10 / 38
第一章 いざ、竜狩りへ
010 初の竜狩り、その夜
しおりを挟む
マーブルは「それじゃあ、またね。お邪魔しました」と言い、手を振りながら扉の向こう側へと去っていった。
ザックスがやれやれといった態度で乱暴に椅子へと腰かける。ビゴットも椅子を引き、ため息をつきながら対面に座った。
二人の間に沈黙が訪れる。
ザックスは背もたれに腕を引っ掛け、茶色の天井へ顔を向けた。
ギリギリのところで、ザックスはその命をつなぎとめた。ビゴットが生業としていた“竜狩り”――初めておこなった竜との殺り獲りは、感慨深いものがあった。
木で組まれた天井には、吊り下げられたランタンの明かりが揺らめいている。
今日の仕事はこれで終わり。明日の早朝から、崖下に置いてきた竜の解体を行い、川で体を洗ったらマーブルの研究所へ足を運ぶ予定だ。
高価な角と明日の朝食べる程度の竜肉は持ち帰ったが、本格的な解体には時間がかかる。必要な道具を持っていき、ビゴットの主導でやっていく手筈となっていた。
「おい、ザックス」
「なんだよ、クソ親父」
ザックスは顔を向けることなく、ビゴットへ生返事をした。
「よく、生きて帰ってきたな。よくやった」
ザックスは目を見開き、ビゴットへ顔を向けた。ビゴットは真顔だったが、心なしか微笑んでいるようにも見える。
「なんだよ、気持ち悪いな」
「てめぇこそ、気持ち悪い笑みを浮かべてんじゃねぇよ。初めての竜狩りは、どんな気持ちだ?」
ザックスはうつむき、両手を目の前に置いた。ザックスの輪郭がテーブルに映しだされ、両の手がその陰影を掴む。
「なんて言うんだろうな。向こうはテメェの食欲を満たすために俺を喰おうとした。俺は生きるために抗った。ただ、それだけなんだけどよ……」
ザックスは拳を強く握る。
「親父は、こんなやりとりを何度も繰り返してるんだろ? スゲェなって、思っちまったよ」
ビゴットが片眉を下げ、口をゆがめた。
「へっ、『スゲェ』って何だよ?」
「それ以外に、言葉が見つからねぇんだよ」
ザックスはビゴットを睨みつけながら、口を尖らせる。ビゴットは呆れたように瞼を伏せ、椅子にもたれかかった。
「俺の助言は役に立ったか?」
「クソほども役に立たなかったよ」
「そうかい」
ザックスの悪態に、ビゴットはくつくつと笑っていた。
素直じゃねぇな。内心そう思っているのが、ザックスには透けて見えた。
ザックスはふいと視線を外すと、テーブルに肘をついて掌に顎をのせる。
ビゴットはテーブルに手を置き、言葉を続けた。
「まあ、今回はワイバーン狩りの予備知識を教えてやっただけだからな。それにしてもお前、よく俺の自慢話を覚えてたな」
「うるせぇな。テメェのムカつく顔が、たまたま記憶に残ってただけだよ」
あの話のおかげで助かった、とは意地でも言わない。そんな態度が、ビゴットには可愛く見えて仕方がなかった。
「そういう事にしといてやる。ところで、明日、ネルビスってやつのところに行くんだろ? 気を付けていけよ」
ザックスは目線だけをビゴットに向けた。
「気を付けるって、何をだよ。ただの顔合わせだろ?」
「まあ、そうなんだけどな。ネルビス一団は話だけ聞いたことがあってな。俺の知ってる奴の息子だって聞いたんだ」
「それがどうしたってんだよ」
「いやな、ネルビスの親父さん――まあ、俺の知り合いなんだが、あいつ、俺のこと嫌いなんだよな」
「あ? なんでだよ?」
ビゴットは怪訝な顔で顎を撫でる。
「知らねぇよ。だが、態度でわかる」
「何だそれ」
ザックスはつまらなそうに鼻を鳴らす。ビゴットは言葉を続けた。
「まあ、あいつも今じゃ歳だろうからな。今は何してるか知らねぇが、現役の時はワイバーン狩りを生業にしていてな。同じことをしてる奴は他に知らねぇし、たぶん、あいつの息子が仕事を引き継いでるんだろう。そうすると、ネルビスって奴は、ちょうどお前と同い年くらいじゃないか?」
「知らねぇよ」
会ったこともないネルビスに、ザックスは微塵も興味がなかった。
そんなことより、襲ってきた眠気にザックスは大きく口をあけて応える。
欠伸でひとしきり肺を満たすと、ザックスは椅子から立ち上がった。
「俺は寝るぜ。親父も、俺の心配より自分の体に気を遣えよ。歳なんだろ?」
「はっ、言ってくれるぜ。安心しな、ザックス。てめぇに後れを取らねぇくらいには、まだ体は動くんでな」
手を掲げながら去るザックスの背中に、ビゴットは困り顔で言葉を投げつけた。
ザックスがやれやれといった態度で乱暴に椅子へと腰かける。ビゴットも椅子を引き、ため息をつきながら対面に座った。
二人の間に沈黙が訪れる。
ザックスは背もたれに腕を引っ掛け、茶色の天井へ顔を向けた。
ギリギリのところで、ザックスはその命をつなぎとめた。ビゴットが生業としていた“竜狩り”――初めておこなった竜との殺り獲りは、感慨深いものがあった。
木で組まれた天井には、吊り下げられたランタンの明かりが揺らめいている。
今日の仕事はこれで終わり。明日の早朝から、崖下に置いてきた竜の解体を行い、川で体を洗ったらマーブルの研究所へ足を運ぶ予定だ。
高価な角と明日の朝食べる程度の竜肉は持ち帰ったが、本格的な解体には時間がかかる。必要な道具を持っていき、ビゴットの主導でやっていく手筈となっていた。
「おい、ザックス」
「なんだよ、クソ親父」
ザックスは顔を向けることなく、ビゴットへ生返事をした。
「よく、生きて帰ってきたな。よくやった」
ザックスは目を見開き、ビゴットへ顔を向けた。ビゴットは真顔だったが、心なしか微笑んでいるようにも見える。
「なんだよ、気持ち悪いな」
「てめぇこそ、気持ち悪い笑みを浮かべてんじゃねぇよ。初めての竜狩りは、どんな気持ちだ?」
ザックスはうつむき、両手を目の前に置いた。ザックスの輪郭がテーブルに映しだされ、両の手がその陰影を掴む。
