冷めない恋、いただきます

リミル

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【Lesson.2】

二人の時間2

「由衣濱先生に何かアドバイスをいただければ。奇譚ない意見をお聞かせください。……あ、もちろん、相談料はお支払いします」
「いえいえ、お金はいただきませんから。すごいじゃないですか。どれも美味しそうです」
「褒めていただいて……光栄です。サラダなんかはスーパーで買って楽することはあるんですけど」
「俺も一人暮らしなので、カット野菜をよく使っていますよ」

久住は安心したような顔になる。親元を離れたばかりの大学生みたいで、何だか微笑ましい。教室に通い始めたばかり……自炊の経験もほとんどゼロだった初期に比べれば、目覚ましい進歩だ。

多希が受け持つ生徒は、料理に対して苦手意識がなく、共通の趣味や習い事として通っている女性がほとんどだ。実際にAllegroはそういった層をターゲットにしている。初心者に教えることは普段ないため、久住の成長が嬉しい。

「一人暮らしなんですね」
「え、ええ」
「由衣濱先生は美人だから彼女いそうですよね」
「……い、いや」
「って、他の生徒さんが噂していました」

プライベートの話に切り替わり、返答はしどろもどろになってしまった。動揺と淡い期待で膨らんだ内心を悟られないよう、多希は新しい酒を喉に流した。

「ちょっとペース早くないですか? 顔と首が真っ赤ですよ」
「ん、へーきです……」
「何か食べられたほうがいいですよ」

少し潤んだ視界の中で、久住が多希の小皿にせっせとつまみを取り分けている。何らおかしいことはないのに、多希は浮かれた気分になってくすっと笑った。カウンターに頬杖をつきながら、多希は男の横顔をじっと見据える。

「久住さんって意外と睫毛長いですね」
「ゆ、由衣濱先生……?」

普段真面目で、感情の起伏が読み取れない男の相好が崩れる。その後の記憶がなく、久住に介抱してもらう形で店を出た。

冷たい秋風に晒されるうちに、酔いも少しずつ冷めてくる。いつもコートのポケットに入れているはずの、自宅の鍵がない。

「え、あれ……」
「どうしたんですか?」
「家の鍵がなくて。……あ」

キーケースをエプロンのポケットへ入れていたことを思い出した。取りに行こうとしたが、多希のキーケースには事務所の鍵も一緒になっている。社長の三好ももう帰っている時間だ。

怒られるのを承知で電話をかけるも、三好が出る気配はない。呼び出し音が耳で響く度に、焦りで鳩尾のあたりが冷たくなっていくのを感じる。久住がじっと待っていることに気付き、多希は一度通話を終了した。

「すみません。事務所に鍵を忘れてしまったみたいで。久住さんは先に帰ってください」
「先にって……由衣濱先生はどうされるんですか?」
「友人の家を当たってみます。だから気にしないでください」

多希はトークアプリを開き、学生時代の旧友を探す。メッセージを送る前に、再び久住が話しかけてきた。

「俺も由衣濱先生と同じ一人暮らしなんです」
「は、はい……?」
「今日は俺のところに泊まりませんか? 替え用の布団もありますし」
「いや、そんな。ご迷惑でしょう」
「美味しいご飯に誘っていただいたお礼です」

確かに誘ったのは多希だったが、支払いはどちらがしたっけ……? 割り勘だった?

記憶が混濁するほど飲んだくれていたみたいで、改めて久住に対して申し訳なさでいっぱいになる。久住が腕にはめた時計を確認し、多希のカバンを引っ張った。

「終電、そろそろなので急いだほうがいいです」
「えっ……あ、はい……」

まだアルコールの回っている頭で多希は誘導されるまま、ふらふらと久住に着いていく。終電で少し混み合う車内に揺られること十分程、久住が住んでいるというアパートへ連れてこられた。

「どうぞ」
「……おじゃまします」

廊下の明かりをつけながら、久住は言った。廊下も部屋も綺麗に整頓されており、余計なものが一切ない。本人の性格をよく表している部屋だ。

「風呂沸かしてますので、由衣濱先生お先にどうぞ」
「え、いや、俺は久住さんの後で大丈夫です」
「着替えも用意してますので。はい」

渡されたのは袋に入っている新品のスウェットと下着、歯ブラシだった。

「何から何まですみません」

多希は風呂場のドアをきっちりと閉めると、多希は身につけているものを脱いでいく。事務所のロッカーは施錠できるようにはなっているが、多希は念のため貴重品は肌見放さず持ち歩く主義だった。久住と飲みに行くことに気を取られ、完全に頭から抜けていた。

風呂から上がると、ベッドの横に久住が寝床の準備をしていた。スーツはカーテンレールに吊り下げられていて、久住はシャツと下着のみの格好だった。見てはいけないものを見てしまった気がして、多希は視線を床へと落とした。

「あ、由衣濱先生。ベッドと敷布団、どちらでも好きなほうで横になってください」

声をかけられたが、内容が右から左へ抜けて入ってこない。ぎこちなく「はい」と答えると、多希と入れ替わる形で、久住は浴室へ向かった。

床へ吸い込まれるように、へなへなと腰が抜けていくのを感じた。紺色のボクサーパンツとそこから伸びる筋が浮き出た足。尻を向けていた久住の姿がはっきりと頭の中に浮かび、今も消えてくれない。
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