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第1章:それぞれの為に
第11話:呪われたデトワール家
しおりを挟む「よくも私がひた隠しにしてきた事をペラペラと……」
いつの間にか、意識を取り戻していたロゼッタが、ブルータスを睨みつけている。
「おぉ。大丈夫か?」
ブルータスは、まるで何事もなかったかのような平坦な口調で尋ねた。
「まぁね。一応お礼は言っておくわ、ありがとう。けれど、私の過去を暴露する権利はなくてよ?」
右腕に傷跡が残っていないことを確かめながらも、ロゼッタはブルータスを責める。
「いいじゃねぇか。それに、肝心な所はちゃんと残しておいたぜ? 後は自分の口から話せばいい」
ブルータスは立ち上がり、扉に向かって歩いていく。
「全く、勝手なんだから……」
憤慨するロゼッタ。
「表にボルチョを回しておく。急がねぇと、署内の腕利きの捜査官が集まってくるぞ? それから、アヴァンよぉ」
ブルータスは、アヴァンを指さして……。
「俺の魂はロゼと常に一緒だ。教えといてやろう。ロゼにはお前が必要だ。頼んだぜ?」
そう言って、ブルータスは部屋を出て行った。
部屋に取り残されたロゼッタとアヴァンは、沈黙している。
ブルータスが残していった言葉に、ロゼッタは赤面し、アヴァンは困惑している。
どうにも気まずそうな二人。
特にアヴァンは、ロゼッタの壮絶な過去を聞いた後ということもあって、なかなかに複雑な心境のようだ。
エビルでさえも、悪態をつくことをやめている。
「ま、まぁ……。あんまり気にしないで。もうずっと昔の話だから。それに、今は気落ちなんてしている場合じゃないのよ。先へ進まないと」
ロゼッタは勢いよく立ち上がる。
「そ、そうだべな……。うん。そうだべなっ!」
アヴァンも元気を取り戻し、勢いよく立ち上がった。
すると、ロゼッタの目が、アヴァンのお尻と額に向かった。
「アヴァン……。その角と、尻尾……。どうするの?」
ぷっと笑うロゼッタに、アヴァンはようやく自らの額に生えたままの角と、お尻の近くでひらひらと揺れている尾に気付いた。
「なっ!? なんじゃこりゃあぁっ!?」
見た事のない自分の姿と、今まで気付かなかった自分に対してショックを受けるアヴァン。
『まぁ、あってもなくても魔族には変わりねぇんだから、気にするなよ?』
エビルの悪意のあるアドバイスに、アヴァンは余計に落ち込む。
しかし、ロゼッタがもう既に部屋の扉を出て行こうとしているため、アヴァンに考える時間など残されてなかった。
ブルータスは考えた。
屋敷への侵入は簡単だった。
ブルータスの体は綿と布と、いくつかのボタンでできている。
その為、鉄格子のはめられた窓でさえも、ガラスさえ取り払ってしまえば、その隙間からぎゅむぎゅむと柔らかい体を押し込んで、建物の中に侵入することが可能なのだ。
よって、侵入した部屋に戻れば簡単に屋外に脱出できるわけなのだが……。
おそらく、アヴァンの手から逃げ延びた制服警備員は、中央警察署に連絡を入れ、既に表には警察官や捜査官が大勢配備されているに違いない。
そして、屋敷の大玄関からこちらに向かってくる無数の足音が、ブルータスの耳には届いていた。
警察署長官のノートンの、臭い親父臭が漂ってきていることにも気付いていた。
このまま侵入した部屋に戻り屋外に脱出し、家に戻ってボルチョを取りに行ったとして、おそらくまだ時間は余る。
それよりも、何か他の良い手がないかと考えていた。
考え抜いて出た結論は……。
ブルータスは通路に出て、持っていた果物ナイフで服を適当に切り裂き、その服の周りに赤チンを塗りたくって床に寝転んだ。
それはまるで、アヴァンの魔物の爪に切り裂かれた警備員たちと同じ傷のように見える。
ただ心残りなのは、お気に入りのシャツを切り裂かなければならなかったことだ。
ブルータスサイズのシャツは、市販ではなかなかない。
せっかく見つけたこのシャツを自ら切り裂いたのは、ロゼッタに時間を与えるためだ。
傷は治したものの、流れた血が戻ることはない。
