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★ピタラス諸島第四、ロリアン島編★
576:死ねぇえっ!!!
しおりを挟む……え? いや、ちょっと待ってよ。
頭が全然追い付かないぞ。
何がどうなって……、るの??
騎士団のみんなとギンロは、完全に気を失っている。
よく見ると、みんなが倒れている床の上には、黄色く光る奇妙な魔法陣が描かれている。
そしてその中央には、粉々になった、なんだか見た事があるような、嫌な感じのする黒いガラス片が大量に散らばっていた。
「くくくくく……、ふぁはははははっ!!!」
聞いた事の無い声が、狂気じみた様子で笑う。
声の主は間違いなく、その手に黒い心臓を握り締め、玉座の隣に立ちすくむ、白いローブに身を包んだ年寄りの紅竜人……、宰相イカーブだ。
だがしかし、その声はもはやイカーブのものではない。
聞くからに年寄り染みていた、嗄れていたはずのイカーブの声は、ダンディーなおじ様といった重厚感のある低い声に変化していた。
「くそぉっ! あぁあああぁぁぁっ!!」
そのイカーブのすぐそばで、黄色い結界の糸に絡まれて、壁に貼り付けられた状態の灰色の影が一つ。
あれは間違いなく、ゼンイの影だ。
後悔の念が滲み出るような叫び声を上げながら、必死に結界から逃れようともがいている。
俺が最も驚いたのは……
王が座るべき玉座に座り、胸から大量の血を流しているのは、なんとティカなのだ。
しかしながら、逞しくて勇ましかった彼はもうそこにはいない。
俺が与えたカービィの薬で全快したはずのティカは今、全身が脱力したように、玉座にグッタリと腰掛けている。
その様はまるで死人のようで、両の瞳は閉じ、口は半開きで長い舌が飛び出していて、手足はだらんと伸びている。
そして、これまでは無かったはずの、ウネウネとした黒い蛇の様な痣が、ティカの体を覆う赤い鱗の上に浮き出ていた。
そんな……、ティカ?
死んじゃったの??
ティカの全身の黒い痣、上半身にポッカリと開いた真っ赤な血塗れの穴と、床にできた血溜まり。
それと、イカーブが手にしている、脈打つ黒い心臓。
床の上に散らばった、黒いガラスの破片。
まさかとは思うけど……、そんな事あり得ないって思いたいけれど……
それらを交互に見ていると、さすがの俺でも、ここでいったい何が起きたのか、大方の予想がついてしまっていた。
以前イカーブは、亡者の玉という、悪魔の魂を封じ込めた玉を持っていた。
中にいる悪魔は、早く憑代が欲しいと言っていた。
けれど、悪魔の憑代となるには、寿命の長い、強靭な肉体が必要だとかなんとかで、もう少し待てとイカーブは言っていたはず。
だけど……
今、目の前にある、床に散らばっているあの黒いガラスの破片が、亡者の玉だったのだとしたら?
薬で変貌したティカを、イカーブが、悪魔の憑代に選んだのだとしたら??
でも……、だとしたら何故、イカーブはティカの心臓を取ったんだ???
「何がどうなってるんだ?」
「あれが国王なのか? まさか、家臣に殺されたのか??」
「なぁおい、奴ら気を失ってるぞ。殺るなら今だ」
「けど……、何故ゼンイさんはあそこに?」
「捕まってる!? そんな……、影なのに?」
「どうする? 踏み込むのか??」
周りの奴隷達が、ザワザワと騒ぎ始める。
しかし皆、状況が全く理解出来ず、混乱している為に、口々に言葉を発しはするものの、玉座の間の中へと進む者は誰一人としていない。
目の前で何が起きているのか、奴隷達には皆目検討も付かないだろう。
かくいう俺も、酷く混乱していた。
目の前の光景が、あまりに予想外過ぎて、ショック過ぎて……、体が1ミリも動かない。
すると、クラボとスレイが前へと走り出て、叫んだ。
「ゼンイ!? 生きてるのかっ!??」
「何があった、ゼンイ!!!」
壁に貼り付けられたままのゼンイの影に向かって、二人は叫ぶ。
だがゼンイは、その赤く光る目をイカーブに真っ直ぐに向けていて、二人の声などまるで聞こえていない。
その時だった。
「あぁ~、煩い煩い。死に損ないのゴミ虫共め……、さっさと消え失せろぉっ!」
突然イカーブが叫んだかと思うと、心臓を握っていない方の手をこちらに向けて、無数の黄色い光を放ってきた。
その光は真っ直ぐにクラボとスレイに向かっていき、二人の体のあちこちを掠めていった。
一瞬、何が起きたのか分からなかったが……
「グァアァァッ!?」
「ギギャッ!?」
クラボとスレイは二人揃って悲鳴を上げ、仰向けにその場に倒れ込んだ。
見ると、二人の体には無数の刺し傷のような痕が残っていて、そこから赤い血が流れているではないか。
二人の体は、ものの一瞬で傷だらけの、血塗れになってしまっていた。
きゃあぁぁっ!?
