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可愛らしいだけが取り柄
しおりを挟む*ヨシの月、6日*
「はぁ……、今日も見つからなかった……」
茜色に染まる空の下、スピーは小さく肩を落としながら、今現在宿泊している魔導師ギルドの宿舎へと戻ってきた。
「お帰りなさい、スピー。その様子だと……、まぁ、まだ日にちはあるから、そう肩を落とさないで、ね?」
宿舎の談話室兼ロビーのソファーでくつろいでいる、魔導師の女に声を掛けられて、スピーは更に溜息をつく。
このやり取りは、もはや五日連続なのだ。
気落ちせずにはいられない。
すると、上階から意気揚々と階段を降りてくる者が一人。
全身を覆う、雪のように真っ白な毛並みが特徴の、愛らしい顔付きの女ピグモル。
彼女の名前はベス。
何やらその背には、大荷物を担いでいる。
「ベス? ……まさか、決まったの!?」
驚くスピーに、ベスはにっこりと微笑む。
「うん♪ ここからは少し遠いけど、ウェスト通りの酒場で、住み込みで働かせてくれるって♪ そこのマスターが保護者になってくれるの♪」
「うわぁ~、いいなぁ~……。あ、おめでとうっ!」
「ふふ、ありがとう♪ スピーも早く決まるといいわね! ちゃんと決まったら、私のお店にも遊びに来てね!!」
ヒラヒラと手を振りながら、上機嫌でベスは宿舎を出て行った。
「ジャイルが大工で、ベスは酒場のウェイターか。スピーも頑張らなくちゃね!」
魔導師の女の何気ない一言が、スピーの心にずーんと重くのしかかる。
何も返事が出来ないまま、スピーは部屋へと戻った。
ここは、魔法王国フーガ。
この世界に現存する数多の国々の中でも、優れた魔導師が集まる魔法大国である。
その理由は、王都の他に四つある街に、それぞれ巨大な魔法学校が存在するからであろう。
そんな王国に、何故スピーがやって来たのか、それを説明しなければならない。
スピーは、全身を薄い灰色の毛並みで覆われた、ピグモル族の青年である。
額の上にある三つの白い斑点が、彼のチャームポイントだ。
身長はおよそ70センチ、体重は10キロにも満たないだろう。
大きな目と耳に、小さな口。
長い前歯は頑丈で、尻尾は丸くてフリフリしている。
身体つきは、決してスマートとは言えず、柔らかく丸みを帯びている。
おおよそ齧歯目と酷似したその風貌は、ハムスターやチンチラ、リスやムササビを彷彿とさせるが……
それらと比べ物にならないくらいに、彼の外見は可愛らしい。
ピグモル族とは、およそ60年前に絶滅したとされていた、幻獣クラスの種族だ。
スピーの外見からも想像できるように、彼らは皆とても可愛い。
その可愛らしさ故に、愛玩動物として他種族に狩り尽くされて、絶滅の道を辿ることとなった悲しき種族なのである。
だがしかし、彼らは生き延びていた。
こことは別の大陸の端っこで、人知れずひっそりと村を築き、何者にも狙われず、襲われず、平和に暮らしていたのである。
そんな彼らだったが、ある時訳あって、一人の若者が外の世界へと飛び出した。
その事をキッカケに、村の繁栄の為、ピグモル族の繁栄の為に、若者達は次々と、外の世界へと、その短く可愛らしい足を踏み出したのだった。
「あら、スピー、帰ってたのね」
いつの間にか、ベッドの上でうたた寝をしていたスピーに声を掛けたのは、同じ部屋に宿泊しているピグモルのラナだ。
ラナは、栗色がベースの白い縞模様が入った毛並みをしていて、身長体重共にスピーとそう変わりない。
ラナとスピーは幼馴染で、先ほどのベスや、二日前にここを出て行ったジャイルと共に、四人でこの国にやって来た。
その目的は、王立魔導師ギルド白薔薇の騎士団の全面協力のもと、故郷の村の発展の為に、村外研修に取り組む事である。
「ラナ、お帰りなさい。あ~あ、僕、今日も駄目だったよ……」
