82 / 172
第八章 帰るべき場所
82話 ズミの貴族達
しおりを挟む
やがて明くる日、アルド達を含む第二部隊が到着した。しかしそれを出迎えるように町の入口へ向かうと、そこには思っているよりも多くの人数がいた。
話を聞いていると、オーデルからだけでなく南方や街道沿いで活動していた小規模のレジスタンス達も、モルズの呼びかけに応じてそれぞれ合流してきているようだった。
その受け入れを巡っては調整しなければいけないことが多かったようで、モルズは慌ただしく走り回っている。彼の号令下に集まった部隊は次第に、ひとつの町で収容しきるには厳しい規模になってきているらしかった。
とにかく僕は集団の中からアルドの姿を探した。既に傍目には怪我の気配もなくなって、部隊の後ろの方、多くの荷物を積んだ馬車の近くに立っていた。傍らにはジュリの姿がある。
彼らの無事な姿を見てほっと胸をなでおろす。既に僕達が先行した道とはいえ、また道中で敵襲などあってはという心配もあったものだから。
僕達は束の間の時間を挟んだ再会を喜んだ。パウルも同じ場所にいたが何を言うでもなく、挨拶を交わす僕とアルドの姿をどこか遠巻きに見つめているだけだ。
ジュリとも今は、抱き合ったり手を握ったりすることはせず、挨拶の言葉を交わすだけだ。周りに人が多いので。先日パウルから「早く結婚しろ」なんて言われていたことを思い出してなんとなく気持ちがむずむずする。
それぞれ連絡員の指示を受けながら各々は移動を始める。どうやら町に収まりきらない規模になったことを受けて、町の外で大きめの野営地を設営することになるらしい。これからまた忙しくなりそうだ。
ジュリの分は宿部屋をとっているので彼女の荷物はそこに一旦預け、拠点の移動に備えて補給部隊の物資を纏める作業にとりかかる。そこでパウルは別の仕事に向かうことになり、一旦別れた。
集会所の一角に陣取った物置き場へ行くと、そこにはまだリョドルの姿があった。回復魔術の適性が無いと分かっても、変わらず素知らぬ顔で部隊に出入りして補給隊員の仕事を手伝っているようだった。
なりゆきでジュリとアルドと出会ったのを見て、僕は一応紹介をすることにした。
「ああ、こいつはリョドルと言って……、一応王都で魔道士をしていたらしくて」
ジュリに向かってそう言ったのは、恐らくその境遇は彼女と通じるものがあるのだろうと思ったからだ。案の定、ジュリは驚いて目を見開いた。
紹介されたリョドルはしかしだるそうに頭を掻く。
「いやまあ、魔道士って言ってもそこまで……。本職は神官と薬師で」
弁明のような言葉を、しかしジュリはほとんど聞いていないようだ。
「魔法ってどんな魔法を!」
ジュリは興味津々になってリョドルに詰め寄っている。彼女が他の男に近付いているのを見るとそれだけでなんとなく面白くないが、口を出すほどのことでもない……。僕は黙って横で眺めていた。
リョドルは目を輝かせて詰め寄ってくるジュリからたじろぐように身を引いて、困ったような表情を浮かべた。
「そんな大層なものじゃないよ。ちょっと薬の調合に……」
「薬の調合で魔法を!? そ、それはどんな……」
「ええっと、それは企業秘密ってやつかなあ。薬師の秘伝だからね」
パウルに聞かれた時と同じようにリョドルは言葉を濁している。ジュリは不満そうだが、そう言われれば追求する気合いもないらしい。
「ああ、すみません。名乗ってませんでしたね。私はジュリ・ニスカ・リューノと言います。私も子どもの頃、王都で魔法を学んでいて……」
そう自己紹介をしたジュリの言葉を聞いて、リョドルも目を丸くした。
「ニスカ・リューノ? って、確か……王宮に仕えていた書記官か?」
意外なことに、彼が反応したのはジュリの家名だった。ジュリも驚いてそれリョドルと顔を見合わせる。
「父を知っているんですか?」
「まあ、名前ぐらいは……。私はリョドル・リブヘルダム・バルダムだ。見た所君は若いみたいだから知らないかもしれないけど……」
「バルダムって……ええっ!? 名門も名門じゃないですか! そんな貴族の方も生き残っていたんですね」
