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★ピタラス諸島第四、ロリアン島編★

509:王子様だったのんっ!??

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   ティカの歩くスピードに合わせて穏やかに揺れる金の檻の中で、俺は一人考えていた。

   さっきのイカーブって奴……、いったい何者なんだ?
   あんな、全身から異臭を放つ煙を出している奴なんて、これまで見た事ないぞ。
   あ……、こないだ全身が煙の奴とは出会ったけど。
   でも、イカーブのあれは、あいつらとは全然違う種類の煙だと思う、たぶん。
   なんていうかこう、気味が悪くて、嫌~な寒気がして……、命の危機を感じるような、そんな煙だった。
   まぁ、命の危機なんて、しょっちゅう感じてるんだけどね、俺は。

   けど、あれはおかしい、異常だ。
   しかも、あんなにもくもくしてるのに、ティカを含め兵士達はみんな、まるで気にしてなかった。
   彼等の視線から察するに、見慣れているっていう感じでもなかったし……、おそらく、見えてないんだろう。
   つまり、俺にしか見えない黒い煙を、あのイカーブは放っていたという事になる。
   ……いやいや、俺にしか見えない煙ってなんだよ?
   俺、そんな煙が見える力なんて持ってないはずなんだけど??

   もし仮に、万が一、あのイカーブって奴が悪魔だったとしたら……
   果たして、奴は俺の正体に気付いただろうか?
   運良くというか、献上品になる為に仕方なく、神様アイテムは全て外していたわけだが……
   それでももしかしたら、気付いたかも知れない。
   俺が、時の神の使者であるという事に……
   あぁ~、そいつはやばい、すこぶるやばいぞ。
   ニベルー島での二の舞になってしまうじゃないか。
   もう、あんな事は二度とごめんだっ!
   命を失いかけて、なんとか助かったってのに、心配するが故とはいえ、グレコにいつも以上にキツく当たられるなんて……、金輪際ごめんだねっ!!

   しかしながら、よくよく考えてみたら、気付いていたのなら、みすみす逃したりはしないはず。
   俺、今から、見知らぬチャイロ様って奴のペットにされるんだもんな。
   ……ん? 世話役だっけ?? まぁなんでもいいか。
   チャイロ様は、なんだかかなり訳有りみたいだけど……、でも、あんな気持ち悪いもくもく野郎に捕まるよりかは、断然マシだ。
   世話役に任命されたって事は、俺の事を危険じゃないって、あいつが判断したって事だ。
   なら、気付かれてないはず……、大丈夫だな、うんうん。

   ……いやでも、確実に怪しまれていたよな。
   うっかり俺は、島外の者なら知るはずもない、紅竜人の言葉であるケツァラ語を話してしまっていたのだから。   
   なんか、急ぎの用事で気が逸れたみたいだったけど……
   ん? あれ??

   あっ! そういやあの兵士っ!?
   あぁあっ!!
   あの兵士、フーガの調査隊がどうのこうのとか言ってなかったかっ!!?
   まさか……、いや、100パーセント、ノリリア達の事だよな、それ。
   となると、考えられる可能性としては……
   悪魔であるイカーブが、フーガの調査隊であるノリリア達を警戒している……、そういう事になるんじゃなかろうか。
   確か、俺の記憶が正しければ、このロリアン島にあると考えられるアーレイク・ピタラスの遺物は、リザドーニャ王国の王様が持っていたはずだ。
   だからノリリア達は、王様のいる王都を目指してるのだ。
   だけど……、この城には、悪魔紛いなイカーブがいる。
   まだイカーブが悪魔って決まったわけじゃないけれど、現時点で一番怪しいのはあのイカーブだ。
   そのイカーブが、ノリリア達を警戒しているとなると……
   おいおいおい、それって……、分かんないけど、めちゃくちゃヤバいんじゃないのっ!?!??
   
「モッモ、聞こえるか?」

「ひゃあっ!? ……あ、あい??」

   頭の中で、あれやこれやと考えを巡らせて、若干パニックになっていた俺は、不意に話し掛けてきたティカに対し、悲鳴じみた声を上げてしまった。
   そんな事は御構い無しに、ティカは話し続ける。

「少し……、チャイロ様の事を話しておこうと思う」

   そう言ってティカは、中庭に面した通路を進み、他の兵士達とは別の場所へと向かって行く。
   広い階段を上って上階へ辿り着くと、そこは華やかな下階とは少し雰囲気が違っていて、シンと静まり返っていた。

「このリザドーニャ王国、現在は、カティア・リザドーニャ九世様によって治められているのだが……、現状、国王は病に伏しており、全ての国事は宰相イカーブ様に決定権がある。そして、君が今からお世話をするチャイロ様は、国王カティア様の第一王子であらせられるお方なのだ」

