュックからスマホを取り出すと、祥吾と暁人から着信とメッセージがたくさん残っていた。どれも俺を心配する内容で、申し訳なくなる。それらを眺めている間に、最新のメッセージが届いた。

【今日休み?もうすぐ講義始まるぞ。】

 それは、祥吾だった。
 驚いて時計を見れば、時刻はとうに十時を回っていた。
 けれど、どうしても支度なんてする気になれない。

【昨日はごめん。今日は休む。】

 それだけ打って、ソファーに倒れ込んだ。

 ぼんやりと天井を見上げながら右手を翳せば、手首には赤い痕があった。
 何かと思い、近くで見る。
 それは、小さな鬱血痕だった。

 途端に、絡め取るように握り込まれた右手の熱がぶり返す。


『いいよ、もっと触って?』


 落とされた噛み付くような口付けの痛みを思い出し、たまらずブランケットに顔を埋める。しかし、瞳を閉じてしまえば、より鮮明に早川の姿がまぶたの裏に浮かんだ。

 綿菓子のように白く滑らかな肌。
 ミルクティーのように甘そうな髪。
 宝石を詰め込んだようなヘーゼルの瞳。

 彼をかたどるもの全てが、甘く綺麗なものでできていると思っていた。

 バスに乗ってはしゃぐ姿も、
 甘いものが大好きなところも、
 さりげない気遣いができる優しさも、

 彼はどんな姿でも、キラキラした王子様なのだと、信じて疑わなかった。
 

 ……でも違った。
 昨夜の彼は、まるで俺を頭から喰べてしまえそうなほど成熟したおとこだったのだ。

 それを、嫌というほど知ってしまった。
(でも、嫌じゃなかった……)
 茹だるような思考のままブランケットにくるまれば、あの爽やかで甘い香りが鼻をくすぐる。頭の中で囁きが響いた。


『今度、ここにいれようね』


 荒い息遣いの合間で囁かれた、少し掠れた甘ったるい声。

 それを思い出した瞬間、体の中心がきゅんと切なく疼き、慌てて頭を強く振った。

「~……っ、ゃ、ありえねぇ」

 そう呟けば、いつもはない喉の違和感に余計に悶える羽目になる。

(あんな声まで出して……、これからどんな顔して会えばいいんだよっ!)

 バタバタと広いソファーの上で暴れていると、ついに床へと転がり落ちてしまった。
「いっ……、った!」
 突然の衝撃と痛みに、目が覚めるような心地だった。
 しかし、ジンジンとした痛みが引いた頃、ようやく頭は冷静になる。早川さんはー……



「……なんで、あんなことしたんだろ」



 そんな疑問を零した時だった。
 不意に、玄関でガチャガチャとドアノブを動かす音がする。


「早川さん……?」


 そう呟けば、一人きりの部屋にインターホンが鳴り響いた。
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