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★ピタラス諸島第五、アーレイク島編★

720:目的

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 前言撤回っ! 前言撤回っ!!
 消す!? 今こいつ、消すって言ったよね!!?
 消すってそれは……、存在をって事だよね!!??
 こっ、やっ、やっぱり殺されるぅうっ!!!!?

 カタカタと、再び震え始める俺の前歯。

 そもそも、ノリリアを縛り上げて、尻尾引き千切ろうとした奴が、実は悪い奴ではない……、なんて事あるかよ俺のアホォッ!
 触手が生えてて臭い奴なんざ、どう考えたって絶対悪者だろうよ俺のアホォッ!!
 ほんの一瞬でも、自分の都合の良いように考えて油断したなんて、阿呆にも程があるだろうよ俺のアホォッ!!!

 自らの甘さ、楽観的過ぎる思考を、心の中で叱責する俺。
 勿論、そんな事をしている場合ではない事は重々承知しているが……、今この状況で、俺が他に成せる事なんて、見当たらないのです。

 そうこうしているうちにも、昇降機はどんどん下降していき……
 今ちょうど、三階層に位置する人魚のレリーフが象られた、第三の試練へ向かう為の金の扉が過ぎて行きました。

 やばい、やばいぞ……
 あっという間に、地下に辿り着いちゃうぞ!?
 
『おうおう、ちっちゃなお目目で見つめてくれちゃってよぉ~』

 ライラックの顔でニヤリと笑うクトゥルーの視線の先には、未だ触手でグルグル巻きのまま、それでも戦意を失わずにクトゥルーを睨み付けているノリリアがいる。
 
『んん? なんか言いたい事でもあんのか?? 仕方ねぇ~なぁ~』

 クトゥルーはそう言って、ノリリアの口を覆っていた触手を、ぬるりと離した。
 口が自由になったノリリアは、開口一番……

「お前が神代の悪霊クトゥルーポッ!? 目的は何ポよ!??」

 物凄い剣幕で、ノリリアは叫んだ。
 興奮トランス状態までとはいかないものの、その全身からは、かなり大量の魔力のオーラを放っている。
 だけどクトゥルーは、微塵も臆さず……

『……ぷっ、はははははっ! 「目的は何ポよ!!?」ってお前、さっきから聞いてりゃ~、その口癖はやべぇだろっ!!? よくそんな喋り方で、魔導師団の代表なんか出来るなぁ!!?? もう、さっきから笑いを堪えるの大変だったんだわ~。……ぶふっ!! はぁ~っはっはっはっはっ!!!』

 ライラックの顔で、大口開けて爆笑し始めたではないか。
 しかも、ノリリアの独特かつ可愛らしい口調をディスりながら。

 これまで誰も、ノリリアの口調、その語尾につく「ポ」には触れてこなかった。
 それがノリリアの個性であり、ノリリアというキャラクターだからである。
 確かに俺も、初めて会った時には、語尾に「ポ」がつくなんて変わってるな~って、思ったけども。
 ここまで露骨に、小馬鹿にするなんて……

 クトゥルーに……、いや、外見はライラックのままだから、ライラックに大笑いされているに等しいだろう。
 よほど屈辱的で恥ずかしいのだろう、ノリリアは悔しそうな表情で歯を食いしばり、顔を真っ赤にしている。

『はははははっ! ひぃ~、腹痛ぇ~。……んで、なんだって? 目的は何か、つったか??』

 笑い過ぎて痛むお腹を抱え、目に溜まった涙を拭いながら、クトゥルーは問うた。

「そ、そうポ……、くっ!?」

 自然と語尾に「ポ」がついてしまい、顔を歪めるノリリア。
 この口調は、どう足掻いても治らないらしい。

『ぶっ!? はははははははっ! ひぃ~、はっはっはっはっはっ!! くっくっくっくっ……、あ~、ふぅ……。んんっ、目的かぁ~。目的ねぇ~』

 なんとか笑いのツボを脱したらしいクトゥルーは、わざとっぽく腕を胸の前で組み、考える素振りを見せる。
 そして……

『まぁ、簡単に言やぁ~……、この下に封印されてる悪魔を、俺のものにしに来たんだわ』

 ニヤリと笑って、クトゥルーはそう言った。

 や……、やっぱり、ユディンが狙いなんだ。
 プラティックの言っていた通りだ。
 ユディンを手に入れて、魔界への時空穴を開かせるつもりなのか……?

