素材鑑定士見習いの徒然なる日常 〜愛されスピーの村外研修〜

玉美-tamami-

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イポシィーの羽ペン

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「オーラスさぁ~んっ! 決まりましたぁ~!!」

   大声で叫びながら、白薔薇の騎士団のギルド本部の扉を開いたのは、他でもないスピーだ。  
   満面の笑みで小躍りをしながら、慣れた様子でギルド内を歩く。
   中にいた者達は、なんだなんだ? といった表情で、スピーを見やる。 
   しかし、そんな事など御構い無しのスピーは、騎士団への入団受付やクエストの報告などを行うカウンターの向こう側にいる、オーラスという人物に向かって大きく手を振った。

「おぉ!? スピー君!? ようやく決まったのかぁっ!?」

   オーラスと呼ばれた男は、書類の山に埋もれた机の中から姿を現した。
   その風貌は、長い白髪に白い肌、さほど年老いては見えないが若くもない。
   一見すると人間族に見える彼だが、その背に大きな白い翼を持っている為に、他種族である事がうかがい知れる。
   それより何より特長的なのが、長く突き出た四角い顎だ。
   しゃくれているにもほどがあるその顎さえなければ、彼はイケメンの部類に入るであろう。
   このオーラスは、ピグモル族の村外研修における監視員の一人で、スピーの担当者だった。

「はいっ! あの人が、僕の保護者になってくれるって!!」

   そう言うとスピーは、背後からゆっくりと歩いて来るヒロトを指差した。
   
「そうか、あの方が……、ん? ……んんんっ!? えっ!? えええっ!? あなたはもしやっ!?」

   ヒロトの姿を確認したオーラスは、目を見開いて驚く。
   長い顎が前に突き出て、更にしゃくれてしまっている。

「やぁ、オーラス。久しぶりだね♪ 出来れば、場所を変えてもらえるかな? みんなにバレたら面倒臭いし」

   ヒロトは、少々困ったような顔で笑う。

「あ、はいっ! では……、応接室は今使ってるので、こちらの会議室へ……。スピー君も一緒に来るんだ」

「は、はいっ!」

   スピーとヒロトは、オーラスに案内されて、普段はギルド幹部しか立ち入る事の出来ない会議室へと通された。
   室内にある家具は、椅子が二十脚と、それらに囲われた大きなテーブルだけだ。
   右側の壁には巨大な世界地図、左側の壁にはギルドの旗が飾られている。
   そんな、初めて入る会議室に、スピーはちょっぴりドキドキしていた。

「いやぁ~、驚きました……。まさかあなたのようなお方に、我々のプロジェクトを手伝って頂けるとは……。どうぞ、お掛けください」

   椅子に座るように促され、腰をかけるヒロト。
   小さなスピーにとってその椅子は、少々高過ぎるので、スピーは椅子には座らずに、ヒロトの隣に立っている事にした。

「まぁ、ローズから話は聞いていたからね。元々僕は、在学中にピグモル族の研究をしていたから、興味はあったんだよ。で、今日たまたま道で彼と会ってね。これはもう運命だ! と思ってさ」

「そうでしたか……。今は、どちらで何を為されているんです?」

「今は東地区に店を構えている。あんまり儲かる仕事じゃないけどね、なんとかやっているよ」

「なるほど……。職種を聞いてもよろしいでしょうか?」

「あぁ、うん。素材屋だね。三年ほど前に、ようやく鑑定士アプレイズの資格が取れたのさ」

「そうでしたか!? 鑑定士とはまた、難しいところを……。誠におめでとうございます」

「ははは、ありがとう♪ それで、今のところ、僕の他に三人が住み込みで働いているんだけど、もう一人いても大丈夫だし、彼なら是非うちに来て欲しいって思ってね」

   そう言ったヒロトの視線が自分の方へと向けられると、スピーは誇らしげに胸を張った。

「そうですか……、分かりました。あなたほどの経歴をお持ちの方ならば、スピー君を安心して任せられます! ご協力、感謝致しますっ!! それでは、契約書を取って参りますので、少々お待ちを」

   オーラスは、スピーに向かって小さくウィンクしてから、会議室を出て行った。

「……ヒロトさん、鑑定士って、何ですか?」

   スピーは尋ねる。

「ん? あぁ、言ってなかったかな。僕の職業は鑑定士。まぁ、一口に鑑定士といっても、いろいろと種類があるんだけど……。僕の場合は、素材鑑定士マテリアル・アプレイズってのが正式名称になるかな」

