9 / 16
〜 Side story 1 〜
「君、本当に彼の知り合いなんだよね?」
そう尋ねて来たのは、救急車で運ばれた先の病院の医師だった。
「いや、疑っている訳じゃないんだよ。先程駆けつけてくれた彼のご家族に連絡をとってくれたのも君だしね。もう目を覚まして、意識もしっかりとしている。ただ、ねー……」
少し言い淀んだ後、医師は困ったように頭を掻いた。
「どうやら、記憶が一部欠落しているようなんだ」
「欠落?覚えていないということですか?」
「そう。階段から転落した日のこととー……」
ゆっくりと、その口が開かれる。
「君の存在」
*
7月1日(金)晴れ
病室のドアを静かに開けると、お前はベッドに腰掛け窓を眺めていた。
空の燃えるような赤が夜に溶け出してゆく逢魔が時。群青色に変化する空が、ただ白いだけの部屋を夜へと染め上げてゆく。
「何を見てるんだ?」
そう声を掛ければ、柔らかく癖のない栗色の髪が振り返る。
目が合えば、いつだって嬉しそうに笑ってくれる瞳は、どこか遠くを捉えたまま揺れ動くだけだった。
そんな表情を見たのは初めてで、よく知っている筈のお前が、まるで知らない別人のように見えて焦燥に駆られた。
「何を見てるんだ?」
震えそうになる喉を振り絞り、もう一度静かに尋ねる。
すると、ようやく小さな唇は動いた。
「…………一番星」
耳心地の良い声が返事をする。
そっとベッドへ歩みを進め空を見上げれば、遠くの空に輝きが見える。
「あぁ、本当だ。もう星がでてる」
しかし、お前は言った。
「きみ、だれ?」
するりと零れた言葉は、簡単に俺の胸に爪を立てて抉ってゆく。
俺は、空を見上げるフリをして、目の奥から迫り上がる熱を抑え込んだ。
そうして、医師から告知されてから何度も頭の中で練習した台詞を吐く。
「俺は、お前の……友達だよ」
そう紡げば、まるで人形のように感情を見せない瞳が、ゆっくりと微笑んだ。
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
happy dead end
瑞原唯子
BL
「それでも俺に一生を捧げる覚悟はあるか?」
シルヴィオは幼いころに第一王子の遊び相手として抜擢され、初めて会ったときから彼の美しさに心を奪われた。そして彼もシルヴィオだけに心を開いていた。しかし中等部に上がると、彼はとある女子生徒に興味を示すようになり——。
魔性の男
久野字
BL
俺はとにかくモテる。学生の頃から、社会人になった今でも、異性問わずにモテてしまう。
最近、さえない同性の先輩に好意を持たれている。いつものことだろう。いい人だから、傷つけたくはないな。
そう、思っていた。
僕の幸せは
春夏
BL
【完結しました】
【エールいただきました。ありがとうございます】
【たくさんの“いいね”ありがとうございます】
【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】
恋人に捨てられた悠の心情。
話は別れから始まります。全編が悠の視点です。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!