Be To 〜妖怪の憑く世界〜

syaMo.

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第七憑

怪に行逢ふ

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片耳無き豚のかたちを成して人に逢ふことあり。もし人、其の下をくゞらるれば、魂魄を奪はれて死に至る。たとひ命、かろうじて残るとも、性根を損じて終生、腑抜けとなるとぞ。かかる怪に行逢ふ時は、咄嗟に両脚を交はせて避くれば、禍を免るる由なり。
──「南嶋妖異抄」

入学式を数日後に控えた三月末。透平の提案で、俺たちはちょっと都内を歩いてみることにした。
正直、俺は日々の生活でいっぱいいっぱいでそれどころではなかったが、「ほら、今日は割と暇だし、まだろくに東京観光できてないでしょ」と言われてしまえば仕方ない。

新宿駅に降り立った瞬間、あまりの密度に目を瞠った。どこから湧いてくるのか分からないほどの人、人、人──どこまでも溢れ、何故かぶつかり合うことなく流動している。見上げれば、高層ビル群のガラスが空を削り取るようにそびえ立っていた。俺が今まで暮らしてきた町も、決して「田舎」というほどではなかった。けれど、この圧倒的な情報量の渦に比べれば、やはり比べものにはならない。

渋谷のスクランブル交差点に立ったときも、俺はまるで田舎者みたいに口を開けてしまっていた。……まぁ、実際そうなんだけど。
ここでも四方から人が押し寄せ、一斉に信号が青になると波が交錯する。まるで潮流に呑まれる魚群だ。スマホやテレビでは見たことのあるあの光景が現実に目の前にあって、自分もその空間の一部として歩いている感覚に、くらくらする。
「すごいでしょ?」と透平は得意げに笑う。
「東京初心者度は同じだろうがよ」
「ストリートビューでいっぱい見たから」
「……関係ある?」

時間があればスカイツリーとかにも登ってみたかったが、流石に今日1日では厳しい。最後に立ち寄ったのは池袋──俺らの大学がある場所だ。

──

電車に揺られながら、大学からのメールを改めて確認する。「入学前集団検診のお知らせ」。学部ごとに日程が分かれていて、俺の社会学部は明日、透平の文学部は明後日だ。

「……憑き人は、また別会場だってさ」
俺が小声言うと、透平が画面を覗き込み、「へぇ」と声を上げた。
俺がつい思ってしまったことを察したのか、透平は「ま、専用でしっかり診てもらえるんだし、他の憑き人達との入学前交流も兼ねてるんじゃない? これ、隠す必要もないかもだしね」と、俺の腕を軽くつつきながら淡々と言った。

池袋駅に着くと、構内のデジタルサイネージに、人気タレントの心雨が映っていた。特別ファンというわけではないが、ツキコネのログイン時に毎回登場していたため、必然的に一番よく見かける芸能人だ。炭酸飲料を掲げる笑顔は鮮やかで、どこまでも都会的だった。有名人とはいえ、憑き人がこんな巨大広告を飾る──その事実だけで、ここがこれまでの世界とは違うのだと痛感した。

「あ、ここかな」
帰り道の途中、俺たちはひとつの建物の前で立ち止まった。
明日の会場である──月の森──正式には東京都青少年少数特異能力者支援センター。
ガラス張りの曲線的なフォルムの外観は、近未来の施設のようでかっこいい。
「知ってはいたけどさ、実際にあるんだな」
「将来もしここで働けたら楽しいかもね。相当な狭き門だろうけど」
「……あぁ。なんか、思ってたより未来は明るい感じがする」
「今も暗くはないでしょ」

胸の奥に抱き続けてきた不安や恐れを、ここでなら手放せそうな気がしていた。

──

翌朝、目覚ましが鳴るより早くに目が覚めてしまった。
寝直そうとしても眠気は戻らず、結局そのまま支度をして、透平を起こさぬように静かに家を出た。

月の森の自動ドアが静かに開く。ガラスの向こうから、冷えた空気と無機質な匂いが押し寄せた。
──憑き人が集まる場所、生まれて初めてだ。

受付で学生証を提示すると、無地の半袖Tシャツに着替えるよう指示される。メールには「特性に応じて服装の自由を認める」ともあったので、一応持ってきた長袖の白Tを選んだ。以前ほど自分の“目”を気にしてはいないが、やはり完全に吹っ切れたわけでもない。

更衣室を出て、男子検診会場へと足を踏み入れた。広い大会議室のような空間をパーテーションで仕切り、各種測定器具や検査台が並んでいる。その手前の待合スペースには、すでに二十人近い学生が集まっている。

ざっと見ただけでも、俺と同じ外見変異型が何人かいる。肌に鱗のような模様を持つ者。頭から角のようなものがのぞく者。

つい視線を止めてしまったが、はっと気づいて目を逸らす。これは自分がされて嫌なことじゃないか。俺も彼らも見世物じゃない。
俺は深く息を吐き、椅子に腰を下ろした。

改めて周囲を見回すと、ほとんどの奴らは一人で所在なさげにスマホをいじっている。けど、中にはすでに二、三人で固まって談笑してるところがあった。

入学式もまだなのに、もう仲間の輪ができているのを見ると、妙に心細い。別に孤立してるわけじゃないし、もともと転校で新しい環境には慣れてるし、透平だっている。けど、あいつだけが友達ってわけにはいかないし、今までとは違う、表面的じゃない交友関係を築いていかないとな──ひとつ溜め息をついた。

そのとき、ふと強い視線を感じ、反射的に振り返ると──小柄で比較的童顔な浅黒い肌の青年が立っていた。
「わ、急に振り返るなよ! たまがったなぁ。やー、もしかしてそういう特性? 相手ん視線感知できちゃうとか? ちょい当ててみていい? いやすまん、勝手にそういうん聞くの嫌じゃがね、悪い癖なんよ、ほんと反省してる、ほんとによ?」
どこかの訛り混じりに一息で畳みかけるように喋るその青年に、返す隙が一切なく、ただ目を瞬かせるしかなかった。……なんだこいつ、俺に会話のターン渡す気ゼロか?

そこでようやく、彼の顔の違和感に気付いた。──右耳が、ない。欠けているんじゃなく、最初から存在しないような感じで、つるりとした肌がそこにある。思わず凝視してしまった俺の反応に気づいたのか、青年は苦笑いを浮かべて耳があるはずの部分を指先で撫でた。
「あぁこれ?  まぁ分かってると思うけど、憑き物の影響。『片耳豚』って知っとる?」
「カ、カタキラウワ……?」
舌がもつれて変なイントネーションになってしまう。青年はくしゃっと笑った。
「まぁ知らんじゃがな。地元じゃ有名な伝承でな、正味ただの豚なんだけど、股の下くぐられるとな……いや、いいや。気になったらWikiで見てみ? オススメはせんけど」

そんな風に笑い飛ばす青年に、戸惑いながらも少しだけ緊張が解けた。ようやく彼が自己紹介する。
「で、わんは片平斗喜也。鹿児島の奄美から来たっちょ」
「奄美? ……遠っ!」
思わず声が大きくなる。方言の感じからぼんやりと九州の方かなと思っていたが──想像以上に遠い地から来たことに驚かされる。
「ははっ、そうでもせんとこっちで憑き人の居場所なんて見つからんもんな」
そんな調子で会話は弾み、気づけば緊張よりも好奇心の方が勝っていた。

「鹿児島から来た憑き人は、わんが知る限りもう一人いるな。ちなみに女子」
「へぇ……」
そんな情報を教えてくれる彼に礼を言ったところで、俺の名前が呼ばれた。
「あ、呼ばれた。……そうだ、ツキコネのID教えてくれない?」
「おう、またよろしくな」
IDを聞いてから別れ、俺は検査会場へ足を踏み入れた。

──

パーテーションで区切られた広い会場。順番に回るのは、一般的な身長・体重・血圧・心電図・視力・聴力といった検査だ。
案の定、視力は異様に良いと判定されて苦笑する。やっぱり“目”を持つ身としてはそうなるのだろうか。

一通り終わったあとは、案内に従ってさらに上階へ。廊下には研究室らしい部屋が並んでいて、少し張り詰めた空気が伝わる。指示された部屋に入ると、白衣を着た研究者らしき人たち数人が俺を待っていた。
更衣スペースで紙ショーツ一枚になってくださいと促され、なんとも心許ない格好のまま、やたらメカニカルな検査台に寝かされる。

そこから先は、徹底的に“目”を調べられる時間だった。腕、腿、背中──身体のあちこちにある“目”にライトを照射され、眼底を検査された。全部を見せたのは、高三のあの夕方以来だ。極めつけは視力検査で、アイマスクをされ、二の腕や太腿の“目”でランドルト環を見るために、妙な格好で台にしがみつく。間抜けすぎて、自分で自分を笑いたくなるくらいだった。もし同級生に見られたら、即死レベルで恥ずかしい。
でも、研究者たちの眼差しに嫌な色は一切なかった。興味や好奇心は強く感じるけれど、そこに、偏見や嘲りはなくて──なんだか妙に安心した。

すべての検査が終わった時には、もう昼をかなり過ぎていた。外に出ると、さっぱりとした疲労感が体を包む。やれやれと肩を回しながらエントランスを抜け、外の空気を浴びたとき、また視線を感じた。

片平かと思って振り返ると、そこにいたのは艶やかな黒髪の女子だった。異様なほどに髪が潤っていて、思わず目を奪われる。腕には会場スタッフの腕章がついていて、先輩だろうかと思った。
「ちょうど今振り返ったそこの君、これ落としませんでした?」
彼女の手には俺の定期が握られていた。慌てて受け取り、深く頭を下げる。
「ありがとうございます、ほんと助かりました」
「いいえ。……あの、押し付けがましいかもしれないけど、これよかったら」
差し出されたのは、憑き人サークルのパンフレット。俺が受け取ると、彼女は一瞬だけ表情をやわらげた。
「慣れないうちは戸惑うことも多いと思うから。仲間がいれば、きっと楽しいですよ」
さらりとそう言われただけなのに、不思議と胸に残った。やっぱり、あの人も憑き人なんだろうか。

──

家に帰ると、透平がちょうど玄関で掃除機をかけていた。
「おかえり。どうだった? 検査」
「……楽しかったわ」
「健康診断でその感想聞いたの、初だよ」
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