   おおおっ!?
   チャイロ様って、王子様だったのんっ!??
   それは全くの予想外だな、王族だろうなとは思っていたけど……
   あれ? でも、じゃあ……、なんで王子様なのに、スレイとクラボは知らなかったんだろう??
   ま、あいつらの事だ、王子様の名前なんて、これまで興味が無かったんだろうな~。

「だがしかし、チャイロ様の存在を知る者は、この王宮に仕えている者のみ……。国王カティア様には、他に九人の姫がおられるのだが、国民が知っているのはその姫達だけなのだ。国民に、チャイロ様の存在は知らされていない」

   ふぁっつ? 
   国民には、王子様の存在が知らされてないと??
   それは……、何故???

「その理由は、チャイロ様の体質にある。自分はチャイロ様ご本人と謁見した事がない故、これは侍女から聞いた話なのだが……。チャイロ様は、我々紅竜人が持つはずのない、類い稀なる危険な力をお持ちなのだ。イカーブ様曰く、その力は島外の魔法使いと呼ばれる者共が有する、魔力と呼ばれる力に相応するものなのだとか……。その力の為に、チャイロ様は生まれて間も無く、この城の一室に幽閉される事となったのだ」

   なんっ!? 幽閉っ!??
   生まれて間も無くって……、赤ん坊の頃にって事よね?
   それって、メラーニアやギンロと同じじゃないか。
   大丈夫か、そのチャイロ様……??

「生まれたての赤ん坊が幽閉されるほどの危険な力とは、いったい何なのか……、それは、他者を死に追いやる力だ。現に、チャイロ様の誕生から間も無くして、母君であらせられたお妃様はお亡くなりになった。そして、チャイロ様の世話役となった侍女は、皆揃って悉く体調を崩し、これまでに八人が命を落としている」

   くぉっ!? 死っ!??
   な、何それ!!??
   チャイロ様って、そんなにおっかない奴だったのっ!?!??
   そ、そんなの……、聞いてないしぃいいぃぃっ!!!!!
   
「それ故に、今ではチャイロ様のお世話をする侍女は、一月と経たずに代わっていく。侍女の身に危険が及ぶ前に、他の者に交代させているのだ。それでも先月、八人目の犠牲者が出た。交代して数日しか経っていないはずの侍女が、命を落としたのだ。これはもう……、とてもじゃないが、魔力を持たぬ我々では手に負えない。故にモッモよ、魔力耐性を持っているのであろう従魔の君に、チャイロ様のお世話をしてもらいたいのだ」

   いぃいっ!? いやいやいやいやいやっ!!?
   待って待って……、それ絶対魔力なんかじゃないからっ!!!
   魔力でそんな、次々人が死ぬなんて、あり得な……、いや、あるのかも知れないけど、そんな……

   ちょ……、待てよおい。
   俺、魔力耐性なんかないぞ?
   そんなの、絶対無いぞ??
   魔力ですら1ミクロンもない無物だってのに、魔力に耐え得る体なわけないでしょうがっ!!!
   ……やっべ。
   俺、死んじゃう???

   顔面蒼白になる俺。
   そんな俺の目の前には、真っ黒な光沢のある、巨大な壁が迫ってきて……
   ティカが足を止めた。

「ここが、チャイロ様のお部屋だ」

   ぎゃああぁぁっ!?
   もう着いちゃったのねぇええええっ!??

   表面がツルリとした黒い壁には、同じく真っ黒な扉が一つだけ付いている。
   この黄金で出来た王宮にあって、その黒はあまりに異質だった。
   
「チャイロ様は、生まれてからずっと、この部屋からお出になられた事がない。父君である国王や、姉君であらせられる九人の姫達にも勿論お会いになれないし、侍女も長くとも一月余りで交代するとなれば、チャイロ様が親しくなれる者は誰もいないのだ。それは、どんなに寂しかろう、どんなに孤独であろう……。自分は、チャイロ様が哀れでならぬのだ」

   い、いやぁ~……
   ティカよ、そんな化け物みたいな奴のとこに放り込まれる俺の事も、少しは哀れんでくれないかしら?
   もう俺、白目向いちゃう。
   
「だがしかし、今日、君が現れた。モッモよ、魔力耐性のある君ならば、長くチャイロ様に仕える事が可能だろう。長く仕えていれば、そのうち情が動き、チャイロ様も或いは心を許して下さるやも知れん。モッモよ……、どうかチャイロ様を、孤独から救ってくれ」

   ティカはそう言って、目の前の黒い扉をノックした。
   コンコンという乾いたその音が、人生……、もとい、ピグモル生が終わるお知らせの音のように、俺には思えた。
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