770 / 796
★ピタラス諸島、後日譚★
757:屋台
しおりを挟む時刻は既に夜の10時を回ろうとしていた。
青みがかった月と煌めく星々が、真っ暗になった夜空を美しく飾っている。
賑やかだったフゲッタの街並みは、立ち並ぶ店々の閉店と共に、夜の静けさへと浸っていた。
……が、大通りには、深夜営業をしている屋台がチラホラとあり。
その一角で、そこだけが昼間の様な雰囲気で騒がしく、楽しげに宴をしている集団がいた。
無論、俺達……、モッモ様御一行である。
「ガッハッハッハッハッ! 久しぶりに爽快な気分じゃっ!! いい買い物が出来て良かったのぉっ!!!」
武器屋での一件で、大層ご機嫌な様子のテッチャさん。
右手にはお酒が入った樽形のジョッキ(俺の顔くらいの大きさのデカいやつ)を、左手には鶏肉のレバーの串焼きを持ち、愉快に馬鹿笑いしている。
「テッチャ、あなた飲み過ぎじゃない? 程々にしておかないと、歩けなくなるわよ??」
此方は小さめのお猪口みたいなグラスに、日本酒みたいなお酒を入れて、チビチビと飲んでいるグレコさん。
その手元には、手羽先の唐揚げが……
「んまぁ~大丈夫だろ!? もう帰るだけだかんな~。歩けなくなったら、ギンロにおぶって貰えばいいっ!」
酔い潰れ常習犯のカービィが、テッチャと同じく樽型のジョッキを手に、ヘラヘラと笑ってそう言った。
屋台の店主オリジナルの、鳥の皮を使って作ったという、強烈な匂いのする何かをつまんでいる。
「うむ、承知した! 我も気分が良い故、今宵はここにいる全員を、おぶって帰ってやろうぞ!!」
意味が分からないけど、此方も上機嫌なギンロ。
その両腰には、新品の魔法剣が2本、携えられている。
お酒は飲まないらしく、甘味もここではメニューに無いので、仕方なくデッカい鳥もも肉の蒸し焼きを頼んだようだが……
骨付きのそれにかぶりついている様は、ただの野犬である。
「ゲギャギャギャギャッ! これでもう自分は無敵っ!! 次に敵が眼前に現れた時は、自分が一人で倒してみせる!! ギンロの新しい剣など出る幕も無くなっ!!!」
知らなかったが、ティカは案外お酒に弱いらしく……、しかもゲラだったらしい。
さっきのパントゥーパブで飲んだビーシェントエールは、アルコール度数が低めだから大丈夫だったけど、グレコと同じ日本酒のようなお酒を遠慮無くグビグビと飲んでしまったせいで、めちゃくちゃ酔っているようなのだ。
その証拠に、元々顔が赤い(鱗が赤いからね)から見た目には分かりにくいが、さっきからめっちゃ笑ってるし、めっちゃ喋っている。
だけど残念ながら、無意識にケツァラ語で話している為に、俺以外のみんなはティカが何を言っているのか全く理解出来ていない。
そんな彼の手元には、よくそんな物食べられるなと思わざるをえないほどにグロテスクな……、鶏の頭の燻製とかいう珍味が並んでいます、ゲロゲロ~。
さっきから、鳥肉料理ばかりが沢山出てくるので、たぶんこの屋台は、前世で言うところの焼き鳥屋さんなのだろう。
屋台には俺達六人しかおらず、馬鹿笑いしながら飲み食いしてても、誰にも文句は言われない。
そんな中で俺は、一番端っこの席で静かに、つくね団子をモグモグしております、はい。
「でも良かったのかしら? あんなに負けてもらっちゃって」
お猪口の端をいやらしく指でなぞりながら、首を傾げるグレコ。
言葉とは裏腹に、その表情は笑顔である。
何故ならば、先程の武器屋で、グレコもちゃっかり、自分の武器に合う新しいアイテムを手に入れたから。
港町ジャネスコで購入したグレコの魔法弓……、それに装着する魔素蓄積玉という名の透明な宝玉と、なんとかの魔獣の皮で出来た装着具である。
なんでも、その魔素蓄積玉とやらに普段から魔力を貯めておけば、戦闘時に魔力の消費を抑えられるとかなんとか……?
