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第11章:決戦の時
3:魔弾
しおりを挟むオーウェンは一人、玉座の間へと繋がる扉の前で、静かに呼吸を整えていた。
これまで、幾度となく開いてきた目の前の扉が、今はとても大きく恐ろしいものに思えてならない。
だがしかし、自分がやらねば誰がやる、と、オーウェンはその心を奮い立たせて、ゆっくりと扉を開いた。
暗く、視界の悪い中で、オーウェンが最初に感じたのは臭いだ。
生き物が焼けたような、それでいて生物が腐ったような、なんとも言えない鼻を突くような異臭に、オーウェンは思わず顔をしかめた。
そして、前方にある、何か巨大な物体をその目に捉えて、腰に携えていた剣を、静かに抜き出した。
玉座の間の中央、王が腰掛けるその椅子に、覆いかぶさるようにしてそれは存在していた。
およそ生き物とは思えぬほどの悪臭を放ち、荒く苦しそうな息をする巨大な物体。
身体中を覆う白い鱗は、所々が剥がれ落ち、その下には茶色く腐食した肉が見えている。
そこから流れ出るドロドロとした緑色の液体が、床に大きな水溜りを作っていた。
巨大な物体は、一見すると爬虫類のような、それでいて背には翼を、額には二本の銀色の角を有している。
そう……、間違いない。
そこにいるのは、この国を、この世界を、破滅へと導く邪悪なる力の根源、竜の子ワイティアであった。
ワイティアは、リオ達の予想通り、酷く弱っているようだ。
玉座の間の扉が開いた事にも気付かずに、静かに目を閉じ、大きく背を上下させて呼吸をしている。
オーウェンは、少しずつ歩を進める。
床には無数のガラス片が散らばっており、敷かれた絨毯はぐしゃぐしゃ。
白く美しかった壁には、緑色のドロドロが大量に付着していた。
ふとその頭上を見やるオーウェン。
そこにあるべきはずの、ガラス張りの天井は粉々に砕け散ってなくなっており、代わりに見覚えのある顔が六つ、こちらを心配そうに見下ろしていた。
リオ、マンマチャック、ジーク、エナルカ、テスラ、そしてルーベル。
恐れることなど何もない……、私には彼らがついている。
そう思ったオーウェンは、ほんの一瞬、気が緩んでしまい……、足元にあった大きなガラス片を、踏んでしまった。
ビキキキッ、という鈍い音が、静寂の中に響く。
すると、今の今まで目を閉じていたワイティアの、その瞳がカッと見開かれた。
『そこにおるのは誰だ?』
青く、巨大な竜の瞳が、目の前に立つオーウェンの姿を捉える。
『ほう? オーウェン・ポロロスか。生きておったとはな』
ゆっくりと首をもたげるワイティア。
すると、その首筋からも、大量の緑色のドロドロが流れ落ちた。
「竜の子ワイティア……。よくも、我が王を亡き者とし、我が意識を長年に渡って操ってくれたな。その罪は重い。貴様の命一つでは贖えぬほどに、重い罪であるぞ、ワイティア!」
オーウェンの、怒りに満ちた叫び声は、屋上のリオ達の耳にも届いていた。
戦いが始まったのだと、六人は構える。
『くくくくく……、笑わせてくれるな、オーウェンよ。罪を犯しし者は果たして誰なのか……。下等種族であるお前の耳には、真実は聞こえぬらしいな。森を減らし、川を干上がらせ、泉を腐らせ、生き物の住処を奪って、挙げ句の果てには絶滅へと追いやる……。人間こそが、この世界にとっての害悪。最大の罪を犯しているのは人であると、なぜ解らぬ?』
「黙れっ! 人が人らしく生きて何が悪いっ!? 我らはこれまで、自然と共生してきた! 必要以上は切らぬ、必要以上は殺さぬ、必要以上は求めぬ、その精神で国は発展してきたのだ! その均衡を崩したのは……、貴様だ、ワイティア!」
オーウェンは、剣の柄を握りしめ、ワイティア目掛けて駆け出した。
それは、リオ達にとって、攻撃開始の合図であった。
「今だっ! 魔弾を放てっ!」
ルーベルの号令で、リオ達は一斉に魔法陣を発動させ、それぞれの属性魔力を最大限にまで高めた魔力の塊【魔弾】を、ワイティア目掛けて放った。
リオの炎の魔弾、マンマチャックの土の魔弾、ジークの水の魔弾、エナルカの風の魔弾、テスラの光の魔弾、そしてルーベルの闇の魔弾が、ワイティアへと向かっていく。
そして、それぞれの魔弾と、オーウェンの剣の切っ先が、ワイティアの体に触れようとした、その瞬間。
『哀れ人の子よ……。己の未熟さを知るが良い』
そう呟いたワイティアは、ギュララララ~! と、空に向かって吠えた。
その鳴き声に皆が驚くと共に、リオ達六人が放った魔弾は消滅し、オーウェンは体ごと後方へと吹っ飛ばされた。
あまりに大きな、その力の差に、為す術なく立ち尽くす六人。
打ち所が悪かったのか、オーウェンは床の上に倒れたまま、動けずにいる。
『お前達人間の考えなど、私は全てお見通しだ。お前達は、まんまと罠にはまったのだ。くくくくく……、がははははっ!』