「なんて言うんだろうな。向こうはテメェの食欲を満たすために俺を喰おうとした。俺は生きるために抗った。ただ、それだけなんだけどよ……」
ザックスは拳を強く握る。
「親父は、こんなやりとりを何度も繰り返してるんだろ? スゲェなって、思っちまったよ」
ビゴットが片眉を下げ、口をゆがめた。
「へっ、『スゲェ』って何だよ?」
「それ以外に、言葉が見つからねぇんだよ」
ザックスはビゴットを睨みつけながら、口を尖らせる。ビゴットは呆れたように瞼を伏せ、椅子にもたれかかった。
「俺の助言は役に立ったか?」
「クソほども役に立たなかったよ」
「そうかい」
ザックスの悪態に、ビゴットはくつくつと笑っていた。
素直じゃねぇな。内心そう思っているのが、ザックスには透けて見えた。
ザックスはふいと視線を外すと、テーブルに肘をついて掌に顎をのせる。
ビゴットはテーブルに手を置き、言葉を続けた。
「まあ、今回はワイバーン狩りの予備知識を教えてやっただけだからな。それにしてもお前、よく俺の自慢話を覚えてたな」
「うるせぇな。テメェのムカつく顔が、たまたま記憶に残ってただけだよ」
あの話のおかげで助かった、とは意地でも言わない。そんな態度が、ビゴットには可愛く見えて仕方がなかった。
「そういう事にしといてやる。ところで、明日、ネルビスってやつのところに行くんだろ? 気を付けていけよ」
ザックスは目線だけをビゴットに向けた。
「気を付けるって、何をだよ。ただの顔合わせだろ?」
「まあ、そうなんだけどな。ネルビス一団は話だけ聞いたことがあってな。俺の知ってる奴の息子だって聞いたんだ」
「それがどうしたってんだよ」
「いやな、ネルビスの親父さん――まあ、俺の知り合いなんだが、あいつ、俺のこと嫌いなんだよな」
「あ? なんでだよ?」
ビゴットは怪訝な顔で顎を撫でる。
「知らねぇよ。だが、態度でわかる」
「何だそれ」
ザックスはつまらなそうに鼻を鳴らす。ビゴットは言葉を続けた。
「まあ、あいつも今じゃ歳だろうからな。今は何してるか知らねぇが、現役の時はワイバーン狩りを生業にしていてな。同じことをしてる奴は他に知らねぇし、たぶん、あいつの息子が仕事を引き継いでるんだろう。そうすると、ネルビスって奴は、ちょうどお前と同い年くらいじゃないか?」
「知らねぇよ」
会ったこともないネルビスに、ザックスは微塵も興味がなかった。
そんなことより、襲ってきた眠気にザックスは大きく口をあけて応える。
欠伸でひとしきり肺を満たすと、ザックスは椅子から立ち上がった。
「俺は寝るぜ。親父も、俺の心配より自分の体に気を遣えよ。歳なんだろ?」
「はっ、言ってくれるぜ。安心しな、ザックス。てめぇに後れを取らねぇくらいには、まだ体は動くんでな」
手を掲げながら去るザックスの背中に、ビゴットは困り顔で言葉を投げつけた。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
公爵令嬢は結婚式当日に死んだ
白雲八鈴
恋愛
今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。
「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」
突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。
婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。
そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。
その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……
生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。
婚約者とその番という女性に
『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』
そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。
*タグ注意
*不快であれば閉じてください。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜
日々埋没。
ファンタジー
「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」
かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。
その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。
レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。
地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。
「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」
新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。
一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。
やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。
レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる