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★ピタラス諸島第五、アーレイク島編★

661:あのさ

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 なななんっ!? 
 なんだこいつぅうっ!??

 突如として目の前に現れた金色に輝く人型の何かは、推定身長3センチといったところだろうか、俺の掌よりも随分と小さい。
 背に生えている四枚の羽は薄く透けていて、トンボなんかの昆虫のそれとよく似ている。
 だけども勿論、虫などではない。
 衣服を身につけ、靴を履き、頭には小さなとんがり帽子も被っているし……、そもそも言葉を話しているのだから、知的生命体ではあるのだろう。
 しかしながら、こんなに小さな生き物は、それこそ虫以外では初めて見る。

 妖精……、か、何かだろうか?
 だとしても小さ過ぎやしないか??
 てか、どっから現れたんだこいつ???

 頭の中で、いろいろと思案する俺。
 その間もそいつは……

『あのさ、聞いてんの? もしも~し?? はぁ~、面倒臭いなぁ……、フリーズしないでくださぁ~い!』

 驚いて声も出せずにいる俺に対し、尚もヒラヒラと手を振り続けている。
 その動作も、口調も、小馬鹿にしたような表情までもが、かな~り不愉快だ。
 すると……
 
「何これっ!?」

 俺の隣に座っていたグレコがそいつに気付き、慌てて立ち上がって、咄嗟にその場を離れた。
 たぶん、大きさ的に、虫か何かと勘違いしたんだと思う。
 グレコの顔は、いつになく珍妙な、「ゲッ!?」て感じの表情になっていた。

「ポッ!? 何ポッ!??」

 グレコの言動に、ノリリアを始めとし、騎士団の皆もすぐさま異変に気付く。  

「なんだそりゃ!?」

 お決まりの変顔で、こちらへ近付いてくるカービィ。
 するとそいつは、クルッと皆の方に向き直って……

『初めまして皆さん! 僕の名前はピクシス!! この間抜けなご主人様を助ける為に具現化した、望みの羅針盤の心です!!!』

 丁寧かつどこか可愛らしい口調で自己紹介し、ペコリとお辞儀をした。
 その様子は、俺を小馬鹿にしていたさっきまでの態度とは、余りにも違っていて……

 おいおい、随分な変わり身じゃねぇかよおい。
 なぁ~に可愛子ぶってんだよ!?

 俺は眉間に皺を寄せて、そいつを睨み付けた。
 が、すぐさまその言葉が引っかかって……
 
 てか今、なんてった?
 望みの羅針盤の心とか言った??
 それって……、え???
 
「ポポ!? 羅針盤の心!??」

 驚くノリリアと、ざわざわとする面々。
 すると、俺とそいつとを交互に見ていたマシコットが、口を開いた。

「そうか……。つまり君は、精霊……? 物に宿る精霊【スピリット】、なんだね??」

 その言葉に、ピクシスと名乗ったそいつが答える。

『ご名答! さすがはマシコットさん!! 【エレメンタル】の血を引くだけあるね!!!』

 二人のやり取りに、それぞれに驚きつつも、なるほどなるほどと納得する面々。
 しかしながら、世間知らずなグレコとギンロ、そして勿論俺も、何一つ状況が理解出来ず、首を傾げるしかなった。






-----+-----+-----

【精霊】

 この世界における生命体の中で、実体を持たず、霊体のみで存在している者の総称。
 自然界に宿る精霊を【エレメンタル】、人工的な物体に宿る精霊を【スピリット】と呼ぶ。
 エレメンタルは、この世界とは別の次元に肉体を持ち、精霊召喚師の呼び掛けに応じる形で、何らかの方法を用いて霊体のみでこの世界に出現しているとされている。
 スピリットは、物体そのものが肉体であり、その物体に宿る精神が具現化されたものであると考えられている。
 どちらの精霊も霊体でのみ存在し、その身に魔力とは異なる力【霊力】を持している。

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「じゃあ、おまいはモッモの羅針盤に宿る精霊なんだな?」

『そういうこと~♪』

 俺の頭の上を、虫特有のブンブンといった羽音を響かせながら、くるくると旋回するピクシス。
 鬱陶しいったらありゃしない。

「ポポポゥ、スピリット……。初めて見るポよ」

 何やら珍しいらしく、ノリリアもその他の面々も、興味津々でピクシスを見ている。
 そんな皆の様子に、注目を浴びている事が嬉しいらしく、ピクシスはいろいろとポーズを取りながら空中を移動していた。

 ……いや、てかさ、何? 何なのよ??
 望みの羅針盤の心とか言っていたけど、何なのよそれは???

 疑問に思うと同時に、俺は彼女の事を思い出していた。
 ニベルー島で悪魔テジーに捕まった際と、先日のハーピー襲撃時の二度に渡って、ピンチの俺を助けてくれた、彼女の名前はマーテル。
 彼女は自身の事を、俺が所持しているエルフの盾の心だと言っていた。

 つまりあれか?
 今目の前にいる、自らを羅針盤の心だと言うピクシスと、盾の心だと言うマーテルは、同じ存在……??
 二人共、精霊の中でも物に宿るというスピリット……、だという事なのだろうか??? 

