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我儘令息、辺境伯へ嫁ぐ
夜会1
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与えられたジゼルの部屋には、すでに実家から持ってきたものよりも、たくさんの贈りもので溢れていた。ここまで尽くしてもらっていても、ジゼルの心は満たされなかった。輿入れから一ヶ月経っても、ルシアスはジゼルと身体を繋げようとする気配がないからだ。
秋が深まる頃、一番上の兄からジゼルの元に手紙が届いた。それは結婚の知らせだった。ジゼルと夫のルシアスを招待するという内容で、心は少し浮きだった。
食事の席で、ジゼルはそのことをルシアスに伝える。すると、ルシアスの顔が途端に曇った。
「その日の午前は外せない公務があるゆえ」
「そう、ですか……」
「式は夜まで続くのだろう。それまでには出席しよう」
「ごめんなさい。無理を言って」
「気になさるな。会場まではアノーレイをつけよう」
ルシアスの言葉に嘘はないとは思うのだが、遠回しに断られているという引っかかりが拭えない。
当日は澄み渡るほどの快晴だった。イディオスの領地へ帰郷したジゼルは、久しぶりに家族との時間を過ごした。
兄の花嫁は子爵家の一人娘で、着飾った二人はとても幸せそうだった。祝福される兄と花嫁はお互い照れながらも仲睦まじそうだった。
「兄様と花嫁様……すごく綺麗だ」
ジゼルとルシアスが並べば、親子にしか見えないだろう。幸せをお裾分けしてもらったみたいに、ルシアスのいない寂しさは少しだけ満たされた。
ジゼルの国では、朝と昼は新郎新婦を祝福し、夜は大きな屋敷で余興を楽しむ。開かれる夜会で、新たな縁を結ぶ家も多かった。
今日の夜会の主催は、伯爵家のルダンだ。アノーレイを伴って会場に入ろうとしたところ、名指しで呼び止められる。
「ジゼル。侍女を連れて入る気か?」
ルダンはジゼルの通っていた魔法学院の先輩でもあった。家格を重んじる一族で、席順などにもいちいち文句をつけていたほどだ。権力が上の者には媚びへつらい、下の者にはぞんざいだ。
この国で辺境伯と言えば、王国とは同盟国のような立ち位置である。男爵家の末っ子であるジゼルへの対応を変えていないあたり、ルシアスと婚姻を結んだ話は伝わっていないらしい。
アノーレイが「ジゼル様」と声をかける。ジゼルは視線で何もするなと制した。
「申し訳ございません」
「下級貴族はこれだから困る。見た目に気を配ったところで、常識のなさは変わらないな。父上は侯爵家とも繋がりがあるんだ。君の取るに足らない爵位くらい、すぐに取り上げたっていいんだぞ」
と、凄まれても、学院では実際に廃嫡された者を見たことがないため、ジゼルは特に気にしない。
「失礼いたしました。以後気をつけます」
ジゼルは抑揚のない声で言った。ルダンはその様子にふん、と鼻を鳴らし、他の貴族のもとへ向かったようだった。
ルシアスは万が一のために、と護衛としてアノーレイをつけてくれたが、ジゼルには攻撃魔法の心得はある程度持ち合わせているので、心配はいらないだろう。あと小一時間もすれば、ルシアスもやって来る。
ルシアスが購入した衣装は華美な刺繍が施されたもので、お洒落好きな令嬢や婦人達にそれを褒められた。
「まあ可愛らしい。仕立てがとてもいいのね。花の妖精みたい」
「今日の新郎様は精悍な騎士様だったけれど……何だか実弟なのが信じられませんわ」
くすくすと笑う声に、ジゼルは気恥ずかしくも相槌を打つ。女性達にはよく話しかけられるが、男性的な魅力はないのか、色恋の話を仄めかす者はいなかった。
──ルシアス様……遅いな。
ジゼルは人気のないバルコニーで、喧騒とは反対の外の景色に目をやる。ルシアスの姿が見えないだろうか、と期待して、峠の道を眺める。
「よう。ジゼル。家柄のいい婚約者は見つかったか?」
振り向くと、先ほど入口で難癖をつけられたルダンがいた。果実酒の入ったグラスを給仕係の男に勧められ、普段と同じものを口にした。
「いえ……というか、僕はもう婚約していて……」
「婚約といえば。知り合いの貴族から婚約状のことを聞いたぞ! 誰にも相手にされなかったそうだな」
まるで聞く耳を持たない。
他の侯爵家に目をかけられていたジゼルが気に食わないのだろう。ルダンは彼女達が離れたところで、威勢よく話す。
「まあそう気を落とすなよ。知り合いの中には、本気でお前のことを迎えようと親に訴えた男もいたらしい。令嬢ならば、難しくはなかったのになぁ……男で残念だな」
酒臭い息を吐きながら、ルダンが近づいてくる。今までにない距離まで詰め寄られ、ジゼルは身を固くした。
「女だったら身籠ればいい身分の貴族と結婚できただろうに。綺麗な顔も宝の持ち腐れというものだ」
「そろそろ夫が迎えに来るので。失礼致します」
「ははっ。夫だと? ジゼル イディオスと結婚したという話は、俺と関わる貴族の中で聞いたことがないぞ」
ルダンの脇を通り過ぎようとしたら、手首を咄嗟に掴まれる。振り解こうとして、突然視界がぐにゃりとうねる感覚に襲われた。