貧血こそ起こしていなかったが、体力は確実に減っているはずだ。
ロゼッタの負担を少しでも減らすためには、ブルータスがここで時間を稼ぐ必要がある。
ブルータスが傷つき、通路に倒れていれば、ノートンは状況を聞いてくるはずだ。
そこででたらめを言って、ノートンを足止めし、奥へ進む人員を減らせればいい。
ブルータスはそう考えた。
ばたばたという足音と共に、沢山の警察官が通路を駆けてきた。
防護服に身を包んだ警察官たちは、その手に拳銃やライフルを握りしめ、臨戦態勢そのものだ。
すると、その中の一人が、前方に倒れているブルータスの姿に気付いた。
「ぶっ!? ブルータス捜査官だっ!」
小さなブルータスの体を、大勢の警察官が取り囲む。
「ブルータス捜査官! 大丈夫でありますかっ!?」
「しっかりしてくださいっ! ブルータス捜査官っ!」
「救急班を呼べっ! 今すぐにだっ!」
警察官たちの呼びかけに、ブルータスは意識が朦朧とした様を演じる。
「お、お前たち……。ノートンは、ノートン長官は、どこだ?」
出来るだけわざとらしくならないようにと、気を遣うブルータス。
「ノートン長官! ノートン長官はおられますかっ!?」
警察官の叫びにも似た声に、ノートンが駆けつけてきた。
「おぉ、ブルータス。お前ともあろうものが……。この有様はどうした?」
ノートンは、完全に騙されている。
傷口を触らないように、体を動かさないようにしている様が見て取れる。
その様子にブルータスは、作戦が成功したことを感じ取った。
「ノートン。け、警察官たちを下げろ。ここへ至るまでも、複数の警備員が傷を負っていただろ? あいつは……。あいつは化け物だ。あいつには、か、敵わない。あの、真紅の悪魔には……」
ブルータスの言葉に、その場にいた全員の血の気が引いた。
町から去ったと噂されていた真紅の悪魔が、再び牙を剥いたのだと恐れているのだ。
警察官たちの体は小刻みに震え、誰も言葉を発することができない。
誰もがこの場から逃げ出したいと考えていた。
ノートン以外は……。
「わかった。後は任せておけ。聞くが、敵は一体だけか?」
その言葉通り、ノートンの瞳に宿る闘志は衰えていない。
ブルータスは、しくじったかと感じたが、これ以上の物言いは逆効果だと悟る。
「あぁ。俺が見たのは、赤い髪の、獣のような奴だけだ……。あいつは、危険だ。とてつもなく、危険な奴だ。これ以上、犠牲者を出すな……」
ブルータスの言葉に、ノートンは少しばかり眉をピクリと動かしたが、深く頷いた。
「聞いたか? ここにいる警察官はブルータスを連れて退避。わしのみ先へ進もう」
「しかし、ノートン長官。それではあまりにも危険すぎます! せめて、狙撃班のみ同行させて下さい!」
そう言ったのは、五名の狙撃班員の隊長だ。
狙撃班員たちは、何やら見慣れぬ巨大な物を四人がかりで担いではいるが、ブルータスにはそれが何か知る由もない。
五名だけならば、現状のロゼッタでも乗り切れるはずだとブルータスは考える。
そして、ブルータスは気絶したふりをした。
「ぬ? ブルータス? いかん、早く運べっ! 狙撃班はわしと共に屋敷の深部へ向かうぞっ!」
そう言って、ノートンは五名の狙撃班員を引き連れて、屋敷の深部へと進行していった。
警察官の背に乗せられて、玄関口へと運ばれていくブルータスは、満足げにニヤリと笑っていた。
ロゼッタとアヴァンは、屋敷の中央にある宝物庫へと向かうべく、廊下をひた走る。
先ほどブルータスから聞いた話と、最後の言葉が気になったアヴァンは、走りながらロゼッタに問い掛ける。
「あの犬っころが言ってたことだけんど、本当だべや?」
ロゼッタは、できれば走っている最中は話などしたくないのだが、止まって話している時間もなければ、アヴァンの言葉を無視する事もできないので、仕方なく答える。
「全部、本当の事よ!」
「んだば、おめぇさの集めている物ってのは、かかぁのもんなんだべな?」
「そう!」
「今日、手に入れようとしてるもんもか?」
「そう!」
