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第6章 未来へ
6-1 呪いの代償
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リアナーレはスカートを膝上までたくし上げ、いつになく大股で歩いていた。
向かう先は、玉座の間と呼ばれる部屋である。
赤い絨毯が敷き詰められ、ふかふかとした床を踏み潰しながら、リアナーレ御一行は目的地へとたどり着く。
「父上の部屋だ」
セヴィリオはポツリと呟いた。
彫刻が施された黒塗りの扉には、蛇の紋様が走っている。扉の四方は金で縁取られ、王に相応しい部屋だ。
王宮の中でも、最上級にセキュリティの厳しい場所だろう。リアナーレも訪れるのは初めてだった。
「なーんか、ここまでやけに簡単に来れちゃいましたね」
エルドは緊張感なく、頭の後ろで手を組んでいる。
本来ならば、彼は王に謁見できる身分ではない。建前上、護衛として同行させている。
「呼び出されたのにたどり着けないなんてこと、あったら困るでしょ」
「そうっすけど、怪しすぎませんか?」
話し合いの場として、玉座の間を指定したのはライアス側だ。無事にたどり着けて当たり前なのである。
途中に罠があるかもしれないと、一応身構えていたリアナーレだが、流石のライアスもそこまで性根は腐っていなかったらしい。
部屋の手前にある扉には衛兵が二人も立っていたが、何も言わずとも中へ通してくれた。
「それだけ殿下に自信があるってこと。油断してないで、もしもの時は盾になりなさいよ。護衛なんだから」
「最近扱い雑すぎません!?」
「冗談に決まってるでしょ」
リアナーレは軽く笑い、またすぐに顔を引き締める。これが最後の戦いになるであろうという予感がしている。
四カ国を巻き込んだ此度の衝突は、間もなくシャレイアン、レクトランテ側の防衛成功で幕を閉じるだろう。
状況が安定してきたことを見届けて、軍事総帥と元戦女神は一足早く戦線を離脱してきたのである。
二人には、国の未来のために、やらなければならないことがあった。
「隊長~。そこに、冗談だと思っていないお方がいるんすけど…」
エルドは泣き言を漏らしながら、第二王子をちらりと見る。
聖女の力により呪いを浄化した後、セヴィリオは三日三晩ぐっすり眠った。目覚めた時の変化として、目の下の寝不足の証が解消されていたくらいで、体に支障はないらしい。
「当たり前だ。リアナだけは死んでも護れ」
「お姫様を護るのは王子様の役目だと思うんで、俺は潔く身を引きまーす」
「煩い。これは上長命令だ」
何だかんだ、この二人は仲良しそうだ。
セヴィリオに同性の友人ができて良かったと、この時ばかりは姉のような心地になる。
二人に護られずとも、自分でなんとかしてみせる。リアナーレは覚悟を決める。
「お喋りはそこまでにして、入りましょ」
リアナーレが重たい扉を開けようとすると、慌てて男二人が左右の扉をそれぞれ押してくれた。
いきなり矢が飛んでくる。
なんてことは、勿論なかった。卑怯な手を使わずとも、ライアスはこの国の人間を如何様にもできる。
「やぁ。元気そうだね、びっくりしたよ」
王子はいつも通り、笑顔でそう言った。目の奥が笑っていない、歪な笑顔だ。
部屋の中央、階段状になった壇上の玉座にライアスはいた。片肘を付き、足を組んで座っている。最早王子でなく、王の貫禄である。
不用心にも部屋にはライアスの姿しか見当たらなかったが、場を支配しているのは間違いなく彼だ。
「お陰様で、ライアス殿下。いや、王とお呼びすべきでしょうか」
オンベール王の部屋であるのに、玉座には王子が座っている。そういうことなのだろうとリアナーレは察した。
既に王は退き、実権の全てはライアスに移っている。今や、この国の王は彼だ。
「リアナーレ、君と聖女には邪魔されてばかりだよ。ボクのシナリオには、君とセヴィーが結ばれて、二人揃って元気に戻って来る結末なんてなかった」
「でしょうね」
セヴィリオはリアナーレを庇うようにして立っているが、口を挟むことはしない。元戦女神を尊重し、やりたいようにやらせてくれている。
この件に決着がついたら、リアナーレは良き妻になる努力をするつもりだ。もう少しだけ、我を通すことを許してほしい。
