黎明の花嫁

一色

文字の大きさ
8 / 11

7. 明朝

 翌朝、目覚めた僕は驚いた。

 目の前に、日輪色に染まる鮮やかな赫が広がっていたのだ。柔らかく頬を擽るその髪から逃れようと身を捩れば、自身の体が逞しい腕に包まれていることを知った。

「や、山神様……?」

 小さく呼びかけるが、面布に覆われた向こう側からの返事はない。
 時折、寝息のような吐息が聞こえる。
 どうやら、彼は僕を抱き込んだまま深く眠っているようだった。
(いつ帰ってきたのかな……)
 その姿をこっそりと見つめれば、なんだか少し違和感を覚えた。

(なんだろう……。……疲れてる?)

 しばらく大人しくしていた僕は、意を決してその腕から逃れた。
 起こさずに寝床から出られたことに安堵し、僕は部屋を後にする。



 僕の目的の場所は、昨日教わった御台所であった。

「よしっ!やるぞ……」

 小さな鼓舞で、自分を奮い立たせた。


 竈に火を焚き、鍋を煮立てる。
 戸棚から見つけた立派な鰹節は、削って出汁をとらせてもらった。
 外の畑から収穫した新鮮な人参や大根・葱を出し汁に入れ、小壺に入っていた味噌で味付けする。

 きり箱から見つけた色艶の良い米を釜で炊き上げれば、真っ白な湯気と共に良い香りが御台所を満たしていった。


 鍋の具合を慎重に見ていた時だった。


 背後から、何やら声が聞こえてきた。

「良い匂いがするぜ!」
「こら、勝手に入っちゃ……っ」

 訝しんで振り向くと、小さな影が窓から雪崩れ込むようにして降ってきた。

「ひゃぁ……っ!」

 驚きのあまり、思わず悲鳴を上げる。

 なんと、それは風神雷神であった。

 予想外の出来事に、お玉を片手に持ったまま固まってしまう。
 そんな僕を二人は見上げながら、気まずそうに呟いた。


「「ご、ごめんなさい……」」


 しゅん……と項垂れる神達を見下ろす。
 どのように声をかけたら良いか悩んでいると、廊下から声がした。


「はよう。人の子の朝は早いな」


 それは、山神様であった。
 純白の着物も真紅の袴も着崩すことなく、先程まで寝床にいた様子など微塵もない。
 

「申し訳ありません!起こしてしまいましたか……?」


 僕は、慌てて謝まった。
 しかし、山神様は機嫌よさそうに此方へ近づくと、鍋や釜の中を覗く。

「これは、なんだ?」
朝餉あさげの支度にございます」
「蒼は、こんなに食すのか」

 しげしげと出来上がったものを眺める横顔に、そっと口を開いた。
「あの……、食べ物は嗜好品のように嗜むと仰っておられたので……あの……」
 緊張してしまい、上手く言葉が出ない。
 すると、山神様は少し驚いたように肩を揺らした後、静かに言った。


「我のために作ったのか?」


 その言葉に、コクリと頷く。

 すると、


 グルルルルルルル…………っ!!!


 盛大に腹を鳴らせたのは雷神であった。

 
 
 次の瞬間ー…………


「はっはっは!」


 御台所いっぱいに、山神様の笑い声が響いた。三人で一斉に見上げれば、彼は愉快そうに笑いながら告げた。


「では、皆でいただこう」


 楽しげに揺らぐ面布に、嬉しくなる。


「「「はいっ!!!」」」


 喜びの返事は、元気に揃ったのだった。
感想 0

あなたにおすすめの小説

処刑される悪役令息に転生したらなぜか推しの騎士団長がグイグイ近づいてくる

猫に小判
BL
交通事故で死んだはずの会社員・田中悠人は、気がつくとBL小説『恋と陰謀~はじまりは夜に~』の世界に転生していた。 しかも転生先は、原作で処刑される悪役令息エリオット。 当然そんな未来は回避したい。 原作知識を頼りに慎重に立ち回るつもりだったのに、気づけば王宮を揺るがす事件に巻き込まれていき――。 さらに困ったことに、原作で一番の推しだった騎士団長ガイウスがやたらと距離を詰めてきて……? 平穏に生きたい元悪役令息と、過保護な騎士団長がじれじれ距離を縮める話。 ガイウス(騎士団長)×エリオット(元悪役令息)

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科 空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する 高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体 それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった 至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する 意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク” 消える教師 山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される

マンスーン
BL
​王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。 泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった

cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。 一途なシオンと、皇帝のお話。 ※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。

【完結】逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。抱かれたら身代わりがばれてしまうので初夜は断固拒否します!

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
隣国の国王キリアン(アルファ)に嫁がされたオメガの王子リュカ。 しかし実は、結婚から逃げ出した双子の弟セラの身代わりなのです… 本当の花嫁じゃないとばれたら大変! だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだんキリアンに惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>