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★ピタラス諸島第二、コトコ島編★

272:西の村

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   狩を続けるというドクラと別れて、アンテロープの背に乗り、緩やかな上り坂が続く岩山の道を登る事さらに数時間。
   日が暮れる前に、俺たちは鬼族であるシ族の、西の村へと辿り着いた。

「やっべ……、でかぁ~……」

「凄いわね……」

   目の前に広がる光景に、俺とグレコは言葉を失う。
   あまりに巨大で、あまりに豪快な風景が、そこには広がっていた。
   
   なだらかな岩山の中腹よりも下、草木のあまり生えていない、黒い岩肌が丸出しの平らな地面が広がるこの場所に、シ族の西の村は存在している。
   ゴツゴツとした岩の家々が立ち並び、燃え盛る幾本もの松明の灯りと、西の空に沈む夕日の光が、村全体をオレンジ色に染めていた。

「ここが、首長雄丸の治める西の村だ。行こう、雄丸に会おう」

   ネフェに促されて、村の入り口で足を止めたアンテロープの背を降り、感謝と別れの言葉を済ませた後、俺たちは村へ足を踏み入れた。

   ポク海岸にあったネフェやサリの家と変わらない造りの、黒い岩が積み上げられただけの家々はとても大きく、平屋建てのくせに、これまで見てきた村や町などの二階建ての建物に相当する高さのものばかりである。
   家々の間や道の真ん中には、そこかしこに、巨大な獣の牙や骨を使って作られた、意味不明な形のオブジェが設置されていた。

   何に使うのか知らないけど、邪魔じゃないのかな?
   景観がお洒落になるわけでもないし。
   何のために、あそこに置いてあるのだろうか??
   ……と、俺は首を傾げた。

   行き交う者たちは、俺とグレコを珍しそうに見つめて……、いや、睨んでいる。
   無論、みんな揃って褐色や濃い茶色の肌をした、紫色の二本の角と瞳を持つ鬼族たちである。
   目付きが鋭いのは種族柄だろうか? 
   それにしても、俺の柔なハートには、その刺さるような視線は痛すぎる……

   鬼族は、女も男も背が高く、体格はガッチリしていて、簡単に言っちゃえば筋肉ムキムキのマッスル集団である。
   もちろん、ゴリゴリのマッチョばっかりではなくて、細マッチョな者や、それこそ普通の人間並みにこじんまりしていたり、中には程良い贅肉がついた者もいるけれど……
   それより何より目立つのは、あのえげつないデカさだと思われたドクラ並みの体格をしている者も、村には相当数いるという事だ。

   鬼族であるシ族かぁ……
   みんな、揃いも揃って、めちゃくちゃ強そう、そしてヤバそう。
   なんていうかこう、目付きも体格もさながら、身体中から放たれている気迫が凄まじいのだ。
   下手に刺激して怒らせてはいけない猛獣……、そんな感じです。
   戦闘種族とは、まさに彼らの事を言うのであろう。
   もし仮に、森の中で一対一で対峙したならば、俺はきっと昼間のように固まっちゃって、何も出来ずにお陀仏しちゃうに違いないな。

   イゲンザ島の有尾人達を見た時は、想像通りの背格好だったので差ほど驚かなかったが、目の前にいる鬼族に関してはもう……、想像以上というか、なんというか……
   前を歩くネフェの背にピッタリとくっついて歩きながら、俺、村に入ってからずっと、ちびりそうなほどビビってます、はい。

   しかし、ネフェとサリがそうなように、なかなかに美形な者が多いな。
   エルフの村のみんなには到底及ばないけれど、それなりにお顔が整った方々である。
   ……まぁ、ドクラもあんなにでかくなくて、もうちょいいろいろと綺麗なら、美形の部類に、……いや、あいつは入らないか、うん、無理無理。

   村には子供も沢山いて、もう日暮れだっていうのに、道を走り回って遊んでいる。
   母親であろう鬼族の女が抱いている赤ん坊は、俺よりも小さいサイズの子がいるので……
   こいつら、いったい何を食えば、こんなにでかくなれるんだ!? と、目が合わない程度に道ゆく大人達をチラ見して、俺は心の中で突っ込んでいた。