「悪魔を手に入れてどうするつもりポ!?」

 キッ! とクトゥルーを睨み付けるノリリア。

『そりゃ勿論、異界へと穴を開けて、異界の生物をこっちに誘い込むのさ♪』

 さも楽しげに話すクトゥルー。

「何が楽しいポかっ!? そんな事して何になるポ!?? 世界に混乱を招くだけポねっ!!??」

 ノリリアの言葉に、クトゥルーはゆっくりと頷く。

『そうさ、それが狙いだ。俺は、この世界を、ぐっちゃぐちゃに混乱させたいんだ。お前らは知らねぇだろうが、この世界は元々、ぐちゃぐちゃだった。つまり俺は、かつての姿を取り戻させたいのさ。あの時代は良かったぜ~、毎日楽しかった! ……むしろ今、何か楽しい事あるか? つまんなくねぇか?? 今のこの世界……???』

 声のトーンからして、めちゃくちゃ真剣に、疑問を呈するクトゥルー。
 どうやらこいつ、本心からそう思っているらしい。
 今のこの世界が、つまらないと……

「つまらないとかつまらなくないとか、そんな事関係無いポッ! 世界に混乱を招く事は、多くの不幸を産む事になるポよ!! そんなの誰も望まないポッ!!!」

 必死に叫ぶノリリア。
 しかし、クトゥルーには、その言葉は全く響かないようだ。

『はははっ! 確かにまぁ、困る奴は出てくるだろうなぁ~。けど、そんなの知ったこっちゃねぇ。俺は、俺が楽しけりゃそれでいいんだよ』

「なんて身勝手な事を……。それでも神ポッ!? 何が神ポッ!!? お前はただの、頭のおかしい奴ポッ!!!」

『まぁまぁ、そうカッカすんなって。ここでお前が俺に何を言っても、俺はやりたいよぉ~にする。悔しかったらほれ、こいつに頼んでみろよ』

 そう言ってクトゥルーは、一本の触手で俺を指した。

 ひぃっ!?
 触手を俺に向けないでっ!!?

「ポポ……、何を……?」

 困惑するノリリアに対し、俺に視線を向けたクトゥルーは続ける。

『お前、時の神の使者ってやつなんだろ? そんでもって、アーレイクの跡を継ぐ調停者であり……。持ってんだろ?? 俺のような異形の神々を倒す為の兵器、邪滅の書アポクティ・ビブリオを』

 ヘラヘラと笑いながら、クトゥルーはそう言った。

 ばっ、バレてる!?
 いろいろとバレてるぞっ!!?
 それに……、俺が邪滅の書を持っているって事まで、なんでバレてるんだっ!?!?

『なんでバレてんだって顔だな。はははっ、そりゃバレるさ。お前だけだったからな、ここにやって来た奴等の中で、微かながらも俺と同じ、神力と呼ばれる類の力を有しているのは』

 げっ!? 
 そんな事でバレたのかっ!!?
 くっそぉ~……、俺の神力なんて、鼻くそみたいなもんなのにぃ~……

『ま、やりたきゃやれよ、いつでもどうぞ。俺は逃げも隠れもしねぇぜ? とはいえ、使い方もまだ知らねぇだろうがな、ははははっ!』

 余裕綽々なクトゥルーの様子に、俺も、勿論ノリリアも、成す術がなく……
 そうこうしているうちに、昇降機は第一階層をも通り過ぎて、ズシーンという音と共に、ゆっくりとその動きを止めた。

 これまでは、四方が赤銅色の金属の壁に囲まれていたはずが、周りは茶色い岩壁へと変わっている。
 そして目の前には、暗くて巨大な空間が広がっていた。

『さてさて、何処にいるんだぁ?』

 そう言ったクトゥルーの虹色の瞳は、まるで宝探しをする少年のように、キラキラと輝いていた。
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