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3 シオン兄様/波乱のお茶会
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前世ではひとりっ子だったけれど、今世ではシオンという名の2つ年上の兄がいる。きょうだいに憧れていた僕は、兄がいると知った時それはもう嬉しかった。
「メルロー!暇だったら馬術の稽古を一緒にしないか?」
「シオン兄様」
僕が8歳、二つ上のシオン兄様は10歳になったばかりだ。兄様はサラサラの淡いブラウンの髪をあごのラインで切り揃えていて、翡翠色の瞳は大きいけれど、鼻と口は小ぶりな大変愛らしい少年である。肖像画で見た亡き母様に似ている。
「なんだ読書中だったのか。おおっ、メルローはもうこんな難しい本を読めるのか?すごいじゃないか!僕が読んでいるのより文字の量が多いぞ!」
美少女みたいな見た目に反してワイルドな性格の兄様が僕を褒める時は、いつも頭がぐらぐらするほどの勢いで撫でてくるので目を回しそうになる。でも優しく弟想いな兄様が僕は大好きだ。
8歳でアンドリューと距離を置いてから誰とも遊ばずにいる僕が不憫でならない兄様は、前にも増して僕に構ってくれるようになった。
悲しいことに、僕にはアンドリューしか友人がいなかった。それじゃあ彼の代わりに新しい友人を⋯という気にもまだなれない。生まれてから8年間という月日を共に過ごしたアンドリューとの別れは、僕にしてみれば仲の良い兄弟と離れ離れになったようなもので、正直なところ寂しくてしかたがない。アンドリューロスである。
⋯⋯僕に友人がいないのには理由がある。
もし母が存命だったなら、爵位の近い同じ年頃のご婦人方を招いた茶会が我が家で頻繁に開かれて招待客の子ども達と仲良くなれるチャンスがあっただろうが、僕にはそれがなかったというのがひとつ。
父様を溺愛している公爵家当主の不興を買いたくない貴族家から、我が家が軒並み敬遠されているのがひとつ⋯⋯。なので僕だけでなく父様も友人はゼロである。
一方でシオン兄様にはそれなりに友人がいる。兄様は祖父母に可愛がられているため、週2~3回ペースで彼らの屋敷であるコートニー男爵邸に招かれており、そこで交友関係を得ているそうだ。
シオン兄様が僕を気遣ってくれるのは、自分だけが祖父母に可愛がられている後ろめたさもあるようで、それを直球で謝られたことがある。兄様は何も悪くないのに、本当に良い子だ。
誰も僕に言わないけれど、生後半年頃には意識が覚醒していた僕に母様の記憶は全然なく、墓参りで見た墓標の没年月日は僕の誕生日のすぐ後だった。母様が儚くなったのは僕を出産したからで、祖父母が僕を疎んでいるのはそのせいだろう。それなのに父様と兄様は、僕を憎むどころか愛情を惜しむことなく可愛がってくれている。
たったひとりの友人とは縁が切れてしまい、今世の祖父母には疎まれているけれど、父と兄のおかげで僕の心は温かくいられた。だから新たな友人は、もうちょっと先でいいやと思っていたのだが──
家に引きこもってばかりの僕を見かねた父様がアンドリューの父である公爵に手配をお願いしてくれたのか、僕は8歳にしてお茶会デビューを果たすことになってしまった。
最初に招待された茶会での、僕の孤独っぷりはすごかった。公爵家の息のかかった訳アリ子息とは関わり合いになりたくないとばかりに、僕の周りにはバリアが張られているかのごとく人が居なかった。
この状況をどう打開すればいいんだと途方に暮れていた僕のもとへ、茶会の終盤にやって来たのがデューイという同派閥子爵家の少年だった。
明るい茶色の髪にグレーの瞳の愛嬌のある顔立ちをしたデューイは僕よりひとつ年下で、大変よくしゃべるやつだった。なんかひたすらしゃべってるやついるな⋯そんなに話す相手がいて羨ましいよ⋯なんて思っていたらその話し声がだんだんと近づいてきて、そいつは最終的に僕の隣の席へとやって来た。
デューイはそのマシンガントークがうるさすぎるあまり各テーブルをたらい回しにされた末に陸の孤島である僕の元へと流れ着いた男であった。孤高のお茶会デビューを果たした僕が、辛うじて陸の孤島を脱却できたのは彼のおかげだ。
その話を聞いた公爵の言づけがあったのか、次の茶会からはデューイが隣の席に配置されるようになった。デューイも根気よく彼の話を聞く僕を気に入ったようで、僕らは晴れて茶会友達となったのだ。
◇◇◇◇
そして迎えた本日の茶会はカエリオン公爵家⋯⋯アンドリューの家で開かれているガーデンパーティーだ。上は公爵家から下は男爵家の子ども達が大勢招待されていて、広い庭園にたくさん並べられたテーブルの上には、美しい花々の飾り付けと、色とりどりの菓子や軽食が並べられている。
采配しているのは11歳になったアンドリューだ。彼とは招待された先の茶会でごくたまに遭遇することはあったけれど、身分差から僕と彼の座る席は遥か遠く、僕らが訣別して以来この3年間で交わしたのは、極めて形式的な挨拶のみである。
そんな僕のこともきちんと彼の茶会に招いてくれたことを心の中で感謝しつつ、僕はいつものようにデューイの隣で平穏に茶会を過ごしていた。
「うおっ、まずいぞメルロー!グレゴリー様がこっちにやって来た!君は隠れたほうがいい」
「隠れるってどこへ。テーブルの下にか?」
「そこでいいからさっさと隠れろっ」
どこかを見たあと突然慌てふためき出したデューイによって、僕の頭がぐいぐいと下に押される。
「いてて、やめろって。て言うかグレゴリー様って誰だ?僕は聞いた覚えがないぞ」
「僕らより3つ年長のホロウ伯爵家のご子息だよ!昔っから横暴で有名だったが最近になって色街でそっちの遊びを覚えたらしくて、見た目の良い下位貴族は格好の餌食にされるってもっぱらの噂だ。その点で君は非常に危ない」
11歳となった僕は、中性的超絶美人の父にますますそっくりな美少年へと成長していた。あんまり似ているものだから僕は父のように髪を伸ばさず、毛先が長めのショートヘアにすることで何となく差別化をはかっている。
「待ってくれよ、デューイ。僕の父様がカエリオン公爵とものすごく仲良しなのは貴族なら子どもでも知ってるくらい有名なのに、その僕に何かしてくるヤツなんているのか?」
「グレゴリー様はとんでもなくバ⋯後先考えないことでも有名なんだよっ」
「マジかよ。それを先に言ってくれ。今すぐテーブルの下に隠れるわ」
だが時すでに遅し。
テーブルの下に潜ろうと身を屈めていた僕の頭頂部の髪が、そのグレゴリー様とやらにつかまれてぐいっと引っ張りあげられてしまった。椅子に座っていた僕は強制的にその場に立たされてしまう。
「いたたっ、痛いです。やめてください!」
自慢の蜂蜜色の髪がぷちぷちと何本か抜けた。僕の顔を仰向けさせてジロジロ眺めてくるグレゴリー様とやらは、顔立ちにまだ幼さが残るものの、14歳にしてはデカくてゴツく色街で成人済みと偽っても疑われなさそうな風貌をしていた。
「お前がメルローだろ?噂どおり、親父に似てかなりの美形だからひと目でわかったぜ。よし、お前。俺の女になれ」
「あの、僕まだ11歳なんですが」
「それがどうした?早いやつはもう愉しい遊びを覚えてる歳だぜ」
「ええ⋯⋯」
14歳の口から女になれなんて言葉が出てくるとは耳を疑う。それにいい加減、掴んだ髪を離してほしかった。
『僕にこんな真似をしていいと思うの?父と仲良しの公爵様に言いつけて貴方を潰してあげてもいいんだよ?』とグレゴリーの耳元で悪魔のように囁いてこの場を切り抜けるつもりでいるのだが、デューイがバカって言ってたから、はたして効果があるかどうか⋯⋯と、一抹の不安はあるものの僕がその作戦を決行しようとした時である。
「ホロウ伯爵令息は、この茶会の招待客ではなかった筈だが。速やかにご退席願おう。それから我が公爵家に押し入り横暴な振る舞いをしたことについて当家より正式に苦情を申し入れさせてもらう」
アンディ、と言いそうになり僕は慌てて口を噤んだ。彼はもう僕が馴れ馴れしく愛称で呼んでいい存在ではないのだ。
僕がグレゴリーに髪を掴まれ顔を固定されている間に、護衛騎士を引き連れたアンドリューがいつの間にかすぐ近くまで来てくれていたようで、騎士達によってグレゴリーはすぐさま僕から引き剥がされて、あっという間に拘束された彼は何か喚き散らしながら会場外へとつまみ出された。
「怪我などないかな?エルベリー子爵令息」
「⋯⋯はい。大丈夫です。助けていただきありがとうございました」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
しばしの沈黙がこの場を支配する。
身分が下の僕から会話を切り出すわけにもいかないし、アンドリューも言葉を探しあぐねていることだろう。なにしろ僕らは絶賛絶交中で、まともに対面するのは3年ぶりなのだから。
「⋯⋯当家主催の茶会で迷惑をかけてしまったね。私から後でお詫びの品を贈らせてもらうよ」
「いえ、あの⋯⋯どうかお気遣いなく」
「いいや、是非とも受け取ってくれ。君はパティスリーロアンヌの焼き菓子が好物だったが⋯⋯今も変わらず好きなのだろうか」
「あ、はい⋯⋯好んで食べております。今でも⋯⋯」
「そうか⋯⋯わかった。では失礼するよ。こんなことがあったが、残りの時間はどうか楽しんで行ってほしい」
アンドリューが身を翻して自席へと戻って行くと、僕は心がしおしおと萎えていくのを感じた。3年ぶりにアンドリューとちょっと長めに会話をした僕は、それだけで舞い上がっていたんだと気づく。8年も一緒に過ごした彼と離れ離れになった寂しい気持ちは、3年たっても消えていなかったようだ。
着席して力なく椅子にもたれかかる僕に、デューイがこそっと耳打ちしてくる。
「危ないとこだったな、メルロー。カエリオン様が助けに来てくださってマジで良かったよ」
「⋯⋯ああ、そうだな」
「どうする?あんなことがあったし、今日はもう帰らせてもらうか?」
「う~ん。いや、やめとく。ここで帰っても悪目立ちするだけだし。それに公爵家のシェフ作の菓子を、まだ全然味わえてないからな!」
僕は気を取り直して、茶会の料理とデューイとのおしゃべりを楽しむことにした。アンドリューと歳の近い子ども達ばかりのお茶会だ。この歳になると周りの出席者たちも、貴族らしく何事もなかったように振る舞った。
それにしても、久しぶりに間近でじっくりと見たアンドリューは背が伸びてかっこよくなっていた。プラチナブロンドの髪をビシッとセットして、頬のラインも少年らしさが抜けてシャープになっていて。ガーデンパーティーなので夜の衣装よりは簡素ではあるが、大人顔負けの盛装が良く似合っていた。
小さい頃は甘ったれだったのに、護衛騎士を引き連れて助けに来てくれた彼は公爵家の後継にふさわしく、とても立派で頼もしく成長していた。
「メルロー!暇だったら馬術の稽古を一緒にしないか?」
「シオン兄様」
僕が8歳、二つ上のシオン兄様は10歳になったばかりだ。兄様はサラサラの淡いブラウンの髪をあごのラインで切り揃えていて、翡翠色の瞳は大きいけれど、鼻と口は小ぶりな大変愛らしい少年である。肖像画で見た亡き母様に似ている。
「なんだ読書中だったのか。おおっ、メルローはもうこんな難しい本を読めるのか?すごいじゃないか!僕が読んでいるのより文字の量が多いぞ!」
美少女みたいな見た目に反してワイルドな性格の兄様が僕を褒める時は、いつも頭がぐらぐらするほどの勢いで撫でてくるので目を回しそうになる。でも優しく弟想いな兄様が僕は大好きだ。
8歳でアンドリューと距離を置いてから誰とも遊ばずにいる僕が不憫でならない兄様は、前にも増して僕に構ってくれるようになった。
悲しいことに、僕にはアンドリューしか友人がいなかった。それじゃあ彼の代わりに新しい友人を⋯という気にもまだなれない。生まれてから8年間という月日を共に過ごしたアンドリューとの別れは、僕にしてみれば仲の良い兄弟と離れ離れになったようなもので、正直なところ寂しくてしかたがない。アンドリューロスである。
⋯⋯僕に友人がいないのには理由がある。
もし母が存命だったなら、爵位の近い同じ年頃のご婦人方を招いた茶会が我が家で頻繁に開かれて招待客の子ども達と仲良くなれるチャンスがあっただろうが、僕にはそれがなかったというのがひとつ。
父様を溺愛している公爵家当主の不興を買いたくない貴族家から、我が家が軒並み敬遠されているのがひとつ⋯⋯。なので僕だけでなく父様も友人はゼロである。
一方でシオン兄様にはそれなりに友人がいる。兄様は祖父母に可愛がられているため、週2~3回ペースで彼らの屋敷であるコートニー男爵邸に招かれており、そこで交友関係を得ているそうだ。
シオン兄様が僕を気遣ってくれるのは、自分だけが祖父母に可愛がられている後ろめたさもあるようで、それを直球で謝られたことがある。兄様は何も悪くないのに、本当に良い子だ。