「因みにどんなエンディングの予定だったか、教えてもらっても?」
「どのパターンでも、セヴィーが死ぬか、呪いに呑まれて自我を失うかのどちらかだったよ」
「最低ね」
ライアスは非難されても動じない。薄っすらと笑みを浮かべたまま、下々の虫けらを眺めている。
一生懸命働く蟻を、ここで踏みにじるのか、放っておくのか。彼にとってはどちらでも良いのかもしれない。
「その様子だと、モントレイも生きているのかな?」
「ええ。彼を操ったのは貴方でしょ?」
「うん。血をね、飲ませるんだ。ワインに混ぜてボクの血を。そうすると呪いが移る。モントレイは支配しやすかったよ、横恋慕のお陰でね」
ライアスは手首を見せた。王子ともあろう人物の右手首に、遠目でも分かるほどの傷が残っている。
この男は他人だけでなく、自分も大切にできないのだとリアナーレは悟った。
「外道のすることだ」
セヴィリオの呟きに、ライアスの笑みは益々深くなる。
彼は玉座から立ち上がり、赤いカーペットを歩いて階段を降りた。弟の前まで歩み寄り、身構えるセヴィリオの肩を叩く。
「退屈に感じる人生だから、面白いことがしたくて。ボクと同じような立場だった、お前なら分かるよね?」
セヴィリオは分からないと吐き捨てるが、ライアスの歪んだ顔は弟を捉えて離さない。
「空っぽなんだ。何を入れても満たされない。お前だってそうじゃなかった?」
――これが呪いの代償。生まれた時から、巨大な力を与えられる代わりの犠牲。
ライアスの言葉は、静かで薄暗い空間に溶けて消えた。
元戦女神ともあろうリアナーレが、禍々しい黒のオーラに気圧され、体に力が入らない。これは人ならざる者の力だ。
「僕はリアナがいればそれでいい。それだけで満たされる」
「そうだろうね。ボクはそんなお前のことが、心底憎いよ」
ライアスは腰のベルトから短刀を抜く。彼の首から頬にかけて、どす黒い二本の蛇が這い出した。
セヴィリオは解呪と共に、既に特殊な力を失っており、互角に戦うことは不可能だ。
どうにかして止めなければならない。そう思うのに、冷や汗が背を伝うばかりで、聖女様の体は動いてくれない。
動け、動け、動け!
リアナーレは念じる。このままでは、最終手段に移る前に、兄が弟を殺してしまう。
「ボクを独りにさせたお前なんて、死んでしまえ」
向かう先は、玉座の間と呼ばれる部屋である。
赤い絨毯が敷き詰められ、ふかふかとした床を踏み潰しながら、リアナーレ御一行は目的地へとたどり着く。
「父上の部屋だ」
セヴィリオはポツリと呟いた。
彫刻が施された黒塗りの扉には、蛇の紋様が走っている。扉の四方は金で縁取られ、王に相応しい部屋だ。
王宮の中でも、最上級にセキュリティの厳しい場所だろう。リアナーレも訪れるのは初めてだった。
「なーんか、ここまでやけに簡単に来れちゃいましたね」
エルドは緊張感なく、頭の後ろで手を組んでいる。
本来ならば、彼は王に謁見できる身分ではない。建前上、護衛として同行させている。
「呼び出されたのにたどり着けないなんてこと、あったら困るでしょ」
「そうっすけど、怪しすぎませんか?」
話し合いの場として、玉座の間を指定したのはライアス側だ。無事にたどり着けて当たり前なのである。
途中に罠があるかもしれないと、一応身構えていたリアナーレだが、流石のライアスもそこまで性根は腐っていなかったらしい。
部屋の手前にある扉には衛兵が二人も立っていたが、何も言わずとも中へ通してくれた。
「それだけ殿下に自信があるってこと。油断してないで、もしもの時は盾になりなさいよ。護衛なんだから」
「最近扱い雑すぎません!?」
「冗談に決まってるでしょ」
リアナーレは軽く笑い、またすぐに顔を引き締める。これが最後の戦いになるであろうという予感がしている。
四カ国を巻き込んだ此度の衝突は、間もなくシャレイアン、レクトランテ側の防衛成功で幕を閉じるだろう。
状況が安定してきたことを見届けて、軍事総帥と元戦女神は一足早く戦線を離脱してきたのである。
二人には、国の未来のために、やらなければならないことがあった。
「隊長~。そこに、冗談だと思っていないお方がいるんすけど…」
エルドは泣き言を漏らしながら、第二王子をちらりと見る。
聖女の力により呪いを浄化した後、セヴィリオは三日三晩ぐっすり眠った。目覚めた時の変化として、目の下の寝不足の証が解消されていたくらいで、体に支障はないらしい。
「当たり前だ。リアナだけは死んでも護れ」
「お姫様を護るのは王子様の役目だと思うんで、俺は潔く身を引きまーす」
「煩い。これは上長命令だ」
何だかんだ、この二人は仲良しそうだ。
セヴィリオに同性の友人ができて良かったと、この時ばかりは姉のような心地になる。
二人に護られずとも、自分でなんとかしてみせる。リアナーレは覚悟を決める。
「お喋りはそこまでにして、入りましょ」
リアナーレが重たい扉を開けようとすると、慌てて男二人が左右の扉をそれぞれ押してくれた。
いきなり矢が飛んでくる。
なんてことは、勿論なかった。卑怯な手を使わずとも、ライアスはこの国の人間を如何様にもできる。
「やぁ。元気そうだね、びっくりしたよ」
王子はいつも通り、笑顔でそう言った。目の奥が笑っていない、歪な笑顔だ。
部屋の中央、階段状になった壇上の玉座にライアスはいた。片肘を付き、足を組んで座っている。最早王子でなく、王の貫禄である。
不用心にも部屋にはライアスの姿しか見当たらなかったが、場を支配しているのは間違いなく彼だ。
「お陰様で、ライアス殿下。いや、王とお呼びすべきでしょうか」
オンベール王の部屋であるのに、玉座には王子が座っている。そういうことなのだろうとリアナーレは察した。
既に王は退き、実権の全てはライアスに移っている。今や、この国の王は彼だ。
「リアナーレ、君と聖女には邪魔されてばかりだよ。ボクのシナリオには、君とセヴィーが結ばれて、二人揃って元気に戻って来る結末なんてなかった」
「でしょうね」
セヴィリオはリアナーレを庇うようにして立っているが、口を挟むことはしない。元戦女神を尊重し、やりたいようにやらせてくれている。
この件に決着がついたら、リアナーレは良き妻になる努力をするつもりだ。もう少しだけ、我を通すことを許してほしい。
「因みにどんなエンディングの予定だったか、教えてもらっても?」
「どのパターンでも、セヴィーが死ぬか、呪いに呑まれて自我を失うかのどちらかだったよ」
「最低ね」
ライアスは非難されても動じない。薄っすらと笑みを浮かべたまま、下々の虫けらを眺めている。
一生懸命働く蟻を、ここで踏みにじるのか、放っておくのか。彼にとってはどちらでも良いのかもしれない。
「その様子だと、モントレイも生きているのかな?」
「ええ。彼を操ったのは貴方でしょ?」
「うん。血をね、飲ませるんだ。ワインに混ぜてボクの血を。そうすると呪いが移る。モントレイは支配しやすかったよ、横恋慕のお陰でね」
ライアスは手首を見せた。王子ともあろう人物の右手首に、遠目でも分かるほどの傷が残っている。
この男は他人だけでなく、自分も大切にできないのだとリアナーレは悟った。
「外道のすることだ」
セヴィリオの呟きに、ライアスの笑みは益々深くなる。
彼は玉座から立ち上がり、赤いカーペットを歩いて階段を降りた。弟の前まで歩み寄り、身構えるセヴィリオの肩を叩く。
「退屈に感じる人生だから、面白いことがしたくて。ボクと同じような立場だった、お前なら分かるよね?」
セヴィリオは分からないと吐き捨てるが、ライアスの歪んだ顔は弟を捉えて離さない。
「空っぽなんだ。何を入れても満たされない。お前だってそうじゃなかった?」
――これが呪いの代償。生まれた時から、巨大な力を与えられる代わりの犠牲。
ライアスの言葉は、静かで薄暗い空間に溶けて消えた。
元戦女神ともあろうリアナーレが、禍々しい黒のオーラに気圧され、体に力が入らない。これは人ならざる者の力だ。
「僕はリアナがいればそれでいい。それだけで満たされる」
「そうだろうね。ボクはそんなお前のことが、心底憎いよ」
ライアスは腰のベルトから短刀を抜く。彼の首から頬にかけて、どす黒い二本の蛇が這い出した。
セヴィリオは解呪と共に、既に特殊な力を失っており、互角に戦うことは不可能だ。
どうにかして止めなければならない。そう思うのに、冷や汗が背を伝うばかりで、聖女様の体は動いてくれない。
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