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惚れた腫れたはお手の物
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先程、剃刀で撫でたばかりの頭を「ああ、可愛い」と舐められる。
その舌は牛の様に青い。
その舌で、私のあちこちはべたべたと愛された。
口の中も尻の中も。
私はこんな事になったあの日の事を、私の剃髪を舐める彼の床に流れる黒髪を見詰めながらそっと思い出す。
それは、初夏の時。
私は、とある村の山寺を任された。
骨をうずめる覚悟で臨んだその場所は、村から二刻も歩かなければならない辺鄙な場所では有ったし、前任の者が気が触れて療養中といういわく付きの場所では有ったが、ひよっこの私には勿体なさすぎる立派な物だった。
私だけの城。
私は、来たその日から全てを雑巾で磨き上げた。
初日に村の長が西瓜を持って挨拶に来てくれた。
「こげな所に来ちくれてまっこち(本当に)有難いばい。お世話になります」
「宝庵(ほうあん)と申します、私の方こそこれからお世話になります」
村の人も良い人そうで、私は更に舞い上がった。
その日はくたくたになるまで雑巾がけをし、風呂を焚く力も残ってない程だっので水を浴びて、頂いた西瓜だけを口にして床に入った。
虫も寝付いた静かな刻、不意にソレはやって来た。
「今度の坊主はいつまで持つか」
夢かと思ったが、部屋の奥から確かにそう聞こえた。
「……どなたです?」
こんな夜更けに、村人?
……勝手口にも鍵をかけたと思ったが。
「挨拶に来た。俺の土地に勝手に入った猿に」
私を猿だと笑う者が部屋の奥からずるりと音を立てて現れる。
闇の中でも分かる程の整った顔、長い黒髪、そして下半身は────百足。
ソレは黒い紋付きを纏い、かさかさと数十の脚を動かし、……そこで私の意識はぷつりと切れた。
次に私が目を覚ますと、既に蝉がじゃかじゃかと鳴いている。
今はいつだ?
嫌な悪夢をみた。
うっすらと髪が伸びた頭に手をやる、途端感じる激痛。
痛む左手首を見る、そこは虫に噛まれた痕の様に真っ赤に腫れ、人の歯形が半月の様に残っていた。
「痛むか?俺の証を付けた」
横を見ると、昨夜の百足のお化けが私の隣で寝ている!
逃げる前に私は百足のお化けに抱き寄せられる。
「逃がさん、もうお前は俺のものだ」
百足のお化けの胸からは、ふんわりと麝香の香りが立っている。
お化けのくせに雅だな。
私は事の大きさに混乱するより、そんな間の抜けた事を思う。
そんな私に、百足のお化けは色々と教えてくれた。
百足のお化け……、名は百道(ももち)。
この土地の古い神だと言う。
そこに寺が建てられたのだから面白くない、だから前任の者を追い出した。
でも、百道は私の事は気に入った。
だから、嫁にする、と。
「わ、私の気持ちはどうなるのですっ?」
「惚れた腫れたはお手の物」
百道は、そう私の赤く腫れた場所を青い舌でちろりと舐めた。
私は気が触れるよりも先に、百道の退治の方法を調べる事にした。
百道を残し、身支度を整えると村へと駆け出した。
ようやく村に着く頃には昼も半ば。
村人に自己紹介をしつつ、村人に聞いた村長の家を目指す。
「百道様に気に入られた?そりゃ、めでたい!」
村長は、私に冷えた桃を出してくれながらそう笑う。
村長の話は、大体百道の話と一緒だった。
百道はやはり土地神で、この村の守り神だと。
退治?とんな罰当たりなこつ、誰も出来んばい。
そう笑われた私は、村を後にする。
辺りはほの暗い、村長に火を借りれば良かった。
「おい、迎えに来たぞ」
いつの間にか百道が私の後ろに立っていた。
この脚で、どうやって石段や山道を這って来たのだろう。
そんな事を考える私を百道は姫抱きにし、器用に這い始めた。
寺へと帰りながら、百道と話をする。
大体は百道から私への質問だったが、好きな物とかの。
寺に着くと、百道は私を下へ降ろした。
「宝庵の飯が食ってみたい」
そんな百道の虫の腹は、やっぱり石段や山道のせいで傷だらけになっていた。
そんな事で、私は百道にころりと堕ちてしまったのだ。
それからは百道に体も開くのも早かった。
「ああ、可愛い」
百道は私の頭を舐め続けている。
「私は子猫ではないよ」
そろそろ離して欲しい、朝のお勤めがまだ残っている。
「離してやるから、宝庵から強請っておくれ」
強請る、……夜の話か。
「……、百道が欲しい。今夜も、私をいっぱい可愛がって欲しい……」
私が精一杯にそれを言うと、百道は「くふん」と満足げに笑い私の口をひと舐めし、ようやく私を離した。
季節はもうすっかり夏本番。
これから、百道と秋も冬も春も迎える。
きっとずっと。
赤く腫れた左手首を見る。
百道のものの証。
「惚れた腫れたはお手の物、か」
少し頬を熱くしながら私はそこへ数珠を絡ませ、お勤めをするべく本堂へと向かった。
了
その舌は牛の様に青い。
その舌で、私のあちこちはべたべたと愛された。
口の中も尻の中も。
私はこんな事になったあの日の事を、私の剃髪を舐める彼の床に流れる黒髪を見詰めながらそっと思い出す。
それは、初夏の時。
私は、とある村の山寺を任された。
骨をうずめる覚悟で臨んだその場所は、村から二刻も歩かなければならない辺鄙な場所では有ったし、前任の者が気が触れて療養中といういわく付きの場所では有ったが、ひよっこの私には勿体なさすぎる立派な物だった。
私だけの城。
私は、来たその日から全てを雑巾で磨き上げた。
初日に村の長が西瓜を持って挨拶に来てくれた。
「こげな所に来ちくれてまっこち(本当に)有難いばい。お世話になります」
「宝庵(ほうあん)と申します、私の方こそこれからお世話になります」
村の人も良い人そうで、私は更に舞い上がった。
その日はくたくたになるまで雑巾がけをし、風呂を焚く力も残ってない程だっので水を浴びて、頂いた西瓜だけを口にして床に入った。
虫も寝付いた静かな刻、不意にソレはやって来た。
「今度の坊主はいつまで持つか」
夢かと思ったが、部屋の奥から確かにそう聞こえた。
「……どなたです?」
こんな夜更けに、村人?
