上 下
421 / 796
★ピタラス諸島第三、ニベルー島編★

410:僕が吹きました

しおりを挟む
「ビノ!? わぁ~、良かったぁっ!! もう大丈夫だねっ!??」

   目を覚ましたビノアルーンに、ガバッと抱き着くメラーニア。
   その表情は、心底ホッとした満面の笑みである。

   なんだろう……、メラーニアはやっぱり、ボケだのなんだの言ってても、育ての親であるビノアルーンが大好きなんだな。

「メラーニア……、すまなかったな。お前に客人を迎えに行かせておきながら、ついつい酒に手が伸びてしまって……」

   申し訳なさそうに、謝罪をするビノアルーン。
   こちらも、本当の親子のような優しい眼差しを、メラーニアに向けている。

   ビノアルーンは、確かに歳をとっていて、老いぼれてはいるのだけれど、なんだかちょっとカッコいい。
   白目を向いて吐いていた時は分からなかった威厳というか、凛々しさというか……
   前世でもたまにいた、あ~この人昔はカッコ良かったんだろうな~、っていうお爺さんみたいな感じ。

「父さん、もう体は何ともないのかい?」

   ゴリラーンが尋ねる。

「あぁ、何ともない……。いや、何ともないどころか、とても調子が良さそうだ。ここ最近続いていた手の震えや痺れ、頭痛……、身体中の怠さも、全て無くなっている」

   ビノアルーンはそう言って、晴れやかに笑った。

   手の震えや痺れ、更には倦怠感ってあんた……、完全なるアルコール中毒じゃないか。
   いったい日頃から、どんだけ酒を飲んでたんだ?

「そうかい、良かったじゃないか。これに懲りて、もう酒はやめるこったね。母さんだって、父さんのそんな姿はもう見たくないはずさ」

   ゴリラーンのその言葉に、ビノアルーンは悲しげな目で頷いた。

「ビノ、紹介するよ! ビノに言われて行った森の入り口で、彼らに出会ったんだ!! 小さい方がモッモさん、大きい方がギンロさん。それと……、二人のお仲間のカサチョさん。カサチョさんが、魔法でビノを助けてくれたんだよ!!!」

   メラーニアは、俺たち三人を順番に指差しながら、ビノアルーンに紹介した。
 だけど……

   おいメラーニア、もうちょっと違う紹介の仕方があったんじゃないかね?
 俺の事を小さい方て……、カサチョとは、そんなに大きさ変わらないしっ!
   それに、人に向かって指をさしちゃ駄目っ!!
   失礼だしお行儀悪いよっ!!!

「そうか……。まず、礼を言いたい。カサチョさん、助けていただき、本当にありがとう」

   ビノアルーンは、自分よりもずっと小さいカサチョに対し、深々と頭を下げて感謝の意を述べた。
   さすがは前族長だ、礼儀がなっている。

「礼には及ばぬでござる。拙者、旅の僧侶ゆえ、人助けをするは当たり前でござる」

   ニコリと笑ってみせるカサチョ。

   しかしだな……
   旅の僧侶って、どっからきたよその肩書き?
   あんた、白薔薇の騎士団の白魔導師でしょ??
   ちゃんとそう名乗りなさいよ???

   しかもさ、二回もかけちゃいけない魔法を、ノリでかけちゃってたでしょあんた?
   それは内緒にしとくわけ??
   ……前世だとそういうの、医療過誤と隠蔽って言うんですよ???

「そして……、モッモさんとギンロさん、あなた方が……、森の笛を吹いたと?」

「あ……、はい。僕が吹きました」

   素直に挙手をする俺。

「ふむ……、聞き慣れた音色ゆえ、てっきりアルテニースが帰って来たのかと思ったのだが……。笛は今どこに? 持っているのか??」

「あ、ここにあります。えっと……、あ、これです!」

   鞄をゴソゴソと漁り、クリステルから貰った森の笛を見つけた俺は、ビノアルーンにそれを差し出した。
   笛を受け取ったビノアルーンは、しげしげとそれを眺める。

「……確かに、わしの森の笛だな。だが何故だ? 何故これを持っている?? これは……、わしがアルテニースに授け、アルテニースが旅に出る前には、その息子であるバイバルンに授けると言っていたものだ。それをあのように……、あれは全く同じ音色だった。わしですら聞き違うほどにだ。何故、アルテニースのように笛を吹けた???」

