七草渚冴はループする

kyouta

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第六話 火曜日

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 月曜日じゃない……。

 寝起きだからか、予想外の展開だからか、とにかく何も考えられなかった。
 
 それでも時間は待ってくれない。僕は急いで支度をして学校へ向かった。何とか予鈴前ギリギリで教室へ滑り込み、自分の席へ向かう。

 いつもなら誰とも挨拶を交わすことなく席へたどり着くが、今日からは違う。

「渚冴おはー。今日遅いじゃんどうしたん?」

 昨日、正確には月曜日から正式? な友達になった橋本健太だ。それと、健太と仲の良い2人のクラスメイトとも挨拶を交わした。

 健太達には寝坊したと言ったら、どうせ夜更かししてたんだろと言われた。失礼な。日付が変わる前に寝てるっての。

 流石に朝から号泣したなんて、言えないけどね。

 その日の授業は、申し訳ないけど何一つ頭に入らなかった。授業中も休憩中もずっとループのことを考えていたからだ。

 なぜループは終わらない?

 なぜ火曜日から始まる?

 僕は、先々週出会った彼女との会話を思い出す。

 ループする理由は『やり直し』だと仮定した。月曜日のサッカーは、今まで感じたとこのないくらい充実していて楽しかった。悔しさは残れど、満足した。

 つまり、月曜日はやり直せたのかもしれないーーいややり直せただろう。

 その結果、月曜日はやり直す必要がなくなったため、火曜日からスタートになった?

 そう考えるのが妥当か。でも、この原理で言うと僕は一週間丸々やり直す必要があるのか。

 いや、まだ分からないか。来週もまた火曜日からだったら確定。それまでは金曜日までいつも通り過ごすとしよう。

 もし、月曜日以外にもやり直しが必要な所があるのなら、早めに見つけたほうがいい。僕はこの一週間を『観察週間』とし、いつも通り過ごしながら不満ポイントを探ることにした。

 アラームが鳴っている。つまりそうゆうことだ。

 日付は26日火曜日。火曜日からスタートに変更したことが確定した。

 つまり、火曜日から金曜日まで何かしらやり直す要素があるということだ。

 先週のうちに不満リストを作って、何をするべきかはもう分かっている。今日やることはずばり、英語の音読だ。

 たったそれだけ? と思うかもしれないが、僕の場合ハードルが高い。

 音読は基本、隣の席の人とペアになって行う。もし、隣の席が男子だったら不満にそもそもやり直す必要はない。

 僕の隣はいわゆるギャルなのだ。髪は金髪で、シルバーのピアスを付けていて、制服のシャツは胸元がかなり開いている。

 うちの高校、実力主義な所があって、成績さえよければ見た目もバイトも自由なのだ。もちろん赤点取った時点で全て矯正されるけど。

 彼女と普段話すことはない。最近で言うと、僕が初めて強制ループを経験した日の朝に話したくらいだ。

 でもあの時の彼女は、本当に僕のことを心配していたような気がする。見た目は陰キャの僕からしたらちょっと怖いけど、悪い人ではないと思う。

 まずは朝、あいさつから初めてみよう。英語は6限だから、それまでに話すチャンスはあるだろう。

 朝教室に入ると、彼女はもう席についてスマホを見ていた。僕も登校は早い方だと思うけど、彼女はいつも僕より先に教室にいる。毎日メイクもしているのに、一体何時に起きているんだろう。

