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【2話】仮の新婚生活
バレてはいけない2
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目の前で起こった事実を、基城は無理矢理飲み込んだ。完全に咀嚼できていなくて、異物感と胸やけが残る、そんな味だった。
「基城、信じやすいんだからからかってやるなよ」
「あ、本当だ。固まってる」
顔の前で有坂に手を振られ、基城は我に返った。有坂はぷっと吹き出し、騙された基城を見ていつまでも笑いを抑えられないでいる。二人の間だけで何やら通じ合っており、基城にとっては面白くない。
「……付き合ってないんだな?」
「何でそんな話になるの。さっきの講義で一緒だっただけ」
「一緒だけで、あんなに親しくなるか? ……あ、別にあれだからな。四宮が綺麗で高嶺の花って感じだから、優生とは釣り合わないなって思っただけ。お前、手出すなよ」
苛立ち混じりの、上から目線のアドバイスに、優生は怒る素振りもなく「分かった」と言った。
「講義休んでる間に、グループワークになったみたいで。四宮に流れを教えてもらってた」
「統計学だっけ? 面倒くせぇのとったな」
面白おかしく笑う有坂とは対照的に、基城はふぅん、と適当に流した。勉強が好きではないため、単純に話が面白くないからだ。
「ゆうせー、お前が返事返さないから基城が相当面倒くさいことになってたんだぞ」
「ちょっと愚痴ってただけだろ。オーバーにするな」
「愚痴っていうか、惚気な?」
「バカじゃねぇの」
有坂の軽口に真面目に付き合っていたら、延々と話が続きそうだ。スマホを確認した優生は「ごめん」と申し訳なさそうに謝った。
「別に……いーよ」
優生は隣の席に座り、食べかけの弁当を見つめた。パプリカと玉ねぎのピクルスが苦手で最後まで完食することができなかった。
「お前、俺が酢のもの嫌いなの知ってるだろ。責任もって食え」
「はいはい」
やり取りを見ていた有坂が、確信を得たように呟いた。
「やっぱりそれって優生の手作りなんだ?」
じとっと嫌な汗が噴き出るのを感じた。
「優生と基城って揃って一週間くらい休んでただろ? 何で休んでたの?」
「え、いや……えっと」
いくら仲がいいとはいえ、手作り弁当はさすがに不自然だったか……。項の傷跡は言い訳を考えていたので誤魔化せたものの、この場を切り抜けられる自然かつ婚約を匂わせない、いい案が思いつかない。
「基城と一緒に住み始めたんだよ。その準備で」
「……へっ? ついに!?」
ついに、とは何だ。口を挟みかけたが、有坂の興味がこちらへまた向きそうで、基城は堪えた。
事前の打ち合わせ通り……よりも、上手くアレンジして優生はすらすらと淀みなく話す。
「三年からゼミが始まって忙しくなるから、近くに部屋借りようと思って。基城も同じ考えだったから成り行きで」
「お、おう」
有坂は「へぇ」と相槌を打つ。次の講義が始まる五分前の予鈴が鳴り、有坂はトレーを持って一足先に退出した。有坂の背中が雑踏の中に消えたのを見届けてから、基城は安堵の溜め息を吐いた。
「お、ま、え、さぁー……同棲のことは言うなってあれほど……」
有坂は探究心が旺盛で、勘が鋭いタイプだ。それに基城は常日頃から優生を嫌っていることを知っているはずなのに、熱々だの惚気てるだの……。本気でからかいに返しても無駄だと分かってはいるが、言わせておくのも癪に障る。
「どうせすぐにバレると思うよ。一緒に帰るところ見られたりとかしたら」
「毎日一緒に帰るわけじゃないだろ」
「え? そうなの?」
「はあ? 当たり前だろ」
優生の呑気さにも、同棲を楽しんでいるような姿勢にも苛々させられる。
「今日夕飯は?」
「適当でいーよ」
「じゃ、俺だけで買い物行ってくるから。ミートスパゲティとトマトのカプレーゼにする」
「や、やっぱ俺も行く!」
嫌いな食べ物を列挙されて、基城は反射的にそう言っていた。態度の変わりように、優生は笑いを溢す。手のひらの上で転がされ、完全に優生のペースに持っていかれた基城は、表情に悔しさを滲ませるのだった。
……────。
大学から一番近い駅前のエリアは住居としても人気で、高層マンションばかりが立ち並んでいる。学生が使うアパートは、大学を挟んで駅とは正反対の位置だ。基城達のように、家賃だけで二桁かかるようなエリアに住んでいるのは少数だろう。
駅直結のスーパーは、総菜の種類も豊富で、ついそちらへ目がいってしまう。カップデリをいくつかカゴに入れようとしたところ、優生に阻まれた。
「えー!? 買おうぜ、それ」
「そんなのばっかり買ったら栄養偏るし、食費だってかさむ」
「いーじゃん。優生のためだったら、姉ちゃんがいくらでも出資してくれるぜ」
「何で基城のお姉さんが?」
「自覚なしか!」
婚約の挨拶の場ではさすがの姉達も自重していたが、もっとフランクな場であれば、お気に入りの優生を愛でていたことだろう。
優生がトマトを買うのを吟味していたので、基城は慌てて止めに入った。
「なー、今日は何か違うのにしよ」
「基城、トマト嫌いなの?」
「トマトの気分じゃないだけ!」
「何それ」
