五人の賢者 〜白の王と黒い竜〜

玉美-tamami-

文字の大きさ
6 / 58
第2章:魔導師レイニーヌの弟子、ジーク

3:生きるという事

しおりを挟む

 夜が明けた。
 窓から差し込む光が、優しく二人を包み込む。

 呪いによって死に至ったレイニーヌの体は、薄紫色の痣に飲み込まれていた。
 しかしジークは、レイニーヌを抱きしめて離さなかった。

 涙は枯れ果て、思考は止まっていた。
 自分を救ってくれた、道を教えてくれた、愛してくれた……
 ジークの中で、レイニーヌは全てだった。
 それを今、無くした。
 ジークの心は、穴が空いたという表現では収まり切らないほどに、全てが消失してしまっていた。
 何を恨めばいいのか分からない。
 何を悔めばいいのか分からない。
 この先、レイニーヌのいない人生を、生きていく意味があるのか分からない。
 何も、分からなくなってしまっていた。

 それでも、不思議なもので、喉が乾いた。
 魔法で手の平に水を生成し、少しずつ、口に運んだ。
 もう開きはしないレイニーヌの口にも、少しだけ、水を垂らす。
 出会った頃に、レイニーヌがしてくれたように。





「喉を潤すのは水。心を潤すのは、愛よ!」

 レイニーヌが、初めてジークに話し掛けた言葉だった。

 突然目の前に現れた、自分よりもずっと小さな女。
 体の大きさのわりに、表情は大人びていて、やけに臭いセリフばかり吐く。
 馬鹿な子どもだと思ったが、子どもでもなければ、馬鹿でもなかった。
 頭が良くて、一流の魔法が使えて……、何より愛らしかった。
 それに、その容姿で、浴びるほど酒を飲み、べろべろに酔っぱらっては、自分よりも体の大きな人間をいとも簡単に投げ飛ばす、そんなギャップに惹かれた。

 一番感謝すべき事は、人生を変えてくれた事。
 仲間に居場所を与えて、俺に生きる道を教えてくれた。
 だけど、最期の最期で、嘘をつくなんて……

 酷い女だ。





 レイニーヌが死して、三日が経った。

 この町では、死んだ人間は火葬して、残った骨は全て、町の周りの砂漠にまかれる。
 死した人間の魂は、町を守る霊になると考えられているからだ。
 ジークは、阿呆らしいと思いながらも、レイニーヌを火葬した。
 本当は、燃やしたくなどなかった。
 しかし、このままレイニーヌの体が朽ちていくのを見る事など、到底できなかった。
 自分の中のレイニーヌを、美しいままに留めおきたかった。

 レイニーヌの骨は、呪いによって穢されて、ほとんど残らなかった。
 しかし、魔法陣を描いていた両手の骨だけは、綺麗に残った。
 こんな事なら、体中に魔法陣を描いてやれば良かったんだ……
 おかしな発想だと思いながらも、ジークは本気でそう考えていた。

 ジークは、町の人々が制止するのを振り切って、その両手の骨を、一つの小さな壺に入れ、自分の物にした。
 こんな砂漠のど真ん中に、レイニーヌを置いては行けない。
 ジークは、まだレイニーヌの死を受け入れられていなかった。
 燃えるレイニーヌの体を見ても、骨になってしまった姿を見ても、それがレイニーヌだと思えなかった。

 レイニーヌの最後の言葉。
 レイニーヌは、ずっと見ていると言った。
 レイニーヌの心は、魂は、自分と共にある。
 今までも、これからも、ずっと……
 そう思う事で、ジークは平静を保っていた。