「名乗られたからには礼儀として言ったけど……面倒だから周りには黙っててくれよ。今はしがない薬屋なんでね……」
何やら僕には分からない話で盛り上がり始めた。
……二人は王都に住んでいた者同士なのだ、名前を聞いただけでも通じるものがあるようだ。話に置いていかれている僕とアルドはぽかんとしてそれを眺めていた。
「でも、王都で魔法を習っていたんですよね? 調薬以外の魔法学はやっていたんですか?」
ジュリは質問を続ける。リョドルはまた迷惑そうに顔をしかめて言葉を濁し始めた。
「いや……習っていたというほどのことはなくて……」
ジュリはしかし構わず、パウルがしたのと同じような問答を彼と続けていた。もう同じ質問は飽き飽きだ、とでも言いたげにリョドルの表情は曇っている。
「つまりその、病気の治療というのは……、依頼者の貴族の方が病気だったということですか?」
「ああ、そういうことだよ」
「魔法で医者をやっていたとか、そういうわけではなくて……」
「ああ、治療は依頼者の貴族個人にやってただけ。その研究所なんてとこにも関わってなくて。だから何も知らないんだよ」
「でも、じゃあその貴族の人の病気は治ったんですか」
ジュリはむずかゆそうな顔でそう質問を続ける。リョドルは相変わらず迷惑そうで、そう聞かれた時は一瞬だけ、何か苦しそうに顔をしかめたのが分かった。
「……難病だったみたいでね、施術は何年にも渡ってしていたんだけど……、もともと治る類のものでもなかったらしくて、結局衰弱して死んでいったよ」
声は淡々としていたが、そこには嫌な思い出がつきまとっているだろうことは察せた。
それ以上踏み込むことに躊躇を感じたのか、ジュリも怯んだような顔で言葉を詰まらせる。そこへ、横で聞いていたらしいアルドが口を挟んだ。
「一体どんな病気だったのだ? ……ああ、すまない。私はアルドと言って、オーデルで医者をやっている者で」
リョドルは曇った表情のまま数秒黙っていた。先日パウルに同じことを聞かれた時は、医者でもないから分からないなんて素っ気なく返していたが……、医者に聞かれてはそうもいかなかったのだろうか。やがて少し目を伏せながら言う。
「それは彼女と……ああ、その死んだ貴族との約束なんでね、詳しくは言えない」
そんな答えを聞いて、アルドは無表情のまま、そうか、と言って頷いた。
彼の言葉の端々から想像だけをすれば、依頼者だという貴族本人が病気で、その治療を彼にさせていた……それだけだと言うのだから、本当に貴族個人の側仕えのような魔道士だったのだろう。
彼女と言うから、もしかすると恋人か何かだったのかもしれないが、その主人一人のために何年も治療をし、しかしそれが死んでいったという経緯には重い感情があるのだろう。
「はあ……、しかし回復魔術の適性はない、と。なるほど……」
ジュリは落ち着いた声になってそう頷いた。僕はそれをちらりと見て、パウルから聞いた話を補足した。
「パウルが言うには、こいつがやっていたのは人体魔術だったんじゃないかと」
それを聞いてもジュリは驚かなかった。「ええ」と相槌を打って頷いている。
「私も後からパウルさんと話したり、ミョーネ様の魔道書を読んで分かったことなんですけど、どうもズミでは人体魔術の一部と回復魔術が一緒に扱われていたようで。私も同じだと思って習得してました。人体魔術は使い方によっては病気の治療になるので、感覚的に混同されるのも無理はないのかなと思いますけど……」
へえ、と僕は適当に相槌を打った。確かにズミの医術では怪我も病気も治療する対象だから似たようなものに感じる。しかしまあ、魔法学の分類がどうという話にあまり関心はなかった。
存外にリョドルは興味を惹かれたのか、何やら目を丸くしてジュリを見つめていた。
「ミョーネ……? 彼女が書いた魔道書なんて、そんなものを君が持っているのか? 読んでみたいな」
そんなふうに彼が口を挟んだのには僕もジュリも若干の驚きを示す。ミョーネの名前を知っている?