難しい事はよく分からないけど、そんな感じだそうです、はい。
「なははっ、いいんじゃねぇか? 店主たっての希望だしなぁ~。店の裏口から出て目立たない様に帰る事! 購入品をこの店で買ったと公言しない事!! そして、店に来たのがドワーフだと誰にも言わない事!!! この三つを約束すれば、欲しい物があるのなら何でも譲るって、あっちが言い出したんだからさ。なのに……、財布の中身ほとんど置いてきちまうんだから、モッモは気が小さいっ!!!! そして体も小さいっ!!!!!」
ズビシッ! ズビシッ!! という効果音が似合いそうな、両手ピストルポーズで俺を指差すカービィ。
人に向かって指差すんじゃ無いよっ!
お行儀が悪いったらありゃしないっ!!
それに、体の小ささに関しては、俺とカービィなら大差無いでしょうがっ!!!
「だって……、タダで貰えるわけ無いじゃないか。伝説のドワーフ鍛治師が作った翡翠の爪に、魔法槍に、魔法剣を2本。更には魔法弓の付属装備もだよ? これだけの物にお金を払わないなんて……。さすがに駄目だよ、盗人みたいじゃないか」
ボソボソと反論する俺。
そうなのである……
俺達は先程の武器屋で、武器を沢山頂きました。
だけどもさすがに、無料でそれらを受け取る事は憚られました、物が物だし、数も多いし……
武器屋の店主ワポンは、最後の最後までお金を受け取る事を拒否していたのだが、あまりに良心が傷んだ俺は、もはや投げ付けるようにして、財布の中にあった50万センスを支払いました。
しかしながら、テッチャ曰く、俺達が貰った武器や沢山の付属装備など(爪装備を仕舞う為のベルトとか、魔法槍と魔法剣の刃を隠す鞘とかを含めて)を考えると、とてもじゃないが50万センスなどでは足りないだろうと……、原価の半額くらいじゃ無いかとの事でした。
よって……
「原価率なんぼだったんかのぉ!? 戻って店主に聞いてみるかぁあっ!!? ガッハッハッハッハッ!!!」
うるさいよテッチャ!
下品っ!!
下品過ぎるわよあなたっ!!!
「良い店であった。また剣が使い物にならなくなったらば、あの店へ行こうぞ。勿論、テッチャを伴って」
こらギンロ!
あんたまでそっち側に回らないでっ!!
それに、そのムフフ顔はやめなさいっ!!!
ただでさえも顔が狼みたいで怖いんだから、そんな表情していたら悪役に見えるわよっ!?
捕まるわよっ!!?
「ゲギャギャッ! 早く実戦で試したいものだっ!! ……そうだっ!? 戻ったら一戦やろうギンロ!!? 聞いてるのかおいっ!!??」
ティカの馬鹿っ!
あんた今喋ってるのケツァラ語なんだから、ギンロが聞き取れるわけないでしょっ!!
それにあんた……、爪装備に乗り換えるのかと思いきや、ちゃっかり槍まで買ったわねっ!?
武器は多い方がいい……、とか最もな事言いながら、どうせギンロより沢山の武器を持っていたかっただけじゃないのっ!!?
俺以外は、みんなしてご満悦で、馬鹿笑いが止まらない。
すると今度は……
「へへへっ、皆さんご機嫌な様でぇ~。沢山飲んで、沢山食べてってくだせぇ~よぉ~」
独特な口調でそう言ったのは、ここの店主……、つまり屋台のおっちゃんだ。
紫色の肌をしたこのおっちゃんは、なんと腕が6本も生えている。
その6本の腕を器用に使って、目の前にある大きな炭火鉢で、鳥の串焼きを次々と焼いていっているのだ。
彼が何の種族なのかはさっぱり分からないが、その鮮やかな焼き捌き具合を、俺は惚れ惚れと見つめていた。
ただ少し気になるのは、おっちゃんの顔が、妙に鳥っぽいことだ。
でも背中に翼が無いし、腕が6本だしで、得体が知れない。
まさかと思うけど……、このつくね、おっちゃんの同族のものじゃ無いよね?