無数の牙が生えた大きな口で、笑い続けるワイティア。
その声のあまりに大きさに、周りの空気は大きく波打ち、玉座の間の石壁や、屋上の床に、ビキビキと亀裂を走らせた。
「ここは危ないっ! 一旦下がれっ!」
「でもっ! オーウェン様がっ!」
ルーベルの制止を振り切るかのごとく、エナルカは飛んだ。
そしてそのまま、屋上から玉座の間へと、躊躇することなく飛び込んだ。
「エナルカ!?」
リオが叫ぶ。
すると、その声を聞きつけたワイティアが、ぐるりとその頭を回して、頭上を見上げた。
リオ達は見つかってしまったのだ。
『あぁ……。そこにいたのか、テスラ』
ワイティアが、気味悪く微笑む。
そして、その長く太い尾を、ブンッと振り回して、リオ達の足元である天井に打ち付けた。
先程のワイティアの咆哮で、もろくなっていた石の天井は途端に崩れ始める。
すると、テスラがちょうど立っている場所の天井が、ガラガラと音を立てて崩れていき……
「なっ!?」
「テスラっ!?」
「テスラぁ~っ!?」
テスラは、崩れゆく足元と共に、階下の玉座の間へと真っ逆さまに落ちて行く。
そのまま、玉座の間に落下したテスラは、床に強く体を打ち付けて、呻き声を上げた。
苦しそうに顔を歪めるテスラ。
テスラを助けようと、、リオがその身を乗り出したが……
「駄目だリオ! お前までやられてしまうっ!」
ルーベルに腕を掴まれ、止められてしまう。
「でもっ! テスラがっ!」
そうしている間にも、ワイティアはじりじりとテスラに近づいていく。
痛みに耐えながら、この場から逃げなければと、なんとか立ち上がろうとするテスラ。
しかし、その細い体を、ワイティアの竜の手がガッと掴んだ。
「あぁあっ!?」
悲鳴を上げるテスラ。
ギリギリと、その体をワイティアの手に握り締められて、痛みのあまりテスラは涙を流した。
『ほう? 涙を流すとは……。感情が戻ったのか? くくく……、二度と戻るまいと思うていたが、人の心のなんとしぶとい事よ。しかし、もはやその心も不要だ。私がお前を生かしておいた意味を、今教えてやろう』
そう言うとワイティアは、鋭い牙が無数に生えた巨大な口を開けて、テスラを一飲みにしてしまったではないか。
「テッ!? テスラぁっ!」
「畜生っ!」
「そんな……、テスラ!?」
あまりに衝撃的なその光景に、リオは叫び声を上げ、ジークは歯を食いしばり、マンマチャックは愕然とした。
すると、リオの隣に立っていたルーベルが、大きく息を吐いた。
「私の娘を……、私の娘を返せぇっ!」
怒りに満ちた声を上げ、ルーベルは己の全魔力を解放した。
あまりに巨大な魔力による圧力に、リオ達は後ずさる。
そして、禍々しいほどに黒く、闇が渦巻く魔法陣を描き出したルーベルは、巨大な闇の玉を、眼下のワイティア目掛けて放った。
ズズズ……、ズドーン、という、爆破音にも似た轟音の後、辺りには土煙が上がって、リオ達の視界は真っ白になった。
全魔力を解き放ったルーベルは、力なくその場に膝をつく。
呼吸は荒く、その体は小刻みに震えていた。
しかし、手応えはあった。
自分の命を削って、あらん限りの魔力を一つの魔弾に込めて、ワイティアを攻撃したのだ。
もしかしたら、倒せたかも知れない……
リオも、ジークもマンマチャックも、ルーベルと同じ事を考えて、視界が開けるのを固唾を飲んで見守った。
ほんの数分……、いや、もしかしたら数秒だったかも知れない。
土煙が収まっていくのを静かに待ちながら、下方を見やるリオ達の耳に聞こえてきたのは……、絶望の声だった。
『これが、人の限界か……。くくくくく、哀れよのぉ。人とは、なんと無力で浅はかなものか。神と等しき銀竜の、その子孫である私に歯向かおうとは……。まことに愚かなる生き物達だ。そのような者達は、私の国には必要ない。さぁ、新しい時代の始まりだ。竜の子ワイティアは、銀竜ワイティアとして生まれ変わり、この国を……、いや、この世界を支配するのだっ!』
ギュララララァッ!
轟くような雄叫びと共に、その竜の翼をはためかせたワイティアは、周りの粉塵を全て吹き飛ばした。
そして、視界が良好になったリオ達の目に移ったのは……
「そ、そんな……、何故?」
ルーベルの力のない弱々しい声に、目の前の光景に、リオ達は絶望する。
そこにはもう、緑色のドロドロとした体液を流し、弱り切っていたワイティアはいない。
リオの目に映るもの、それは……
銀色に輝く強靭な鱗を身体中に携える、威厳に満ちた青い瞳。
長く太かった尾はさらに太く、体を支える足はドッシリと力強く、背に生えた翼は先程よりも随分大きくなっている。
そこにいるのはまさに、偉大なる神となった、銀竜ワイティアの姿であった。
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