義息子婿のあり余る性欲をぶつけられる伯爵家当主(34)の話

しそみょうが

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6 えっちなお兄さん①

翌朝は屋敷の騒がしさで目覚めた。間を置かずやってきた使用人が、慌ただしげに部屋のドアをノックして扉越しに報告する。

「お休みのところ失礼致します、旦那様。マリオン坊ちゃまがお戻りになられました」

私は夜着のまま自室を飛び出した。もつれそうな足取りで、エントランスホールを見下ろす二階の回廊へなんとか辿り着くと、困惑げな使用人と騎士達が、だだっ広いホールの真ん中あたりに集まっていた。

その人だかりの中心に、右手に木剣を提げたワイアット君がいた。この頃は常に上げている彼の前髪は少しだけほつれ、昨日の晩に部屋を出て行った時と同じシャツとスラックスを着ているように見える。頼むから夜通し素振りしていたわけではないと言ってほしい。

「あっ。パパじゃん!久しぶり~っ」

ワイアット君の剣を持っていない側の腕に自分の腕を絡ませ寄り添っているのは、帰ってきたマリオンだ。彼は階段上にいる私に気づくなり、快活に挨拶しながら軽く手を振る。

背中まであったピンクブロンドの髪が短くなっているのは、修道院の掟で……?最後に見た時より、少し痩せてしまっている。

「も~っ、パパってば。ロレンツォのお兄さんがこんなにイケメンなら、それを早く言ってよね。そしたらわざわざザイードと逃げる必要なかったのに」

そう言って頬を膨らませる息子。幼子の様な仕草も、愛らしい容姿の彼がするとまったく違和感がない。一緒に逃げた『ザイード君』とは、例の褐色肌のイケメン青年商人だろう。

「ザイードの国ってめちゃくちゃ遠くて年中暑いらしいんだよね。僕、暑いのも寒いのも苦手だから、その話を聞いた瞬間に別れたんだ~。そこからは男を乗り継いで帰ってきたわけだけど……ここに戻るまではロレンツォのお兄さんとは婚約だけして他に恋人を作ればいいやって思ってたのに、すっかり気が変わっちゃった♡」

マリオンは悪戯っぽく微笑むと、ワイアット君の肩に頬を擦り寄せてしなだれかかった。

「お義父さん。すみませんが、しばらく彼と二人にしてください」

それまで階下から無表情にこちらを見上げていたワイアット君が、顔色一つ変えないまま私に告げた。

「あ、ああ……そうだね。お互いに、積もる話もあるだろうし……」

私は逃げるように自室へ帰り着くと、震える手でドアに鍵をかけた。ふらふらとベッドまで歩いて、そのままドサリと倒れ込む。

(……すごく、お似合いだったな……)

ワイアット君と、彼の逞しい腕に絡みつく若く美しい息子は、誰が見ても絵になる二人だった。年齢的にも釣り合う。

以前の私なら、無事に帰ってきた息子の姿を見た瞬間に真っ先に階段を駆け下りて、彼に縋り付いて泣き崩れていたと思う。

なのに、そうできなかった。全身が凍りついたみたいに動かなくて。あの場から無理に足を動かせば、頭から真っ逆さまに階段を転げ落ちそうだった。

『彼と二人にしてください』

ワイアット君がマリオンと二人きりになって何をするかなんて、想像するまでもない。待ち望んでいた婚約者とようやく出会えたのだから。会話さえすっ飛ばして、今頃きっと大切に取っておいたファーストキスと童貞を情熱的に捧げていることだろう。 

視界がじわじわと涙で滲む。こうなることは分かりきっていたはずなのに。

泣き腫らした顔を見られても、行方不明の息子が帰ってきてくれた喜びの涙だと皆は思ってくれるだろうが、実際は息子の婚約者に浅ましく懸想して涙しているのだ。こんな最低な人間、彼らに父親面する資格もない。


──しばらくして、誰かが廊下を疾走する足音が聞こえてきた。前にもこんなことがあったな。

あの時は、屋敷に一人置いていかれて寂しく思っていた私の元へ、馬を飛ばして帰ってきたワイアット君がコートを脱ぐ暇も惜しんで、廊下を爆走して来てくれたんだ。再会を喜んで、しばらくの間お互いに硬く抱き締め合って……
 
もうあんなふうに彼の体温を感じることも二度とないだろうな。そう思った途端、涙がいよいよ溢れ出して、ベッドのシーツに染み込んだ。

廊下を駆けていた足音の主は私の部屋の前で立ち止まると、ドアを激しくノックした。

「お義父さん、 俺です!開けてください!」

「えっ、ワイアット君!? 」

あれから体感で十五分も経っていない気がするのに私を訪ねるなんて、何か問題でもあったのだろうか。

「何か急ぎの用かな?そうじゃなければ後にしてくれると助かる」

三十路半ばの泣き顔を見られたくなさに断ったが、何故かガチャリと音がして、施錠していたはずのドアが開いた。

「えっ。鍵は……そうか。昨日から君が持ったままなんだな……」

断りもなく入室したワイアット君は、全力で駆けてきたのか呼吸が乱れている。彼は大股でこちらにやってくると、私がうつ伏せているベッドの脇に跪いた。

顔だけ横に向けていている私を、彼が至近距離から射抜くような眼差しで見詰める。

「えっと……その、マリオンは……」

「彼ならもう帰りました。それから俺との婚約は止めにしたそうです」

「帰った!?それに婚約しないって、あんなに君を気に入っていたのに!?」

「ええ」

ワイアット君は平然としているけれど、二人で何を話し合ったらそうなるんだ。たった十五分の間に。

「十名ほど護衛を付けて馬車で送らせましたから安心なさってください。今はそれより……俺は貴方の涙の理由が知りたいです」

「……それは……息子が帰ってきてくれたから……」

「そうでしょうか?エントランスホールで見上げたお義父さんの表情は、息子との再会を喜ぶ親の顔には到底見えなかった。まるで俺と彼が寄り添う姿に傷付いているかのようでした。俺を好きだから泣いてくださっているのだと思うのは……単なる俺の自惚れでしょうか?」

彼は囁くように言うと、私の頬を伝う涙を人さし指で優しく拭った。労るような仕草に、この期に及んでときめいてしまう。

「……君は、息子の婚約者になるはずの人だった」

「ええ。そういう名目で俺はこの屋敷に来ましたね」

ワイアット君は床に跪いた状態から立ち上がりざま、うつ伏せだった私の両脇に手を入れてひょいっと抱き上げた。そのまま私を自らの膝に乗せる形でベッドの縁に腰かける。

「ちょっ……下ろしてくれ、ワイアット君。恥ずかしいよ、こんな子どもみたいな」

「お義父さん。俺が好きなのは最初から貴方です。俺は貴方の婿になる為にここに来ました」

「え?」

「俺は過去に一度、貴方に振られているのです。覚えていませんか?今から十六年前……王城で毎年開かれている春のガーデンパーティーで、貴方は俺と会っています」

「王城? ……確か学生時代に一度だけ、ぎっくり腰になった父の名代で参加した覚えが……って、あーっ! もしかして、あの時に庭園で会った男の子が?」

「はい。あれが俺です」

忘れかけていた遠い記憶のフタがぱかりと開いた。春まっ盛りの王城の庭園。咲き乱れる色とりどりの花を眺めて歩いていた私は、生垣の奥の芝生で膝を抱えている少年を見つけた。短く整えたプラチナブロンドが陽の光に透けた、天使のように可愛らしい男の子だった。

『やあ、こんにちは。こんな人目のつかない場所でどうしたの?もしかして、君も迷子になったのかい?』

初めて訪れた広大な王城で、私は迷子になっていた。一人ぼっちの少年の心配が半分、仲間を見つけた嬉しさが半分で、思わず彼に声を掛けていた。

「あの時の君は、ブルーグレーのくりっとした大きな瞳で、何も言わずにじっと私を見ていたね。これは不審な人間だと思われてしまったかな?と、内心で冷や汗をかいていたよ」

