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★ピタラス諸島第二、コトコ島編★

281:にはって何さっ!??

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「なんだか……、とんでもない時に来ちゃったみたいね。困ったわ~」

   少しばかり眉間に皺を寄せた表情でそう言うグレコだが……
   その顔を見る限り、事の深刻さをあんまり実感してないよね君っ!?
   困ったわ~、じゃないんだよっ!!!
   超絶ウルトラハイパー危険だよぉっ!!!?
   そんな、血も涙もないような怪物が現れる前兆が起きた泉になんて、行きたくないないっ、絶対にぃっ!!!!!

 口をぎゅっと固く閉じ、鼻を大きく膨らませ、出来る限り真剣な眼差しをグレコに向ける俺。
 本当は今すぐにでも声を上げて抗議したいけれど、下部獣である俺が話の輪に入る事ははばかられるので、これが最大限、無言の訴えである。
 だがしかし、そんな事をしていたって、鈍感なグレコが気付くはずもなく……

「目撃した者の話だと、空へと上った異形な怪物は、火の山の頂へと舞い降り姿を消したそうだ。後日、当時の双方の村の戦闘団長だった私と雄丸は、数多の戦士達を引き連れて、火の山の頂へと向かったのだが……、そこに奴の姿はなかった。あったのは、熱く燃えたぎる火の山の火口部よりほど近い場所に建てられた、巨大な石碑のみだった」

「石碑? 火山の頂上には、石碑があるの??」

「あぁ。かなりでかい石碑でな。こう、平べったくて白い石で出来たものなんだが……。あれはおそらく、この島で造られたものじゃない。俺の知る限りでは、この島には、あんな真っ白な石なんざ存在しないはずだ。そこには上から下まで、ビッシリと文字が彫られていた」

「文字? なんて書かれていたの??」

「それが……」

   チラリとベンザを見るオマル。
   ベンザは、かなりバツの悪そうな、それでいて少々苛立ったような顔になる。

「まだ……、解読中だ。見慣れぬ字が多数存在したのでなっ!」

   ギロリとオマルを睨むベンザは、よくも恥をかかせてくれたなっ!? とでも言いたげな、かなりご立腹な様子のお顔である。

「あ……、はははっ! けどほら、分かってる事もあるんだろう? 石碑は琴子様が建てた物だとか、何かを封印してあるとかなんとか??」

   取り繕うように笑って、オマルはそう言った。

「ふんっ! 火の山の頂の石碑は、間違いなく琴子様が造りし物……。そしておそらく、灰の魔物と呼ばれたかつての災厄が封じられているはずなのだ。だが……、まだ解読中故、断定は出来ぬがなっ!!」

   目をカッ! と見開いて、オマルを再度睨みつけるベンザ。

「あのぅ……」

   遠慮がちな声を出したのはサリだ。
   今まで、ネフェの隣でずっと静かに話を聞いていたらしいが、何か思う事があるのだろう、躊躇いながらも会話に入ってきた。

「なんだ砂里? 何か言いたい事があるのか??」

   オマルは、出来る限り優しい声色で尋ねた。

「その……。父の……。父の虚言は……、妄想とか、嘘ではなかった……、という事ですか?」

   サリの思い詰めたようなその表情に、俺には彼女の気持ちがすぐさま理解出来た。
   きっと、父親であるギタが虚言を吐いたという事で、これまで様々な苦労をしてきたのだろう。
   あんな、村外れもいいところな島の北端の海岸で、姉妹が二人っきりで暮らしているのだ。
   よっぽどの理由があったに違いない。

「……まだ断定は出来ぬ。実際、泉に古の獣が現れたかどうか、私にも雄丸にもわからぬ故な。しかし、可能性は高い」

 ベンザの返答に、サリは膝の上でギュッと両の拳を握りしめる。
 サリの背を、ネフェが優しく、諭すように撫でた。

「お前たち二人には済まない事をしたと思っている。だが……、あのまま義太が村に残って、古の獣を見たと声高に叫び続けていれば、それこそ事が大きくなってしまっていただろう。実際、年嵩としかさ老齢会ろうれいかいの者の中には、あの泉を埋めてしまおうと言い出した者もいたんだ。さすがにそれは……」

 顔を渋くするオマル。
 ふむ……、二人の父親であるギタを村から追放したのは、オマルの本意ではなかったんだな。
 それもそうか……、そうじゃないと、追い出した本人であるオマルに対して、被害者ともいえようネフェとサリが、こんな風に親しい仲でいられるはずがないもんね。

「……ろうれいかい、って何?」

「老齢会は、よわい三百を超える年嵩の者で構成された組織の事だ。各村に組員がおよそ十数名ずついて、俺や勉坐のやり口が気に入らなけりゃ、歳に物言わせて首を突っ込んでくるんだ。全く……、厄介なじいさんばあさん連中だよ」

 ほう、なるほどね……
 てか、三百歳って化け物じゃん?
 そいつらこそ、怪物じゃないのか??