僕の母親に当たるその王女は、一度は嫁いだトレンティアからズミへ帰ってきて……、ジュリの話では王宮で暮らしていたということだから、王都に住んでいたリョドルも知る機会があったのだろう。魔道書を書いたり魔道人形を作ったりするぐらいだから、魔法の知識にも長けていたことだろう。
そのミョーネの魔道書を読みたいなどと言い出したリョドルに、しかしジュリはぎっと眉を吊り上げて睨み返した。
「駄目です」
話題に上がっているのは例の、トレンティアから持ち帰ってきたパウルとの連名の魔道書のことだろう。確かにあれをジュリに預ける際、パウルは絶対に他人に見せるなと強く念を押していた。
ジュリに一蹴され、リョドルはむすっと不機嫌な表情を浮かべた。
「ええ? 渋るなよ、魔道士なら魔法学の発展のために学術情報は開示するべきだ」
それはいつか、パウルがリョドルへ言った言葉そのままだった。そんな皮肉を聞きもせず、ジュリは頑なに首を振り続ける。
やがてリョドルは諦めたようにため息をついてから、しかし何か難しそうに考え込み始めた。
「君はミョーネの何? ヨハンとはどういう関係?」
何やら突然に僕の名前が出てきて、思わず僕もジュリも顔を引きつらせた。
「わ、私は! もともと王宮でミョーネ様に仕えてた女官です。ヨンとは、その、こ、こ……」
顔を赤くしてたじろぎ始めたジュリを見て、僕もぐっと歯を食いしばる。……万が一にもこの男がジュリに近付かないように、釘を刺さねばならない、なんて思って。
「ジュリは僕の恋人だ」
言い切ってやると、ジュリの顔が余計に茹で上がった。リョドルはと言うと、きょとんと目を瞬かせて、しかしまだ何か難しそうに眉を寄せていた。
「そう、か。リューノ家の娘さんならそうか。いや、しかし、いやそもそも、じゃあ、そんな貴族の娘さんがどうしてこんな兵隊に……?」
そう続けて聞くので、ジュリは赤い顔のまま咳払いをして、平静を装い始めた。
「それは……いろいろ経緯はあるんですけど、今は回復魔術での治療者としてですね」
「回復魔術……君も使えるのか。ふうん……」
リョドルの妖しげな目がジュリを値踏みするように見つめた。言いようのない不快感を覚えて、僕は思わず二人の間に割って入る。
「無駄話はいいから、とにかく仕事だ」
そう話を遮られると、リョドルもそれ以上は何も言わずにごそごそと働き始めた。ジュリはきょとんとして僕を見ている。
王都出身の同郷の者同士、盛り上がる話もあるだろうが……やっぱり面白くない。
そんな無理矢理に会話を遮ってしまったのはもしかすると子どもっぽいことだったかもしれないが……まあ、さっさと仕事をしなければいけないのも事実だった。
話を聞いていると、オーデルからだけでなく南方や街道沿いで活動していた小規模のレジスタンス達も、モルズの呼びかけに応じてそれぞれ合流してきているようだった。
その受け入れを巡っては調整しなければいけないことが多かったようで、モルズは慌ただしく走り回っている。彼の号令下に集まった部隊は次第に、ひとつの町で収容しきるには厳しい規模になってきているらしかった。
とにかく僕は集団の中からアルドの姿を探した。既に傍目には怪我の気配もなくなって、部隊の後ろの方、多くの荷物を積んだ馬車の近くに立っていた。傍らにはジュリの姿がある。
彼らの無事な姿を見てほっと胸をなでおろす。既に僕達が先行した道とはいえ、また道中で敵襲などあってはという心配もあったものだから。
