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第1章:魔導師クレイマンの弟子、リオ
2:襲撃
しおりを挟む一番星が空に現れる頃、リオは山の麓の村に辿り着いた。
さほど疲れてはいないものの、何度もクレイマンと共に歩いた山道が、今日はとても長く感じられた。
リオが村へ来た理由、それは情報を集める為だ。
クレイマンの遺体を家の裏に埋葬した後、リオは家の中にある書物や手紙を読み漁った。
クレイマンの最後の頼みである、魔導師シドラーの居場所を探す為だ。
しかし、家にある大量の書物は、そのほとんどが魔導書で、手紙はリオが理解出来ないような複雑な暗号で書かれていた。
即ち、魔導師シドラーの居場所は全く分からなかった。
そこでリオは、とにかく、人のいる村へ降りて、情報を集めようと思い立ったのだった。
山の麓の村は、数十軒の家々に、百人にも満たない数の人間が暮らしている。
皆、魔法とは縁のない人々だ。
家々の軒先には、火の灯ったランプが沢山ぶら下げられていて、村全体がオレンジ色の光に包まれていた。
それらは、森に住む魔獣から身を守るための知恵だった。
クレイマンの死を受けて、突発的に家を出てきたリオだったが、今晩どこで過ごそうかと悩んだ。
すると、誰かが背後から声を掛けてきた。
「リオ? リオじゃない? どうしたの、今日は一人なの?」
振り返ると、若い女が一人立っている。
手に果物の入ったバスケットを持つこの人物は、酒場で働くヘレナ。
これまで、クレイマンと共に村へ訪れた際には、必ずといっていいほど、お世話になっていた。
ヘレナは、小柄なリオの為に膝を曲げて、目線を同じ高さにして話してくれている。
「こんばんは。えっと……。クレイマンさんは、その……」
リオは言葉に詰まる。
クレイマンは死んでしまった、なんて、言えるはずがない。
リオ自身もまだ、クレイマンの死を、ちゃんと受け止められていないのだ。
リオの様子に、ヘレナは首を傾げたが、すぐに笑顔になる。
「一人なら、うちへいらっしゃい。今からは帰れないでしょ?」
ヘレナの優しい笑顔に、リオはほっとして頷いて、ヘレナと共に酒場へ向かった。
酒場は、村の大人達の交流場だ。
お酒を片手に、一日の出来事を話し合い、老をねぎらう場だと、リオはクレイマンに教わっていた。
だけど……
「酒場って、案外騒がしいんだね」
世間知らずのリオは、酒を飲んで歌って踊る大人たちを見て、唖然とする。
「あぁ、夜にここへ来るのは初めてだったわね。そうねぇ……、みんな、ああでもしないとやってられないのよ!」
ヘレナは笑ってそう言った。
ヘレナに促されるまま、カウンター席の一番端に座るリオ。
ヘレナは、リオに果実のジュースを出してくれた。
「王が定めた税制は、私達が暮らしていくには厳しいものだからね。生活は貧しくなる一方……。みんな、ああやって楽しそうに騒いでいるけど、心のどこかで苦しんでいる。どうにもならない現状と、どうにもできない自分自身にね」
ヘレナの悲しそうな顔を、リオはこの時初めて見た。
だがリオには、村人たちの苦労を理解する事ができない。
税制に困窮する人々の気持ちが、リオにはわからないのだ。
それも仕方のない話。
クレイマンと共に、これまでの日々を過ごしてきたリオにとって、育った山の家の外の世界は全てが未知。
税制がある事はもちろん知っていたが、なぜそれが厳しい事なのか、貧困を経験した事のないリオには理解出来なかった。
「それでも、生まれてきたからには生き抜かないと……。雑草の私達は、そう簡単にはくたばらないわよ!」
ヘレナに元気と笑顔が戻って、リオはホッとする。
そんなヘレナの話は、いつぞやのクレイマンの話によく似ていた。
クレイマンは、人々の生活を豊かにする事が自分に与えられた使命だ、だから精一杯、やれることはやらねばならない、生まれてきた意味を残さなくては……、と、言っていた。
だから、いろんな研究をして、いろんな魔法を編み出して、沢山の人達の役に立って……
そして、死んでしまった。
リオの中でだんだんと、クレイマンの死が現実味を帯びてきていた。
堪らなくなったリオは、果実のジュースをぐいっと飲んだ。
甘酸っぱくて、美味しくて、リオの中にある悲しみを少しだけ……、ほんの少しだけ、癒してくれたような気がした。
ヘレナの店に入ってからしばらく経った頃、店の外が騒がしくなっている事にリオは気付いた。
聞こえてくるのは、危険を知らせる鐘の音と、人々の悲鳴。
そして、今まで耳にしたことがないような、甲高い奇声。
何か、猛獣の、鳴き声。
「まさか……、そんな……」
ヘレナの顔から笑みが消え、血の気が引いていく。
周りの大人達も何やら血相を変えて、先ほどまでの騒ぎが嘘のように酒場は静まった。
ここにいる全員が沈黙し、外から聞こえてくる音に耳を澄ます。
すると、店の扉が勢いよく開いて、血だらけの男が駆け込んできた。
その男は、戦慄の表情を浮かべ、叫んだ。
「グレイレザールだぁっ!」
男の言葉に、酒場にいる大人達は一斉に立ち上がり、口々に声を上げながら慌てふためく。
店の扉から表に出る者、テーブルの下に隠れてガタガタ震え始める者、店の奥の扉をこじ開けて裏に逃げ出す者、皆が必死の形相で何者かから逃れようとしている。
「リオ、裏口から逃げてっ!」
青褪めたヘレナが、リオを裏口へ向かわせる。
「でも! グレイレザールが来たって、どうして!?」
リオは、ヘレナの腕を掴んで揺さぶる。
グレイレザールとは、この山に住む魔獣の一種で、肉食の、巨大な爬虫類だ。
前足の爪が鋭く、大きく裂けた口の中には無数の牙が生えている。
リオは、そのグレイレザールに、何度か山で遭遇したことがあった。
硬い鱗を持つグレイレザールは、大人でも倒す事が困難で、クレイマンに助けてもらわなければ、リオは命を落としていただろう。
普段は山の奥に潜んでいて、麓の村に降りてくる事など滅多にない。
それだというのに、何故……?
「分からないわ。村にある火は全て、クレイマンに貰った魔除けの火。魔獣を遠ざけるための力があるはずなのに、どうして……?」
ヘレナの言葉で、リオには全てが理解出来た。
今までは、クレイマンの魔力で生み出した魔除けの火が、グレイレザールを村から遠ざけていた。
けれど今日、クレイマンは死んでしまった。
即ち、クレイマンの死と共に、魔除けの火の効力が失われてしまったのだ。
「リオ、とにかく逃げなさい! 山へ! クレイマンのところへ!」
ヘレナが急き立てる。
けれど……
「クレイマンさんは……、もう、いないんだ……」
リオの言葉に、瞬時にその真意を汲み取ったヘレナは愕然とする。
ぺたんと床に座り込み、立ち上がる事もできそうにないほどに、ヘレナは絶望の表情を浮かべていた。
だがしかし、リオは違った。
不思議とリオは落ち着いていた。
制止しようとするヘレナの腕をすり抜けて、リオは、店の扉から表に走り出た。
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