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★ピタラス諸島第二、コトコ島編★

342:罪の上に立ち、それでも前を向いて

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「まさかそんな、歴代の姫巫女様がみな同一人物だったとは……。いや、思いもよらなかった」

 雄丸の声が聞こえてきた。

「お前が混乱するのも無理はない。私とて、それを告げられた時には驚いた」

 勉坐の声も聞こえてきた。

「しかし、もはや姫巫女様に雨乞いの力は残っておらぬ。双方とも目にしたであろう、雨神様が消滅されたところを……。これからは、頼れる者はおらぬのだ。今こそ古き掟を破る時だと、私は思う」

 野草もいるようだ、声がする。

 地下室へと続く階段を、タンタンタンと降りる俺とグレコ。
 聞こえてくる三人の会話に、こっそりと耳を澄ませる。

「掟を……? まさか、外の世界との交流を始めようと言うのですか??」

 勉坐が尋ねる。

「そのまさかだ。我々紫族が、幾度となく滅びに瀕してきたのは、それ即ち外の世界との交わりを絶っていた為だと私は考えている。この島に雨が降らずとも、他の島より水を得れば、それで事なきを済んだはずなのだ。それを、我々の祖先はやってこなかった……。もしこのまま、姫巫女様の力なき後、雨が一滴も降らなければなんとする? また我らは、滅びの危機に立たされる事となろうぞ。そうなる前に、外の世界と交わりを持ち、生きる術を模索すべきではないか??」

 野草の言葉に、勉坐のう~んと唸る声が聞こえてきた。

「こう言っちゃなんだが……、東の村のやり方は古い。西の村は、前々から外界との交流を推奨してきた。やれた試しはないがな……。だが、今考えれば、二十年前に南の村が悪魔に狙われた理由は、その事が原因だったのやも知れんな。南の村の者達は、秘密裏に外界と繋がりを持っていたと聞く」

「何っ!? そうだったのか!??」

 雄丸の言葉に、驚愕する勉坐。

「だが、もはや悪魔はおらん。何に怯えるまでもなく、本当の意味で、我らは我らの思うように生きていけるのだ。若い者たちの中には、世界を見てみたいと心に秘めている者もいるであろう。彼らの希望を、古き掟にて打ち砕く必要はもうないはず。勉坐よ、良い機会だと思わぬか? 我らの世代で、紫族の悪しき風習に終止符を打つのだ」

「……わかりました。そもそも私は、亡き祖母よりこの村の統治を任されはしましたが、そこまで外界や、他種族の者に恨みがあるわけではないのです。ただこれまでは、祖母の遺言を守って来たまでの事。今、それがもはや不必要なしがらみなのであれば、全てを取り払い、新しい可能性に懸けてみましょう」

 勉坐の言葉に、ホッと安堵する野草の息遣いが聞こえた。

「しかしそうなると、新たなる首長が必要となります。先ほど西の村より、土倉と佐倉が大勢の者達を引き連れて避難してきたが……、火の山より流れ出し火の水によって、西の村はほとんど焼け滅んだと言っておりました。この東の村には土地も家も存分にある故、住めぬ事はない。だが……。二つの村を統合し、古き掟を捨てるとなると、ここは新しき時代の幕開けとして、ふさわしき新たなる首長を立てるべ……、あ!? モッモにグレコではないか!!」

 階段を下りてきた俺とグレコに気付いた勉坐は、嬉しそうな顔で近づいてきた。
 ……うん、普段はめちゃくちゃ怖いあなたに、そんな風に親しげな笑顔で近寄ってもらえるなんて、本当に光栄ですよ俺は。

「ベンザさん、オマルさんも、無事で本当に良かったです」

 グレコがニコリと笑う。
 だが、無事と言うには、勉坐も雄丸も体中傷だらけだ。
 勉坐は、ハンニに操られた雄丸が、桃子目がけて投げた刀剣を代わりに受けた為に、その右肩には硬そうな皮のギプスのような物を装着している。
 雄丸はというと、かなり憔悴しきった顔をしていた。
 それに、元々ある顔の傷に加えて、祢笛に頭の上から真っ二つに斬られたあの傷が、まるで遠い昔に受けた傷跡のようにくっきりと残っているのだ。
 見るからに痛々しい姿……
 だが、あの時血は出ていなかったはずなのに、傷跡だけはちゃんと残るなんて、あの破邪の刀剣はまだまだ謎が深い代物だな。

「モッモ、グレコ……。操られていたとはいえ、二人には大変な迷惑をかけてしまった。すまなかったな」

 椅子から立ち上がり、俺たちに向かって深々と頭を下げる雄丸。

「いいえ、私たちは何も……。あなたを止めたのはネフェです。だから、何か言葉を掛けるなら、ネフェに掛けてあげてください」

 優しい声色のグレコの言葉に、雄丸は再度深々と頭を下げた。

「その祢笛なのだが……。今朝からまた姿を消しておってな。砂里も、祢笛を探しに出かけたまま、まだ戻っておらぬ」

 え? 祢笛、またいなくなったの??
 それに砂里まで???
 