「それは……言葉を発することさえ忘れていたからです。あの時の貴方は、肩のあたりまで伸ばした髪を右手で片耳にかけながら、恥ずかしそうに微笑んでいました。少し膝を折って身を屈めたのでサイズの合っていないブラウスのゆるゆるの襟ぐりからチラリと見えた胸元……俺はそんな貴方に、得も言われぬ衝撃を受けたのです。そしてこう思いました『なんてえっちなお兄さんなんだ』と」

「なっ」

髪型は当時の流行りで、正装は急な代役だったから父のものを借りて出席した。

「ふ、服は借り物でぶかぶかだったから……そっちはともかく、あの髪型は当時の若者の間で大流行していたんだよ。だけど、ちっとも似合ってなかっただろう?できれば忘れてくれると助かる……」

黒歴史を思い出し、羞恥で顔が熱くなる。

「いいえ。大変お似合いでしたし、絶対に忘れられません。あの後、俺がどうしたか覚えていますか?」

「え?ああ、確か君は『少し待っていてください』と言ってどこかに走っていって、すぐに戻ってきたね。手に一輪の薔薇を持って。それから……」

「俺は貴方の前で片膝をつき求婚しました。『どうかお婿にきてください』と。でも貴方は一人っ子で嫡男だからという理由でそれを断ったのです」

「そうそう、そうだったね。申し訳なかったけど、プロポーズされたのは生まれて初めてだったから嬉しかったよ。その後、君は何事もなかったみたいに私の手を引いてガーデンパーティーの人だかりが見えるところまで送り届けてくれると、すぐにもと来た道を走っていってしまって。ちゃんと御礼を言えなかったのが気がかりだったんだ。あの時は本当にありがとう」

「それは覚えていません」

「え?」

「求婚を断られて以降の数時間の記憶が、頭からごっそりと抜け落ちているのです。あの頃の俺は何でも人並み以上にこなせて公爵家嫡男という身分から死ぬほどちやほやされていましたから、まさか自分の求婚を断られるなど夢にも思わず、そのショックで」

「そ、そんなにショックだったのかい!?」

それじゃあ、あれは無意識でエスコートしてくれていたのか。ワイアット君は子どもの頃から只者じゃなかったんだな。

「誰かに激しく心を揺さぶられた経験をしたのは、貴方が初めてでしたから……それまでの俺は、恐ろしく傲慢な子どもでした」

「そうだったんだね。謙虚な君しか知らないから、想像もつかないよ」

「あの場所に一人で居たのも、ちやほやされ過ぎて面倒になりサボっていたのです。貴方と出会ったその晩、知恵熱を出して寝込んだ俺は夢を見ました。野花の様に可憐な貴方のはにかんだ笑顔と、耳に髪をかけるエロい仕草。それから乳首が見えそうで見えなかった、ゆるゆるの襟からのぞく胸元……その夢で精通した俺は心に決めたのです。『いつかあのえっちなお兄さんに相応しい大人の男になって、再び彼に求婚する』と……!」


八歳のワイアット君は、彼の両親に『えっちなお兄さんの家に婿入りするから家は継がない』と宣言したそうだ。

王城の宴を境に様子のおかしくなった息子を誑かした不届き者がいると、デシャネル公爵家では、宴の参加者の中でそれらしき貴族家の嫡男を片っ端から屋敷に呼びつけての取り調べが行われたそうだ。

私はワイアット君と二人でいるところを誰にも見られなかったのと、公爵家から『えっちなお兄さん』判定が下されなかったので召喚されず、そんな騒動など知らぬまま呑気に過ごしていた。