「んだば、肝心な所って何だべ? まだ何かあるべか?」
アヴァンの言葉に、ロゼッタは返答に詰まる。
ロゼッタはアヴァンに対して、あまり頭が良くなさそうだと思っていたが、案外他人の話を細部までちゃんと覚えているんだなと感心する。
だが、今はそれを話す気にはなれない。
「それは、話すと長いわ!」
やんわりと断ったロゼッタ。
「んだども、ここまできたら知りたいべや?」
息が上がっているロゼッタに対し、平然と質問を続けるアヴァン。
ロゼッタは、お喋りなブルータスの事を恨んだ。
「私、以前、ここに来たことがあるのよ!」
ロゼッタの言葉に、アヴァンが驚く。
「そうだったべか!? それで!?」
もうこれ以上質問しないで欲しいとは思いながらも、そうは言わないロゼッタ。
話しておいた方が、この先が楽かも知れないと考えているからだ。
「その時に、見つけたの! 宝物庫には、母の左翼がある!」
ロゼッタの言葉に、アヴァンは更に驚く。
「本当だべっ!? そりゃおめぇ、絶対に取り戻さねぇとなっ!」
アヴァンの言葉に、ロゼッタは心の中がほっこりと暖かくなるのを感じた。
これまでロゼッタは、決して一人ではなかった。
ブルータスがずっと一緒だったからだ。
しかし、ブルータスはどちらかと言えば、アニータの遺品探しには反対している。
ロゼッタを危険な目に遭わせたくないがためだ。
だから、一人ではないとわかっていながらも、どこか一人で戦っているような、ロゼッタはそんな気でいた。
しかし今は、アヴァンがいる。
アヴァンは、自分の妹の為に、危険を顧みずに戦っている。
そして、共に戦ってくれる。
ロゼッタの母の遺品を探す事に、全面的に協力してくれているのだ。
それが何よりも、ロゼッタには嬉しかった。
ブルータスのように、身を案じて心配してくれる愛情も有難かったが、それは家族愛であり、仲間意識とは別のものだ。
今、隣にいるアヴァンは違う。
ロゼッタはアヴァンに、ブルータスに感じるものとは別の、厚い信頼を感じている。
いつしかアヴァンは、ロゼッタにとって初めての、掛け替えのない、同志とも呼ぶべき仲間となっていたのだ。
それはアヴァンにとっても同じことだった。
アヴァンもこれまでずっと、一人で戦ってきた。
エビルはいつでも悪態をつくし、その発言は全て、どちらかというと、アヴァンの不幸を願っているようにも受け取れる。
誰にも頼らず、頼られず、ずっと一人だったアヴァン。
それが今、ロゼッタと出会って、助け合う事の喜びをアヴァンはひしひしと感じている。
何よりも、五十年間家に引きこもったままで、誰の役にも立たずに過ごしてきた自分を、無力だと思っていた自分を必要としてくれる、頼ってくれるロゼッタに対して、助けてやりたい、力になりたいという思いが、アヴァンの心には満ちている。
それは紛れもなく、ロゼッタに対する好意であり、仲間意識であり、信頼感であった。
二人共、自らが気付かぬ間に、お互いを唯一無二の存在として認めていたのだった。
走り続けてしばらく経った頃、遂にロゼッタとアヴァンは、眼前に宝物庫の扉を捉えた。
だが同時に、一人の人間の姿が目に入った。
それは、先ほどの車椅子に乗った老婆だ。
その老婆がなぜそこにいるのか、何者なのか、アヴァンには見当もつかない。
ただ、レイヨール広場の時計塔の位置をロゼッタから教えてもらった時に、ロゼッタの記憶の端にいた少女が、目の前にいる老婆ではないかとアヴァンは考えた。
澄んだ栗色の瞳が、そっくり一緒なのだ。
二人は扉の前にいる老婆の前で、走るのをやめた。
息の上がっているロゼッタに対し、アヴァンは全く平然としている。
老婆は、どこか懐かしそうな微笑みを浮かべて、ロゼッタを見つめている。
アヴァンは、ロゼッタが老婆に対して何の警戒心も抱いていない事を感じ、事の成り行きを見守っている。
息を整えたロゼッタが、老婆に話しかける。
「ナリッサ……。久しぶりね」
ロゼッタに笑顔はない。
「久しぶり……。そうね。あなたがここを去って行ったあの日から、もう、八十年以上の月日が経ってしまったんですものね」