「火の山の麓の泉は聖なる泉。かつて、我ら紫族の祖である者が、その命と引き換えに我らを生かした。そしてその身を沈めたのがあの泉だと、歴史書には記されている。そのような神聖な泉を埋めてしまおうなどとは……。古きを尊ばぬあの耄碌もうろくした死にぞこない共こそ、埋めてしまえばいいのだ」

 再びベンザの額には青筋が走り、その顔は女神から般若へと逆戻りだ。
 気持ちはわかるよ……、若いのに歴史を大事にするベンザにとっては、その年寄り軍団がかなりうざったいって事はさ。
 でも……、ちょ~っと言葉が乱暴すぎやしないかな?
 もう俺、自分が埋められてしまうんじゃないかと思って、今にもちびりそうだよ。

   ガクブルガクブル

「話は大体わかったわ。それで……。じゃあ、仮にその、泉に古の獣が姿を現す事が、異形な怪物の襲撃に繋がるとして……。それはいったい、いつ頃になるのかしら? 明日?? 明後日???」

 ……グレコ、そんな事聞いてどうするのさ?
 もうこんなところにいないで、早くノリリア達の元へ戻ろうよ。
 ベンザは、まともに戦える者は三人しかいなかった、なんて言っていたけど、ああ見えてカービィだって虹の魔導師なんだからね??
 それに、あっちにはギンロだっているし!
 もし本当に、その異形な怪物がどっからか襲ってくるとして、みんなと合流していた方が断然安全だと思うんだけど!?

「二十年前は、義太が古の獣を見たと言ってから五日後に、南の村が襲撃された。那洞が古の獣を見たのは二日前……。もし前回と同じなら、五日後……、つまり、今日から二日後に、異形な魔物が何処かに姿を現すはずだ」

 二日後かぁ……
 だったら、今すぐノリリア達の元に戻って、そんでもって、ここは危険だから船に戻ろうって提案すれば、その異形な怪物が現れるであろう二日後には、船に乗ってこの島を離れられるんじゃなかろうか?

「西の村では既に、佐倉が戦士を招集しているはずだ。まだ事を公にはしていないが、火の山の頂にある石碑に異変があれば、すぐさま俺は西の村へ戻り、皆に戦闘令を出すつもりだ」

 せせっ!? 戦闘令っ!??
 めちゃくちゃ緊迫してるぅっ!!??

「喜勇達の足ならば、夜にはここへ戻るだろう。それまではここにいるが良い。私は……、あの石碑の解読を進めようと思う。異形な怪物と灰の魔物……、全く関係がないとは到底思えん。読めぬ字が多すぎる故、長年放置してきたが……。まさか、こんな日が来るとはな」

 額に手を当てて、頭を左右に振るベンザ。

「私たちは、どうすればいい? 勢いでここまで来てしまったが……」

   ネフェがオマルとベンザに尋ねる。
 ……って、勢いだったんかぁ~いっ!
 君もなかなかに適当だねぇっ!?

「正直なところ俺は、グレコにはここに残ってもらいたい」

 おいオマル!? グレコには……、にはって何さっ!??
 俺はっ!??? 俺には残って欲しくないっていうのぉおぉっ!????

「私も同感だ。これは、紫族の歴史書の一説にある言葉なのだが……。《我らに再び災厄が訪れし時、新たなる救世主が現れよう》とあるのだ。今、まさにこの時、琴子様と同じ吸血エルフであるグレコがここにいる事は、きっと何かのえにしに違いない。だがしかし、この先、大きな危険が待っているやも知れぬ。無理強いは出来ぬが……。グレコよ、ここに残ってはもらえぬだろうか?」

 ベンザまでぇえぇ~!!!
 俺はぁっ!?? 小さいけれど、俺もここにいますよぉおっ!???
 俺の事、無視しないでぇえぇ~!!!!!

「グレコが残るのならば、私も、砂里も、ここにいさせてもらおう。グレコを海より救い出し、客人として雄丸の元まで連れて行ったのも、ここまで連れてきたのも私だ。何があっても守り通す義務が、私にはある」
 
 ネフェ!? サリまで頷いてっ!??
 俺も客人だよねっ!??? 守ってくれるよねぇえっ!????

「私は……」

 ネフェ、サリ、オマルにベンザ、ついでに俺に見つめられて、グレコはしばし考える。
 すると、グレコが言葉を発する前に、家の扉が勢いよく開いて……

「勉坐様っ!? 大変ですっ!!!」

 血相を変えた一人の男鬼が、中に駆け込んできた。
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