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【6話】気持ちの変化
ひらいた距離
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嵐が通り過ぎた後、基城と優生は無事に姉達の待つコテージへ帰れた……わけではなかった。腰の立たなくなった基城を背負いながら、優生は勾配を登り、基城を送り届けてくれた。
──いっそ一人で遭難して助け出されたほうがよかったかもしれねー……。
姉達の苛烈な責め立てに、基城は幼少時代を思い出し泣きそうになった。泣いたほうが同情されるかも……と、叱責に心が折れそうになったものだ。
優生と琴音が一応味方をしてくれたものの、基城は劣勢だった。
どれだけ心配をかけたか、優生くんまで巻き込んで……と、基城は反論する余地もなく、素直に謝った。
住んでまだ数ヶ月だが、帰宅すると心が落ち着く。基城はソファの上に寝転がり、冷房の電源をつけた。数日間締め切っていた部屋は蒸し暑い。
優生も帰ってきたばかりでゆっくりすればいいのに、着替えをせっせと洗濯機に放り込み、キッチンに立って何やら作業をしている。
「なー、優生」
「なに?」
「お茶」
指示しなくても、基城がいつも飲んでいる通り、冷たい麦茶を注いでくれる。いつものグラスに氷が三つ。ぴしっと割れる冷涼な音が響いた。
キャンプから帰ってきてから、まともに優生の顔を見た気がする。発情は一夜限りで治まり、今は優生相手に欲情することも、身を焼かれるような発情に苦しむことはない。
全く気にしていない……といえば嘘になるが、基城に優生を責めるつもりはなかった。
むしろ、感謝するべきだと思っている。相変わらず、意地が邪魔をして言葉には出せないが。
気まずい空気から逃げるように、基城は「寝る」と言い放った。いつものように優生の部屋へ向かおうとして、これでいいのかと迷う。
「あのさ、基城」
優生が呼び止めてきた。基城の機嫌を伺うように、頼りなく瞳が揺れている。基城が昔から嫌いな目だった。
幼稚舎に途中から転入してきた優生。海外生活から連れ戻されたとかで、日本語が下手くそで一切笑わない父母の隣にいた。
周りは基城よりも大人びていて……いや、大人から聞きかじった言葉をそのまま優生にも浴びせていた。全然思い出せなかった過去が、今さら脳裏に浮かんでくる。
──『コウサイの子』
「しばらくここを出て行こうと思う」
「……は?」
冷水を浴びせられたかのように、身体が固まる。
「なんで」
「いつ基城が発情期になるかも分からないし、このままだとまた昨日みたいな事故が起こる」
──事故って何だよ。そんな不本意みたいな……。
と言いかけてやめた。自分はどうして、優生をいつまでも味方で寄り添ってくれる存在なのだと思っていたのだろう。苛立ちをぶつけそうになるのを堪えた。優生の後悔と、これ以上基城を傷つけたくないという気持ちは、心痛な表情から伝わる。
「勝手に決めんなよ」
「ごめん」
「お前だけが悪いわけじゃないだろ。何でお前は……いっつも自分のほうを責めるんだよ。俺のせいにしてくれたほうがよかった」
そんなことを言っても、優生を困らせるだけだと分かっている。頭では分かっているけれど、浮かんだ言葉はとどまらずに口をついて出てしまう。それは一番繕わずに、本音だけで話してきた優生相手だからだった。
引き止めるなんて格好悪いことはできなかった。その夜は同棲して初めて違う部屋で眠った。一人分減ったベッドは広くて、熱帯夜なのに手足は妙に冷たかった。
……────。
夏休みの残りが数週間となり、基城は履修登録の説明会へ出かけた。すでに後方のほうに有坂が椅子にかけており、手招きで呼ばれる。
「よう。久しぶりー」
「……おう」
説明会は少し前に始まっていたようだ。基城に資料をまわしながら、有坂は「焼けたな」と呟いた。
「何が?」
「肌焼けたなって。遊んできた?」
「うんまあ。キャンプに行ってきた」
「女の子と?」
「ちげぇわ。優生と」
自然に出てきた言葉にはっとなる。けれど、勘違いだったという言い訳は通用せず、基城は沈黙する。
「仲は深まった?」
「だとよかったんだけどな」
冗談めかして言い返す。自嘲気味に言った言葉は、自分でも驚くほど感情のない声だった。……優生は恐らく、実家に帰っている。
休みの間は有坂とも連絡を取っていたが、優生が転がり込んでいる様子はなかったからだ。
基城の前から本当に行方をくらますように、優生の姿は見えなくなった。
だから大学に集まる今日こそは、と息巻いて来たのだが、優生の姿は構内のどこにもなかった。
「マクロ経済と……外国語は何がいいと思う?」
「え……なに、基城どうしたの? 熱でもある?」