ぼんやりと寝惚けた様子ながらも、自分の不甲斐なさに落胆するスピー。
「私も駄目だったわ。なかなか難しいのね、働く場所を探すのって……」
そう言って、ベッドに腰掛けるラナも、スピー同様に疲れた顔をしていた。
ピグモル族の故郷の村は、かなり文明が遅れている。
とはいえ、彼らにとってはそれが日常であるからして、何かが不便だとか、物が足りないといった事はない。
ただ、新しい文化を取り入れる事も大事だと、数年前から若者を対象に行われているのが、この村外研修なのだ。
ルールは簡単、故郷の村とは別の国、もしくは別の村や町へ行き、自分の力で金銭を稼いで戻る、いわゆる出稼ぎである。
期間はおおよそ一年で、それ以上になる場合、もしくは出先に永住する場合は、故郷の村に一度戻り、村長の許可が必要となる。
だが、彼らは闇雲に村の外へ出るわけではない。
世界を旅した経験を持つとあるピグモルによって、村外研修先は複数箇所確保されているのだ。
そのうちの一つが、ここ魔法王国フーガなのであった。
スピーが、研修先にここフーガを選んだ理由、それは、魔法をこの目で見てみたい、という思いからだった。
悲しい哉、ピグモル族とは可愛らしいだけではなく、世界最弱の種族としても有名なのだ。
それもそのはず、小さく丸い体には腕力などまるでなく、魔力すらも秘めていないのだ。
その昔、愛玩動物として狩られた歴史の背景には、彼らの持って生まれた弱さも大いに関係していた。
即ち、魔力が無いということは、魔法は使えないという事。
スピーは、一度でいいから、その目で本物の魔法というものを見てみたかったのだ。
だから……
「また、魔導師ギルドに行ったの?」
「うん。掃除係でもいいからって、お願いしたんだけど……。事足りてるからって、追い返されちゃった」
「バカねぇ……。もう、別の所に目を向けなさいよ」
「そんな事言ったって……。でも、ラナだって同じじゃないか。絶対に、薬師の下で働くんだって、譲らないじゃないか」
「それは……、だって、それが私の夢なんだもん!」
「ほらね、僕だってそうさ。はぁ……、せめて、保護者制度が無ければなぁ~」
お互いに、お互いの頑固さは一番理解している。
スピーは魔導師ギルドで働きたい。
ラナは薬師の下で働きたい。
しかし、双方の願いを叶える為には、彼らは少々無力すぎるようだ。
この白薔薇の騎士団のギルド宿舎に滞在出来るのは、全部で七日間。
その七日の間に、働く場所を見つけて、保護者となってくれる雇い主を見つけることが、スピー達にとっての第一課題なのである。
ピグモルは今現在、生き残っていた幻獣種族として、様々な方面から注目を浴びている。
それはもう、本当に様々な方面から……
それ故に、街で一人きりで暮らす、という事は、研修を主催している白薔薇の騎士団からも許可が降りていないのである。
もしもの時に守ってくれる保護者を見つける事、それがなかなかに難しい事なのだと、スピーとラナは実感していた。
「うん……、落ち込んでいても仕方ないっ! あと二日あるんだから、頑張ろうよっ!!」
先にヤル気を取り戻したのはラナだった。
明るくそう言って、すっくと立ち上がり、スピーに向かって笑いかける。
「そうだね……。泣いても笑っても、あと二日……。よ~っし! 僕も頑張るぞぉっ!!」
ラナの励ましに、スピーも本来の明るさを取り戻したようだ。
「そうと決まれば、夕食を頂きに行きましょ! 今晩はシチューだって♪」
「おぉっ!? シチュー!! フーガのシチューは初めてだね! 行こう行こうっ!!」
スピーとラナは、連れ立って部屋を後にした。
可愛らしいだけが取り柄の、ピグモル族のスピーとラナ。
彼らの願いは今後、叶うのだろうか……?
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