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2. 邂逅
籠から降ろされた後、僕は木の幹のようなものに座らされた。
「ここでいいだろう」
「俺達のことを恨むんじゃねぇぞ」
ここまで運んでくれた村人の声がする。
しかし、目隠しのせいでその姿を見ることは叶わず、着慣れぬ立派な着物のせいで身動きすることすら儘ならない。
何も言えずにいると、声が聞こえた。
「気味の悪い餓鬼め」
それは、吐き捨てるように発せられた最後の言葉だった。
足音と共に、気配が遠くなってゆく。
静寂に包まれた常闇の山は、蟲の声一つ響かない。
僕は、静かに座り続けたー……
どのくらい時間が経ったのだろう。
目隠しの向こうに僅かな光を感じた。
夜明けだろうか?
思わず目元の布に指先で触れる。
しかし、村長の言いつけを思い出して手を引いた時だったー…………
「蒼。こちらへおいで」
嗄れた声が、穏やかに響く。
「蒼」
もう一度、名を呼ばれる。
それは、今は亡き祖父の声だった。
(あぁー……、迎えに来てくれたのだ)
歓喜に震える唇で言葉を紡いだ。
「お待ちしておりました。山神様」
目隠しのまま、静かに振り返る。
すると、布の向こうで禍々しい何かが動く気配がした。
「其方、我が何か心得た上で振り向いたのか」
今度聞こえた声は、嗄れてなどいなかった。
低く耳の奥へと届き、脳を揺らす声。
それでいて透き通るような美しい響きが、言葉を紡いだ。
「ならば、もう一度その名を呼ぼう。
…………蒼。こちらへおいで」
布を、しとしとと濡らす。
それは、瞳から溢れた涙だった。
「なぜ泣く?人の子よ。我がそんなに恐ろしいか」
「いいえ」
「喰われるのが怖いか?」
「いいえ」
「家に帰りたいか?」
「いいえ」
「ならば、なんだ」
その問いに、立ち上がった。
重い着物の袖を持ち上げ両手を前へ掲げる。祈るように、囁いた。
「名をー……。僕の名を、呼んで頂けたことが、嬉しかったのです」
だから、もうこの命に悔いはない。
最後に呼んでくれたのが、こんなに美しい声で良かった。だからー……
「さぁ、どうぞ。僕を喰べて……」
布の中で、瞳を閉じる。
溢れる涙の向こうで、一歩ずつ近づく気配を肌で感じた。
『山神様は人を喰らう』
どのように喰べるのだろうか?
頭から……?腕から……?
鋭い爪のようなものが、頬へと触れる。
覚悟を決めた瞬間に訪れたのは、眩い程の光だった。
目隠しの役目を果たしていた布は、音もなく地面へと舞い落ちた。
瞳に、黎明の日の光が降り注ぐ。
驚きに睫毛を瞬かせれば、目の前で面布に顔を隠された長身の男が微笑んた。
そよ風に、日輪のような長い髪が靡く。
「……なんと、其方の瞳は空の色なのか」
その言葉に血の気が引く。
忌まわしい瞳。迫害された瞳。
自分だけでなく、祖父までも苦しめた瞳。
見せてしまった恐ろしさに震え上がる。
しかし、その瞳に因んだ呪われた僕の名を、山神様は再度囁いた。
そして、僕と同じ純白の着物の袖と真紅の袴を揺らし高らかに天へと腕を掲げた。
「ようやく見つけたぞ。美しき花嫁」
天へ掲げた指先を一振りすれば、柔らかく大地を包む様な雨が降り注ぐ。
朝陽が差し込んだ空には、大きく立派な虹がかかった。
まるで、桃源郷に来てしまったかのようなこの光景を、僕は永遠に忘れることはないだろう。
人々が待ち望んでいた雨が降り注いだこの日、僕は神様の嫁となった。
****
本日は、山の日なので……
気ままに続く予定ですが、少しでもお楽しみ頂けたら幸いです。
よろしくお願い致します**
皆様、良い祝日をお過ごし下さい!