「素材、鑑定士……。素材鑑定士って、何ですか?」

「名前のまんまさ。素材を鑑定する者の事だよ♪」

   ヒロトの言葉に、スピーの頭の中にはクエスチョンマークがいくつも飛び交う。

「お待たせしました! こちらが契約書になります!」

   会議室の扉を勢いよく開いて、オーラスが戻ってきた。
   その手には、沢山の文字がビッシリと並んだ羊皮紙と、綺麗な黄色の羽ペンを持っている。

「あぁ、ありがとう。……ちょうどいいや。スピー、これは紙とペンだ。だけど、このペンにはちょっと意味があってね。何だと思う?」

「意味? ……わかりません」

「うん。オーラスはどう? わかるかい?」

「私ですかっ!? えっとぉ……。すみません、ペン立てから咄嗟に引き抜いてきたものですから、そのぉ……」

   スピーは勿論のこと、急に話を振られたオーラスも、ヒロトの質問の答えがわからない。

「うん。オーラスはもう少し勉強した方がいいかな」

   ヒロトに優しく釘を刺され、オーラスはちょっぴり気まずい顔になる。

「いいかいスピー。このペンに使われている黄色の羽。これは、イポシィーという名の魔鳥の羽でね、これ自体に何か魔力があるわけじゃないんだ。ただ、イポシィーには、こういう逸話がある」


   ***

   昔々、怪我をしていたイポシィーを、若い魔女が助けた。
   イポシィーはお礼に、魔女を幸せにすると約束した。
   勿論、イポシィーはただの魔鳥。
   魔力はあれど、特別な力は何もない。
   だから、魔女はその気持ちだけで嬉しいと言って、特に何も、期待はしてなかった。

   だけど、次の年の春。
   魔女の暮らす村は、稀に見る大寒波に襲われた。
   その為に、せっかく種を植えて芽を出した作物が、全部駄目になってしまった。
   村には十分な蓄えもないし、新たに畑に撒く種もない。
   周りの村も被害は似たようなもので、助けを求める相手もいない。
   村人も魔女も、途方に暮れていた。

   すると、困り果てた魔女の前に、あのイポシィーが現れた。
   イポシィーは魔女に、沢山の作物の種を与えた。
   それは、特別な力を持たないイポシィーが出来る、最大のお礼だった。
    
   イポシィーから貰った種のおかげで、村人達は飢えを凌ぐ事が出来た。
   魔女は、イポシィーのおかげで、その年を幸せに過ごす事が出来たのだった。

   ***


「とっても、良いお話ですね!」

   ヒロトの話に、スピーは笑顔になる。

「うん。それで、そういう逸話がある事から、イポシィーの羽はこうやって、羽ペンに使われるようになったんだよ。契約書にサインをする際に、必ず約束を守ります、という意味を込めてね」

   ヒロトの言葉に、スピーとオーラスは、揃って「おぉ~!」と感嘆の声を上げた。

「さすがヒロト様。私もまだまだ勉強が足りませんね」

「はは、本当にね。もう少し勉強した方がいいよ」

   謙遜したつもりが、間に受けてしまったヒロトの返事に、オーラスは残念な表情になる。

「さてと……。スピー、これも素材鑑定士の仕事の一部だよ」

「えっ!? そうなんですかっ!?」

「うん。素材鑑定士の仕事は大きく三つ。一つが、目の前にある素材が何なのか、見極める事。二つ目が、その素材の使い道を考える事。そして三つ目が、その素材の行く末がどうなったのか、見守る事だ」

「ほぉ……。見極めて、考えて……、見守るんですね!?」

「そういう事。その為には、沢山の知識と経験が必要になる。だから……。君には今日から、僕の素材屋で、見習いとして働いてもらうね♪」

「はいっ! ……ん? 見習い?」

   スピーは小さく首を傾げたが……
   あまり難しい事を考えない質なので、それ以上は何も言えなかった。

「よし! そうと決まれば契約書にサインだ!!」

   何やら上機嫌になったヒロトは、契約書にイポシィーの羽ペンでサインをした。

《私、スズキヒロトは、白薔薇の騎士団のピグモル族村外研修プロジェクトの意義に賛同し、ここにピグモル族のスピーの保護者となる事を宣言します。彼の衣食住を確保し、様々な危険から彼の身を守る事を約束します》

「はい、確かに。ご協力感謝致します、ヒロト様。それではスピー、宿舎に置いてある荷物をまとめて来なさい」

「あ、はいっ!」

   オーラスに促され、スピーはギルド本部の裏側にある、ギルド団員の宿舎へと向かう。

   やったぁ! これで僕も、この魔法王国フーガで一年間、村外研修が出来るぞぉっ!!

   スピーの心は、希望に満ち溢れていた。
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