上 下
69 / 91
第二章

22. 告白

しおりを挟む
「ずっと好きだった。蒼大」

 ただ、ひたすらに真剣な眼差しに全身が痺れたように動けなくなる。

(祥吾が、俺を……?)

 驚きで、声が出なかった。
 ようやく告白されていると自覚した時、俺の頭の中に走馬灯のように浮かんだのは、早川の姿だった。

 毒のように優しい、本心が見えない言葉。

 いつかの、忘れられない香水の香り。

 彼だけのものじゃないと知ってしまった、ミルクティー色の髪。

「なぁ、蒼大」

 その声に、現実に引き戻される。
 目の前には、変わらない祥吾がいた。
 
「俺だったら、お前を泣かせない。絶対に」

 口数が少ない祥吾の告白は、それでも誠実な気持ちが伝わるには十分だった。

(そうだ。祥吾といる時は、不安になんてならない。こんなに惨めで、情けなく泣きそうになんてならない。ずっと、楽しくて、安心できて、ただ心地よくてー……)

 ぐるぐると、思考は纏まらない。
 茹だるような蒸し暑さがぼんやりとした頭を支配してゆく中に、懇願するような祥吾の声が響いた。


「だから、俺を選んで」


 そう言った祥吾の手が、俺の頭に触れた時だった。


 あの、鮮やかなヘーゼル色が蘇った。

『アンタ、この子のこと知ってるか?』

『アンタの息子は立派だって話だよ!!!』

『怖がらないで。愛されたいと願って。欲張りになって……』

 そして、あの燃えるような夕焼けを思い出した。


『僕がなんだって叶えるから』


 

「ちがう」



 気がつけば、俺はそう呟いていた。



「この手じゃない……」



 髪に触れた祥吾の手が止まる。
 俺の視界は、膜を張ったように揺れ出す。 
 それでも、胸の中から湧き上がる言葉を、吐き出さずにはいられなかった。
 
「俺、自分に自信がなくて、空回りして、自分の気持ちばっかり押しつけて。でも、都合が悪い現実が見えそうになった途端に、怖くなって逃げたんだ……」

 でも……と、拳をかたく握る。
 
「やっぱり、もう一度ちゃんと話し合いたい。それが見たくない現実と向き合うことになったとしても。それくらい……、俺さ、俺……っ、あの人が……」

 目頭が熱くなるのを止められない。
 声が震えても、叫ばずにはいられなかった。


「好き! 大好きなんだ!」


 熱い涙と共に零れ落ちたのは、どうしようもない愛の告白だった。
 勝手に自分から離れる宣言をしておいて、さらに祥吾の告白で自分の気持ちに気付かされるなんて……、心底俺は最低だ。

 けれど、頬を伝う涙を拭ってくれたのは、やっぱり祥吾だった。


「やっと、素直になったな」


 指先が、涙の粒を優しく払う。
 見上げた先にいる彼は、悲しそうな、でもどこか満足そうな顔をして笑っていた。

 俺は、静かに口を開いた。


「こんな俺を、好きになってくれてありがとう」


 そして、


 ごめん、祥吾。


 ーーそう、紡ぐ筈だった。


 声を出すには、遅すぎた。


 突然、視界がぶれた。
 目を見開く祥吾の顔が遮られ、強引に横から顎を掴み上げられる。


 唇に走ったのは、噛み付くような痛みだった。


 キスをされた。
 そう理解した時、見開いた視界いっぱいに広がったのは、暗闇に鈍く輝くヘーゼル色だった。
 唇が、ゆっくりと離れる。
 痛いほど顎を掴み上げた手はそのままに、よく知った長い指先が俺の涙の跡をなぞった。


「早川さん……」


 掠れる声で、彼の名前を呼ぶ。
 早川はにっこりと微笑み、熱い吐息を吐き出しながら俺の名を呼んだ。


「蒼大くん」


 けれど、吐息とは裏腹に、それはぞっとするような冷たさを孕んだ声でーー……



「そんなに、好きだったんだ。……彼が」



 告げられたのは、思いもよらない言葉だった。
しおりを挟む

処理中です...