君以外の愛し方がわからない

kyouta

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第六話

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 五年前、僕達は幸せの最高潮を迎えていた。

 一年の同棲期間を経て、ついに籍を入れた。

 元々同棲していたわけだから、生活に大きな変化があったわけではない。ただ、やっと夫婦になれたことが一番嬉しかった。

 朝おはようを言い、行ってきますと行ってらっしゃいを言い、おかえりなさいとただいまを言い、おやすみと言って一日が終わる。そして明日もこれを繰り返す。そんな日々に幸せを感じていた僕らは初々しかった。

 この時は、ずっとこの生活が続いていくと、信じて疑わなかった。



 結婚して三年が経った。この年はお互いにとって転機となる一年だった。

 僕はずっと修行していたカフェを退職し、独立して今のお店を開いた。この時は全て一人でやっていたから毎日残業続きで苦労したよ。努力した分だけ成果に繋がるわけじゃないんだと、この時初めて現実の厳しさを思い知らされた。

 涼子の方は、忙しさとは別の複雑な人間関係と戦っていた。涼子はウエディングプランナーになるために式場に就職をした。最初は上司のアシスタントとしてキャリアをスタートし、経験を積んでキャリアアップしていくのがその道の歩み方らしい。

 彼女の上司は業界では珍しい男性のウエディングプランナーだった。最初はその上司のことを憧れているだの尊敬しているだのよく言っていて少し嫉妬していた。

 ただ、この頃の彼女から上司の良い話を聞くことはなくなった。

 その上司が彼女の後輩を気に入り、贔屓するようになったからだ。詳しくは知らないが、上司と後輩は裏でできていたらしく、涼子のキャリアアップの機会が遠のいていく理由がそれだったと言われている。

 その頃の彼女は、二人に対する不満、後輩に比べて要領が悪い自分への劣等感、雑用ばかり押し付けられて成長出来ていない焦燥感に駆られていた。

 そんな状況が半年程続き、彼女は体調を崩して二週間休職せざるを得なくなった。僕もできる限り看病に努めたが、お店を休むわけにはいかずっと側にいることは出来なかった。

 彼女が休職中、別の女性社員が上司のセクハラを上に報告し、私もされたと声を上げる人が多く出てきたため上司は自主退職を余儀なくされた。上司と付き合っていた後輩も職場にいづらくなり、後を追うようにして消えてしまった。

 その後は同じ系列で別の式場から欠員補充が行われ、新たな上司の下で彼女は駆け足で成長していった。

 彼女はすぐにウエディングプランナーとして認めてもらい、夢を叶えることになった。



 結婚から四年目。彼女は夢を叶え、僕はやっとスタッフを雇って余裕が出てきた。去年は旅行も出来なかったし、これから夫婦の時間が増えていくと思っていたが……。

 僕が知る限り、この時の彼女の忙しさは過去一番と言っていい。毎日残業をして、出勤時間よりも早く出勤する日も増え、休日だろうと仕事の連絡や資料の作成をする日々が続いていた。

 最初は純粋に応援していたが、段々とそんなに仕事が大事なのかと思うようになり、全く夫婦の時間を作ろうとしない彼女に腹を立てることがあった。

 僕達は今まで、喧嘩らしい喧嘩をしたことが無かった。でも、その日は初めての喧嘩をした。



 僕が残業で家に帰るのが20時くらいになってしまった。我が家では先に帰宅した方が夕飯の準備をすることになっている。残業の時は必ず連絡するようにお互いしていたから、家に帰ったら夕飯の準備が進んでいると思っていた。

 玄関ドアを開けると、廊下が真っ暗だった。鍵は開いていたから中にはいるはず。もしかして誰か不法侵入したんじゃないかと心配し、恐る恐るリビングへ向かう。

 リビングのドアを開けると、薄暗い部屋のダイニングテーブルに顔を伏せている彼女がいた。着替えもせず、スーツカバンは床に転がったままだった。

「ただいま……。大丈夫?」

 彼女のすぐ横に立ち声をかける。彼女はそのままの姿勢で機嫌が悪そうに言った。

「大丈夫だと思うの?」

 いや、思うわけないじゃん。この状況でポジティブな考えにはならないって。

 僕はソファに腰を下ろし、彼女のことが見えない位置で会話を続ける。

「仕事で何かあったの? あんまり無理し過ぎないでね」

 カバンの中から水筒やハンカチを取り出し、後でそれぞれシンクと洗濯かごに持っていこうと思った時だった。

 バンッ。

 机を強く叩く音に、肩が一度大きく上下した。彼女の怒号が部屋に響くのはすぐだった。

「思ってもないこと言わないで! いつもそれしか言ってくれない。そう言っておけばいいって思ってるんでしょ?  
 馬鹿にしないで!」

 初めて、彼女の怒鳴る声を聞いた。慣れてないせいか声が裏返っていたところもあったが、とても笑える気持ちにはなれなかった。
 
 僕は本気で彼女を心配していつもそう言っている。それなのに、それを否定されたのが気に食わなかった。まるで自分だけが苦労をしているような態度に、我慢ならなかった。

「そっちが話しかけてくるなってオーラ出してるじゃん。コミュニケーション取ろうにもそんな喧嘩腰で来られたら話す気失せるよ」

「は? 疲れて機嫌悪くなるのは仕方なくない? 家でまで他人のご機嫌取りするなんて無理」

「そう……。じゃあもうこのままでいいよ」

 これ以上話しても無駄だ。今の彼女とは分かり合えない。

「ご飯は?」

「作ってない。そんな気分になれなかったから」

 昔はどんなに疲れていても、頑張って作ってくれたのにな。期待して馬鹿みたいだ。

「分かった。僕は外で食べてくるから、涼子も好きに食べてね」

 この日を堺に、僕達の関係は冷めていった。たまたまか分からないが、お互い仕事がさらに忙しくなり顔を合わせる時間は減った。

 そんな生活を半年過ぎた頃、彼女がずっと憧れていた神奈川の式場に転職出来ることになり、離婚について話し合うようになった。

 僕の知らないところで、そんなことをしていたのか。その行動自体が離婚したいというメッセージに感じて、僕は離婚することを提案した。

 彼女は最初、別居の方が良いんじゃないかって言ったけど、今別居してもまた元に戻れるとは思えなかった。気持ちが離れている以上、物理的な繋がりもなくなれば完全に糸が切れる。そう思って離婚を強く希望した。

 その頃のことはよく覚えていない。思い出したくないと言ったほうが的確か。




 そして、物語の最初に移る。僕らは円満に離婚したはずだ。

 未練も後悔もない、ライフスタイルが変わり別々の道を進むだけ。そう思っていたのに、僕の心はそれを拒絶する。

 ずっと思い出したくない記憶に蓋をしていた。その蓋を、僕は開けなければいけない。 
 
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