足を踏み出せているのか、真っ直ぐ歩けていることすら分からない。
「おっと。顔色がよくないな。上の部屋で休ませよう」
ジゼルを一瞥することもなく、ルダンは周りに聞かせるように大きな声で言った。抵抗することすらままならず、パーティー会場から遠ざかるように、ジゼルは暗い部屋へと連行された。
秋が深まる頃、一番上の兄からジゼルの元に手紙が届いた。それは結婚の知らせだった。ジゼルと夫のルシアスを招待するという内容で、心は少し浮きだった。
食事の席で、ジゼルはそのことをルシアスに伝える。すると、ルシアスの顔が途端に曇った。
「その日の午前は外せない公務があるゆえ」
「そう、ですか……」
「式は夜まで続くのだろう。それまでには出席しよう」
「ごめんなさい。無理を言って」
「気になさるな。会場まではアノーレイをつけよう」
ルシアスの言葉に嘘はないとは思うのだが、遠回しに断られているという引っかかりが拭えない。
当日は澄み渡るほどの快晴だった。イディオスの領地へ帰郷したジゼルは、久しぶりに家族との時間を過ごした。
兄の花嫁は子爵家の一人娘で、着飾った二人はとても幸せそうだった。祝福される兄と花嫁はお互い照れながらも仲睦まじそうだった。
「兄様と花嫁様……すごく綺麗だ」
ジゼルとルシアスが並べば、親子にしか見えないだろう。幸せをお裾分けしてもらったみたいに、ルシアスのいない寂しさは少しだけ満たされた。
ジゼルの国では、朝と昼は新郎新婦を祝福し、夜は大きな屋敷で余興を楽しむ。開かれる夜会で、新たな縁を結ぶ家も多かった。
今日の夜会の主催は、伯爵家のルダンだ。アノーレイを伴って会場に入ろうとしたところ、名指しで呼び止められる。
「ジゼル。侍女を連れて入る気か?」
ルダンはジゼルの通っていた魔法学院の先輩でもあった。家格を重んじる一族で、席順などにもいちいち文句をつけていたほどだ。権力が上の者には媚びへつらい、下の者にはぞんざいだ。
この国で辺境伯と言えば、王国とは同盟国のような立ち位置である。男爵家の末っ子であるジゼルへの対応を変えていないあたり、ルシアスと婚姻を結んだ話は伝わっていないらしい。
アノーレイが「ジゼル様」と声をかける。ジゼルは視線で何もするなと制した。
「申し訳ございません」
「下級貴族はこれだから困る。見た目に気を配ったところで、常識のなさは変わらないな。父上は侯爵家とも繋がりがあるんだ。君の取るに足らない爵位くらい、すぐに取り上げたっていいんだぞ」
と、凄まれても、学院では実際に廃嫡された者を見たことがないため、ジゼルは特に気にしない。
「失礼いたしました。以後気をつけます」
ジゼルは抑揚のない声で言った。ルダンはその様子にふん、と鼻を鳴らし、他の貴族のもとへ向かったようだった。
ルシアスは万が一のために、と護衛としてアノーレイをつけてくれたが、ジゼルには攻撃魔法の心得はある程度持ち合わせているので、心配はいらないだろう。あと小一時間もすれば、ルシアスもやって来る。
ルシアスが購入した衣装は華美な刺繍が施されたもので、お洒落好きな令嬢や婦人達にそれを褒められた。
「まあ可愛らしい。仕立てがとてもいいのね。花の妖精みたい」
「今日の新郎様は精悍な騎士様だったけれど……何だか実弟なのが信じられませんわ」
くすくすと笑う声に、ジゼルは気恥ずかしくも相槌を打つ。女性達にはよく話しかけられるが、男性的な魅力はないのか、色恋の話を仄めかす者はいなかった。
──ルシアス様……遅いな。
ジゼルは人気のないバルコニーで、喧騒とは反対の外の景色に目をやる。ルシアスの姿が見えないだろうか、と期待して、峠の道を眺める。
「よう。ジゼル。家柄のいい婚約者は見つかったか?」
振り向くと、先ほど入口で難癖をつけられたルダンがいた。果実酒の入ったグラスを給仕係の男に勧められ、普段と同じものを口にした。
「いえ……というか、僕はもう婚約していて……」
「婚約といえば。知り合いの貴族から婚約状のことを聞いたぞ! 誰にも相手にされなかったそうだな」
まるで聞く耳を持たない。
他の侯爵家に目をかけられていたジゼルが気に食わないのだろう。ルダンは彼女達が離れたところで、威勢よく話す。
「まあそう気を落とすなよ。知り合いの中には、本気でお前のことを迎えようと親に訴えた男もいたらしい。令嬢ならば、難しくはなかったのになぁ……男で残念だな」
酒臭い息を吐きながら、ルダンが近づいてくる。今までにない距離まで詰め寄られ、ジゼルは身を固くした。
「女だったら身籠ればいい身分の貴族と結婚できただろうに。綺麗な顔も宝の持ち腐れというものだ」
「そろそろ夫が迎えに来るので。失礼致します」
「ははっ。夫だと? ジゼル イディオスと結婚したという話は、俺と関わる貴族の中で聞いたことがないぞ」
ルダンの脇を通り過ぎようとしたら、手首を咄嗟に掴まれる。振り解こうとして、突然視界がぐにゃりとうねる感覚に襲われた。
足を踏み出せているのか、真っ直ぐ歩けていることすら分からない。
「おっと。顔色がよくないな。上の部屋で休ませよう」
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