と、俺が馬鹿な妄想でドキドキしていると……
「でも、どうしてかしら? ドワーフは、この国では嫌われ者なの??」
グレコが誰に問うでもなくそう言った。
それは、俺も気になっていた。
武器屋の店主ワポンは、明らかにテッチャのせいで、あんな奇行に走ったのである。
売り物である武器を、タダ同然でくれてやるって……、もはや只事ではあるまい。
何故にテッチャは(ドワーフは)、それ程までに嫌煙されたのか……?
「あ~、その説明がまだだったな~。嫌われ者と言うか……、ただ単に、敵わないって思われてんだよ」
かなわない?
何が……、かなわないんだ??
お願いが、叶わないのか……???
「つまりのぉ~、簡単に言うとなぁ~……。わしのようにぃ、外界に出ておるドワーフはぁ、そのほとんどがぁ~、目利きの目を持っておるでぇ~の? 誤魔化しがぁ~、効かんっちゅ~こっちゃてっ! 他国の武器屋、防具屋、その他の鍛冶屋から見ればのぉ~、目利きの出来るドワーフはぁ、商売のぉ~、邪魔なんじゃっ!! ほんでぇ、そんなドワーフを招き入れる店はぁ~、デタラッタからのスパイかなんかぁ~と勘違いされるでのぉ……、そういうこっちゃでのっ!!!」
うん……、ギリギリ呂律は回っているものの、酔っ払いテッチャの説明は、めちゃくちゃ分かりにくい。
まぁとりあえず、ドワーフが全世界の同業者から嫌われているって事は分かったよ、はぁ~い。
「そうなのね。でも、そうなると……。逆に、これから武器や防具を買う時には、テッチャが一緒に居てくれた方が、私達には有利ってわけよね?」
うわっ!? グレコのやつ、めっちゃ悪い事考えてるなっ!!?
テッチャと長く居過ぎたせいで、守銭奴が移ったかっ!?!?
「んまぁ~、そう簡単でも無いんだな~、これが。ドワーフは入店お断りってとこもあるし、今日みたいにバレたら、普通は追い出される。今日上手くいったのは、ワポンがお人好しだったからだな、なはははっ!」
ふむ、なるほどそうなのか。
入店お断りって……、えらい嫌われようだな。
そういうの、差別っていうんじゃなくて?
でも、そうでもしないと、やっていけないという事なのだろうか??
商売の世界って、結構厳しいんだなぁ~。
と、その時だった。
何やら聞き覚えのある声が、遠く離れた場所から聞こえてきて……
「カビや~ん!? モッモ~!!? 何処でござるかぁ~!?!?」
独特なござる口調の彼は、青い毛並みの、小さな斑模様の化け猫。
着物の上に白薔薇の騎士団のローブを纏った、いつも通りの妙な格好で、静かな街並みで大声を出しながら、ワサワサと走って来る。
「んぁ? なんだあ?? カサチョじゃねぇか??? 珍しいな、あいつがあんなに慌ててるなんて……。お~い! ここだぁ~!!」
遠慮なく大声で返事するカービィ。
人通りが少なくなった大通りに、カービィの声が響き渡る。
そして……
「そんな所にっ!? ようやく見つけたでござるっ! 何をしているでござるかっ!!? 早くギルド本部に戻るでござるよっ!! 一大事でござるっ!!!」
めちゃくちゃ慌てた様子のカサチョは、超高速で俺達のもとまで駆けてきた。
元々青い顔が、何やらより一層青くなっている。
「どうしたんだよ? ま~たローズの馬鹿が暴れでもしたかぁ~??」
洒落にならないジョークをかますカービィ。
するとカサチョは、真剣な顔で首を横に振って、いつもより低い声でこう言った。
「国王が……。ウルテル国王が、謁見命令を出したでござるよ。他でも無く、今そこにいる……、モッモにっ!」
キッ! と俺に視線を向けるカサチョ。
それに続いて、いろんな感情を含んだみんなの視線が、一斉に俺に向けられて……
え? は?? 何が???
謁見命令って……、国王が?
誰に?? 俺に???
…………えぇええぇぇえっ!?!??
俺は、齧りかけていた最後のつくね団子を、ポロリとお皿の上に落っことした。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
482
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる