七草渚冴はループする

kyouta

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第三話 彼女が変えてくれた

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 僕は、6月25日から30日をループしていることを彼女に話した。彼女は、時々相槌を打つ程度だったが、僕の話を最後まで聞いてくれた。

 彼女は右手を唇の前まで持ってきて、考える仕草をする。その姿が妙に様になっていて、ドラマに出てくる名探偵のように見えた。

 五分くらい経って、彼女は「うん、そうか」 といって手を叩いた。

「待たせて悪いね少年、こんな話を聞いたのは初めてだったもので、少しだけ状況を整理していたところだ」

 よく整理出来るなって思った。普通こんな話を聞いても、まず信じない。でも彼女は信じて考えてくれた。そのことが嬉しかった。

「少年は、何故ループしているかを考えたことはあるかい?」

 うーん。考えはしたけど、結局分からなかったからな。そもそもこんな非現実的なことが起こるなんて思いもしないし、体験したことがある人の話や本も読んだことが無いし。

「いいかい、現実に起きてしまっているのだから、この現象を非現実的だと言って思考を放棄してはいけない。そもそも、君のその『考えた』という行為は、私から見れば考えたとは言えない。逆に、考えることを諦めたと見えるね」

 その通りだな。考えた所で分からないから、考えることを諦めてしまったんだと思う。

「では、もう一度考えてみよう。安心したまえ、私も一緒に考えるから」
 彼女の優しく微笑んだ顔が、僕の心を温めてくれる。一人じゃないことに、勇気をもらえた気がした。

 何故ループは起きるのか。そもそもループとは何か。『ループ』は輪や、繰り返すと言う意味がある。25日から30日が輪になっていると考えられるし、25日から30日の5日間を繰り返しているとも考えられる。

 いやーー意味合いは同じか?

「いいや、繰り返すの解釈を変えてあげれば意味が変わってくるだろうね。例えば、『繰り返す』ではなく、『やり直す』とかね」

 やり直すか。確かにそう捉えたら全く違う。
 
 もし輪になっていたら、お手上げだと思う。そもそも輪になっているなんてイメージでしかないし、僕なんかが解決できるレベルの話じゃない。世界全体が協力して取り組むべき問題だ。

「『やり直す』とは何か。一般的には、納得できるよう再びやることを意味するね。君はこの一週間に、納得できていないことはあるかい?」

 僕はこの一週間の行動を振り返る。こう出来たらいいなとか、こうしたいのになっていう事を、僕はゆっくり、と時間をかけて思い出す。その間も彼女は、静かに待っていてくれた。

 僕は一つ、月曜日の出来事を思い出した。体育のサッカーだ。

「なるほど、それは有力な手がかりだね。それにしても少年、可愛いいじゃないか~」
 彼女は僕の脇腹の辺りを指でつついてくる。完全にバカにしてる。くすぐったいから辞めてほしい。

「でも、毎回サボってるわけじゃないですよ? 全体の半分以上は出ているし、授業に出たからと言って変わるとも思えません」

「少年は、今まで受けたサッカーの授業は楽しかったのかい?」

 ハッとした。できるだけ目立たないように、ボールに触れる回数を減らせるようにした。積極的な奴が相手ゴールに近いポジションにいて、やる気のない奴は自陣ゴールに近いポジションにいる。それが授業のサッカーだ。

 僕は今まで一番後ろにいた。ボールは来ないし、相手に抜かれてもボールに触れることはない。

 フィールドで一番存在感があるのはボールだ。つまりボールから離れていれば離れているほど空気になれる。

 でも、本当につまらない。ただ散歩するだけで授業が終わるのは楽でいいかもしれないが、サッカー好きからすれば苦痛でしか無い。

 ボールに触れたい。海外サッカーのようなダイナミックで、美しいプレーをしてみたい。

 例えただの授業だとしても。

「やることは決まったみたいだね。でも、足が竦んで一歩踏み出せないかな?」

 うん、そうだよ。それが出来ればとっくにやってる。でも怖い。自分なんかが目立とうとしていいのか、調子に乗っているって思われるんじゃないか。

 僕は、自然と自分の足元を見ていた。

 バンッ。いきなり背中を叩かれた。丸まっていた背骨は、一瞬で真っ直ぐ伸びて、痛みによる衝撃で、ずっと頭に残っていた後ろ向きな考えがどこかに行ってしまった。

「緊張している時、私はよく背中を叩かれたよ。余計な感情が、叩かれた衝撃でどこかに飛んで行ってしまうんだと教えられてね。そんなことは無いだろうと理屈では分かっているんだが、私は信じている」

 僕の彼女に対するイメージは、知的で感情論なんて信じない人だと思っていた。だけど、彼女は信じている。きっと、彼女にそれを教えた人は感情的で、熱い人なんだろうな。

「大丈夫だ少年。自分が思っているほど、他人は自分に対して興味はないし見ていない。君は今日、クラス全員のお昼ご飯のメニューを覚えているかい?」

 そんなの覚えているわけがない。一緒に食べていた友達のご飯でさえ、お弁当だったということしか思い出せない。

 あーーそうか。そうだったのか。

「他人の目を、他人の考えを気にする時期はある。少年にとっては今なんだろうね、思春期だろうし。でもね、他人の評価なんてクソ喰らえだ。自分のやりたいことをしろ、誰かの機嫌を伺いながら自分を殺すくらいなら、ありのままの自分を嫌ってもらえ!」

 彼女の言葉が、僕の心に刺さった瞬間だった。言葉が物理的に刺さることはないし、心というものも物理的に存在はしない。でも、本当に刺さったんだと信じることにした。

 だって、今日会ったばかりの僕に、ここまで熱い気持ちをぶつけてくれたんだ。

 僕の頬に、一筋の涙が流れた。ああ、今までの僕を否定されたのに、こんなに清々しいのはなんでだろう。

 ずっと否定してほしかったのかもしれない。周りの目を気にして生きている自分を、僕が変えることは出来なかった。でも今日、彼女が変えてくれた。

「ありがとうございます……。生まれ変わった気分です」
 上手く笑えているだろうか。いいやーーそうゆうのはもうやめだ。

 日が沈み、僕たちの影が伸びている。

 静寂に包まれた公園で、僕は破顔一笑した。
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