   訝しげな表情で俺を見るビノアルーン。

「あ~っと~……、笛はその……、貰ったんです。あなたの息子のクリ……、あっ!? バイバルンさんにっ!!」

   危うくクリステルと言いかけて、俺は慌てて修正した。
   彼自身はクリステルと名乗っていたけど、あれは源氏名みたいなものだろうからね。
   それに、俺が吹いた笛の音色が、アルテニースが吹いた音色と同じだとかどうとかは……、俺には理由が全く分かりませんっ!

「バイバルンが? 何の意図があって……、ぬ?? いや待てよ。もしや、アルテニースが言っていた、調停者という者か……???」

   ビノアルーンは、難しい顔をしながら顎に手を当てて、俺の頭の先から足の先までをジロジロと観察する。

   こ、怖い……、なんか、食べられちゃいそう……?
   ギンロがいるから、大丈夫、だよね……??  
   てか今、調停者って言った???
   なんかその言葉、すごく聞き覚えがあるんですけど……

「ビノアルーン殿は、アルテニース殿と恋仲にあったのか?」

   突然ギンロが口を開いたかと思うと、なんとも言えない質問をした。
 それ……、今ここで確認する必要ある?

「ぬ? いや、まぁ……、そうだな、わしはアルテニースの事を愛していた。最初こそ拒まれたが、わしがアルテニースに協力する内に、いつしか互いを想い合う仲になったのだ。種族が違う為に契りこそ結べなかったが、良きパートナーであったとわしは思っている」

   なるほど、あれか……、事実婚ってやつだな、うん。

「ふむ……、しかし、ゴリラーン殿の母上とも恋仲にあったのではないのか?」

   ギンロ、いったい何が聞きたいんだい??
   それ、重要な話なのかい???

「ウェラーンの事か? ウェラーンとは、アルテニースと別れた後に契りを結んだのだ。アルテニースは、人とケンタウロスの間に生まれし我らが子を育てる為に、自ら森を去った。その悲しみと寂しさを癒してくれたのがウェラーンだったのだ。だからその……、決して浮気心がどうとかの話ではないぞ」

   ちょっぴりバツが悪そうに話す辺り、ケンタウロスは一夫一妻制で、このビノアルーンの場合は事情が複雑そうだなと俺は感じた。

   ……って!? それ今どうでもいいのではっ!??

「あ、あの……、さっき何か、調停者、とかなんとか……?」   

   言ってませんでしたか?
   言ってましたよね??
   俺ね、たぶんその……、イゲンザ島のモゴ族の里で神の瞳を手にした事で、その調停者とかいうやつになっちゃってるんですよ。
   だからその……、あなたの言う調停者っていうのも、もしかすると俺の事……???
   
   遠慮がちに尋ねる俺を、ビノアルーンは老いた目で見つめる。
   そして、こう言った。

「アルテニースは、後に現れる調停者の力となる為に記録を残す、それが自分の役目だと言っていた……。この島に大昔より巣食う、心のない怪物。長年この島に暮らしてきたわしらでさえ、未だに奴らが何者なのか、果たして生き物なのかも定かではない。かつて、森の東に位置したわしらの里を襲ってきたのも、その怪物共だった……」

   調停者の力となる為の記録?
   心のない怪物って……、ホムンクルスの事だよね??
   アルテニースはこの島で、ホムンクルスの何かを調べていたのか???

「およそ三十年の昔、アルテニースは何年にも渡って、その怪物の正体と、その弱点を探っていた。そして、発見したと言っていた。時の調停者の助けとなる、怪物の弱点を」

   ……え!? 発見したのっ!??
   アルテニースは、ホムンクルスを倒す術を、見つけていたっ!?!?
   
しおりを挟む

処理中です...