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★虫の森、蟷螂神編★

64:良いパーティーではないかい?

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「凄いわね。本当に、魔物が全然寄ってこない……」

   隣を歩くグレコが、感心したように呟いた。

「ねっ、凄いでしょ? ギンロがいてくれるおかげだよ♪」

   前を歩く、逞しくて頼もしいギンロの背中を見て、俺は言った。

   名残り惜しまれながら、ダッチュ族の里を発つこと早二日。
 俺達三人は、クロノス山の麓に存在するという、ドワーフの貿易商会の支部を目指して、森を南下していた。

 里を出てからしばらくの間、グレコは、いつ魔物に襲われるか分からないと言って、一人ピリピリとした緊張感を持ちながら歩いていた。
 可哀想に……、一人で森を彷徨い、絶えず虫型魔物に襲われた経験から、神経過敏になっているようだ。
 ギンロがいるから大丈夫だよと俺が伝えても、聞く耳を持たず、どこぞのハンターのように、四方八方に向かって常に弓を構えていた。

   しかし、ここに至るまでの間、俺達は何者にも遭遇せず、襲われず……、グレコもようやく安心したのか、現在の歩みは軽快だ。
   昨晩は森のド真ん中でキャンプをしたのだが、何事も無く、平和に過ごせた。
   鞄に詰めてあったいろんな食材で、グレコが美味しい料理を作ってくれて、他愛も無い話をしながら食事をして……
 久しぶりに、穏やかで楽しい時間だった。

   ギンロは、その外見と口調から、クールな性格なのかなと思っていたのだが……、想像よりも明るい性格のようで、俺たちの話に大声を上げて笑ったりしていた。
   気取った所が無く、グレコの毒舌も気に留めず、サラッと流してしまうので、余計な心配はしなくて良さそうだ。

   と、いうわけで……
 現在の俺とグレコは、やっと本来の調子を取り戻していた。

   ギンロの案内もありつつ、望みの羅針盤で進むべき方角を、世界地図で現在地を確認しつつ、ここまで来たのだが……、今更ながら気付いた事がある。
   実はこの世界地図、俺の今いる場所で、白い光が点滅しているのだ。
   つまりそれは、地図上で、いつでも自分の現在地が確認出来るいう事だ。
   あまりに小さい光なので、今まで全く気付かなかったが、これがなかなか便利で助かっている。
   点滅する白い光は、森を歩く俺達と共に、ドワーフの貿易商会の支部があるという南西に向かっていた。

 現在、太陽は頭上真上に位置し、そろそろお昼ご飯の時間だろう。
   どこか、休憩できそうな場所はないかなと、辺りを見回しつつ歩く俺。
   すると、前方の少し先に、木々の間にできた、三人で座って休めそうな平地を見つけた。

「ギンロ、そろそろお昼ご飯にしない? あそこなら休めそうだよ」

「ぬ? もうそんな時間か。では、あそこで休もう」

 目的の場所に辿り着き、各々に食事の準備を始める俺たち三人。
   周りに落ちている石と木の枝で、ササッと焚き火を作るグレコ。
   ギンロは周りを少し散策して、食べられそうな木の実と、燃やすための落ち葉や枝を拾って来てくれる。
   俺はというと、鞄から食材を出した後は、太い木の根っこに腰掛けて、世界地図をのんびり眺めてた。

   なんていうかこう……、俺たち三人、良いパーティーではないかい?
   グレコは面倒見がいいから、率先していろいろしてくれるし、ギンロも出来ることを探して動いてくれる。
   俺はまぁ、ちょっぴりお荷物感があるけれど……、いいんだ別に、小さくて非力なピグモルなんだし。

   これが旅ってやつなんだなと、一人満足する俺。
   実に快適、実に気楽で、今いるこの場所が、三日前に大泣きしていたのと同じ森の中だとは思えない。
   それくらい、俺はリラックスしていた。