ナリッサと呼ばれた老婆は、気品のある雰囲気で、優しくそう言った。
老婆は、この屋敷の主であり、この町の町長であるナリッサ・デトワール本人だ。
だが、アヴァンはそんな事実よりも、ロゼッタとナリッサが最後に会った日から八十年の月日が経っている、という言葉に衝撃を受けた。
八十年も前に、ロゼッタがこの屋敷に母の遺品を探しに侵入していたということは、アヴァンが石化する以前から、ロゼッタは母の遺品の捜索をしていたということになる。
ということは、ロゼッタは見た目以上に年齢が上……、いや、アヴァンの考えが及ばないほどに、ロゼッタは長く生きているのかも知れないのだ。
「そうね。けど、今は昔話をしている時間はないのよ。ナリッサ、どうしてここにいるの? あなたはここにいるべきじゃないわ。どこかに隠れていないと……」
ロゼッタは、まるで小さな女の子に話しかけているかのような、優しい口調で話す。
「いいえ。私、あなたの力になりたいの。この扉はもう、あなたの力じゃ開かないから……」
ナリッサは、鉄でできた宝物庫の巨大な扉を見てそう言った。
ナリッサの言葉通り、宝物庫の巨大な鉄扉には、そこから開くはずの隙間が一切ない。
「開かねぇって……。中に入れねぇってことだべか?」
アヴァンが我慢できずに声を出す。
「あなたは、真紅の悪魔と呼ばれている者ね。ロゼッタさんと一緒にいるのなら、悪い人じゃないわね」
アヴァンに向かってニッコリと微笑むナリッサ。
「この大きな扉は開かないけれど、その横にある小さい扉から中に入れる。だけど、扉の向こうは同じような鉄の扉が三重になって作られていて、鍵は全て私が持っているの」
ナリッサの言葉通り、大きな鉄扉の隣には、同じく鉄でできた、人一人が通れるくらいの小さな扉がある。
「こんな扉、以前はなかったわ。それに……」
ロゼッタは、その小さな扉の表面を軽く撫でる。
「この扉、魔法を反射する術がかけられているのね?」
ロゼッタの言葉に、ナリッサが頷く。
「ロゼッタさん。あなたは以前、あれを盗もうとして成し得なかった。私のせいで……。私の祖父はその後、この宝物庫の鉄扉を溶接して封鎖し、その横に小さな鉄扉を造り付けた。魔法を反射する術は、多額の報奨金を払って他国から招いた術師によるものだそうよ。いつかまた、あなたがあれを盗みに来ることを恐れてね……。だから私は、ここで待っていたの。あなたを、この先へと誘うために。あなたが私に、この家を出るようにと言ってくれた、その優しい言葉を無視してね……。けれど、安心して頂戴。この家は今、私一人しか住んでいないわ。邪魔する者はいない。だから、お願いします。あれをどうか、持ち去って。呪いを、終わらせたいの」
ナリッサの瞳には、強い意志が見て取れる。
「わかったわ。けれど、あなたはもう戻って。私といると、共犯になってしまう……。あなたまで責められることになるわ」
ロゼッタはナリッサの前に膝をつき、同じ目線で話す。
「構わないわ。私は、もうあの頃とは違う。自分のことは、ちゃんと自分でできる歳になっているのだからね」
ニッコリと微笑んだナリッサは、小さな扉に向かって車椅子を動かす。
ポケットから鍵を取り出して、小さな鍵穴に差し込む。
「真紅の悪魔さん、扉を押してくださる?」
ナリッサの言葉に、アヴァンは扉を押し開ける。
中にはナリッサの言った通り、あと二つ鉄の扉があり、ナリッサが別の鍵でその錠を解き、アヴァンが押し開けていった。
三つ目の扉を開けた先には、広くて暗い空間が現れた。
「アヴァン、焔を出してくれる?」
ロゼッタの要望に、すぐさま応えるアヴァン。
壁際にある松明の残り木に焔を移すと、部屋の中がぼんやりと見えてきた。
部屋の中に雑然と置かれている物は、古い壺や、変わった形の銅像、およそ価値のある物とは思えないほど古ぼけた絵画など、今まで見てきたお宝と呼べる物とは一風変わっている物ばかりだ。
床には、数えきれないほどの古びた金貨や、数々の宝石が無造作に散らばっており、長年放置されてきたことが見て取れる。