必死で訴えると、優生は諦めてくれたようでほっとする。基城がリクエストした通り、今日の夕飯はカルボナーラとフルーツサラダが並んだ。
基城は料理については包丁すら握ったことがない程度なので、優生に任せることにした。
「基城、信じやすいんだからからかってやるなよ」
「あ、本当だ。固まってる」
顔の前で有坂に手を振られ、基城は我に返った。有坂はぷっと吹き出し、騙された基城を見ていつまでも笑いを抑えられないでいる。二人の間だけで何やら通じ合っており、基城にとっては面白くない。
「……付き合ってないんだな?」
「何でそんな話になるの。さっきの講義で一緒だっただけ」
「一緒だけで、あんなに親しくなるか? ……あ、別にあれだからな。四宮が綺麗で高嶺の花って感じだから、優生とは釣り合わないなって思っただけ。お前、手出すなよ」
苛立ち混じりの、上から目線のアドバイスに、優生は怒る素振りもなく「分かった」と言った。
「講義休んでる間に、グループワークになったみたいで。四宮に流れを教えてもらってた」
「統計学だっけ? 面倒くせぇのとったな」
面白おかしく笑う有坂とは対照的に、基城はふぅん、と適当に流した。勉強が好きではないため、単純に話が面白くないからだ。
「ゆうせー、お前が返事返さないから基城が相当面倒くさいことになってたんだぞ」
「ちょっと愚痴ってただけだろ。オーバーにするな」
「愚痴っていうか、惚気な?」
「バカじゃねぇの」
有坂の軽口に真面目に付き合っていたら、延々と話が続きそうだ。スマホを確認した優生は「ごめん」と申し訳なさそうに謝った。
「別に……いーよ」
優生は隣の席に座り、食べかけの弁当を見つめた。パプリカと玉ねぎのピクルスが苦手で最後まで完食することができなかった。
「お前、俺が酢のもの嫌いなの知ってるだろ。責任もって食え」
「はいはい」
やり取りを見ていた有坂が、確信を得たように呟いた。
「やっぱりそれって優生の手作りなんだ?」
じとっと嫌な汗が噴き出るのを感じた。
「優生と基城って揃って一週間くらい休んでただろ? 何で休んでたの?」
「え、いや……えっと」
いくら仲がいいとはいえ、手作り弁当はさすがに不自然だったか……。項の傷跡は言い訳を考えていたので誤魔化せたものの、この場を切り抜けられる自然かつ婚約を匂わせない、いい案が思いつかない。
「基城と一緒に住み始めたんだよ。その準備で」
「……へっ? ついに!?」
ついに、とは何だ。口を挟みかけたが、有坂の興味がこちらへまた向きそうで、基城は堪えた。
事前の打ち合わせ通り……よりも、上手くアレンジして優生はすらすらと淀みなく話す。
「三年からゼミが始まって忙しくなるから、近くに部屋借りようと思って。基城も同じ考えだったから成り行きで」
「お、おう」
有坂は「へぇ」と相槌を打つ。次の講義が始まる五分前の予鈴が鳴り、有坂はトレーを持って一足先に退出した。有坂の背中が雑踏の中に消えたのを見届けてから、基城は安堵の溜め息を吐いた。
「お、ま、え、さぁー……同棲のことは言うなってあれほど……」
有坂は探究心が旺盛で、勘が鋭いタイプだ。それに基城は常日頃から優生を嫌っていることを知っているはずなのに、熱々だの惚気てるだの……。本気でからかいに返しても無駄だと分かってはいるが、言わせておくのも癪に障る。
「どうせすぐにバレると思うよ。一緒に帰るところ見られたりとかしたら」
「毎日一緒に帰るわけじゃないだろ」
「え? そうなの?」
「はあ? 当たり前だろ」
優生の呑気さにも、同棲を楽しんでいるような姿勢にも苛々させられる。
「今日夕飯は?」
「適当でいーよ」
「じゃ、俺だけで買い物行ってくるから。ミートスパゲティとトマトのカプレーゼにする」
「や、やっぱ俺も行く!」
嫌いな食べ物を列挙されて、基城は反射的にそう言っていた。態度の変わりように、優生は笑いを溢す。手のひらの上で転がされ、完全に優生のペースに持っていかれた基城は、表情に悔しさを滲ませるのだった。
……────。
大学から一番近い駅前のエリアは住居としても人気で、高層マンションばかりが立ち並んでいる。学生が使うアパートは、大学を挟んで駅とは正反対の位置だ。基城達のように、家賃だけで二桁かかるようなエリアに住んでいるのは少数だろう。
駅直結のスーパーは、総菜の種類も豊富で、ついそちらへ目がいってしまう。カップデリをいくつかカゴに入れようとしたところ、優生に阻まれた。
「えー!? 買おうぜ、それ」
「そんなのばっかり買ったら栄養偏るし、食費だってかさむ」
「いーじゃん。優生のためだったら、姉ちゃんがいくらでも出資してくれるぜ」
「何で基城のお姉さんが?」
「自覚なしか!」
婚約の挨拶の場ではさすがの姉達も自重していたが、もっとフランクな場であれば、お気に入りの優生を愛でていたことだろう。
優生がトマトを買うのを吟味していたので、基城は慌てて止めに入った。
「なー、今日は何か違うのにしよ」
「基城、トマト嫌いなの?」
「トマトの気分じゃないだけ!」
「何それ」
必死で訴えると、優生は諦めてくれたようでほっとする。基城がリクエストした通り、今日の夕飯はカルボナーラとフルーツサラダが並んだ。
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