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第七夜
僕達は、幼馴染だった。
家が隣同士で、お互い一人っ子。
物心がついた時には、もうお互いが隣にいるのが当たり前の生活だった。
でも、そんな生活が変わったのは、高校三年生の時だった。いつものように二人で並んで、ブラブラと街で買い物をしていた時。
『芸能の仕事に興味ありませんか?』
そう声をかけてきたのは、髪を綺麗に巻いたスーツ姿の女性だった。
彼は、そんな仕事に初めは乗り気ではなく、興味なんてなかった。でも僕が応援して、彼も小遣い稼ぎ程度に……なんて言ってる間に、その生活は一変した。
今思えば、彼みたいに完璧な人間と僕が幼馴染だったことが、奇跡だったんだと思う。ましてや、高校を卒業してお互い一人暮らしを始めてすぐに、あんな関係になる方が間違っていたのだ。
怪我をしたあの日、僕は彼のマネージャーに呼び出されていた。
人気が少ない路地裏の喫茶店で、飲まれずに机に置かれただけのアイスコーヒーが汗をかいてゆく。
反対に、僕は汗すらかけずに全身からは血の気が引いていた。
それは、彼女の言葉が引き金だった。
「貴方……。彼と幼馴染で、しかも恋人なんでしょう?」
カラリ……、と溶け出す氷が冷たい音を立てて崩れ落ちる。目の前に出されたのは厚みのある封筒だった。
「これ、あげるわ」
「……なんですか?」
「手切金よ」
彼女の声が、静かに告げた。
「分かるでしょ?人気が出始めて、ようやく仕事が軌道に乗ったところなの。彼の幸せを思うなら、最善の選択ができるわよね?」
「…………嫌です」
小さく呟けば、彼女は大きな溜息をつく。
「迷惑になってるのが分からないの?」
無情な言葉に、喉が引き攣った。
「しかも、貴方、男じゃない」
綺麗に巻かれた髪が揺れる。
艶やかな紅をひいた唇は震えていた。
「気持ち悪い」
僕は、もう何も言えなかった。
「おかえり」
狭いアパートへと帰れば、当たり前のように彼は部屋着を着てソファーに座っていた。
「遅かったな。合鍵使ったぞ」
雑誌をパラパラと捲るその隣には、目立たないようにと黒を基調とした変装用の服が乱雑に置かれていた。
僕の視線に気がついた彼が、雑誌を閉じて慌てたようにその服を掴む。
「わかってるよ。今片すところでー……」
「ねぇ」
遮る声は、思いの外、部屋に響く。
振り返る彼に、僕は言った。
「僕達、別れよう」
彼は驚いたように、珍しくその綺麗な瞳を見開いた。
「なんで……っ、理由は?」
「……理由?決まってるだろ」
僕は、息を大きく息を吸った。
「君が、嫌いになったからだよ」
……君が、好きだから。
好き。大好き。だからこそ。
本当の想いなんて、言えなかった。
吐き出せない言葉と共に、僕は部屋を飛び出した。
「待てよ!……おいっ!!」
古びたアパートの廊下に、僕を呼ぶ声が反響する。追いついた君は、僕の腕を強く引いた。けれど、振り返ることなんてできずに、僕は全身で彼を拒絶した。
だって。振り返ってしまったら、その胸に飛び込みたくなってしまうから。
「なぁ……っ、お前さ…………」
それでも振り切ることが叶わずに、その胸へと抱き込まれる。
大好きなムスクの香りに包まれた瞬間、僕の中で何かが壊れた。
「何を見てんだよ!こっち見ろよ!!」
いつもは穏やかな君が怒鳴る。
それは、長年の付き合いの中で、初めて向けられた怒りの感情だった。
優しい君を怒らせたことが悲しくて。
悲しむ君を見るのが辛くて。
僕は、渾身の力でその胸を突き飛ばし、腕の中からすり抜けた。
その瞬間、視界が大きく揺れ動く。
気がついた時には、遅かった。
グラリと体が傾いた視界の端に捉えたのは、夜空に輝く一番星。
……神様。神様。
"彼が、幸せになれますように。"
……どうか、お願いします。
"僕の恋心を、殺して下さい。"
最後に見たのは、忘れたくなる程に愛しい男の顔だった。
白い便箋に書かれていたのは、たった一言だけだった。
『俺を見て』
*******
7月7日(木)曇り