   このまま、ギンロもずっと一緒に旅してくれないかなぁ~なんて、都合の良いことを考えつつ、今日もグレコが作ってくれた美味しい昼食を頂くのであった。








   ダッチュ族の里を出て二日目の夕暮れ。
   森を抜け、激しい流れの河をどうにか越えて、俺たちはようやく、ドワーフの貿易商会の支部があるという場所へと辿り着いた。

   位置的には、クロノス山の麓というよりかは、クロノス山の一部と言った方がしっくりくるな。
   クロノス山の北側の地の西の端、ダッチュ族の里から見て南西部の大きな白い岩壁に、巨大な洞窟が口を開けていて、その奥へ向かって何やら人工的な線路が伸びているのだ。
   洞窟の入り口付近には小さなトロッコがいくつもあるし、鉱石を掘り出す際に使えそうなツルハシとか、採掘道具らしき物が多数、雑然と置かれている。

   おそらくここで間違いないだろう。
 しかしながら、随分と分かりにくい場所に作ったものだ。
   ここに来るまでに、特に道標となる看板もなかったし、道らしき道もなかったので、教えて貰わなければ全く分からないような場所だ。
 知る人ぞ知る、ドワーフ族の、隠れ家哉……

「お主らの言う場所は、おそらくここであろう。幾度か、ドワーフが出入りするのを目にした事がある故」

 洞窟の前で仁王立ちし、ギンロが言った。

「そっか、じゃあ間違いないね。ありがとうギンロ! えっと、その……、ギンロはこの後どうする? 僕たちはその、今からあそこに入ろうと思うけど……。もし良かったら……、一緒に行かない??」

   歯切れが悪いな~と自分でも思うが、強制的に連れて行くのも違うしな~と思うので、やんわりとギンロを誘ってみた。
 すると……

「ふむ。ならば我も行こう」

   ギンロはあっさりとそう言った。

 お? まだついてきてくれるんだ!?
   なんだろうな……、ギンロって、案外暇だったりするのかな??

   誘っておきながら、そんな失礼なことを考える俺。
   しかしまぁ、来てくれるなら安心だ。

「誰もいないわね。勝手に入ってもいいのかしら?」

 首を傾げるグレコ。

「う~ん……、さすがに勝手に入るのはなぁ……」

 グレコの言葉通り、洞窟の周りには誰もいない。
 扉でもあればノックをしてみるのだが……、洞窟だから、それも無いし……

「中に向かって呼びかけてみてはどうだ?」

 ナイスな提案をするギンロ。

「おぉ! なるほど!! そうしようか……」

   テクテクテクと、洞窟の入り口まで歩く俺。
   洞窟は馬鹿でかくて、夕暮れ時で辺りが既に薄暗いせいもあってか、天井までどれほどの高さがあるのか定かじゃない。
   ただ、この奥から微かに聞こえる音と、なんとなく嗅いだことのある匂いが、そこにドワーフがいる事を示している。

「ごめんくださ~い! ドワーフさ~ん!! いますかぁ~!?」

   特別大声を出したわけでもないのだが、洞窟内部の作りの影響か、ぐわんぐわんと響く俺の声。

   すると、洞窟内部でガチャリというドアの開いた音が聞こえたかと思うと、ガツガツガツと、何者かが岩の上を足早に歩く音が聞こえて来て……
   洞窟の奥から、ゆらゆらと小さな明かりが近付いて来たかと思うと、そこにドワーフが現れた。
   手には小さなランタンを持ち、頭には作業用らしいヘルメットを被った、お髭が立派な小太りのおじさんドワーフ。
   ただ、その表情は、あまり穏やかではなくて……

「なんじゃ~おめぇらっ! 大声出しやがってこの野郎っ!! ここへ何しに来たがぁっ!??」

   開口一番、結構な勢いで怒鳴られてしまった。

   えっとぉ……
   とりあえずあれだな、うん。
   いきなり大声出して、ごめんなさい……ぺこり。
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