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5.冒険者ギルド(前)

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 ふむ、ここが冒険者ギルドの帝都支部か。

 転移装置があったのは、別の街の冒険者ギルドだったから、ここに来るのは初めてなんだよな。

 まあ、転移装置が存在する大体の国では、転移装置が設置されている冒険者ギルドの建物の近くには大規模な軍の駐屯地が存在して、その軍の駐屯地を核とした都市がある訳なんだが。

 由来が分からないほど大昔から存在する建物なんだから、その建物が存在するだいたいの国の開発に影響を与えていて当然なんだよな。国外からの転移が可能な装置があるんだから、近くに戦力を用意するのは当然だし、首都を作るのはある程度離れたところになるのもこれまた当然という訳だ。

 とりあえず、寮で学園の制服から私服に着替えて冒険者ギルド帝都支部にやってきた。制服よりも動きやすさを優先しつつ、礼服としても通じるレベルの最低限のフォーマルさは保った装いだ。素材から拘り、魔法の付与も多々重ねているので、機動性に優れつつ、金属製の鎧よりも防御力が高いぐらいなので、他の防具を着用する必要は無い。色は汚れが目立たぬように黒を中心に纏めている。ちなみに俺は、制服も目立たずできる最大限で、良い素材を使い付与を積んで改造しているから、制服もそれなりに守りが硬かったりする。

 さて、この冒険者ギルド帝都支部は、帝都の大通りに面する石造りの巨大な四階建の建物だ。帝都でもこれ以上大きな建物は帝城や天空神教の本神殿や他幾つか、数えるほどである。造りもしっかりしていて、掃除も行き届いていて清潔で、役所みたいな雰囲気である。

 冒険者とは言うが、モンスター退治や、素材の納品などのそれらしい仕事もあるが、他の、依頼されての雑用じみた仕事など、定職に就いていない平民が稼ぐ為の派遣みたいなものだからな。

 定職に就いていても収入が足りない平民も、家を継げない貴族の子も、下手をすれば隠れて貧乏貴族すら収入を得るために登録しているし。

 もっと小さな町や村だったり、辺境だったりの冒険者ギルドは、依頼をする人間自体が少なくてそういう仕事が存在しないから、モンスター退治や、需要のある素材などの納品など、そういう冒険者『らしい』仕事が中心になって、イメージ通りの乱雑で、設置された酒場に飲んだくれた冒険者がいるような場所らしいが。

 当然帝都の冒険者ギルドには酒場など存在しない、飲むなら酒場に行って飲め、ってことだな。

 順番待ちの番号札を取って、設置された椅子に座って待つ。ほどなくして番号を呼ばれた。

 窓口まで行くと、そこに居た受付は美人な若い女性だった。受付に座っている人間は幅広い年齢層――といっても当然成人以上の初老ぐらいまで――の男女どちらも偏りなく居る中、たまたま美人な受付嬢にあたった訳だ。

「こんにちは。本日はどのようなご用件でしょうか?」

 肩にかかるウェーブした艶やかな桃色の長髪をかき上げ、俺の方へ軽く身を乗り出したやや細身で小柄な受付嬢のギルドの制服を押し上げる体躯に反して大きな胸がカウンターに乗り僅かに潰れる。

 なんというか、動作がいちいち官能的で、子供の教育に悪そうな女性だなぁ。

「冒険者登録しにきた」

 そう、俺はまだ冒険者登録をしていなかった。今までは公務で動いていたから、冒険者登録など必要なかったし、報酬も基本給に任務ごとの特別手当で相場以上に貰っていたからな。

 ただまあ、俺の今の活動も公務ではあるんだがな。イデアル王国の勇者として帝立学園に通い、冒険者活動で勇者の力を示威する。

 一応基本給は出続けるし、勇者としての活動の成果に応じての特別手当もある。イデアル王国内の治安維持の為のモンスター退治ではないし、素材も国に納めないから、その分は減るけど。代わりにモンスター退治や素材納品の報酬は冒険者ギルドから貰えるから、収入は増えそうだ。

「冒険者登録ですね。登録料は百万ルインとなります。毎月の分割支払いも可能ですし、依頼の報酬から天引きという形にもできますが、どうなさいますか? 月ごとに最低限の返済額が決まっているので、報酬からの天引きの場合は、その返済額を満たすだけの依頼の受注義務が生じて、あまり人気の無い依頼を強制的に受けていただくことになったりもしますが」
「一括で」

 第四階梯空間系統魔法ルムを詠唱無しで瞬時に発動し、収納空間から金貨の入った袋を取り出しカウンターに乗せる。第四階梯――使うのに魔臓を四つ持っている必要がある魔法を使えるのはかなりレベルが高いし、空間系統の適正を持つ者はそれなりに珍しく、無詠唱は高等な技能だ。しかし、俺の年齢でそれだけのことをやったのを見ても、受付嬢は何の反応も見せずに話を進める。

「身分証はお持ちでしょうか?」

 魔道具の身分証を提出する。名前と所属に身分などが記載されたもので、個人の魔力を認証し本人確認ができるが、普通に作られている魔道具だ。魔塔と工房の共同制作。

 身分証を見て、今度は僅かに表情を動かすが、それ以上の反応は見せずに手続きの準備を進める。先ほどのルムの時もそうだったが、過剰な色気を纏う物腰に相違して、よく教育された受付嬢だな。

 そして冒険者について、知る必要があることを説明される。

 まず報酬からは手数料が割り引かれて支払われること。説明された手数料の割合は常識的なものだ。

 そして手数料はギルドの運営、依頼が遂行できなかった時の依頼人への補償、冒険者に対する各種援助に使われること。

 当然だが日常生活に於けるトラブルについてはその国の司法に任せ冒険者ギルドは関与しないこと。

 依頼遂行中などのトラブルは冒険者に何の過失もなければ何が、それこそ国が相手でもギルドの力の及ぶ限り保護すること。

 逆に冒険者に過失があればギルドが処罰するかその国の司法に任せるかはケースバイケース、少なくとも問題を起こした冒険者に罪に相応しい罰が下されるようには力を尽くすこと。

 過失が偶然によるものだったり、過失の程度によってはある程度の保護は行うこと。

 他各種細かい規約があるが、これは規約が記載された書面を渡されきちんと確認するようにと言われた。

 あとは依頼の受注の仕方。

 依頼は期限のない常時依頼や、緊急性もなくその依頼の成否や受注されるか否かで問題が起こらないものは掲示板に貼られること。

 それ以外の依頼はギルドから冒険者に対して紹介すること。

 特定の誰かという訳ではなく、その依頼を任せられるとギルドが判断した冒険者の中の誰かに受けてもらえるように順番に紹介していくこと。

 必要ならばギルドに来ていなくてもその冒険者にギルドから連絡して受けてもらえないか確認をするので連絡先も登録してもらうこと。

 この冒険者の管理を、冒険者ギルド本部が統括して行っているというのだから、先ほど思い浮かべた小さな町などの雑然とした冒険者ギルドの、酒場昼間から酒をかっ喰らう冒険者であっても、身元は確かだろう。

 そもそも身分がない人間など、闇社会の人間や、出生も届けられていないスラム児などぐらいなのだが。
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