ワイアット君は独自に私の身元を調べて突き止めていたそうだが、私が公爵家に粛清されてしまわないよう、あえて沈黙を守ってくれていたらしい。

「それからは俺に割当てられた予算を投資し、家の事業に携わった上で更に拡大し、この家に婿入りする為に財を増やしました。ですがブレーナン伯爵家が一度目の危機に瀕した際、俺が資金を集めるのにもたついている間に、奥方の生家である侯爵家に先を越されてしまったのです……当時の俺にはまだ、貴方を助ける力が足りなかった」
 
私の結婚を知った彼は、一時は絶望したという。けれど私が妻と過ごしたのは、たった三ヶ月間だった。妻の訃報を知った彼は、傷付いた私の心が癒えるまで待つことを決めた。

「貴方の悲しみに付け込むような真似はしたくなかった……喪が明けて、貴方の心が癒えるまで待とうと決めていたんです。せめて三年は」

だがその三年の内に私の義理の息子であるマリオンと彼の弟さんであるロレンツォ君の交際が始まった。婚約者がいる身でありながらマリオンにのめり込むロレンツォ君に家族の誰もが苦言を呈すも彼は聞き入れなかったそうで、やがてマリオンの四股交際が発覚し、我が家が再び没落の危機に陥ったのである。

「今度こそはと思いました。公爵家の事業の権利の過半数を握っている俺は父にこの家を守るのに協力させ、貴方の息子と婚約する名目で、この屋敷に入り込むことにも成功しました」

「名目って……君はマリオンを好きで縁談を持ちかけたのだと思ったから、私は」

「仮に最初からお義父さんに求婚したところで、貴方は俺を受け入れてくれましたか?」

「うっ……それは……」

年齢を理由に難色を示しただろう。それに没落を回避するよりもマリオンを修道院から戻してくれる条件に飛びついて縁談を受けたのだ。

「貴方の息子のマリオンは俺を嫌っていたので、修道院から出せば屋敷に戻らず男と逃げるだろうと踏んでいました。彼を待つふりをして屋敷に滞在する間に、貴方に振り向いてもらおうと俺は意気込んでいたのですが……」

「ですが?」

「出会ったあの日から毎日のように貴方でシコり倒していた所為で、間近で貴方を見た瞬間にガン勃ちしてしまい『終わった』と思いました。貴方を直視しないようフィルター代わりにしていた前髪も、まったく意味を成さず」

「君の前髪はその為だったのか。私はてっきり、モテてモテて困るから顔を隠しているのだと思っていたよ」

デリカシーに欠けるだろうと長い前髪の理由を今まで訊けずにいた。それに、初対面の時に勃起していたワイアット君は至極冷静に見えたから、内心で動揺していたなんてちっとも気が付かなかった。

「こちらに来るまで髪を伸ばしっぱなしにしていたのは縁談避けですよ。最低限にしていた社交の場にもその格好で出ていましたから、狙い通り変人扱いされていましたが、お義父さんには嫌われたくなかったので、前髪は残して整えてきたのです」

「そうだったのか」

「実際に貴方の近くで暮らしてみて、幻滅することもあるかもしれない……それは覚悟の上でやってきました。​ですが獣のように性欲をぶつける俺を蔑むどころか、慈しむように受け止めてくださる聖母の如き貴方に、俺はもう骨抜きなのです」

「ありがとう、ワイアット君。長い間、私なんかのために……それなら君のファーストキスと童貞を、私が貰ってしまってもいいかな?そして私のも君に貰ってほしい。だって私達は、その……お互いに、相思相愛のようだから」

「っ……お義父さんっ」

「それとも、私が寡夫で子持ちなのに処女じゃなくなるのはイヤだろうか」

「貴方って人は……!」
 
ワイアット君はそう叫びながら、私をものすごい速さでベッドの上に押し倒した。

実は王城で再会した話のあたりから、彼のガチガチに昂ぶったものが、横向きで膝に乗せられていた私の太腿にずっと当たっていたのだ。過去の私の姿を思い出して興奮してしまったのだろう。



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