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〜 Side story 7 〜
俺達は、幼馴染だった。
家が隣同士で、お互い一人っ子。
物心がついた時には、もうお互いが隣にいるのが当たり前の生活だった。
でも、そんな関係が変わったのは、高校三年生の時だった。
『だって、自慢したいじゃんか!僕の幼馴染は、すごいんだよ!って』
屈託のないその眩しい笑顔を見た瞬間、もうこの感情を友情とは呼べなかった。
俺は、自分に自信なんてもてなくて、スカウトも断ろうとしていた。でもお前が応援してくれたから頑張れたんだ。俺自身が、お前が自慢できる『特別』であるために。
今思えば、お前みたいに眩しい人間と俺が想いを交わせたことが、奇跡だったんだ。俺は、執着にも近い激情を隠しながら、お前がいつか離れてゆく日を恐れていた。
「おかえり」
お前の部屋でいつものように帰りを待っていたあの日。
「遅かったな。合鍵使ったぞ」
パラパラと捲る雑誌は、お前が宝物にしてくれているものだった。
けれどいつものような返事がなくて顔を上げれば、お前はいつものお前じゃなかった。
それは、いつの頃からか時折する癖。
俺が嫌いな、俺を見ない遠くを捉える目。
雑誌を閉じて慌てて手近にあった服を掴む。何か、何か、話さなくては。
「わかってるよ。今片すところでー……」
「ねぇ」
遮る声は、思いの外、部屋に響いた。
振り返る俺に、お前は言った。
「僕達、別れよう」
その綺麗な瞳は俺を映さないのに……
「なんで……っ、理由は?」
「……理由?決まってるだろ」
歪んだ唇は、簡単に言葉を紡いだ。
「君が、嫌いになったからだよ」
……どうしてだろう。
俺はこんなにお前を求めてやまないのに。
部屋から飛び出してゆく背中を、気づけば追いかけていた。
「待てよ!……おいっ!!」
古びたアパートの廊下に、お前を呼ぶ声が反響する。その腕を強く引くけれど、お前は振り返ることもせずに全身で俺を拒絶した。
それでも、この胸に抱き締めた。
「なぁ……っ、お前さ…………」
ずっと蓋をしていた想いが溢れる。
慣れ親しんだ甘い石鹸の香りを嗅いだ瞬間、俺の中で何かが弾けた。
「何を見てんだよ!こっち見ろよ!!」
隠していた激情が、叫ぶ。
それは長年の付き合いの中で、初めてお前に向けた怒りの感情だった。
しかし、強い力で胸を突き飛され、その体は簡単に俺の腕からすり抜けてゆく。
気がついた時には、遅い。
伸ばした手は、何も掴めなかった。
横たわる体を掻き抱きながら助けを求める俺の上で、空には綺麗な星が輝く。
……神様!神様!
こいつを救ってくれ。
……どうか、お願いだ!
俺から、こいつを奪わないで。
階段から落ちてゆくお前が見せたのは、憎たらしい程の笑顔だった。
白い便箋に記したのは、たった一つの願い。
『俺を見て』
*******
7月7日(木)曇り
「面会時間過ぎてるよ」
ベッドに腰掛けたお前は、振り返らずにそう告げた。
「……ごめん」
その言葉に、俺は謝ることしかできない。
「ごめん」
返事はない。
それでも、空を見上げるお前に近づく歩みを止めることなんてできない。
「ごめん」
三度目の謝罪に、俺の目からとうとう耐えきれずに涙が溢れた。
次の瞬間、
「ごめん。
…………別れられない」
涙と共に零れたのは、あの日言いたかった言葉だった。腕の中に閉じ込めれば、お前も涙を流しながら震えていた。
「マネージャーと話し合った。あの日の事も、全部聞いた」
その言葉に、腕の中の体が強張る。
しかし、離してなんてやれない。
俺は、もう一度「ごめん」と呟く。
「でも俺は、お前を手放せない」
それは、醜い程の執着だった。
頭の中で、お前が囁く。
『きみ、だれ?』
『君は、僕のイマジナリーフレンドだもん』
『……理由?決まってるだろ』
『君が、嫌いになったからだよ』
「…………っ!」
思考の全てが、言葉にならない感情の渦に絡め取られそうになる。
それでもー…………
「愛してるんだ」
この愛を、捨て去ることなんてできなかった。
回した腕に舞い落ちたのは、温かな雫だった。見下ろせば、その美しい瞳は濡れそぼり、星のように瞬いている。
その煌めきを湛えたお前の瞳は、真っ直ぐに俺を捉えた。
「ぼくも」
紡がれた言葉に息を呑む。
「君を、愛してる」
そう言って微笑んだのは、ずっと会いたいと求めていたお前だった。
「忘れて、ごめんね」
震える唇に口付けを落とす。
もう、言葉なんていらなかった。
ようやく雲が去った夜空には、満天の星が広がっていた。
「今年のお願いは何にするの?」
空を眺めていたお前が、首を傾げながら尋ねた。
その瞳と視線が交わり嬉しくなる。
「叶ったから、もう願わない」
やっと触れ合えた手を、強く握った。
絡めて繋いだ互いの薬指には、真新しいシルバーが、星のように光り輝く。
それは、星ではなく愛しいお前に誓った永遠の愛の証だった。
*******
ようやく最終話をアップすることができました。ここまでお付き合い下さり、誠にありがとうございました!