「面会時間過ぎてるよ」
ベッドに腰掛けたまま振り返らずにそう告げれば、彼は静かに扉を閉めた。
「……ごめん」
その言葉に、僕は答えられなかった。
「ごめん」
もう一度、彼は言った。
僕は空を見上げながら、震える声を押し殺す。足音は、静かに近づいてくる。
「ごめん」
三度目の謝罪に、僕の目からとうとう耐えきれずに涙が溢れた。
次の瞬間、
「ごめん。
…………別れられない」
その言葉と共に、背後から甘いムスクの香りに抱き込まれた。
耳元で、愛しい声が囁いた。
「マネージャーと話し合った。あの日の事も、全部聞いた」
その言葉に、反射的に体が強張る。
しかし、その腕により強く抱き込まれてしまい、動けなかった。
彼は、もう一度「ごめん」と呟く。
「でも俺は、お前を手放せない」
その声は酷く震えていた。
頭の中で、もう一人の僕が叫ぶ。
『忘れろよ』
『迷惑だろ』
『気持ち悪い』
『また苦しむぞ』
『もう泣きたくないんだろ』
「…………っ!」
思考の全てが、言葉にならない感情の渦に絡め取られた時だった。
「愛してるんだ」
甘い言葉と共に頬に舞い落ちたのは、温かな雫だった。見上げれば、その美しい瞳は濡れそぼり、星のように瞬いている。
その煌めきに絡め取られた僕の唇は、自然と言葉を紡いでいた。
「ぼくも」
『いいのか』
……いいよ。だって、
「君を、愛してる」
僕の中のイマジナリーフレンドが、悔しそうに笑って手を振った。
「忘れて、ごめんね」
その言葉は、彼の口付けに溶けて消えた。
ようやく雲が去った夜空には、満天の星が広がっていた。
「今年のお願いは何にするの?」
僕は、空を眺めながらベッドに並んで座る君に尋ねてみる。
すると、君は笑って言った。
「叶ったから、もう願わない」
やっと触れ合えた手をそっと握れば、強く握り返される。
絡めて繋いだ互いの薬指には、真新しいシルバーが、星のように光り輝いた。
それは、星ではなく愛しい君が与えてくれた、永遠の誓いの証だった。
*******
お読み下さりありがとうございました!
もう少し夜更かしするぞ!という方には、恋と珈琲の物語もオススメしております。
ぜひ、ご縁が繋がれば嬉しいです。
今日という日が、あなたにとってより良い日となりますように願っております。
家が隣同士で、お互い一人っ子。
物心がついた時には、もうお互いが隣にいるのが当たり前の生活だった。
でも、そんな生活が変わったのは、高校三年生の時だった。いつものように二人で並んで、ブラブラと街で買い物をしていた時。
『芸能の仕事に興味ありませんか?』
そう声をかけてきたのは、髪を綺麗に巻いたスーツ姿の女性だった。
彼は、そんな仕事に初めは乗り気ではなく、興味なんてなかった。でも僕が応援して、彼も小遣い稼ぎ程度に……なんて言ってる間に、その生活は一変した。
今思えば、彼みたいに完璧な人間と僕が幼馴染だったことが、奇跡だったんだと思う。ましてや、高校を卒業してお互い一人暮らしを始めてすぐに、あんな関係になる方が間違っていたのだ。
怪我をしたあの日、僕は彼のマネージャーに呼び出されていた。
人気が少ない路地裏の喫茶店で、飲まれずに机に置かれただけのアイスコーヒーが汗をかいてゆく。
反対に、僕は汗すらかけずに全身からは血の気が引いていた。
それは、彼女の言葉が引き金だった。
「貴方……。彼と幼馴染で、しかも恋人なんでしょう?」
カラリ……、と溶け出す氷が冷たい音を立てて崩れ落ちる。目の前に出されたのは厚みのある封筒だった。
「これ、あげるわ」
「……なんですか?」
「手切金よ」
彼女の声が、静かに告げた。
「分かるでしょ?人気が出始めて、ようやく仕事が軌道に乗ったところなの。彼の幸せを思うなら、最善の選択ができるわよね?」
「…………嫌です」
小さく呟けば、彼女は大きな溜息をつく。
「迷惑になってるのが分からないの?」
無情な言葉に、喉が引き攣った。
「しかも、貴方、男じゃない」
綺麗に巻かれた髪が揺れる。
艶やかな紅をひいた唇は震えていた。
「気持ち悪い」
僕は、もう何も言えなかった。
「おかえり」