誰も僕に言わないけれど、生後半年頃には意識が覚醒していた僕に母様の記憶は全然なく、墓参りで見た墓標の没年月日は僕の誕生日のすぐ後だった。母様が儚くなったのは僕を出産したからで、祖父母が僕を疎んでいるのはそのせいだろう。それなのに父様と兄様は、僕を憎むどころか愛情を惜しむことなく可愛がってくれている。
たったひとりの友人とは縁が切れてしまい、今世の祖父母には疎まれているけれど、父と兄のおかげで僕の心は温かくいられた。だから新たな友人は、もうちょっと先でいいやと思っていたのだが──
家に引きこもってばかりの僕を見かねた父様がアンドリューの父である公爵に手配をお願いしてくれたのか、僕は8歳にしてお茶会デビューを果たすことになってしまった。
最初に招待された茶会での、僕の孤独っぷりはすごかった。公爵家の息のかかった訳アリ子息とは関わり合いになりたくないとばかりに、僕の周りにはバリアが張られているかのごとく人が居なかった。
この状況をどう打開すればいいんだと途方に暮れていた僕のもとへ、茶会の終盤にやって来たのがデューイという同派閥子爵家の少年だった。
明るい茶色の髪にグレーの瞳の愛嬌のある顔立ちをしたデューイは僕よりひとつ年下で、大変よくしゃべるやつだった。なんかひたすらしゃべってるやついるな⋯そんなに話す相手がいて羨ましいよ⋯なんて思っていたらその話し声がだんだんと近づいてきて、そいつは最終的に僕の隣の席へとやって来た。
デューイはそのマシンガントークがうるさすぎるあまり各テーブルをたらい回しにされた末に陸の孤島である僕の元へと流れ着いた男であった。孤高のお茶会デビューを果たした僕が、辛うじて陸の孤島を脱却できたのは彼のおかげだ。
その話を聞いた公爵の言づけがあったのか、次の茶会からはデューイが隣の席に配置されるようになった。デューイも根気よく彼の話を聞く僕を気に入ったようで、僕らは晴れて茶会友達となったのだ。
◇◇◇◇
そして迎えた本日の茶会はカエリオン公爵家⋯⋯アンドリューの家で開かれているガーデンパーティーだ。上は公爵家から下は男爵家の子ども達が大勢招待されていて、広い庭園にたくさん並べられたテーブルの上には、美しい花々の飾り付けと、色とりどりの菓子や軽食が並べられている。
采配しているのは11歳になったアンドリューだ。彼とは招待された先の茶会でごくたまに遭遇することはあったけれど、身分差から僕と彼の座る席は遥か遠く、僕らが訣別して以来この3年間で交わしたのは、極めて形式的な挨拶のみである。
そんな僕のこともきちんと彼の茶会に招いてくれたことを心の中で感謝しつつ、僕はいつものようにデューイの隣で平穏に茶会を過ごしていた。
「うおっ、まずいぞメルロー!グレゴリー様がこっちにやって来た!君は隠れたほうがいい」
「隠れるってどこへ。テーブルの下にか?」
「そこでいいからさっさと隠れろっ」
どこかを見たあと突然慌てふためき出したデューイによって、僕の頭がぐいぐいと下に押される。
「いてて、やめろって。て言うかグレゴリー様って誰だ?僕は聞いた覚えがないぞ」
「僕らより3つ年長のホロウ伯爵家のご子息だよ!昔っから横暴で有名だったが最近になって色街でそっちの遊びを覚えたらしくて、見た目の良い下位貴族は格好の餌食にされるってもっぱらの噂だ。その点で君は非常に危ない」
11歳となった僕は、中性的超絶美人の父にますますそっくりな美少年へと成長していた。あんまり似ているものだから僕は父のように髪を伸ばさず、毛先が長めのショートヘアにすることで何となく差別化をはかっている。
「待ってくれよ、デューイ。僕の父様がカエリオン公爵とものすごく仲良しなのは貴族なら子どもでも知ってるくらい有名なのに、その僕に何かしてくるヤツなんているのか?」
「グレゴリー様はとんでもなくバ⋯後先考えないことでも有名なんだよっ」
「マジかよ。それを先に言ってくれ。今すぐテーブルの下に隠れるわ」
だが時すでに遅し。
テーブルの下に潜ろうと身を屈めていた僕の頭頂部の髪が、そのグレゴリー様とやらにつかまれてぐいっと引っ張りあげられてしまった。椅子に座っていた僕は強制的にその場に立たされてしまう。