一色明
「ここでいいだろう」
「俺達のことを恨むんじゃねぇぞ」
ここまで運んでくれた村人の声がする。
しかし、目隠しのせいでその姿を見ることは叶わず、着慣れぬ立派な着物のせいで身動きすることすら儘ならない。
何も言えずにいると、声が聞こえた。
「気味の悪い餓鬼め」
それは、吐き捨てるように発せられた最後の言葉だった。
足音と共に、気配が遠くなってゆく。
静寂に包まれた常闇の山は、蟲の声一つ響かない。
僕は、静かに座り続けたー……
どのくらい時間が経ったのだろう。
目隠しの向こうに僅かな光を感じた。
夜明けだろうか?
思わず目元の布に指先で触れる。
しかし、村長の言いつけを思い出して手を引いた時だったー…………
「蒼。こちらへおいで」
嗄れた声が、穏やかに響く。
「蒼」
もう一度、名を呼ばれる。
それは、今は亡き祖父の声だった。
(あぁー……、迎えに来てくれたのだ)
歓喜に震える唇で言葉を紡いだ。
「お待ちしておりました。山神様」
目隠しのまま、静かに振り返る。
すると、布の向こうで禍々しい何かが動く気配がした。
「其方、我が何か心得た上で振り向いたのか」
今度聞こえた声は、嗄れてなどいなかった。
低く耳の奥へと届き、脳を揺らす声。
それでいて透き通るような美しい響きが、言葉を紡いだ。
「ならば、もう一度その名を呼ぼう。
…………蒼。こちらへおいで」
布を、しとしとと濡らす。
それは、瞳から溢れた涙だった。
「なぜ泣く?人の子よ。我がそんなに恐ろしいか」
「いいえ」
「喰われるのが怖いか?」
「いいえ」
「家に帰りたいか?」
「いいえ」
「ならば、なんだ」
その問いに、立ち上がった。
重い着物の袖を持ち上げ両手を前へ掲げる。祈るように、囁いた。
「名をー……。僕の名を、呼んで頂けたことが、嬉しかったのです」
だから、もうこの命に悔いはない。
最後に呼んでくれたのが、こんなに美しい声で良かった。だからー……
「さぁ、どうぞ。僕を喰べて……」
布の中で、瞳を閉じる。
溢れる涙の向こうで、一歩ずつ近づく気配を肌で感じた。
『山神様は人を喰らう』
どのように喰べるのだろうか?
頭から……?腕から……?
鋭い爪のようなものが、頬へと触れる。
覚悟を決めた瞬間に訪れたのは、眩い程の光だった。
目隠しの役目を果たしていた布は、音もなく地面へと舞い落ちた。
瞳に、黎明の日の光が降り注ぐ。
驚きに睫毛を瞬かせれば、目の前で面布に顔を隠された長身の男が微笑んた。
そよ風に、日輪のような長い髪が靡く。
「……なんと、其方の瞳は空の色なのか」
その言葉に血の気が引く。
忌まわしい瞳。迫害された瞳。
自分だけでなく、祖父までも苦しめた瞳。
見せてしまった恐ろしさに震え上がる。
しかし、その瞳に因んだ呪われた僕の名を、山神様は再度囁いた。
そして、僕と同じ純白の着物の袖と真紅の袴を揺らし高らかに天へと腕を掲げた。
「ようやく見つけたぞ。美しき花嫁」
天へ掲げた指先を一振りすれば、柔らかく大地を包む様な雨が降り注ぐ。
朝陽が差し込んだ空には、大きく立派な虹がかかった。
まるで、桃源郷に来てしまったかのようなこの光景を、僕は永遠に忘れることはないだろう。
人々が待ち望んでいた雨が降り注いだこの日、僕は神様の嫁となった。
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本日は、山の日なので……
気ままに続く予定ですが、少しでもお楽しみ頂けたら幸いです。
よろしくお願い致します**
皆様、良い祝日をお過ごし下さい!
一色明
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