僕達は束の間の時間を挟んだ再会を喜んだ。パウルも同じ場所にいたが何を言うでもなく、挨拶を交わす僕とアルドの姿をどこか遠巻きに見つめているだけだ。
ジュリとも今は、抱き合ったり手を握ったりすることはせず、挨拶の言葉を交わすだけだ。周りに人が多いので。先日パウルから「早く結婚しろ」なんて言われていたことを思い出してなんとなく気持ちがむずむずする。
それぞれ連絡員の指示を受けながら各々は移動を始める。どうやら町に収まりきらない規模になったことを受けて、町の外で大きめの野営地を設営することになるらしい。これからまた忙しくなりそうだ。
ジュリの分は宿部屋をとっているので彼女の荷物はそこに一旦預け、拠点の移動に備えて補給部隊の物資を纏める作業にとりかかる。そこでパウルは別の仕事に向かうことになり、一旦別れた。
集会所の一角に陣取った物置き場へ行くと、そこにはまだリョドルの姿があった。回復魔術の適性が無いと分かっても、変わらず素知らぬ顔で部隊に出入りして補給隊員の仕事を手伝っているようだった。
なりゆきでジュリとアルドと出会ったのを見て、僕は一応紹介をすることにした。
「ああ、こいつはリョドルと言って……、一応王都で魔道士をしていたらしくて」
ジュリに向かってそう言ったのは、恐らくその境遇は彼女と通じるものがあるのだろうと思ったからだ。案の定、ジュリは驚いて目を見開いた。
紹介されたリョドルはしかしだるそうに頭を掻く。
「いやまあ、魔道士って言ってもそこまで……。本職は神官と薬師で」
弁明のような言葉を、しかしジュリはほとんど聞いていないようだ。
「魔法ってどんな魔法を!」
ジュリは興味津々になってリョドルに詰め寄っている。彼女が他の男に近付いているのを見るとそれだけでなんとなく面白くないが、口を出すほどのことでもない……。僕は黙って横で眺めていた。
リョドルは目を輝かせて詰め寄ってくるジュリからたじろぐように身を引いて、困ったような表情を浮かべた。
「そんな大層なものじゃないよ。ちょっと薬の調合に……」
「薬の調合で魔法を!? そ、それはどんな……」
「ええっと、それは企業秘密ってやつかなあ。薬師の秘伝だからね」
パウルに聞かれた時と同じようにリョドルは言葉を濁している。ジュリは不満そうだが、そう言われれば追求する気合いもないらしい。
「ああ、すみません。名乗ってませんでしたね。私はジュリ・ニスカ・リューノと言います。私も子どもの頃、王都で魔法を学んでいて……」
そう自己紹介をしたジュリの言葉を聞いて、リョドルも目を丸くした。
「ニスカ・リューノ? って、確か……王宮に仕えていた書記官か?」
意外なことに、彼が反応したのはジュリの家名だった。ジュリも驚いてそれリョドルと顔を見合わせる。
「父を知っているんですか?」
「まあ、名前ぐらいは……。私はリョドル・リブヘルダム・バルダムだ。見た所君は若いみたいだから知らないかもしれないけど……」
「バルダムって……ええっ!? 名門も名門じゃないですか! そんな貴族の方も生き残っていたんですね」
「名乗られたからには礼儀として言ったけど……面倒だから周りには黙っててくれよ。今はしがない薬屋なんでね……」
何やら僕には分からない話で盛り上がり始めた。
……二人は王都に住んでいた者同士なのだ、名前を聞いただけでも通じるものがあるようだ。話に置いていかれている僕とアルドはぽかんとしてそれを眺めていた。
「でも、王都で魔法を習っていたんですよね? 調薬以外の魔法学はやっていたんですか?」