「いたたっ、痛いです。やめてください!」
自慢の蜂蜜色の髪がぷちぷちと何本か抜けた。僕の顔を仰向けさせてジロジロ眺めてくるグレゴリー様とやらは、顔立ちにまだ幼さが残るものの、14歳にしてはデカくてゴツく色街で成人済みと偽っても疑われなさそうな風貌をしていた。
「お前がメルローだろ?噂どおり、親父に似てかなりの美形だからひと目でわかったぜ。よし、お前。俺の女になれ」
「あの、僕まだ11歳なんですが」
「それがどうした?早いやつはもう愉しい遊びを覚えてる歳だぜ」
「ええ⋯⋯」
14歳の口から女になれなんて言葉が出てくるとは耳を疑う。それにいい加減、掴んだ髪を離してほしかった。
『僕にこんな真似をしていいと思うの?父と仲良しの公爵様に言いつけて貴方を潰してあげてもいいんだよ?』とグレゴリーの耳元で悪魔のように囁いてこの場を切り抜けるつもりでいるのだが、デューイがバカって言ってたから、はたして効果があるかどうか⋯⋯と、一抹の不安はあるものの僕がその作戦を決行しようとした時である。
「ホロウ伯爵令息は、この茶会の招待客ではなかった筈だが。速やかにご退席願おう。それから我が公爵家に押し入り横暴な振る舞いをしたことについて当家より正式に苦情を申し入れさせてもらう」
アンディ、と言いそうになり僕は慌てて口を噤んだ。彼はもう僕が馴れ馴れしく愛称で呼んでいい存在ではないのだ。
僕がグレゴリーに髪を掴まれ顔を固定されている間に、護衛騎士を引き連れたアンドリューがいつの間にかすぐ近くまで来てくれていたようで、騎士達によってグレゴリーはすぐさま僕から引き剥がされて、あっという間に拘束された彼は何か喚き散らしながら会場外へとつまみ出された。
「怪我などないかな?エルベリー子爵令息」
「⋯⋯はい。大丈夫です。助けていただきありがとうございました」
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
しばしの沈黙がこの場を支配する。
身分が下の僕から会話を切り出すわけにもいかないし、アンドリューも言葉を探しあぐねていることだろう。なにしろ僕らは絶賛絶交中で、まともに対面するのは3年ぶりなのだから。
「⋯⋯当家主催の茶会で迷惑をかけてしまったね。私から後でお詫びの品を贈らせてもらうよ」
「いえ、あの⋯⋯どうかお気遣いなく」
「いいや、是非とも受け取ってくれ。君はパティスリーロアンヌの焼き菓子が好物だったが⋯⋯今も変わらず好きなのだろうか」
「あ、はい⋯⋯好んで食べております。今でも⋯⋯」
「そうか⋯⋯わかった。では失礼するよ。こんなことがあったが、残りの時間はどうか楽しんで行ってほしい」
アンドリューが身を翻して自席へと戻って行くと、僕は心がしおしおと萎えていくのを感じた。3年ぶりにアンドリューとちょっと長めに会話をした僕は、それだけで舞い上がっていたんだと気づく。8年も一緒に過ごした彼と離れ離れになった寂しい気持ちは、3年たっても消えていなかったようだ。
着席して力なく椅子にもたれかかる僕に、デューイがこそっと耳打ちしてくる。
「危ないとこだったな、メルロー。カエリオン様が助けに来てくださってマジで良かったよ」
「⋯⋯ああ、そうだな」
「どうする?あんなことがあったし、今日はもう帰らせてもらうか?」
「う~ん。いや、やめとく。ここで帰っても悪目立ちするだけだし。それに公爵家のシェフ作の菓子を、まだ全然味わえてないからな!」
僕は気を取り直して、茶会の料理とデューイとのおしゃべりを楽しむことにした。アンドリューと歳の近い子ども達ばかりのお茶会だ。この歳になると周りの出席者たちも、貴族らしく何事もなかったように振る舞った。
それにしても、久しぶりに間近でじっくりと見たアンドリューは背が伸びてかっこよくなっていた。プラチナブロンドの髪をビシッとセットして、頬のラインも少年らしさが抜けてシャープになっていて。ガーデンパーティーなので夜の衣装よりは簡素ではあるが、大人顔負けの盛装が良く似合っていた。
小さい頃は甘ったれだったのに、護衛騎士を引き連れて助けに来てくれた彼は公爵家の後継にふさわしく、とても立派で頼もしく成長していた。
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