「大事ない、あやつらはもはや童ではないのだ。祢笛も、何か思うところがあって出かけて行ったのだろう……。それよりも、新たなる首長を立てるというのならば、すぐに決めねばなるまい。皆少しずつ冷静さを取り戻しつつある今、誰かがしかと前に立って導かねばならぬ故」

 野草の言葉に、勉坐はチラリと雄丸を見る。
 しかし雄丸は……

「俺はもう、駄目だ……。あんなにも易々と、悪魔に操られてしまうほど、俺の心は弱かったのだ。本当なら、今すぐにでも自害して……、亡くなってしまった者達に謝罪したいくらい……。俺は、俺が許せない。この手で、何の罪もない同胞を殺してしまった、自分が許せない……」

 両方の拳をきつく握り締め、ブルブルと震わせる雄丸。

「雄丸、まさかお前……。事が落ち着いたならば、この世を去ろうとしていたのか?」

 勉坐の問い掛けに、雄丸は答えることなく、俯く事しかしない。
 己に対する怒りと、溢れんばかりの悔しさが伝わってくる雄丸の言動に、野草も勉坐も言葉を失う。

 だけど、俺は違う事を考えていた。
 どうしてだか、沸々と、雄丸の言葉に怒りを覚えていた。

 ……自害して、謝罪?
 そんな事したって、いったい何になるっていうのさ??
 確かに、悪い事はしたよ。
 でも、自分の意志でそうしたわけじゃないじゃないか。
 心が弱いからって、そんなの……、逃げと同じじゃないか。

 何故だか、悔しくて、悔しくて……
 知らず知らずのうちに、俺もその小さな拳を握りしめて、ぷるぷると小刻みに震えていた。

「許せないのなら……、その分、今生きている者達の事を考えてください」

 そう言ったのはグレコだ。
 血のように真っ赤なその瞳は、雄丸を真っ直ぐに見つめている。

「自分の間違った行いを悔い、嘆くのは当たり前です。でもだからって、今目の前にやれる事があるのに、自害するだなんて言わないでください。そんな事されても、亡くなった者は帰ってこない、報われない……。罪の上に立ち、それでも前を向いて、歩いてください。それが何よりの懺悔になるはずです」

 グレコの言葉に、雄丸は歯を食いしばり、涙を堪える。

 くそうっ! グレコめぇ~、カッコいい事言いやがってぇっ!!
 俺も何か……、何か言いたいぃっ!!!
 
「僕も……、僕もそう思う! 心が弱いって……、そんなの、今から強くなればいいじゃないかっ!! 見てよ僕のこの体……、この小さな体っ!!! こんな体でも、頑張ってるんだよっ!?? そんなっ、そんな大きな体でさ、あんなに強くてさ……、僕に無いものいっぱい持ってるのに、心が弱いとか言って……、諦めちゃ駄目だよっ!!!! みんなの為にも、自分の為にも、頑張らないと駄目だぁあぁっ!!!!!」

 言葉を紡いでいるうちに感極まって、ポロポロと涙しながら叫ぶ俺。

 何故に泣く……、何故に泣いているんだ俺ってばよっ!?
 カッコいい事言うはずだったのにぃっ!!
 これじゃあ半分ひがみだし、カッコ悪すぎるじゃないかぁっ!!! 

「……くく、はははははっ! 雄丸よ、小さきモッモにここまで言われては、歯を食いしばってでも生きねばならぬなっ!!」

 大声で笑う勉坐に対し、雄丸は……

「……ふふ、はははは。確かにこのままでは、男の名が廃るな。グレコ、モッモよ……、ありがとう。俺もまだまだだな。これから先、紫族は大きな変革の時を迎える。俺に出来る事があるならば、それに全力で向き合おう。それが今の俺に出来る……、たった一つの事だな!」

 涙をグイッと拭って二カッと笑った雄丸に対し、グレコはニッコリと微笑んだ。
 俺はまた、ブワァッ! と涙が溢れてきて……

「うわぁあ~んっ! 雄丸ぅうぅぅ~!!」

 大粒の涙を流し、大声を上げて、雄丸の足にギュッと抱き付くのであった。
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