 僕はゆっくりと自分の席へ向かう。いきなり挨拶なんて、キモがられるかな。やばい、そう思うと急に胃が痛く……。

 とりあえず座ろう。そう思ってお腹を軽く摩りながらリュックを机の上に置くと、彼女はスマホを机に置いた。

「お腹痛いの? 大丈夫?」

 彼女は座ったまま、顔だけ僕の方を向けてそう言ってきた。まさか話しかけると思わなくて、肩がビクって上に上がったけど、気づかれてないはず。

「ごめん急に話しかけて、びっくりさせちゃったかな……」
 
 ばっちりバレてました。せっかく心配してくれたのに、謝らせてしまった。

「少しびっくりしたけど、心配してくれてありがとう。ちょっと考え事してたんだけど、もう大丈夫!」
 
 だって、向こうから話しかけてくれたからね。思っていたのとは違うけど、話すことはできて良かった。

 まだホームルームまで時間があるので、僕は彼女と少し話すことにした。すぐスマホへ意識が戻ってしまうかなって思っていたら、彼女もまだ話すつもりだったので良かった。

「いつも朝早いよね? 大変じゃない?」

「うちの家共働きだから、朝早くにお母さんもお父さんも出ちゃうんだよね。だからお弁当とか朝ごはんはうちが作ってるの。大変だけど負担かけたくないからさ」

 なるほど、見習いたくなるくらい良い娘さんなのでは? 正直イメージと違い過ぎて驚いている。失礼だから絶対言わないけど。

「意外って思ってるでしょ?」

 バレましたすみません。

「意外だなって思ったけど、この歳でそこまで家庭的な高校生が少ないと思う。いい奥さんになりそうだよね」

 彼女は顔を逸らしてしまった。やっぱり失礼だったかな。

「ありがと。初めて言われたけど嬉しい」
 
 彼女の笑顔が眩しかった。明るい金髪に負けないくらい眩しい笑顔に、見惚れた。

 小平夏鈴さんの笑顔は反則だ。

 

 その日、小平さんとはよく話した。授業の話や、最近流行っている音楽の話とか、先生の愚痴とか。

 話してだんだん分かってきたけど、彼女は見た目と中身が全く違う。派手で周りの人を寄せ付けない見た目とは裏腹に、懐に入れた相手には人懐っこい犬のような性格をしている。

 見た目とのギャップに、何度がドキッとした場面はあったくらいだ。他の人にも同じように接したらもっと人気が出るんじゃないか。そう思って小平さんに言ったら怒られた。

「うちそんな軽くないから。仲良くしたい人にしかしないし」
 
 誰にでも尻尾を振る尻がる女になれ、そう言ったと思われたかもしれない。しっかりと謝罪をして、今の小平さんは素敵な女性だから、皆んなにも知ってもらいたいなって思ったと伝えた。

 バカって言われた。目も合わせてくれない。ちょっと落ち込む。

 落ち込んで俯いていたら、彼女は慌てて謝ってくれた。アタフタしている彼女はちょっと面白かった。

 今日の目標である、英語の時間がやってきた。彼女とペアになって音読をするなんて、今となっては簡単だ。
 
 今までどうしていたのかというと、やってるフリをしてお互い1人で音読していた。

「小平さん、音読やろう」
 
 僕から誘うと、彼女はえーって顔をしていた。もしかして……。

「もしかして英語苦手?」
「うるさいバカ」

 納得した。聞くと、今までも英語の発音が下手で、恥ずかしいからやっていなかっただけらしい。僕の方もいつも1人で読んでいたから、密かに仲間だと思っていたと聞いた時は流石に笑った。可愛過ぎないかなこの人。

「じゃあ僕アレックスの方読むから、小平さんジェシカよろしく」

「ねぇ、うちがアレックス」

「せっかく男女だし、性別合わせた方がいいかと」

「ダメ、ジェシカ、難しいし長い……」

 彼女は口を尖らせて睨んできたので、僕がジェシカの方を読んだ。

 確かに彼女の発音は上手いとは言えないけど、それでも一生懸命取り組む姿が素敵だなって思った。


 僕は無事、小平さんと一緒に音読をすることができた。今までやってこなかった事をやるわけだから、消耗が激しい。

 だから、一週間の間に複数の不満リストに書いたことを改善することはやめた。一つやって結果を見る。その方が何が原因だったかも分かっていいし、頑張り過ぎない所が僕らしいとも言える。

 残りの三日間は、小平さんと健太と話す機会が増えたくらいで、それ以外の変化は無かった。

 


 朝起きた時、スマホに表示された日付は27日水曜日だった。
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