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第九話
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人の日記を読むのはこれが初めてかもしれない。この一冊のノートには、どんなことが書かれているのか。
彼女が僕をどう思っていたのか、どう感じていたのかが恐らく分かるだろう。
正直、読むのが怖い。このまま知らないままでいた方が良いんじゃないかと少し思う。でも、それじゃダメなんだって僕の大切な人達が教えてくれた。
僕は日記の表紙をめくった。
最初の日付は結婚三年目の夏だった。多分この日記は複数ある。これが二冊目なのか三冊目なのかは分からないけど、彼女が僕の思っていた以上に日記を書いていたことに驚いている。
中身は他愛のない物が多かった。今日のご飯が美味しかったとか、僕が彼女の分の家事もやっててくれて嬉しかったとか、寝る前に沢山ハグしてくれたとか……。
本当に僕のことしか書いてない。実際していた時の記憶は良く思い出せないけど、この文字だけで想像出来てしまう。
彼女との記憶は、悪いものばかり鮮明に覚えていて良い記憶は背中だけが見えていて手が届かない。この日記があれば、忘れかけていた記憶も手繰り寄せることが出来る気がする。
1ページずづゆっくり丁寧にめくっていく。所々ある誤字脱字も、修正テープの跡も全てが僕にとって愛おしい。
8月26日、水族館に行った。
ここで僕もはっきり覚えている出来事が出てきた。確か彼女が夏季休暇中の話だ。
僕も仕事が休みで、二人で新潟県の水族館に行った。長野は海がないから、水族館も数がとても少ない。イルカショーなども長野では見ることが出来ないから、他県に行くしか無いのだ。
本当は泊まりで行きたかったけど、僕は次の日仕事だったから仕方なく日帰りで行った。
日記にもそのことについて残念だったと書いてあるけど、頑張っている洸一を困らせたくないから日帰りを全力で楽しむと書いてある。
久しぶりに遠出が出来るからテンション高いのかなって思っていたけど、僕に気を遣わせないためでもあったんだな……。
この日は長文で色んな事が書いてあった。
・調子に乗ってイルカショーを最前列で見たのは間違いだった。反省。
・お魚を見ているときに美味しそうって言った洸一はお魚の敵だからひっぱたいてやった。
・雰囲気の良い所で愛してるって言ってくれて本当に嬉しかった。少し恥ずかしいけど。
自分の顔が緩んでいるのに僕は気付いた。ああ、この日は幸せだった。この日だけじゃない、涼子との日々はいつも新鮮で楽しかったじゃないか。
この頃はまだそうだった。いつからこの生活の歯車が狂ってしまったのか、ページを進めよう。
10月31日、ディナーの予約をしていたけど洸一は仕事のトラブルで来れなくなった。だから急遽、職場の同僚と行くことにした。洸一と行けなくて悲しい……。家に帰った後、少し機嫌悪くしちゃったけど嫌われて無いかな。勢いに任せて思ったことを言ってしまう自分がいつも嫌い。
この日は、レジ誤差が起きたんだ。お金が合わなくて何度も計算をし直して、結局レジ近くの棚の下に落ちていたんだっけ。
確かに彼女から何で来れなかったのとか楽しみにしてたのにって、言われた記憶がある。申し訳無くてずっと謝っていたけど、仕事なんだから仕方ないだろって内心思っていた。
彼女も反省してくれていたんだな。
11月10日、私の嫌いな野菜が夜ご飯で出てきて不機嫌になってしまった。女の子の日だったこともあるけど、自分の態度に嫌気が差す。せっかく作ってくれたのに、空気を悪くして美味しく食べれなかった。完食出来なくて残しちゃったけど、残り物を捨てる洸一を見て胸が痛くなった。その時の顔を私は忘れないと思う。悲しくて、苦しくて、怒気を含んだような……。
12月1日、クリスマスの予定を決めなくちゃいけないのに一向に決まらない。いつも自分の行きたい場所を調べないで私に委ねてくる。行きたい所はたくさんあるからいいよ? でも、私ばっかり主張してて申し訳ないし、洸一は考えてくれてないのかなって気持ちになる。
この辺りからなんだろうな。僕と涼子がすれ違うようになったのは。今までもこんな感じだったと思う。でも、言いづらくても思っていることは言うようにお互いしていたから溝が出来ずに済んでいたんだろう。
この時はそれをした記憶がない。日記にも書いてないってことはしていないんだろうな。だから、内側でどんどん相手の不満が溜まっていって、耐えられなくなったのかな。
1月3日、今年はお互い実家に帰ってお正月を過ごすことにした。なかなか実家に顔を出せてなかったから、久しぶりの家族との時間は幸せだった。あと、最近洸一と上手くいってない気がする。少し距離を空けた方がいいかなって思っていたから、結果的に丁度いい機会だったな。また昔みたいに戻りたい。
1月17日、仕事が忙しくなってきてなかなか洸一との時間を作れない。家では顔を合わせるけど、ゆっくり話す時間はない……。洸一が先に寝て、あとから私がベットに入る日が増えた。寝ている洸一を起こさないように気を付けながらベットに潜る。本当は仕事の不安を話したい……。洸一の話とか、仕事に関係ない話をして笑いたい。彼にバレないように、今日も涙で枕を濡らす。
知らなかった。この頃は少しずづ距離が出来てきたと感じてはいたけど、彼女が僕と距離を取っていたからだと思っていた。
全部間違いだった。僕の思い違いだった。
涼子は僕に気を遣ってくれていたんだ。僕のために、自分のことは自分で解決しようとしてくれていた。