……勝手口にも鍵をかけたと思ったが。
「挨拶に来た。俺の土地に勝手に入った猿に」
私を猿だと笑う者が部屋の奥からずるりと音を立てて現れる。
闇の中でも分かる程の整った顔、長い黒髪、そして下半身は────百足。
ソレは黒い紋付きを纏い、かさかさと数十の脚を動かし、……そこで私の意識はぷつりと切れた。
次に私が目を覚ますと、既に蝉がじゃかじゃかと鳴いている。
今はいつだ?
嫌な悪夢をみた。
うっすらと髪が伸びた頭に手をやる、途端感じる激痛。
痛む左手首を見る、そこは虫に噛まれた痕の様に真っ赤に腫れ、人の歯形が半月の様に残っていた。
「痛むか?俺の証を付けた」
横を見ると、昨夜の百足のお化けが私の隣で寝ている!
逃げる前に私は百足のお化けに抱き寄せられる。
「逃がさん、もうお前は俺のものだ」
百足のお化けの胸からは、ふんわりと麝香の香りが立っている。
お化けのくせに雅だな。
私は事の大きさに混乱するより、そんな間の抜けた事を思う。
そんな私に、百足のお化けは色々と教えてくれた。
百足のお化け……、名は百道(ももち)。
この土地の古い神だと言う。
そこに寺が建てられたのだから面白くない、だから前任の者を追い出した。
でも、百道は私の事は気に入った。
だから、嫁にする、と。
「わ、私の気持ちはどうなるのですっ?」
「惚れた腫れたはお手の物」
百道は、そう私の赤く腫れた場所を青い舌でちろりと舐めた。
私は気が触れるよりも先に、百道の退治の方法を調べる事にした。
百道を残し、身支度を整えると村へと駆け出した。
ようやく村に着く頃には昼も半ば。
村人に自己紹介をしつつ、村人に聞いた村長の家を目指す。
「百道様に気に入られた?そりゃ、めでたい!」
村長は、私に冷えた桃を出してくれながらそう笑う。
村長の話は、大体百道の話と一緒だった。
百道はやはり土地神で、この村の守り神だと。
退治?とんな罰当たりなこつ、誰も出来んばい。
そう笑われた私は、村を後にする。
辺りはほの暗い、村長に火を借りれば良かった。
「おい、迎えに来たぞ」
いつの間にか百道が私の後ろに立っていた。
この脚で、どうやって石段や山道を這って来たのだろう。
そんな事を考える私を百道は姫抱きにし、器用に這い始めた。
寺へと帰りながら、百道と話をする。
大体は百道から私への質問だったが、好きな物とかの。
寺に着くと、百道は私を下へ降ろした。
「宝庵の飯が食ってみたい」
そんな百道の虫の腹は、やっぱり石段や山道のせいで傷だらけになっていた。
そんな事で、私は百道にころりと堕ちてしまったのだ。
それからは百道に体も開くのも早かった。
「ああ、可愛い」
百道は私の頭を舐め続けている。
「私は子猫ではないよ」
そろそろ離して欲しい、朝のお勤めがまだ残っている。
「離してやるから、宝庵から強請っておくれ」
強請る、……夜の話か。
「……、百道が欲しい。今夜も、私をいっぱい可愛がって欲しい……」
私が精一杯にそれを言うと、百道は「くふん」と満足げに笑い私の口をひと舐めし、ようやく私を離した。
季節はもうすっかり夏本番。
これから、百道と秋も冬も春も迎える。
きっとずっと。
赤く腫れた左手首を見る。
百道のものの証。
「惚れた腫れたはお手の物、か」
少し頬を熱くしながら私はそこへ数珠を絡ませ、お勤めをするべく本堂へと向かった。
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