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★ピタラス諸島第五、アーレイク島編★

713:史実と真実(その3)

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「ヴェルドラ歴2246年、マルティスの月(3月)のある夜の事だ。
 フーガ以南の国ローゼブッテ、その国境近くの荒野にて、我はアーレイクと出会った。
 まだ寒さの残る季節故、凍えるほどに寒かったが、夜空に輝く月は優しく、素晴らしく美しかったのを今でも覚えている。
 見渡す限り、荒涼とした土地がどこまでも広がり、辺りには岩と乾いた砂があるのみ。
 そんな場所で、煌々と燃え盛る焚き火を囲み、楽し気に歌など歌いながら、彼らは野営を行っていた。

 まるで寄せ集めのような、他種族ばかりの六人の旅人達。
 一見すると普通の人のような姿ながらも、守護魔法を張り巡らせた大変貴重なローブに身を包んだアーレイク。
 なかなか出会う事のない、梟のような姿をした獣人ウルラ族の剣士、イゲンザ。
 特異な理由でハイエルフより派生した、ブラッドエルフという種の生まれであるコトコ。
 五大貴族が一つ、錬金術に長けたパラ家の跡取り、ニベルー。
 その時代には珍しい半獣人であり、精霊召喚師であるロリアン。
 そして、目深にローブのフードを被り、頑なにその全容を隠していた、まだ小さな子供のユディン。
 奇妙な集団ではあったが、各々が強い力を持った、とても逞しい者達である事を、我は一目見て理解した。
 
 当時のアーレイクは22歳。
 人としては成人であるが、我にしてみれば赤子同然の存在だ。
 しかしながら、一丁前に五人の弟子を連れ、魔法王国フーガの国王直々のクエストで、未開地遠征へ向かう途中らしい。
 そして、出会って間もない、何者か得体の知れない我に対し、彼はこう言ったのだ。 
「暇なら一緒に行かないか?」とな……
 我は愕然とした。
 その緊張感の無さ、話す言葉の軽さ、ヘラヘラとした笑い方、どこか他人任せな態度……
 奴の言動の全てが適当で、まるで信念が無いと、その時の我は感じていた。
 しかしながら、それら外側と相反するかの如く、溢れんばかりの自信と絶大なる魔力、そして微かに感じられる内に秘めたる神の力……
 弟子としてそこにいる者達も、それぞれがそれぞれに強い力を持ち、決して人に仕えるような者達では無かった。
 だというのに、アーレイクを慕い、敬い、側にいる。
 目の前のこの青年は、いったい何者なのか? と、心底不思議に思ったものだ。
 我は勿論、暇では無かった。
 暇では無かったが、急ぐ用事も無し、行く当ても特に無し……
 よくよく聞けばアーレイクは、フーガの現国王直属の魔導師だというのに、あのサルテルの弟子であり、秘密結社サルヴァトルの一員でもあると言う。
 余りに滅茶苦茶なその肩書きに、我は言葉を失った。
 しかしながら、少々迷ったものの、物は試しだと、アーレイク達と行動を共にする事とした。

 それからはもう……、驚きの連続であった。
 アーレイク達は、行く先々で面倒事に巻き込まれた。
 ……いや、アーレイクが面倒事を引き起こしていたと言っても過言では無いであろう。
 ある時は雪山に登り、ある時は深海へと潜った。
 またある時は空を飛び、火を吐く古代竜を討伐する事もあれば、貧困に喘ぐ民を救う事もあった。
 とかく、ここでは語り尽くせぬほどに様々な出来事を、彼らと共にした。
 我はそれまで、己が長寿故、どこか短命の他種族達を見下してしまう傾向にあったのだが、彼らと共に旅をするうちに、悪く無いと考えるようになった。
 限りある命を、精一杯、楽しく生きる……
 彼らはそれを体現し、我に教えてくれたように思う。

 そして、旅路の途中でアーレイクは、我に打ち明けてくれた。
 自らが、時の神の使者と呼ばれる、特別な力を授かりし者であると……
 アーレイクに出会うまで、我は知らなかったのだ。
 時の神が使わす、使者という者の存在を。
 そして、その者達の役割を……
 偶然か必然か、我はアーレイクと出会い、共に旅をする中で、その存在を知る事が出来た。
 そしてようやく理解したのだ。
 我が、三代目リバイザデッドとして見極めるべき、この世界の真実……
 時の神が何を求め、使者を遣わし、世界をどうしようとしているのかを。
 