ジュリは質問を続ける。リョドルはまた迷惑そうに顔をしかめて言葉を濁し始めた。
「いや……習っていたというほどのことはなくて……」
ジュリはしかし構わず、パウルがしたのと同じような問答を彼と続けていた。もう同じ質問は飽き飽きだ、とでも言いたげにリョドルの表情は曇っている。
「つまりその、病気の治療というのは……、依頼者の貴族の方が病気だったということですか?」
「ああ、そういうことだよ」
「魔法で医者をやっていたとか、そういうわけではなくて……」
「ああ、治療は依頼者の貴族個人にやってただけ。その研究所なんてとこにも関わってなくて。だから何も知らないんだよ」
「でも、じゃあその貴族の人の病気は治ったんですか」
ジュリはむずかゆそうな顔でそう質問を続ける。リョドルは相変わらず迷惑そうで、そう聞かれた時は一瞬だけ、何か苦しそうに顔をしかめたのが分かった。
「……難病だったみたいでね、施術は何年にも渡ってしていたんだけど……、もともと治る類のものでもなかったらしくて、結局衰弱して死んでいったよ」
声は淡々としていたが、そこには嫌な思い出がつきまとっているだろうことは察せた。
それ以上踏み込むことに躊躇を感じたのか、ジュリも怯んだような顔で言葉を詰まらせる。そこへ、横で聞いていたらしいアルドが口を挟んだ。
「一体どんな病気だったのだ? ……ああ、すまない。私はアルドと言って、オーデルで医者をやっている者で」
リョドルは曇った表情のまま数秒黙っていた。先日パウルに同じことを聞かれた時は、医者でもないから分からないなんて素っ気なく返していたが……、医者に聞かれてはそうもいかなかったのだろうか。やがて少し目を伏せながら言う。
「それは彼女と……ああ、その死んだ貴族との約束なんでね、詳しくは言えない」
そんな答えを聞いて、アルドは無表情のまま、そうか、と言って頷いた。
彼の言葉の端々から想像だけをすれば、依頼者だという貴族本人が病気で、その治療を彼にさせていた……それだけだと言うのだから、本当に貴族個人の側仕えのような魔道士だったのだろう。
彼女と言うから、もしかすると恋人か何かだったのかもしれないが、その主人一人のために何年も治療をし、しかしそれが死んでいったという経緯には重い感情があるのだろう。
「はあ……、しかし回復魔術の適性はない、と。なるほど……」
ジュリは落ち着いた声になってそう頷いた。僕はそれをちらりと見て、パウルから聞いた話を補足した。
「パウルが言うには、こいつがやっていたのは人体魔術だったんじゃないかと」
それを聞いてもジュリは驚かなかった。「ええ」と相槌を打って頷いている。
「私も後からパウルさんと話したり、ミョーネ様の魔道書を読んで分かったことなんですけど、どうもズミでは人体魔術の一部と回復魔術が一緒に扱われていたようで。私も同じだと思って習得してました。人体魔術は使い方によっては病気の治療になるので、感覚的に混同されるのも無理はないのかなと思いますけど……」
へえ、と僕は適当に相槌を打った。確かにズミの医術では怪我も病気も治療する対象だから似たようなものに感じる。しかしまあ、魔法学の分類がどうという話にあまり関心はなかった。
存外にリョドルは興味を惹かれたのか、何やら目を丸くしてジュリを見つめていた。
「ミョーネ……? 彼女が書いた魔道書なんて、そんなものを君が持っているのか? 読んでみたいな」
そんなふうに彼が口を挟んだのには僕もジュリも若干の驚きを示す。ミョーネの名前を知っている?