Next story……
→→→『マネージャーの独り言』
家が隣同士で、お互い一人っ子。
物心がついた時には、もうお互いが隣にいるのが当たり前の生活だった。
でも、そんな関係が変わったのは、高校三年生の時だった。
『だって、自慢したいじゃんか!僕の幼馴染は、すごいんだよ!って』
屈託のないその眩しい笑顔を見た瞬間、もうこの感情を友情とは呼べなかった。
俺は、自分に自信なんてもてなくて、スカウトも断ろうとしていた。でもお前が応援してくれたから頑張れたんだ。俺自身が、お前が自慢できる『特別』であるために。
今思えば、お前みたいに眩しい人間と俺が想いを交わせたことが、奇跡だったんだ。俺は、執着にも近い激情を隠しながら、お前がいつか離れてゆく日を恐れていた。
「おかえり」
お前の部屋でいつものように帰りを待っていたあの日。
「遅かったな。合鍵使ったぞ」
パラパラと捲る雑誌は、お前が宝物にしてくれているものだった。
けれどいつものような返事がなくて顔を上げれば、お前はいつものお前じゃなかった。
それは、いつの頃からか時折する癖。
俺が嫌いな、俺を見ない遠くを捉える目。
雑誌を閉じて慌てて手近にあった服を掴む。何か、何か、話さなくては。
「わかってるよ。今片すところでー……」
「ねぇ」
遮る声は、思いの外、部屋に響いた。
振り返る俺に、お前は言った。
「僕達、別れよう」
その綺麗な瞳は俺を映さないのに……
「なんで……っ、理由は?」
「……理由?決まってるだろ」
歪んだ唇は、簡単に言葉を紡いだ。
「君が、嫌いになったからだよ」
……どうしてだろう。
俺はこんなにお前を求めてやまないのに。
部屋から飛び出してゆく背中を、気づけば追いかけていた。
「待てよ!……おいっ!!」
古びたアパートの廊下に、お前を呼ぶ声が反響する。その腕を強く引くけれど、お前は振り返ることもせずに全身で俺を拒絶した。
それでも、この胸に抱き締めた。
「なぁ……っ、お前さ…………」
ずっと蓋をしていた想いが溢れる。
慣れ親しんだ甘い石鹸の香りを嗅いだ瞬間、俺の中で何かが弾けた。
「何を見てんだよ!こっち見ろよ!!」
隠していた激情が、叫ぶ。
それは長年の付き合いの中で、初めてお前に向けた怒りの感情だった。
しかし、強い力で胸を突き飛され、その体は簡単に俺の腕からすり抜けてゆく。
気がついた時には、遅い。
伸ばした手は、何も掴めなかった。
横たわる体を掻き抱きながら助けを求める俺の上で、空には綺麗な星が輝く。
……神様!神様!
こいつを救ってくれ。
……どうか、お願いだ!
俺から、こいつを奪わないで。
階段から落ちてゆくお前が見せたのは、憎たらしい程の笑顔だった。
白い便箋に記したのは、たった一つの願い。
『俺を見て』
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7月7日(木)曇り
「面会時間過ぎてるよ」
ベッドに腰掛けたお前は、振り返らずにそう告げた。
「……ごめん」
その言葉に、俺は謝ることしかできない。
「ごめん」
返事はない。
それでも、空を見上げるお前に近づく歩みを止めることなんてできない。
「ごめん」
三度目の謝罪に、俺の目からとうとう耐えきれずに涙が溢れた。
次の瞬間、
「ごめん。
…………別れられない」
涙と共に零れたのは、あの日言いたかった言葉だった。腕の中に閉じ込めれば、お前も涙を流しながら震えていた。
「マネージャーと話し合った。あの日の事も、全部聞いた」
その言葉に、腕の中の体が強張る。
しかし、離してなんてやれない。
俺は、もう一度「ごめん」と呟く。
「でも俺は、お前を手放せない」
それは、醜い程の執着だった。
頭の中で、お前が囁く。
『きみ、だれ?』
『君は、僕のイマジナリーフレンドだもん』
『……理由?決まってるだろ』
『君が、嫌いになったからだよ』
「…………っ!」
思考の全てが、言葉にならない感情の渦に絡め取られそうになる。
それでもー…………
「愛してるんだ」
この愛を、捨て去ることなんてできなかった。
回した腕に舞い落ちたのは、温かな雫だった。見下ろせば、その美しい瞳は濡れそぼり、星のように瞬いている。
その煌めきを湛えたお前の瞳は、真っ直ぐに俺を捉えた。
「ぼくも」
紡がれた言葉に息を呑む。
「君を、愛してる」
そう言って微笑んだのは、ずっと会いたいと求めていたお前だった。
「忘れて、ごめんね」
震える唇に口付けを落とす。
もう、言葉なんていらなかった。
ようやく雲が去った夜空には、満天の星が広がっていた。
「今年のお願いは何にするの?」
空を眺めていたお前が、首を傾げながら尋ねた。
その瞳と視線が交わり嬉しくなる。
「叶ったから、もう願わない」
やっと触れ合えた手を、強く握った。
絡めて繋いだ互いの薬指には、真新しいシルバーが、星のように光り輝く。
それは、星ではなく愛しいお前に誓った永遠の愛の証だった。
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ようやく最終話をアップすることができました。ここまでお付き合い下さり、誠にありがとうございました!
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