 そしてそれは、思い込みではなく真実だと言う事にジークが気付くのは、もう少し後になってからだった。





「お願いです! どうかこの町に留まってください! 町にはあの泉一つ。あの泉が枯れれば、我々は皆死んでしまう! どうか! どうか!」

 すがるように、口々に喚く町の人々。
 地面にひれ伏して、旅立とうとするジークを、なんとか引き止めようと必死だ。
 ジークは、冷めた目つきで彼らを見下ろす。
 レイニーヌは、魔導師は弱き者を救うために存在する、と言っていた。
 それが間違っているとは思わない。
 現にジークも、救われた一人なのだから。
 けれど……

「お前達は間違っている」

 ジークの低い声が、否定的な言葉が、町の人々の声を止めた。

「魔導師は弱き者を救う為に存在する。それは分かってる。けどな……、弱き者は、救われるのをただ待っていればいいのか? お前らは、自分の手で何かをしようとは思わねぇのか? お前ら……、それでも人間かっ!?」

 怒号のように吐き捨てられた言葉に、その口の悪さに、込められた憎しみに、町の人々は押し黙る。

 レイニーヌは、こんな奴らでも助けようとしたんだ。
 こんな、生きる為に戦おうともしない、最低な奴らでも……

 ジークは、町の人々から視線をずらさない。
 一人一人、じっくりと睨み付ける。
 すると、一人の少年が立ち上がった。
 まだ、十歳くらいだろうか。
 緊張しているのか、体が小刻みに震えている。
 痩せてはいるが、力強い目。
 そして……

「どうすれば、いいですか?」

 小さな声で、呟く様にそう言った。

「なんだ? 聞こえねぇな」

 ジークは、わざと聞こえないフリをする。

「どうすればっ! 町を救えますかっ!?」

 泣き叫ぶように、大声でそう言った少年に、人々は驚き、顔を上げた。
 ジークは、片方の口の端を上げて笑う。
 レイニーヌから受け継いだ、にやりとした笑い方だ。

「砂漠を丸一日北へ歩くと川がある。そこの水は飲める。あの川はちょっとやそっとじゃ枯れねぇはずだ」

 ジークの言葉に、子どもの顔がパッと明るくなった。

 もう、この町は大丈夫だ。
 ジークはくるりと背を向けて、町を後にした。





「生きるっていうのはね、戦うって事なのよ。自分の置かれている環境、周りの状況、そして自分自身とね。どんな時でも、現実から目を反らしちゃいけない。戦う事から逃げちゃいけない。生き抜かないと……。それにあたしは、戦い続ける限り、何者にも負ける気がしないのよね~。ジーク、あんたもそう思うでしょ?」

 あぁ、そうだな……
 レイニーヌ、お前は戦ったよ、最期の最期まで……
 だからさ、ここから先は、俺の番だよな。
 俺はきっと、お前と同じように……、いや、お前以上に、戦ってみせる。
 そして最後には、きっと、勝ってみせる。
 お前の為に、必ず、勝ってみせるから……
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました

黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。 彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。 戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。 現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと! 「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」 ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。 絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。 伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進! 迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る! これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー! 美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。 人生、逆転できないことなんて何もない!

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

【完結】小さな元大賢者の幸せ騎士団大作戦〜ひとりは寂しいからみんなで幸せ目指します〜

るあか
ファンタジー
 僕はフィル・ガーネット5歳。田舎のガーネット領の領主の息子だ。  でも、ただの5歳児ではない。前世は別の世界で“大賢者”という称号を持つ大魔道士。そのまた前世は日本という島国で“独身貴族”の称号を持つ者だった。  どちらも決して不自由な生活ではなかったのだが、特に大賢者はその力が強すぎたために側に寄る者は誰もおらず、寂しく孤独死をした。  そんな僕はメイドのレベッカと近所の森を散歩中に“根無し草の鬼族のおじさん”を拾う。彼との出会いをきっかけに、ガーネット領にはなかった“騎士団”の結成を目指す事に。  家族や領民のみんなで幸せになる事を夢見て、元大賢者の5歳の僕の幸せ騎士団大作戦が幕を開ける。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

処理中です...