 そして時は流れ、あの日がやってきた。
 我らのその後が決まりし、運命の日である。
 アーレイク達と出会ってから、早くも10年の月日が流れていた、ヴェルドラ歴2256年、アープリの月(4月)の27日。 
 その日我らは、魔法王国フーガへと帰還していた。
 未開地遠征と称し、国外の様々な地へと赴いていたアーレイクを、久方ぶりに国王が呼び戻したのだ。
 我は、国王との謁見に一人で向かったアーレイクを、他の仲間共々酒場で待っていた。
 そして夕刻、アーレイクが我らの待つ酒場へと姿を現した。
 いつになく真剣な表情で、どこか興奮気味な様子で……
 アーレイクは無言で席に座り、テーブルにあった酒の入ったジョッキを、一気に飲み干した。
 そして、こう叫んだのだ。

「行くぞっ! ムームー大陸へっ!!」

 その言葉に、アーレイクの五人の弟子たちは、一瞬の間沈黙した。
 しかし次の瞬間、皆が雄叫びを上げて喜び始めたのだ。
 突然の出来事に、理由が分からぬ我は心底戸惑った。
 だが、皆はそんな我を置いてけぼりにし、祝いだ祝いだと、酒を酌み交わし続けた。
 そうして夜は更けていき……
 店の者は、なかなかお開きにならぬ我らに業を煮やしておったが、遂にぞ諦めたかのように、我らを残して姿を消した。
 結局、皆は夜が明けるまで飲み続け……、揃って酔い潰れてしまったのだ。
 残ったのは、訳が分からず素面のまま付き合っていた我と、子供故酒が飲めぬユディンだけであった。
 そして……

 朝日が東の空より顔を出し、外が明るくなってきた頃、唐突にユディンが口を開いた。
 それまでユディンと我は、言葉を交わす事はあれど、何かについて語り合うといった事は一度も無かった。
 加えて、この時まで我は、ユディンの正体が何者かも、全く気付かなかったのだ。
 姿を露わにせぬのは、珍しい種族故か、はたまた何かの謂れの無い差別を受けし混血者故であろうとしか、考えていなかったのである。
 それが如何に浅はかで、未熟な己の手前勝手な憶測であったかを、我はこの時思い知らされたのだ。

「ムームー大陸は、時空穴が出現している可能性が高い場所なんだって。だから皆、ずっとムームー大陸に行きたかったんだ。僕を……、元の世界に、帰す為に……。プラタさん、僕は……。僕は、悪魔なんだ」

 ユディンはそう言って、我の前で初めて、その頭に被っているフードを取り、ローブを脱いだ。
 そこに現れたのは、紛れも無く悪魔であった。
 額には畝る二本の黒い角、背中には鳥のそれとは全く違う鋭い棘が無数に生えた翼。
 その姿は、長い年月を生きてきた我も久しく目にした、見るからにこの世の者では無い者の姿。
 数百年の昔、第74代国王ゾロモンが起こした惨事を彷彿とさせるかの如き、禍々しい悪魔の姿であった。

 しかしながら、我は混乱した。
 目の前の悪魔は、我の知るところの悪魔とは全く相容れぬ、非常に穏やかな存在であったのだ。
 悪魔特有の腐臭を纏っているわけでもなく、邪気を放つ事も無い。
 その表情は優しく、憂に満ちており……、何より、まだあどけなさの残る幼い子供なのである。
 戸惑う我に対し、ユディンは話してくれた。
 ユディンがここにいる理由、アーレイクが抱える秘密と、これまでの事。
 そして、皆が成そうとしている事、その意味を……
 
 ユディンは、秘密結社サルヴァトルの中でも過激派と呼ばれる連中が行っていた悪魔召喚の儀で、こちらに呼び寄せられた悪魔のうちの一人であった。
 過激派の連中は、過去にサルテルが写し取った古代魔導書レメゲトン、その第一部である悪魔の書ゴエティアに記されていた悪魔召喚の儀を頻繁に行い、この世界に悪魔を呼び込んでいた。
 しかしそれは、過激派とて世界平和を掲げるサルヴァトルである、ゾロモンの起こした惨事とは全くの別物で、悪魔のなんたるかを研究する目的によってのみ行われていたという。
 そして、召喚された悪魔は、召喚した魔導師共にその場で捕らえられ、様々な研究の材料にされた挙句、最後には魔導師達の手によって処分されていたそうだ。
 ユディンも、同じ運命を辿るはずであった。

 しかしながら彼は、アーレイクによって匿われたのだ。
 その理由は、ユディンが悪魔と呼ばれるには相応しく無い、純真で清らかな心の持ち主だったからである。
 加えてユディンは、召喚された当時、まだものも言えぬ赤子であったそうだ。
 故にアーレイクは、組織の目を欺き、ユディンを人知れず連れ出して、自らの弟子として側に置いていた。
 それら一連の奇行とも言えるアーレイクの行いを、その他四人の弟子達も容認していた。
 そして、その思いは皆、アーレイクと同じだったのだ。
 幼く無垢であるユディンを、生まれ故郷の世界に帰す……、その為だけに、皆はムームー大陸を目指していたのだった」
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