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おまけ

没ネタ3

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※本編に上手く組み込めなかったやつ。

□赤のピアス□


 いつものように本を読んでいたティアラが不意に顔を上げ、俺へと視線を投げかけてきた。

「どうした?」
「あの、マティウスはどうしてその赤いピアスをしているのかな、と思って」
「ん? これか? これはその――」

 今までスルーされてきたのに、まさかいきなりこれについて聞かれるとは。
 俺は左耳を触りながら、どう説明したものかと思考を巡らせる。

「うーん、何て言やいいかな。若気のイタリってやつ?」
「まだ若いのに何を言ってるのよ」

「いや、だってこれを付けたのって十の頃だし」

 俺のその説明を聞いたタニヤは、納得したようにあぁ……と小さく呟く。

「俺、自分の髪色が好きでなくてさ。あまり注視されたくねーっつーか。髪の色と対になる色が耳にあったら目立ちそうだし、そっちに目が行くかなって。……そんな単純な理由だよ」

 あの男と同じ色のその髪を見るだけで吐き気がする――。

 子供の頃に何度も何度も母親に言われた、その言葉。
 それが原因で、俺は自分の髪色が嫌いになった。

 染めようとしたこともあるが、金がかかるし面倒臭そうなのでやめた。
 苦肉の策でピアスを空けるというところに行き着いただけの話だ。

「私は、マティウスの髪の色、好きだよ」
「え?」

 ティアラの口から出た「好き」という言葉に、俺の心臓の速度が一気に二倍速になる。
 いや、わかっている。
 別に俺のことが好きという意味ではないことくらいわかっている。

「まるで町の外に広がる草原みたいだもの」

 鮮やかだけど穏やかな色で、見ていると落ち着くよ、といとも簡単に言ってのけるティアラ。

 ……くそ。ダメだ。
 今は彼女の顔を見ることができそうにない。

 瞬時に赤く染まったであろう顔を隠すため、俺はふいっと首を横に回す。

 しかしそこでニヤニヤした顔のタニヤと目が合ってしまった。

 イラッとしつつ首を180度回す。

 今度は壁際に佇むアレクと目が合ってしまった。
 相変わらずの無表情のまま、彼女は両の指を合わせたハートマークを作って俺へと見せてくる。

 何だよこの二人の連携プレーは……。
 口元が引き攣りそうになるのを堪えながら、俺は仕方なくティアラへと視線を戻す。

「……ありがとう」

 そして蚊の鳴くような声で彼女に礼を言った。
 ティアラはそれに小さく微笑んで応えると、また本を読む作業へと戻った。

 彼女が好きだと言ってくれたから、これからはこのライトグリーンの髪色も、好きになれる――かもしれない。

 くすぐったくなった心を誤魔化すように、俺はしばらくの間首を無意味にかき続けるのだった。





□小さな嫉妬□

 アレクとタニヤが昼食を取りに行った。
 部屋の中には俺とティアラだけ。
 一日の内で僅かに訪れる、二人だけの時間だ。

 ソファーに背を預けていた俺の横に、机の上を整頓し終えたティアラがちょん、と座る。

 拳一つ分が開いた互いの距離。
 彼女の甘くて柔らかな匂いが、自然と鼻を通り抜けていく。

 ……触れたい。

 その欲求のまま、俺はティアラの肩に手を伸ばしかけ――。

 刹那、ティアラが俯いたまま声を発した。

「あのね。最近ずっと考えていることがあるのだけれど……」
「……何だ?」

 伸ばしかけていた手を慌てて引っ込めながら、彼女の小さな身体からほんの少しだけ距離を取る。

 これは結構真剣な雰囲気だぞ。
 何だろう。俺、知らない間に変なことをしてしまったのだろうか。

 白い手を膝の上で組み視線を下に落としたまま、より小さな声でティアラは言葉を紡ぎ始めた。

「その、もし最初にマティウスに優しくしたのが私じゃなくてタニヤだったら、マティウスはタニヤのことを好きになっていたのかなって……」

「……ティアラ」
「え――? いたっ!?」

 彼女が声を上げたのは、俺が軽くデコピンをしたからだ。
 いや、あくまで軽くだぞ? 全然力は込めていないからな?

「もし俺以外の若い男がティアラの護衛になっていたら、ティアラはそいつのことを好きになっていたか?」

 ティアラはおでこを両手で押さえたまま、しばらく視線を宙へと彷徨わせる。
 やがて少し困惑した表情で、静かに口を開いた。

「わ、わからない……」
「俺だってわからない」

 俺の返答に、ティアラはしゅん、と俯く。

「わからないことをわざわざ考える必要なんてないだろ。だからこの話は終わり」
「う、うん。そうだよね。変なことを言って、ごめんね……」

 見ていて可哀想になってしまうほどの、しょんぼり感を全身から発するティアラ。

 やべぇ、可愛い。「もし」の世界を想像しちゃって嫉妬しちゃうティアラ可愛い。

 俺は彼女の頭に手を置いて、ひとしきり撫で回す。

 しかし彼女の言う通り、もし最初にタニヤが俺に優しい笑顔を向けていたとしたら――。

 ……うん。それは絶対にありえねぇな。

「俺は、ティアラが好き」

 彼女の小さな不安を拭うため、自分の気持ちを改めて伝える。
 ティアラは俺のその言葉に頬を赤く染めて、そして――。

「ただいま戻りましたー!」

 いきなり部屋に響き渡ったタニヤの声に、俺もティアラもビクリと肩を震わせ、そして互いに距離を取る。

 ビビった。超ビビった。
 っつーかノックをしろや金髪侍女!

「お、おかえりなさい、タニヤ」
「ふぅ、ちょっと今日は食べ過ぎてしまいました。お腹が苦しいです」

 腹の辺りを擦りながらそう言うタニヤの目元は、軽くニヤついていた。
 俺はそれを見てわかってしまった。

 こいつ、今の会話を盗み聞きしてやがったな……。

 ティアラにばれないように、俺は無言でタニヤに向かって親指を下に向ける。
 しかしすぐさまタニヤは、指で首を掻っ切る仕草を俺に返してきた。

 ……うん。こいつに恋愛感情を抱くなんてことは、天地がひっくり返ってもありえねえな。
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