   同種族間でこれだけ体格差があるのも珍しいだろうが、そんな彼らにも共通点はある。
   二本の角もその一つだが、身に付けている服飾品はみんなお揃いのものだ。
   服装はかなり原始的で、ネフェやサリが身につけている藍染のような布を使った物が彼らの主流らしいが、例のドクラのように、大概の男は上半身が裸だ。
   鍛え上げられたシックスパックが眩しいぜっ!
   そして、男も女もみんな、白く丸い石の装飾品を身につけており、どうやらそれは村の風習の一部らしい。
   更に、もう一つ共通している事は……
   みんながみんな……、本当に全員……、無邪気に走る子供までもが、その背に巨大な刃物を背負っている事である。
   白い、鉈のような形をしたその武器も、この村の風習、伝統の一部なのだろうとは思うけども……
   子供にまで刃物持たせるのはどうかと思うよ、うん。

   時刻は夕暮れ時。
   即ち、ご飯時である。
   家々の煙突からは煙が立ち上り、村中が肉が焼ける良い匂いで満たされていた。
   ……でも、気のせいかな?
   あちこちの家の軒先に吊るされている、干し肉の作りかけみたいなやつの形が、どこからどう見ても俺と全くの同類達なんだが……
   無残にも首を取られ、皮を剥がれた、可哀想な姿の野ネズミさんだ。
   まさか、皆さんの今晩のおかずは、その野ネズミさんですか??
   でも……、だからといって……、俺を見てヨダレ垂らさないでっ!!!

   沢山の、刺さるような視線に耐えながら、テクテク、ビクビクと村の中を歩き、俺とグレコは、オマルの家であるという巨大な黒い岩の塊がある場所まで案内された。
   一際でかいその家は、何やらとてつもなく巨大な生物の肋骨のようなもので周りが覆われていて、存在感が半端ない。
   入り口の扉の前には、ドクラ並みの体格をした……、たぶん女の鬼が、胡座をかいた格好で、こちらをギロリと睨んでいた。

佐倉サクラ、雄丸はいるか?」

   ネフェはその女の鬼に対し、挨拶もなしにそう言った。

   ……てか、サクラって名前なの?
   その風貌にしちゃあ、可愛すぎやしないかい??

   女版ドクラのサクラを繁々と見つめる俺、 ……っと、サクラと目が合ってしまったっ!!?
   まるで、狩の獲物でも見るかのような、かなり危険な目付きで俺とグレコを見るサクラ。

   ひぃいっ!? こっわいぃいっ!!?

   俺は思わず、そっと、グレコの後ろに隠れた。

「袮笛に砂里か。久し振りに村に顔出したかと思えば、妙に小せぇ奴らを引き連れておるのぉ……。雄丸に何の用じゃ?」

   あ、やっぱり女性でしたかサクラさん。
   ドクラにそっくりな見た目のくせに、声が高くて綺麗。

「この者たちを、火の山の麓の泉に連れて行きたいのだ。少し思うところがあってな」

「泉だとぉ~? またどうして??」

「……古の獣だ」

「あぁ……、それは……。わしらもお前達には悪い事をしたと思うておるが、さすがにもう、此の期に及んで居るはずのない古の獣を信じるなんざ、馬鹿げておるぞ。それに、紫族の者以外をあの泉に近付けるなんぞ、前代未聞じゃ。雄丸はいいが、勉坐は許さぬじゃろう。お前、勉坐にそれを言って、無事でいられると思うのか? 袮笛よ……」

   サクラは、何故だか少し申し訳なさそうな顔をしながらも、ネフェに忠告するような事を口走る。

「構わぬ。どうせ私は……、砂里もだが、どちらの村から見てもはみ出し者だ。何を言われても、何をされても、困る者などいはしないさ。それに、勉坐ごときに、私がやられるとでも?」

   にやりと笑うネフェ。
   おぉお……、何やらかなり強気で好戦的なお顔っ!?
   
「くっ……、はっはっはっはっ! そうじゃのぉっ!! 余計な心配じゃったわいっ!!! 雄丸は昼頃から狩に出ておるでの、もうすぐ戻るはずじゃ、中で待て」

   豪快に笑ったサクラはそう言って、俺たちを家の中へと入れてくれた。
   ……ただ、ネフェやサリに続いて、俺とグレコが扉から中に入ろうと、サクラの真横を通り過ぎた際に、小さくこう呟いた。

運命さだめ、かのぉ……?」

   その言葉が、妙に耳に残った。
     
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