なっ、なんだ今のっ!??
ビーム!?!?
「クラボさんっ!? スレイさんっ!!?」
どよめく奴隷達。
「モッモ! 隠れてっ!!」
すかさずグレコが、庇うように手を広げて、俺の真横に立つ。
カービィは、全身から放たれている虹色のオーラをそのままに、いつになく真剣な表情で一言も話さず、手に持った杖の先を真っ直ぐに、イカーブに向け続けている。
「ふぁははははっ! 無力で低脳な下等種族めっ!! お前達にもう用はないっ!!!」
するとイカーブは、バッ!と白いローブを脱ぎ捨てた。
そこに現れたのは、年老いた紅竜人ではなく、見覚えのある初老の人間の男だ。
白髪に深緑色の瞳、豚の様に上を向いた鼻、皺だらけの顔の右頬には歪な形の黒い痣、黒く尖った大きな耳。
「ムルシエ・ラーゴかっ!?」
臨戦態勢のまま、カービィが言った。
「ふぉは!? まだ生き残りがいたのかっ!?? 小賢しい魔導師共めっ!! 死ねぇえっ!!!」
ムルシエと呼ばれたその男は、目を大きく見開きながら、その手からバチバチと点滅する黄色い光の球を無数に発生させて、俺たち目掛けて飛ばしてきたではないか。
なっ!?
なにぃいいぃぃぃっ!!?
「最大級 守護結界!!!」
カービィがすかさず守護魔法を行使する。
杖の先から青い光が放たれ、まるでバリアのように俺やそばにいる奴隷達全員を包み込んだ。
ムルシエが放った黄色い光の球は、カービィの張った守護魔法の結界にぶつかって、バリバリバリィ!っと激しく火花を散らした。
「ほほうっ!? なかなかにやりおるっ!! しかし、一人で全員は守れまいっ!!?」
そう言うとムルシエは、ほくそ笑みながら、再度黄色い光の球を発生させて、倒れたままのノリリア達騎士団のみんなに向かって放ったではないか。
あぁっ!? みんながっ!!?
危ないぃいぃぃっ!!!
「見くびるなっ!!!」
カービィは再度素早く杖を振り、倒れている騎士団のみんなの周りにまで守護魔法の結界を広げ、みんなを守った。
すげぇっ!
よっ、カービィ!!
さすが虹の魔導師!!!
俺が呑気に感動していた次の瞬間、ビュッ!と耳元で音がしたかと思うと……
「くぁっ!?」
苦しそうに息を吐いたムルシエは、その場にガクッと膝をついた。
見ると、その脇腹に、黄緑色の荊棘の魔力をまとった矢が突き刺さっているではないか。
あれは!? まさかっ!??
慌てて隣を見ると、いつの間にかグレコが、魔法弓に荊棘の魔力を纏わせていた。
もう一発放つ気なのだろう、グレコは新たな矢を向け構えている。
グレコっ!?
いつの間にっ!!?
参戦しちゃうのねっ!!??
「動かないでっ! 動けばもう一度射つっ!!」
その言葉、凛としたその姿勢がもう、カッコいいのなんのって……
素敵です! グレコさん!!
たった一人で、この大勢を守るカービィ。
怖気ずく事なく、矢を放ったグレコ。
二人とも、カッコ良すぎだろおいぃっ!!!!!
一人興奮する俺を他所に、緊張を解かないカービィとグレコ。
膝をついたムルシエは、額に青筋を走らせ、怒り狂った目で俺たちを睨み付けていた。
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