それ故に、ここにある全ての物がいわくつきの物であるという事が、事情をよく呑み込めていないアヴァンにも感じ取れた。
部屋の中は耳が痛くなりそうなほどに静かで、冷たい空気が流れている。
「私も入るのはしばらくぶりだけど……。やはりここは、好きにはなれないわね」
ロゼッタの後ろから中に入ってきたナリッサは、開いてしばらく経つと自動的に閉まる鉄の扉を確認して、中から鍵をかけた。
「ナリッサ!? 入ってきちゃ駄目じゃないっ!? これ以上あれに近付けば」
ロゼッタが慌ててナリッサに近寄る。
「大丈夫。私はもうどうせ長くはない。呪いによる病のせいではないわ。歳のせいでね」
そう言ったナリッサの、年老いて皺皺な両手を握りしめ、ロゼッタは涙目になる。
「馬鹿な事言わないでよ! 呪いのせいで、幼い頃から原因不明の病に侵され続けて、それでも頑張って生きてきたんじゃないっ! 呪いが解ければ、病は治る! そうすれば、もっと楽しい事が待っているわ! 歩けるようになるかも知れないし、旅にだって行けるかも知れないじゃないっ!?」
ナリッサは微笑み、ロゼッタの手を優しく握り返す。
「私の為なんかに泣かないで、ロゼッタさん。私の一族は、あなたに酷い事をしてきた。あなたのお母様にも、お父様にも……。知らなかったとはいえ、酷い事をしてきたのよ。まさか、天使の翼と名付けられた、あの白くて美しい翼が、あなたのお母様のものだったとはね……。私がそれを知ることができたのは、奇しくも、あなたがあの夜、最初で最後のあなたの本当の姿を、私に見せてくれた事がきっかけだった。それまで私の一族は、物珍しいものなら何でもかんでも買い求めて、その物が持つ本当の力、恐ろしさなど微塵も知らなかった。十代の半ばから徐々に歩けなくなる奇病に一族全員が侵されていたことも、ただの遺伝だとしか考えていなかったわ。私が生まれる前から、この屋敷でお手伝いさんとして働いてくれていたあなたは、歩けずに寝たきりの母に代わって、私に本当に良くしてくれた。なのに私は……」
ナリッサの声が、微かに震えている事に、アヴァンは気付いた。
ナリッサは、大粒の涙を流しているのだ。
「あの日、あの夜、あなたが私に告げた事が真実であることを知ったのは、私が既に車椅子なしでは生きられない状態になってからだった……。あの夜、幼い私にあなたはこう言ったわ。この家の呪いを解いてあげる。あなたがしっかりとその両足で立って、人生の最期の日までを過ごせるように、と……。私があの時、あなたの言葉を信じていれば……。見たことのない、翼を持ったあなたの姿に恐れをなして、父の部屋に駆け込んだりせずにいれば……。何度そう思った事か……。あなたは私を信じて、あの姿を見せてくれたというのに……。私が騒いだりしなければ、あなたはお母様の翼を手に入れて、この屋敷の呪いも解けたというのに……。ごめんなさい、ロゼッタさん。悪いのは私。こうなったのは、決してあなたのせいじゃない。だからどうか、あなたは泣かないで」
ナリッサの言葉に、今にも泣き出しそうなロゼッタの表情に、アヴァンにはようやく、ロゼッタが母の遺品を集めて回っている本当の理由が理解できた。
母であるアニータの残した呪いは、人々を原因不明の病に苦しめるのだ。
かつて自分が、その病の元凶であるとされて、首を飛ばされた事への恨みなのだろうか。
アニータの残した呪いは、アニータの遺品を持つ者、しいてはその家族全員を呪い、死に追いやってきたのだ。
魔族の一部であった物、魔族の持ち物であった物が人の手に渡ると、災いが起きる。
それはアニータの遺品に限らず、魔族の魂、即ちハーツにも同じことが言えるのだった。
「さぁ、ロゼッタさん。早く探して。私は、ここに警察官が辿り着いても、外から扉を開けられないように鍵をかけただけ。あなたの邪魔にはならないし、心配もいらないわ。早く、お母様の形見を探して頂戴」
ナリッサの優しい言葉に、ロゼッタは立ち上がり、キッと鋭い目を部屋に向けた。
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