「物に宿る精霊って事は、この子の本体は、モッモが首から下げている羅針盤なのね?」

 問い掛けるグレコ。

「彼の言葉を信じるのなら、そういう事になるね……。しかしまぁ、彼の言葉は真実だ。彼は精霊で間違い無い。エレメンタルほどでは無いけれど、彼からも精霊の力、霊力が感じられるからね」

 答えるマシコット。

「けどよぉ、スピリットって確か……、何十年とか何百年とか、めちゃくちゃ長い年月を使い込まれた道具とかにしか宿らねぇはずだよな? モッモがこの羅針盤を手に入れたのは最近だろ?? 見た感じだと、そこまで年季物にも見えねぇし……???」

 俺の首に下げられたままの羅針盤を、遠慮なく手に取ってしげしげと観察しながら、カービィが言った。

 カービィの言葉通り、俺がこの羅針盤を手に入れたのはおよそ二ヶ月前。
 神様から、他の神様アイテムと一緒に授かったもので……、つまり最近だ。
 それに、羅針盤は新品同然で、傷の一つも無ければ汚れてもいないし、色がくすんでもない。

 自らを盾の心だと言うマーテルが宿るエルフの盾は、確か凄く昔に作られた物のはずだ。
 初めてマーテルに出会った時に、マーテル自身が「この世に生まれて幾千年」とかなんとか言っていたしな。
 それがたまたま、港町ジャネスコの防具屋さんで売られていて……、気に入ったので買いました、はい。
 
 つまり、ずっと昔に作られたであろうエルフの盾に、マーテルのような心が宿る事は、まぁ考えられなくもない。
 しかしながら、カービィの言う通り、この新品同然の望みの羅針盤に心が宿るという事は、ちょっと考えにくいような気がするのだが……?
 
「そうですね。本来ならば、スピリットが宿る物は古き物……、数十年前の思い出の品とか、古代の遺物などです。しかし、風の噂で聞いた事があるんです。ある者達ならば、意図的に物体に精霊を宿らせる事が可能だと」

 マシコットの言葉に、ロビンズがピクリと眉を動かす。

「なるほどそうか。そやつが出現したのは、モッモの召喚師としての力なのだな?」

 ふぁっつ? 
 俺の、召喚師としての力??
 ……とは???

「そう考えるのが妥当でしょう。長い歴史を誇るフーガにおいても、特級召喚師の称号を得た者は過去に数名しか存在しませんが……、彼らは物に精霊を宿す術を持ち合わせていた。それは、霊力の強さ故に成せる技でした。そしてモッモ君は、その身に、特級召喚師をも超えるであろう絶大なる霊力を秘めている。恐らく、その霊力の影響で、身に付けている物に精霊が宿ったのだと考えられます」

 お、おぉ……、そうだったのか……?

 マシコットの説明は、少々小難しくて、正直何が何だかよく分かってないが、納得出来た部分が一つあった。
 俺には、精霊に匹敵するほどの霊力があると、以前カービィが言っていた。
 つまり、この目の前のピクシスとかいうめちゃんこ小さい妖精紛いな精霊は、俺の中にあるその霊力が原因で、こんな風に具現化したのだと……

『あのさ、ちょっといいかな?』

 俺の頭の上で旋回していたピクシスが、俺の頭の上にちょこんと腰掛けて(精霊だからか、感触はありませんでした)、言った。

『僕がどういう存在で、どうしてここにいるのか、ってのはもういいでしょう? 大事なのは、何故僕が姿を現したのか、って事じゃない??』

 なかなかに短気なのだろうピクシスは、先程までのかわい子ぶりっ子を即座にやめて、俺に対してそうであったように、ここにいる全員に向かって面倒臭そうにそう言った。
 あんた達みんな頭悪いね~、って言いたげな表情で。
 
「それもそうね。どうして出て来たの?」

 素晴らしく切り替えの早いグレコが問い掛けた。
 たぶん、ピクシスが何なのかはどうでもいいって思ってるのだろう、顔にそう書いてある。

『あんた達の探している物を、僕が見つけてあげる。どう考えても、この中から小さい宝石一個を探し出すなんて……、無理でしょ?』

 これまた小馬鹿にした微笑を浮かべつつ、ピクシスは言った。
 その態度に、ノリリアとロビンズは少々ムッとした顔付きになったが……

「んだな! さっさと見つけてくれ!!」

 こちらも切り替えが早いと言うか、小馬鹿にされても全く動じてないカービィが、ヘラヘラと答えた。

『よしきた! じゃあ……、ご主人様、出番ですよ~』

「はへ? 僕??」

 急に話を振られて、間抜けな声を出す俺。
 するとピクシスは、分かりやすく大きく溜息をつき……

『あのさ、僕は望みの羅針盤の心だって、さっきそう言ったよね? 聞いてた?? 聞いてなかったの???』

「きっ!? 聞いてたよっ!!」

『じゃあさ、どうやったら僕が作用するか、説明しなくても分かるでしょ? え、もしかして分かんないの?? 一から説明しなきゃ駄目???』

 くっ!? こいつぅ~……
 どこまでも小馬鹿にしやがってぇえっ!!?

 ワナワナと震える心を押さえつつ、俺は大きな声でこう言った。

「鍵となる宝石はどこですかぁっ!?!?」

 すると、ピクシスはニヤリと笑った。
 次の瞬間、体から金色の光を放ちながら、ブンブンと羽を羽ばたかせて、ピクシスは空中を高速移動し始めた。
 そして、この広い部屋の中を何周も、クルクルクルクルと回っていたかと思うと、ある場所でピタリと動きを止めた。
 
『さあ、誰がこれを開ける?』

 そう言って、ゆっくりと下降し、ピクシスが腰掛けたのは、沢山ある宝物の中にあって、一際地味で存在感のない小さな壺だ。
 部屋の隅に置かれているその壺は、薄汚い焦げ茶色をしていて、側面にはいくつかヒビが入っている。
 口は蓋の代わりに何かの皮で閉じられており、その皮も毛羽立っていて……、とてもじゃないが、わざわざその中身を確かめようとは誰も思うまい。

『あんた達の探し物は、この中にあるよ』

 ピクシスはそう言い残して、光がパーンと弾け飛ぶように、その場から姿を消した。
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