「そんなわけないだろ。二年後期のうちに単位取っといたほうがいいと思って」
「……基城が生まれ変わった」
友人は手のひらで口元を覆って、大袈裟にリアクションを見せた。真面目に取り合う気もなく、基城はテキストに視線を落とす。それ以上、有坂が話しかけてくることはなかった。
──いっそ一人で遭難して助け出されたほうがよかったかもしれねー……。
姉達の苛烈な責め立てに、基城は幼少時代を思い出し泣きそうになった。泣いたほうが同情されるかも……と、叱責に心が折れそうになったものだ。
優生と琴音が一応味方をしてくれたものの、基城は劣勢だった。
どれだけ心配をかけたか、優生くんまで巻き込んで……と、基城は反論する余地もなく、素直に謝った。
住んでまだ数ヶ月だが、帰宅すると心が落ち着く。基城はソファの上に寝転がり、冷房の電源をつけた。数日間締め切っていた部屋は蒸し暑い。
優生も帰ってきたばかりでゆっくりすればいいのに、着替えをせっせと洗濯機に放り込み、キッチンに立って何やら作業をしている。
「なー、優生」
「なに?」
「お茶」
指示しなくても、基城がいつも飲んでいる通り、冷たい麦茶を注いでくれる。いつものグラスに氷が三つ。ぴしっと割れる冷涼な音が響いた。
キャンプから帰ってきてから、まともに優生の顔を見た気がする。発情は一夜限りで治まり、今は優生相手に欲情することも、身を焼かれるような発情に苦しむことはない。
全く気にしていない……といえば嘘になるが、基城に優生を責めるつもりはなかった。
むしろ、感謝するべきだと思っている。相変わらず、意地が邪魔をして言葉には出せないが。
気まずい空気から逃げるように、基城は「寝る」と言い放った。いつものように優生の部屋へ向かおうとして、これでいいのかと迷う。
「あのさ、基城」
優生が呼び止めてきた。基城の機嫌を伺うように、頼りなく瞳が揺れている。基城が昔から嫌いな目だった。
幼稚舎に途中から転入してきた優生。海外生活から連れ戻されたとかで、日本語が下手くそで一切笑わない父母の隣にいた。
周りは基城よりも大人びていて……いや、大人から聞きかじった言葉をそのまま優生にも浴びせていた。全然思い出せなかった過去が、今さら脳裏に浮かんでくる。
──『コウサイの子』
「しばらくここを出て行こうと思う」
「……は?」
冷水を浴びせられたかのように、身体が固まる。
「なんで」
「いつ基城が発情期になるかも分からないし、このままだとまた昨日みたいな事故が起こる」
──事故って何だよ。そんな不本意みたいな……。
と言いかけてやめた。自分はどうして、優生をいつまでも味方で寄り添ってくれる存在なのだと思っていたのだろう。苛立ちをぶつけそうになるのを堪えた。優生の後悔と、これ以上基城を傷つけたくないという気持ちは、心痛な表情から伝わる。
「勝手に決めんなよ」
「ごめん」
「お前だけが悪いわけじゃないだろ。何でお前は……いっつも自分のほうを責めるんだよ。俺のせいにしてくれたほうがよかった」
そんなことを言っても、優生を困らせるだけだと分かっている。頭では分かっているけれど、浮かんだ言葉はとどまらずに口をついて出てしまう。それは一番繕わずに、本音だけで話してきた優生相手だからだった。
引き止めるなんて格好悪いことはできなかった。その夜は同棲して初めて違う部屋で眠った。一人分減ったベッドは広くて、熱帯夜なのに手足は妙に冷たかった。
……────。
夏休みの残りが数週間となり、基城は履修登録の説明会へ出かけた。すでに後方のほうに有坂が椅子にかけており、手招きで呼ばれる。
「よう。久しぶりー」
「……おう」
説明会は少し前に始まっていたようだ。基城に資料をまわしながら、有坂は「焼けたな」と呟いた。
「何が?」
「肌焼けたなって。遊んできた?」
「うんまあ。キャンプに行ってきた」
「女の子と?」
「ちげぇわ。優生と」
自然に出てきた言葉にはっとなる。けれど、勘違いだったという言い訳は通用せず、基城は沈黙する。
「仲は深まった?」
「だとよかったんだけどな」
冗談めかして言い返す。自嘲気味に言った言葉は、自分でも驚くほど感情のない声だった。……優生は恐らく、実家に帰っている。
休みの間は有坂とも連絡を取っていたが、優生が転がり込んでいる様子はなかったからだ。
基城の前から本当に行方をくらますように、優生の姿は見えなくなった。
だから大学に集まる今日こそは、と息巻いて来たのだが、優生の姿は構内のどこにもなかった。
「マクロ経済と……外国語は何がいいと思う?」
「え……なに、基城どうしたの? 熱でもある?」
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