狭いアパートへと帰れば、当たり前のように彼は部屋着を着てソファーに座っていた。
「遅かったな。合鍵使ったぞ」
雑誌をパラパラと捲るその隣には、目立たないようにと黒を基調とした変装用の服が乱雑に置かれていた。
僕の視線に気がついた彼が、雑誌を閉じて慌てたようにその服を掴む。
「わかってるよ。今片すところでー……」
「ねぇ」
遮る声は、思いの外、部屋に響く。
振り返る彼に、僕は言った。
「僕達、別れよう」
彼は驚いたように、珍しくその綺麗な瞳を見開いた。
「なんで……っ、理由は?」
「……理由?決まってるだろ」
僕は、息を大きく息を吸った。
「君が、嫌いになったからだよ」
……君が、好きだから。
好き。大好き。だからこそ。
本当の想いなんて、言えなかった。
吐き出せない言葉と共に、僕は部屋を飛び出した。
「待てよ!……おいっ!!」
古びたアパートの廊下に、僕を呼ぶ声が反響する。追いついた君は、僕の腕を強く引いた。けれど、振り返ることなんてできずに、僕は全身で彼を拒絶した。
だって。振り返ってしまったら、その胸に飛び込みたくなってしまうから。
「なぁ……っ、お前さ…………」
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大好きなムスクの香りに包まれた瞬間、僕の中で何かが壊れた。
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いつもは穏やかな君が怒鳴る。
それは、長年の付き合いの中で、初めて向けられた怒りの感情だった。
優しい君を怒らせたことが悲しくて。
悲しむ君を見るのが辛くて。
僕は、渾身の力でその胸を突き飛ばし、腕の中からすり抜けた。
その瞬間、視界が大きく揺れ動く。
気がついた時には、遅かった。
グラリと体が傾いた視界の端に捉えたのは、夜空に輝く一番星。
……神様。神様。
"彼が、幸せになれますように。"
……どうか、お願いします。
"僕の恋心を、殺して下さい。"
最後に見たのは、忘れたくなる程に愛しい男の顔だった。
白い便箋に書かれていたのは、たった一言だけだった。
『俺を見て』
*******
7月7日(木)曇り
「面会時間過ぎてるよ」
ベッドに腰掛けたまま振り返らずにそう告げれば、彼は静かに扉を閉めた。
「……ごめん」
その言葉に、僕は答えられなかった。
「ごめん」
もう一度、彼は言った。
僕は空を見上げながら、震える声を押し殺す。足音は、静かに近づいてくる。
「ごめん」
三度目の謝罪に、僕の目からとうとう耐えきれずに涙が溢れた。
次の瞬間、
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彼は、もう一度「ごめん」と呟く。
「でも俺は、お前を手放せない」
その声は酷く震えていた。
頭の中で、もう一人の僕が叫ぶ。
『忘れろよ』
『迷惑だろ』
『気持ち悪い』
『また苦しむぞ』
『もう泣きたくないんだろ』
「…………っ!」
思考の全てが、言葉にならない感情の渦に絡め取られた時だった。
「愛してるんだ」
甘い言葉と共に頬に舞い落ちたのは、温かな雫だった。見上げれば、その美しい瞳は濡れそぼり、星のように瞬いている。
その煌めきに絡め取られた僕の唇は、自然と言葉を紡いでいた。
「ぼくも」
『いいのか』
……いいよ。だって、
「君を、愛してる」
僕の中のイマジナリーフレンドが、悔しそうに笑って手を振った。
「忘れて、ごめんね」
その言葉は、彼の口付けに溶けて消えた。
ようやく雲が去った夜空には、満天の星が広がっていた。
「今年のお願いは何にするの?」
僕は、空を眺めながらベッドに並んで座る君に尋ねてみる。
すると、君は笑って言った。
「叶ったから、もう願わない」
やっと触れ合えた手をそっと握れば、強く握り返される。
絡めて繋いだ互いの薬指には、真新しいシルバーが、星のように光り輝いた。
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