なんで、側にいたのに気付けなかったんだ……。僕を必要としてくれていたのに、何も出来ないんじゃ意味がない。
震える手を必死で抑えながら次のページをめくる。水性で書いたのかな、涙で文字が滲んでしまった。
彼女が僕をどう思っていたのか、どう感じていたのかが恐らく分かるだろう。
正直、読むのが怖い。このまま知らないままでいた方が良いんじゃないかと少し思う。でも、それじゃダメなんだって僕の大切な人達が教えてくれた。
僕は日記の表紙をめくった。
最初の日付は結婚三年目の夏だった。多分この日記は複数ある。これが二冊目なのか三冊目なのかは分からないけど、彼女が僕の思っていた以上に日記を書いていたことに驚いている。
中身は他愛のない物が多かった。今日のご飯が美味しかったとか、僕が彼女の分の家事もやっててくれて嬉しかったとか、寝る前に沢山ハグしてくれたとか……。
本当に僕のことしか書いてない。実際していた時の記憶は良く思い出せないけど、この文字だけで想像出来てしまう。
彼女との記憶は、悪いものばかり鮮明に覚えていて良い記憶は背中だけが見えていて手が届かない。この日記があれば、忘れかけていた記憶も手繰り寄せることが出来る気がする。
1ページずづゆっくり丁寧にめくっていく。所々ある誤字脱字も、修正テープの跡も全てが僕にとって愛おしい。
8月26日、水族館に行った。
ここで僕もはっきり覚えている出来事が出てきた。確か彼女が夏季休暇中の話だ。
僕も仕事が休みで、二人で新潟県の水族館に行った。長野は海がないから、水族館も数がとても少ない。イルカショーなども長野では見ることが出来ないから、他県に行くしか無いのだ。
本当は泊まりで行きたかったけど、僕は次の日仕事だったから仕方なく日帰りで行った。
日記にもそのことについて残念だったと書いてあるけど、頑張っている洸一を困らせたくないから日帰りを全力で楽しむと書いてある。
久しぶりに遠出が出来るからテンション高いのかなって思っていたけど、僕に気を遣わせないためでもあったんだな……。
この日は長文で色んな事が書いてあった。
・調子に乗ってイルカショーを最前列で見たのは間違いだった。反省。
・お魚を見ているときに美味しそうって言った洸一はお魚の敵だからひっぱたいてやった。
・雰囲気の良い所で愛してるって言ってくれて本当に嬉しかった。少し恥ずかしいけど。
自分の顔が緩んでいるのに僕は気付いた。ああ、この日は幸せだった。この日だけじゃない、涼子との日々はいつも新鮮で楽しかったじゃないか。
この頃はまだそうだった。いつからこの生活の歯車が狂ってしまったのか、ページを進めよう。
10月31日、ディナーの予約をしていたけど洸一は仕事のトラブルで来れなくなった。だから急遽、職場の同僚と行くことにした。洸一と行けなくて悲しい……。家に帰った後、少し機嫌悪くしちゃったけど嫌われて無いかな。勢いに任せて思ったことを言ってしまう自分がいつも嫌い。
この日は、レジ誤差が起きたんだ。お金が合わなくて何度も計算をし直して、結局レジ近くの棚の下に落ちていたんだっけ。
確かに彼女から何で来れなかったのとか楽しみにしてたのにって、言われた記憶がある。申し訳無くてずっと謝っていたけど、仕事なんだから仕方ないだろって内心思っていた。
彼女も反省してくれていたんだな。
11月10日、私の嫌いな野菜が夜ご飯で出てきて不機嫌になってしまった。女の子の日だったこともあるけど、自分の態度に嫌気が差す。せっかく作ってくれたのに、空気を悪くして美味しく食べれなかった。完食出来なくて残しちゃったけど、残り物を捨てる洸一を見て胸が痛くなった。その時の顔を私は忘れないと思う。悲しくて、苦しくて、怒気を含んだような……。
12月1日、クリスマスの予定を決めなくちゃいけないのに一向に決まらない。いつも自分の行きたい場所を調べないで私に委ねてくる。行きたい所はたくさんあるからいいよ? でも、私ばっかり主張してて申し訳ないし、洸一は考えてくれてないのかなって気持ちになる。
この辺りからなんだろうな。僕と涼子がすれ違うようになったのは。今までもこんな感じだったと思う。でも、言いづらくても思っていることは言うようにお互いしていたから溝が出来ずに済んでいたんだろう。
この時はそれをした記憶がない。日記にも書いてないってことはしていないんだろうな。だから、内側でどんどん相手の不満が溜まっていって、耐えられなくなったのかな。
1月3日、今年はお互い実家に帰ってお正月を過ごすことにした。なかなか実家に顔を出せてなかったから、久しぶりの家族との時間は幸せだった。あと、最近洸一と上手くいってない気がする。少し距離を空けた方がいいかなって思っていたから、結果的に丁度いい機会だったな。また昔みたいに戻りたい。
1月17日、仕事が忙しくなってきてなかなか洸一との時間を作れない。家では顔を合わせるけど、ゆっくり話す時間はない……。洸一が先に寝て、あとから私がベットに入る日が増えた。寝ている洸一を起こさないように気を付けながらベットに潜る。本当は仕事の不安を話したい……。洸一の話とか、仕事に関係ない話をして笑いたい。彼にバレないように、今日も涙で枕を濡らす。
知らなかった。この頃は少しずづ距離が出来てきたと感じてはいたけど、彼女が僕と距離を取っていたからだと思っていた。
全部間違いだった。僕の思い違いだった。
涼子は僕に気を遣ってくれていたんだ。僕のために、自分のことは自分で解決しようとしてくれていた。
なんで、側にいたのに気付けなかったんだ……。僕を必要としてくれていたのに、何も出来ないんじゃ意味がない。
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