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第2章 暇なので好きにさせてもらいます
2-8 秘密の取引
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「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
スカートの裾を軽く持ち上げて、マリアンは上流階級の女性らしく敬意を示した。
一見大人しそうな彼女だが、商家の娘だけあって人と接することに慣れているようだ。護衛役のエルドにも忘れず会釈をする。
「こちらこそ、来てくれてありがとう」
対するリアナーレは彼女の手をとり、甲に口づけた。戦女神時代、女性に喜ばれていた挨拶だ。
「リアナ様……いつもと雰囲気が」
「いつものは仕事用で、本当はこうなの。今日はプライベートだから」
「そうなのですね。雰囲気が男性のようで、ドキッとしてしまいました」
マリアンは照れたらしい。両の指先を重ねるように合わせ、もじもじと上目遣いで聖女様を見上げた。
リアナーレは内心、元同僚のマルセルに宣戦布告をする。もし努力を怠るようであれば、リアナーレは容赦なくマリアンを奪う。可愛い女の子を泣かせる真似など許さない。
彼女に素を見せた理由は、単にこれから関係を深めていく上で、聖女ぶることが面倒になっただけだが。
「急な招待で驚かなかった?」
「嬉しい意味で驚きました」
リアナーレは早速、薔薇園のテラスでお茶会をしようと考えた。
しかし、リアナーレにもリアナにも、親しい女友だちがいなかったのである。
まずは友達作りから始めなければならないと、比較的親交の深いマリアン嬢に手紙を書いた。
朝に出して、いつでも伺います! という返事が戻ってきたのは当日の午後だ。
こうして、初めてのお茶会は、庭園を手に入れてから一週間も経たないうちに決行されることになったのである。
「マリアン様、ローズティーは如何ですか?」
マリアンが大きな目を更に見開いたことで、ルーラは自らの失態に気づく。
リアナーレは友達感覚で振舞うようルーラに求めており、彼女はその調子でマリアンにも話しかけてしまったのだろう。
たかがメイドの分際で、気軽に話しかけないで頂戴! と気を悪くする令嬢も、中にはいる。
「す、済みません! 使用人ごときが失礼いたしました」
ルーラは取り乱した拍子に、ワゴンに乗った茶葉の入れ物をひっくり返してしまった。
マリアンはルーラではなく、倒れたそのガラス容器を凝視している。
「ローズティーですか。初めて聞きます。飲んでみたいです」
「ここの庭師が自分で作ってるらしいの。といっても、普通の紅茶に乾燥させた薔薇の花を混ぜただけらしいけど」
「ありそうでなかった発想です。女性に流行りそうですね。商品化できるかもしれません」
彼女は容器を手に取り、真剣な眼差しで見つめる。ルーラの不躾な態度については全く気にしていないようだ。花弁の混ざった茶葉をひとしきり観察した後、ルーラに告げる。
「良ければメイドさんも一緒に飲みましょう」
「えっ、ええ? そんな、見つかったら私、怒られます」
「ほらルーラ、紅茶を三人分淹れたら座りなさい。マリアン様が良いと言ってるのだから、断る方が失礼でしょ」
白の丸テーブルを囲む椅子は、丁度一つ余っていた。リアナーレは椅子を引き、ここがルーラの席だと示す。
「そうですけど……」
「聖女様、俺の分はー?」
薔薇園と王宮を繋ぐ扉の前で待機していたエルドが、突然口を挟む。彼なりに、ルーラに助け船を出したつもりなのだろう。
「ありません」
「扱いの差!」
「あまりに軽口が過ぎるようだったら、セヴィリオに告げ口するから」
「あっ、それだけは止めてください」
エルドは明るく笑った。リアナーレもつられて笑う。冗談だと分かっているからだ。
◇◆◇
夜はかなり冷え込むが、昼間は外のテラスでお茶をするのに丁度良い気候だった。柔らかな日差しのもと、僅かな肌寒さを感じながら温かい紅茶を飲む。
幸せだとリアナーレはしみじみと思った。誰もがこうして穏やかに過ごせるようになれば良い。
薔薇の色が滲み、凛とした香りが漂う紅茶に、マリアンはこれは絶対に売れると興奮していた。その横の席で、ルーラは委縮している。
「彼とは上手く行ってる?」
会話を盛り上げようと、リアナーレはマリアンに話を振った。女性が好むのは戦や政治の話ではなく、恋話であるとルーラから学習済みだ。
マリアンはが首を傾げる。癖のある巻き髪が胸元で揺れた。
「どうなのでしょう……。最近だと、収穫祭に誘われたくらいですね」
「なるほど」
マルセルの奴、収穫祭は仕事をせずにデートをする気か。内心引っかかるが、マリアンが嬉しそうに頬を染めるので、何も言えない。
「リアナ様も、セヴィリオ様とお忍びで行かれては?」
リアナーレは沈黙した。収穫祭はその名の通り、秋の収穫を祝う日だ。
その日はシャレイアン王国各地で、大なり小なりの祭典が行われる。中でも、国が補助をする王都のお祭りは大規模で、他国の要人までもが訪れる。
リアナーレが軍に所属してからは例年、収穫祭の前後は警護や見回りで、慌ただしく過ごしていた。
セヴィリオにも当然、総帥として成すべき仕事があるはずだ。
興味はあるが、収穫祭に行く許可を求めたら、彼は仕事を放棄してでも聖女様と過ごそうとするだろう。仕事の邪魔をすることは避けたい。
そういえば。
「マリアン様、一つお願いがあるのですが」
リアナーレはマリアンに会ったら頼もうとしていたことを思い出す。エルドに聞こえないよう、声を潜めた。
「何でしょう」
「ここだけの話。護身用の短剣が欲しいのです」
リアナーレは両手で長さを示す。全長二十センチ以下の、細身で軽い短剣が二本ほど欲しい。
セヴィリオに頼んでも、絶対に与えてくれない物なので、ひっそりと依頼をするしかないのだ。
「聖女様の周りはそれほど物騒なのですか?」
「もしもの時のため。あって損はしないと思うの」
聖女様の体では、以前のように剣を振れなければ、素手で相手を打ちのめすこともできない。
ドレスの下、ホルスターに短剣を潜ませておき、有事の際には油断した相手に刺す。それくらいなら、今の体でもできるだろう。
「分かりました。上手いこと父に頼んで探してみます」
「ありがとう。その紅茶、気に入ったのなら生産者を紹介するけど」
「本当ですか?! 交渉成立ですね」
こうしてセヴィリオの預かり知れぬところで、二人の秘密の取引が行われたのだった。
スカートの裾を軽く持ち上げて、マリアンは上流階級の女性らしく敬意を示した。
一見大人しそうな彼女だが、商家の娘だけあって人と接することに慣れているようだ。護衛役のエルドにも忘れず会釈をする。
「こちらこそ、来てくれてありがとう」
対するリアナーレは彼女の手をとり、甲に口づけた。戦女神時代、女性に喜ばれていた挨拶だ。
「リアナ様……いつもと雰囲気が」
「いつものは仕事用で、本当はこうなの。今日はプライベートだから」
「そうなのですね。雰囲気が男性のようで、ドキッとしてしまいました」
マリアンは照れたらしい。両の指先を重ねるように合わせ、もじもじと上目遣いで聖女様を見上げた。
リアナーレは内心、元同僚のマルセルに宣戦布告をする。もし努力を怠るようであれば、リアナーレは容赦なくマリアンを奪う。可愛い女の子を泣かせる真似など許さない。
彼女に素を見せた理由は、単にこれから関係を深めていく上で、聖女ぶることが面倒になっただけだが。
「急な招待で驚かなかった?」
「嬉しい意味で驚きました」
リアナーレは早速、薔薇園のテラスでお茶会をしようと考えた。
しかし、リアナーレにもリアナにも、親しい女友だちがいなかったのである。
まずは友達作りから始めなければならないと、比較的親交の深いマリアン嬢に手紙を書いた。
朝に出して、いつでも伺います! という返事が戻ってきたのは当日の午後だ。
こうして、初めてのお茶会は、庭園を手に入れてから一週間も経たないうちに決行されることになったのである。
「マリアン様、ローズティーは如何ですか?」
マリアンが大きな目を更に見開いたことで、ルーラは自らの失態に気づく。
リアナーレは友達感覚で振舞うようルーラに求めており、彼女はその調子でマリアンにも話しかけてしまったのだろう。
たかがメイドの分際で、気軽に話しかけないで頂戴! と気を悪くする令嬢も、中にはいる。
「す、済みません! 使用人ごときが失礼いたしました」
ルーラは取り乱した拍子に、ワゴンに乗った茶葉の入れ物をひっくり返してしまった。
マリアンはルーラではなく、倒れたそのガラス容器を凝視している。
「ローズティーですか。初めて聞きます。飲んでみたいです」
「ここの庭師が自分で作ってるらしいの。といっても、普通の紅茶に乾燥させた薔薇の花を混ぜただけらしいけど」
「ありそうでなかった発想です。女性に流行りそうですね。商品化できるかもしれません」
彼女は容器を手に取り、真剣な眼差しで見つめる。ルーラの不躾な態度については全く気にしていないようだ。花弁の混ざった茶葉をひとしきり観察した後、ルーラに告げる。
「良ければメイドさんも一緒に飲みましょう」
「えっ、ええ? そんな、見つかったら私、怒られます」
「ほらルーラ、紅茶を三人分淹れたら座りなさい。マリアン様が良いと言ってるのだから、断る方が失礼でしょ」
白の丸テーブルを囲む椅子は、丁度一つ余っていた。リアナーレは椅子を引き、ここがルーラの席だと示す。
「そうですけど……」
「聖女様、俺の分はー?」
薔薇園と王宮を繋ぐ扉の前で待機していたエルドが、突然口を挟む。彼なりに、ルーラに助け船を出したつもりなのだろう。
「ありません」
「扱いの差!」
「あまりに軽口が過ぎるようだったら、セヴィリオに告げ口するから」
「あっ、それだけは止めてください」
エルドは明るく笑った。リアナーレもつられて笑う。冗談だと分かっているからだ。
◇◆◇
夜はかなり冷え込むが、昼間は外のテラスでお茶をするのに丁度良い気候だった。柔らかな日差しのもと、僅かな肌寒さを感じながら温かい紅茶を飲む。
幸せだとリアナーレはしみじみと思った。誰もがこうして穏やかに過ごせるようになれば良い。
薔薇の色が滲み、凛とした香りが漂う紅茶に、マリアンはこれは絶対に売れると興奮していた。その横の席で、ルーラは委縮している。
「彼とは上手く行ってる?」
会話を盛り上げようと、リアナーレはマリアンに話を振った。女性が好むのは戦や政治の話ではなく、恋話であるとルーラから学習済みだ。
マリアンはが首を傾げる。癖のある巻き髪が胸元で揺れた。
「どうなのでしょう……。最近だと、収穫祭に誘われたくらいですね」
「なるほど」
マルセルの奴、収穫祭は仕事をせずにデートをする気か。内心引っかかるが、マリアンが嬉しそうに頬を染めるので、何も言えない。
「リアナ様も、セヴィリオ様とお忍びで行かれては?」
リアナーレは沈黙した。収穫祭はその名の通り、秋の収穫を祝う日だ。
その日はシャレイアン王国各地で、大なり小なりの祭典が行われる。中でも、国が補助をする王都のお祭りは大規模で、他国の要人までもが訪れる。
リアナーレが軍に所属してからは例年、収穫祭の前後は警護や見回りで、慌ただしく過ごしていた。
セヴィリオにも当然、総帥として成すべき仕事があるはずだ。
興味はあるが、収穫祭に行く許可を求めたら、彼は仕事を放棄してでも聖女様と過ごそうとするだろう。仕事の邪魔をすることは避けたい。
そういえば。
「マリアン様、一つお願いがあるのですが」
リアナーレはマリアンに会ったら頼もうとしていたことを思い出す。エルドに聞こえないよう、声を潜めた。
「何でしょう」
「ここだけの話。護身用の短剣が欲しいのです」
リアナーレは両手で長さを示す。全長二十センチ以下の、細身で軽い短剣が二本ほど欲しい。
セヴィリオに頼んでも、絶対に与えてくれない物なので、ひっそりと依頼をするしかないのだ。
「聖女様の周りはそれほど物騒なのですか?」
「もしもの時のため。あって損はしないと思うの」
聖女様の体では、以前のように剣を振れなければ、素手で相手を打ちのめすこともできない。
ドレスの下、ホルスターに短剣を潜ませておき、有事の際には油断した相手に刺す。それくらいなら、今の体でもできるだろう。
「分かりました。上手いこと父に頼んで探してみます」
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