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★ピタラス諸島第四、ロリアン島編★

521:半人前以下

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「夜言のあった翌日、チャイロ様はなかなか目を覚まされません。もし昼まで目覚められなければ、優しく起こして差し上げてください。起床された後はこれで湯浴みを……」

   そう言ってトエトは、お湯が入っているのであろう、口から湯気が立ち上る銀のポットと、丸い木桶のようなものを部屋の隅に置いた。
   木桶の中には、体を洗う為の物であろう、タワシとスポンジの間のような、見た目がゴワッとしている道具が入っている。

「湯浴みが済みましたら、お食事を召し上がって頂くのですが……、モッモさん、厨房からここまで運べませんよね?」

「うっ……、はい、無理です」

   無理に決まってんだろトエトこんにゃろめ。
   昨日の俺の体たらくを忘れたのかこんにゃろめ。

   さっきまで泣いてたくせに、コロッといつもの無表情に戻ったトエトの冷徹な視線に、俺は心の中で悪態をついた。

「分かりました。では、頃合いを見て私が……。もし早くお目覚めになられた場合は私に知らせに来てください。私は下階の西側通路にある侍女室におりますから」

「えっ!? あ、えと……。あの、僕一人で、その……、出歩いて、いいんですか?」

   恐る恐る尋ねる俺。

   昨日来たばっかの余所者が、堂々と王宮内を歩いて平気なのかしらね?
   
「王宮の兵士と侍女達には、イカーブ様のご命令が通達されてますので、モッモさんの存在は皆周知のはずですが……。仮にもし、誰かに声を掛けられ怪しまれたとしても、イカーブ様の命令だと言えば大丈夫でしょう」

「……そんなので、いいんですか?」

「はい、いいんです」

   ほほう、なるほどそれでいいのか。
   ……ん? それってつまり~??

   トエトの言葉に、俺はピコーン! と閃く。

   その法則からすると、イカーブの命令だって言えば何だって、城の者達はみんなそれを信用するって事じゃないのか?
   見慣れぬ小鼠が王宮を歩き回っていても、イカーブの命令なら誰も逆らえない、って事だな??
   だとしたら……、うん、使えそうだなそれ、ひひひひひ。

   悪い顔をして笑う俺。

「……モッモさん? どうかしましたか??」

「ふぉっ!? い、いいえっ!!?」

   俺に向かって不審な目を向けるトエト。
   俺は、良からぬ考えがトエトにばれぬよう、平静を装って視線を逸らす。

「……とにかく、モッモさんはチャイロ様のお世話に注力してください。ただでさえも半人前以下なのですから」

   なっ!? 半人前以下っ!!?
   なんちゅう酷い事を言うんだトエトこんにゃろめっ!!!
   さっき泣いてた事、ここにいる全員にバラすぞこんにゃろめっ!!!!

「私はこれから、モッモさんからお聞きした事をイカーブ様に報告して参ります。イカーブ様がどのような判断を下されるかは私には分かりませんが……、最悪の場合を想定しておかねばならないでしょう」

「最悪の場合というのは……、チャイロ様が、生贄にされちゃうって事?」

「そうです。もしそうなれば……。いえ、考えるのは止めましょう。先程は取り乱してしまいましたが、まだチャイロ様が生贄になると決まったわけではありません。モッモさん、あなたがお聞きになった事を、イカーブ様が信用なさらない可能性もありますから」

   冷静な声色ながらも、トエトの赤い頬にはまだ、涙を流した跡が残っている。
   いつもの無表情も、ちょっぴり不安気に見えた。

   ……てかさ、普通は信用しないっしょ?
   こんな、昨日来たばかりの余所者鼠の言う事をすんなり信じるようじゃ、宰相なんて勤められないっしょ??
   むしろ、イカーブは俺の言葉なんて全く信用せず、チャイロが生贄になる可能性なんて皆無だと思うんだけど。
   逆にさ、俺の言葉を信じてチャイロを生贄にするってんなら、そいつの神経疑うわ、マジで。

   ……いやでも、あのイカーブか。
   得体の知れない黒い煙を全身からもくもくさせてた、見るからに怪しそうなあの宰相イカーブだもんな。
   仮に、俺が感じたように、あいつが本当に悪魔だったとしたら……?
   イゲンザ島で遭遇したサキュバスのグノンマルも、コトコ島で遭遇したハンニも、かなり性根の腐った輩だった。
   もしイカーブが悪魔なら、何の罪もないチャイロを生贄にする、なんて事も全然あり得そうだ。

   う~む……、なかなかにヤバい展開かも知れないぞこりゃ。
   
「モッモさん、付かぬ事をお聞きしますが……、卵は食べられないのですか?」

   短い腕を組み、うむむと考える俺に対し、トエトはそう言った。
   その指は、机の上にある、乾燥してカペカペになった例のオムレツを指している。

「あ~っと……、はい。僕、草食なんです」

   適当に嘘をつく俺。

「そうだったのですね、それは申し訳ありませんでした。それでは、朝食はシェフに頼んで野菜の盛り合わせにして頂きますね」

「う……、はい。ありがとうございます」

   どうか、ドレッシングがかかっていますように。
   出来れば胡麻ドレッシングのような、美味しいドレッシングが良いです、はい。
   俺、青々しい匂いのする生野菜は、ちょっぴり苦手なもんで。
   ……まぁそれ以前に、紅竜人の卵は論外だけどね。

「それでは、また後程お伺いします。失礼致します」

   カペカペオムレツの皿を手に、トエトは部屋を出て行った。

   さて……、これからどうしようかしら?
   思いついた事を実行してみようかしら??

   そう思った次の瞬間、俺の目は良からぬ物を捉えた。
   床の上で、無造作に丸まった白い物体。

   ……はっ!? シーツ!!?
   ベッドのシーツ、変えて欲しいんだけどっ!!??

   しかしながら、時既に遅し。
   部屋の隅にグシャグシャのまま残された茶色いシミが目立つシーツを見つめて、俺は諦めたかのようにハ~っと大きく息を吐いた。
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