僕の母親に当たるその王女は、一度は嫁いだトレンティアからズミへ帰ってきて……、ジュリの話では王宮で暮らしていたということだから、王都に住んでいたリョドルも知る機会があったのだろう。魔道書を書いたり魔道人形を作ったりするぐらいだから、魔法の知識にも長けていたことだろう。
そのミョーネの魔道書を読みたいなどと言い出したリョドルに、しかしジュリはぎっと眉を吊り上げて睨み返した。
「駄目です」
話題に上がっているのは例の、トレンティアから持ち帰ってきたパウルとの連名の魔道書のことだろう。確かにあれをジュリに預ける際、パウルは絶対に他人に見せるなと強く念を押していた。
ジュリに一蹴され、リョドルはむすっと不機嫌な表情を浮かべた。
「ええ? 渋るなよ、魔道士なら魔法学の発展のために学術情報は開示するべきだ」
それはいつか、パウルがリョドルへ言った言葉そのままだった。そんな皮肉を聞きもせず、ジュリは頑なに首を振り続ける。
やがてリョドルは諦めたようにため息をついてから、しかし何か難しそうに考え込み始めた。
「君はミョーネの何? ヨハンとはどういう関係?」
何やら突然に僕の名前が出てきて、思わず僕もジュリも顔を引きつらせた。
「わ、私は! もともと王宮でミョーネ様に仕えてた女官です。ヨンとは、その、こ、こ……」
顔を赤くしてたじろぎ始めたジュリを見て、僕もぐっと歯を食いしばる。……万が一にもこの男がジュリに近付かないように、釘を刺さねばならない、なんて思って。
「ジュリは僕の恋人だ」
言い切ってやると、ジュリの顔が余計に茹で上がった。リョドルはと言うと、きょとんと目を瞬かせて、しかしまだ何か難しそうに眉を寄せていた。
「そう、か。リューノ家の娘さんならそうか。いや、しかし、いやそもそも、じゃあ、そんな貴族の娘さんがどうしてこんな兵隊に……?」
そう続けて聞くので、ジュリは赤い顔のまま咳払いをして、平静を装い始めた。
「それは……いろいろ経緯はあるんですけど、今は回復魔術での治療者としてですね」
「回復魔術……君も使えるのか。ふうん……」
リョドルの妖しげな目がジュリを値踏みするように見つめた。言いようのない不快感を覚えて、僕は思わず二人の間に割って入る。
「無駄話はいいから、とにかく仕事だ」
そう話を遮られると、リョドルもそれ以上は何も言わずにごそごそと働き始めた。ジュリはきょとんとして僕を見ている。
王都出身の同郷の者同士、盛り上がる話もあるだろうが……やっぱり面白くない。
そんな無理矢理に会話を遮ってしまったのはもしかすると子どもっぽいことだったかもしれないが……まあ、さっさと仕事をしなければいけないのも事実だった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
最弱パーティのナイト・ガイ
フランジュ
ファンタジー
"ファンタジー × バトル × サスペンス"
数百年前、六大英雄と呼ばれる強者達の戦いによって魔王は倒された。
だが魔王の置き土産とも言うべき魔物達は今もなお生き続ける。
ガイ・ガラードと妹のメイアは行方不明になっている兄を探すため旅に出た。
そんな中、ガイはある青年と出会う。
青年の名はクロード。
それは六大英雄の一人と同じ名前だった。
魔王が倒されたはずの世界は、なぜか平和ではない。
このクロードの出会いによって"世界の真実"と"六大英雄"の秘密が明かされていく。
ある章のラストから急激に展開が一変する考察型ファンタジー。
時き継幻想フララジカ
日奈 うさぎ
ファンタジー
少年はひたすら逃げた。突如変わり果てた街で、死を振り撒く異形から。そして逃げた先に待っていたのは絶望では無く、一振りの希望――魔剣――だった。 逃げた先で出会った大男からその希望を託された時、特別ではなかった少年の運命は世界の命運を懸ける程に大きくなっていく。
なれば〝ヒト〟よ知れ、少年の掴む世界の運命を。
銘無き少年は今より、現想神話を紡ぐ英雄とならん。
時き継幻想(ときつげんそう)フララジカ―――世界は緩やかに混ざり合う。
【概要】
主人公・藤咲勇が少女・田中茶奈と出会い、更に多くの人々とも心を交わして成長し、世界を救うまでに至る現代ファンタジー群像劇です。
現代を舞台にしながらも出てくる新しい現象や文化を彼等の目を通してご覧ください。
まずはお嫁さんからお願いします。
桜庭かなめ
恋愛
高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。
4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。
総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。
いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。
デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!
※特別編6が完結しました!(2025.11.25)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、感想をお待ちしております。
アガルタ・クライシス ―接点―
来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。
九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。
同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。
不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。
古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~
ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。
玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。
「きゅう、痩せたか?それに元気もない」
ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。
だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。
「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」
この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる