かみつみ 〜神便鬼毒・流流譚

あぢか

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似の怪 のっぺらぼう

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「…っ!」

 はっと目を覚ますと、そこはもう見慣れてきた天井。

「おはよう」

「澪逢、の、のっぺらぼうは」

「もう倒したわ。あなたが寝ている間に」

 枕元に座って、刀を手入れする澪逢。鋼は、ふぅっと息を吐いた。

「…囮ってのは分かるけど、あんまり役に立たなかったなぁ」

「そんなことは無いわ。私が着くまで、敵をあそこに押し留めておいてくれたじゃない」

「それでもさ…」

 言い掛けて、ふと口をつぐんだ。それから、ぽつりと疑問をこぼした。

「…その刀、いつもどこに仕舞ってるの? いつの間にか出たり消えたりしてるけど」

「妖怪と一緒。使わない時は『間』に置いてあるわ。妖怪と違って、此岸にも自由に持ってこれるけれど」

「ふぅん…」

 起き上がろうとして、激痛に襲われる。

「痛ぁっ!」

「筋肉痛。…随分暴れたみたいね。あの大きな妖怪を相手に、大怪我せずに済んでいるもの」

「う、うん…」

 曖昧に頷く鋼。
 実際のところ、あと一歩で殴り殺されるところであった。しかし、すんでのところで敵が拳を止めてしまった。そして、鋼自身が発した言葉…あれは、本当に鋼の意思だったのか…?

「…僕、自分で自分が分からなくなってきた」

「私もよ」

 刀身を拭い、柄を嵌めると、澪逢がじっと彼の顔を見下ろした。

「かみつみを飲んで、凶暴になる人間は、今まで見たことも聞いたこともない。普段以上の力を発揮するというのも。でも、怪我に効果はあるから、人間ではある」

「それなら、まあ良いんだけど…」

 目を閉じると、瞼の裏に蘇る。血だらけの荒野。首のない死体。冷たく、燃えるような怒りと、不思議な懐かしさ…

「…それにしても、戦いの後にはいつもぐっすり眠るわね。この前も、見つからないように一人で運んできたわ」

「…ごめん」

「良いわ」

 鍔を嵌めて鞘に収め、傍らに置いた瞬間、太刀は跡形もなく消える。これが『間』に仕舞うということだろう。
 澪逢は腰を浮かせると…不意に鋼の頭を持ち上げ、その下に正座した自身の脚を滑り込ませた。

「!?」

「…巻き込んでしまって、ごめんなさい」

 暖かな膝枕。すぐ目の前に、澪逢の顔。彼女は目を閉じて、静かに詫びた。

「ぼ、僕が、勝手に首を突っ込んだだけだ…」

 心臓が、早鐘を打つ。鋼は息が詰まりそうになりながらも、何とか絞り出す。

「こちらこそ、迷惑かけて、お世話になってばっかりで…」

「母が亡くなってから、ずっと一人で戦ってきた…街のために、人を守るために。でも、頭で分かっても、実感が無かったの。あなたに会って…初めて、人のために戦うということが、実感できた気がする」

「だったら…僕も、戦うよ。君を守るために」

「ありがとう。気持ちだけで嬉しいわ」

 目を閉じたまま、答える澪逢。その顔から、表情を窺うことはできない。

「気持ちだけじゃない。やるんだ。一緒に」

「…」

 聞いているのかいないのか、澪逢の顔は変わらない。しかし、その手が動いて…鋼の首筋に、そっと触れた。

「!」

 ちり。首元が、少し痛んだ。
 澪逢が、薄く目を開いた。そして、呟いた。

「…鋼くん。あなたは…」

◆◆◆

「…ここか」

 街外れのアパートの前で、それは立ち止まった。辺りは既に夜の闇に包まれているが、それの目には、道路にこびりつく小さな黒い煤めいたものがはっきりと見えた。

「案の定、くたばりおったか。ま、ええけどな。それより…」

 ぎらり。鋭く光る目で、そのそばにある電柱を見つめる。ゆっくりと歩み寄ると…すん、と鼻を鳴らした。と思うや…何と、ぽろぽろと涙を零し始めた。

「ああ…ああ…何ちゅう、懐かしい…『お山』を思い出す、懐かしい匂いや…」

 左手で目元を拭い、洟を啜ると、はあっと息を吐いた。

「…ここは、ええ所や。せやけど、あの小娘が邪魔やな。あの、腐れ外道の子孫…ようやっと、最後の一人や」
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